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旅立ち・2

 荀彧を迎えに行くため郭嘉らと別れた郭図。


 向かった先は一軒の屋敷。



「よお、彧はいるかい?」


「あれ?公則さまじゃないですか。あー、お嬢様なら自室にいると思いますよ」


「そか。ちょいと邪魔するぜ」


「ええ、どうぞ」



 屋敷の前で掃除していた使用人と言葉を交わし、門を潜り荀家の屋敷へ踏み入る。


 擦れ違う使用人と軽い挨拶を交わしながら屋敷の奥へと足を進める姿からして、郭図がこの屋敷に頻繁に顔を出していた事が伺える。


 そして屋敷の最奥にある一室の前で足を止めた郭図。



「彧、オレだ。ちょっと良いか?」



 部屋にいるであろう荀彧に声を掛けた。



「おや?その声は由輝くんか。悪いが少し待ってくれないか?

 ……佳花、由輝くんが来たみたいだぞ?」



 部屋には荀彧だけではなく、その父親である荀爽もいた様だ。


 引き篭もりになってしまった娘を心配して何かと声を掛ける日々を送っていたのだと思われる。


 暫くすると部屋の扉が開き、疲れた様な表情の壮年の男が出て来た。



「済まないね由輝くん。例の一件であの子は塞ぎ込んだままなんだ。玉蘭の事も自分のせいだと思い込んでしまっていてな……」


「その事も含めて彧と話をしようかと思います」


「そうか。すまないが頼んでも良いかね?あのままでは身体にも良くない。

 玉蘭の事で君も辛いだろうに、何も出来ない私を許してくれ……」



 そう言い残し、軽く郭図の肩に手を乗せると荀爽は去っていった。


 宮廷で侍中を務めていた荀爽だが、親族である荀攸が獄に繋がれた為に職を辞していた。


 荀攸の助命を乞い、宮中で権勢を振るう奸臣らに睨まれたのである。


 今も命があるのは、彼が外戚の何進と繋がりがあった為だ。


 尤も、郭図が知る限り、何進は何進で碌でもない人物なのだが。



「彧、入るぞ」



 荀爽が去っていくのを見送ると、部屋の主の返答を待たずに扉を開け踏み入る。


 中では掛け布を頭から被った荀彧が部屋の隅で小さく縮こまっていた。



「……………」



 室内に入って来た郭図を一瞥すると顔を伏せてしまう。


 その頬には涙の痕が見て取れた。



「また泣いてたのか」



 そっと荀彧の隣に腰を降ろし、微かに震えているその頭を優しく撫でる。



「――っ!?」



 ビクリと荀彧の身体が跳ね、『バシッ』と強い音が部屋の中に響いた。


 荀彧が郭図の手を払い除けたのだ。



「ぁ――、ご、ごめん……」



 条件反射で叩いてしまったのだろう。


 悲痛な表情を浮かべていた。



「いや、大丈夫だから気にしなくて良い」



 気不味い雰囲気が二人の間に流れる。


 申し訳なさそうに荀彧は再び顔を伏せてしまい、郭図も迂闊だったと言わんばかりの表情をしていた。


 荀彧がこうなってしまったのは朝廷に出仕していた時にある出来事があった為だった。


 それは、彼女にトラウマを植え付けていた。


 荀彧は男に襲われたのだ。


 そこに郭図と荀攸が駆け付け、郭図が男を殴り付けた為に事なきを得たが、荀彧は貞操を奪われる寸前であった。


 荀攸はこの事を糾弾した。


 しかし、相手が悪かった。


 荀彧を襲った男は、宮廷で権力を欲しいままにする宦官のひとりである『蹇碩』の親族だった。


 この事件は揉み消され、糾弾した荀攸は投獄されてしまう。


 郭図と荀彧も危なかったのだが、友人の鍾繇が秘密裏に二人を逃がした。


 そして鍾繇は荀攸を救うために洛陽に残った。


 荀爽は鍾繇からこの事を聞き、荀攸の助命を願った結果、彼は宦官たちに睨まれ外戚の何進を頼った。


 なんとか何進に協力を取り付ける事には成功したが、彼が宮廷に残る事は出来なかったのである。



 これが郭図と荀彧が官を辞した事の顛末。



 誰にも語る事は出来なかった。


 嫁入り前の娘が男に襲われたなど醜聞以外の何物でもない。


 揉み消された為に表沙汰にはならなかったが、その代償が余りにも大き過ぎた。


 荀彧は心に傷を負い、郭図は許嫁を獄に繋がれてしまったのだから。



 荀彧は塞ぎ込んでしまったが、郭図は諦めなかった。

 

 穀潰しと揶揄されながらも荀攸を救う手立てを探し続けていた。



「彧、あの男は死んだ」


「……え?」



 自身を拐かそうとした男が死んだと聞いた荀彧が顔を上げた。



「あの男は禁令を犯し、北部尉に捕らえられ殴殺されたそうだ」


「――あの男が死んだ………………」


「ああ。賭博で金を投げ捨てていた甲斐があったよ。表では決して流れない話を聞く事が出来たんだからな。

 ヤツを殺したのは曹操と言う人物らしい。あの曹騰の孫娘だそうだ」


「そう、なんだ……」


「玉蘭の安否は分からない。未だ繇からの連絡も無い。だがオレはそろそろ動くよ。だから――、一緒に来てくれないか?オレひとりでは玉蘭を助けられるか分からない。でもお前も動いてくれるなら玉蘭を助けられるかも知れない」

 

「ゆうを、助ける――……」



 郭図の言葉に荀彧の瞳に生気が宿る。



「嘉が仕官先を探しに出る。オレはそれに同行する。行き先は既に決めてある」



 郭図は郭嘉に言われるよりも前に行動を起こす準備が出来ていた。


 ただ動けなかった。


 心に傷を負い、塞ぎ込んだままの荀彧を残して行けなかったのだ。


 傷が癒え、再び自身で立ち上がれる様になるのを待っていた。


 だが、郭嘉が仕官先を探しに出る事になり、自身がその旅に同行しなければならなくなった為に荀彧の元を訪れたのである。



「傷が癒えるまでまだ時間がいるだろうが……、そう悠長な事も言っていられなくなってしまってな。それでも今のお前を残しては行けん」


「由輝はどこに行くの……?」


「河北の袁紹殿に仕官する」


「袁紹……?あの女は止めておいた方が良いわよ?」


「だろうな。普段であればオレも袁紹殿を主君に選ぶことは無いが……、袁紹殿は陛下と真名を交わした間柄だ。オレ自身が洛陽に入れぬ今、宮廷に顔の利く袁紹殿を利用する以外に玉蘭を助ける手が無い。形振りなど構っていられんよ」


「それなら私のことなんて放っておけば良かったのに……」


「お前が壊れてしまったら玉蘭に合わせる顔が無い。……それにお前はオレにとっても大切な妹分だからな」


「ん……」



 そう言うと郭図はゆっくりと荀彧の頭に手を伸ばした。


 一瞬身体が硬った荀彧だったが、その手が振り払われる事は無かった。



「一緒に来てくれるか?」


「……………うん」



 二人の旅立ちが決まった。


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