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旅立ち・1

「はぁ…。何が悲しくてこのご時世にせっせと働かにゃならんのだ」



 郭嘉と郭援の二人に拉致された郭図。


 彼は実家にある自室で旅に必要な物を集めながらぶつくさと文句を零していた。



「いや、こんな時世だからじゃないか?泰平の世だったら俺も兄貴と一緒に遊び回ってたと思うし」



 その傍で郭図が逃げ出さない為に監視を兼ねて郭援が荷物を纏めるのを手伝っている。



「うーむ、泰平の世だったらかぁ……。

 オレの考えは逆だなぁ。むしろ泰平の世だったら真面目に働いてたんだろうって思うよ」



 薄く笑った郭図。


 泰平の世であれば真面目に働いていたなどと宣っているが、現状で無職をやっている言い訳でしかない。


 不真面目な奴ほどあーだったらこーだったと言い逃れに走る。


 郭図のそれが良い例である。


 とは言っても、郭図はずっと無職を貫いている訳では無い。



「それってよ、兄貴が朝廷に出仕してた時の事と関係あんのか?」


「うむ。太守の陰脩殿に推挙されたまでは良かったんだけどな。

 いやぁ、驚いたよ。まさかあそこまで都の連中が腐ってるとは思ってもみなかった」



 実は郭図は都で官吏をしていた事があるのだ。


 許昌太守の陰脩に荀彧、荀攸、鍾繇と言った者達と共に推挙され、その辣腕を振るっていた時期があった。


 だが、それは過去の話。


 元々がちゃらんぽらんな郭図は、『こんな奴らと一緒に働くのとか無理〜』と適当な理由を付けて官を辞していた。


 ただし、郭図が官を辞した際に荀彧も一緒に辞めている。




「まあ、話には聞いてたけどよ、だからって辞める必要は無かったんじゃねえの?」


「いや、オレは辞めて正解だったと思ってるよ。ってか、辞めたのがオレだけじゃなくて彧も官を辞してる時点で分かるだろ?

 あの荀家の潔癖姫が都の汚吏共を相手に出来る訳がねえ」


「ってのは表向きの理由だろ」


「……………」


「誰も聞かねぇし、聞いちゃいけねぇ雰囲気だったから俺も今まで聞かなかったけどよ、なんで兄貴と一緒に戻って来たのが彧なんだよ?」



 荷物を纏める手を休めた郭援が郭図を睨む。



「兄貴と彧だけじゃねぇ。荀家の奴らはみんな何も言わねえ。

 なぁ、兄貴。なんでアンタの許嫁の攸じゃなくて一緒に戻って来たのが彧だった?

 攸はどうした?繇の兄さんは?一体都で何があったんだ?」


「……………」



 だが、郭援の問いに郭図は何も答えなかった。


 普段のおちゃらけた様相はなりを潜め、これ以上は何も聞くなと言わんばかりに怒気を孕んだ圧をその身から放っている。


 しかし、その怒りの矛先は郭援に向けられたものでは無かった。


 誰に向けられたものではない。


 その怒りは自身へと向けられたモノ。



「……さっさと準備を終わらしちまおう。時間を掛け過ぎると嘉にどやされちまう」


「……わーったよ。ったく、しょーがねぇなぁ」



 これ以上は聞いても無駄か、と判断した郭援も休めていた手を再び動かし始める。



「悪いな」


「別に。兄貴が言いたくねぇっつーならこれ以上は聞かねえよ」



 室内を漂う微妙な空気の中、荷物を纏める音だけが虚しく響くのだった。



 ☆☆☆



「二人とも何をしていたのですか?この程度の荷物にどれだけ無駄な時間を使ったんですか?」


「いや、すまん。荷物を纏めてたらアレもコレもと欲目が出てしまってな。少なくするのに少々時間が掛かった」


「兄貴って賭事でバンバン散財してるクセにこう言うトコで妙にみみっちいよな」


「ほっといて……」



 荷物を纏めた郭図と郭援は郭嘉と合流。


 そこで待っていたのは郭嘉の小言であった。



「にしても、仕官先を探すったって当てはあるのか?」



 これ以上小言を言われては堪らんと、郭図が話の先を逸らす。



「候補はいくつかありますが、特に目的地を決めている訳では無いですね」



 郭嘉の言う候補とは、彼女が仕官したい先だろう。


 目的地を決めていないのは自身が仕官を望む場所が郭図にとって望む場所ではないと思われるため、彼が腰を落ち着けられそうな勢力を一通り巡ってみると言う事である。



「そっかぁ。なら少し待って貰って良いか?遅くても二、三日で済む」


「別に構いませんが、一体何を?」


「彧も連れて行く」


「桂花……ですか?私は構いませんが、でも何故?」


「なぁに、ただの気まぐれさ。アイツもこのまま実家で燻ってるよりは良いだろ。んじゃ、ちょいと行って来るぜ」


「………………」



 出立を控えた今になって荀彧も連れて行くと言い出した郭図。


 背を向け去って行くその背中を郭嘉は黙って見ていた。



「やっぱ都で何かあったんだろうな」


「従兄どのが玉蘭では無く、桂花と帰って来た時点で察していました」


「何を?」


「恐らく、玉蘭は党錮の禁によって獄に繋がれているのではないかと……」


「まさか!?それはありえ……なくもないのか?」


「彼女の性格であれば」


「都から帰って来てから兄貴は変わっちまった。

 でも、なんとなく分かっちまったかも知んねえ。兄貴はあのザマだし、彧は家に引き篭ってるってのを踏まえると……」


「今二人が騒げば、それだけ玉蘭の立場が悪くなると考えての事でしょう。

 ――尤も、従兄どのは朝廷に見切りを付けているかもしれないですが……」



 郭援と郭嘉は言葉を交わしつつ、小さくなっていく郭図の背中を見送った。


 


 朝廷の腐敗と混乱による混迷の世。


 まだ誰も気付いていない。



 治世の世が既に終わりを告げている事を――。



 そして、まだ誰も知らない。



 乱世の時代が幕を開けようとしている事を――。




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