人生は冒険だ、とか、そういうやつ?
カヌレは逃げることができなかった。
フレイチームの寸劇にカヌレ軍の兵士たちが呆然としている間に、ガイツをはじめとしたA級冒険者たちが蠢動し、まんまと捕縛してしまったのである。
その瞬間、彼の正義は消滅した。
国王モンブランを軟禁した罪、私兵を動かして他領に攻め込んだ罪、讒言をもって王太子スフレを追い落とした罪。そしてナナメシの守備隊長ラクガンを殺した罪。
それらを背負って、表舞台からも人生劇場からも退場することになるだろう。
政争や戦争に敗れるとはそういうことだ。
「フレイ。よくぞ助けにきてくれた」
「まー、このタイミングで帰ってこれたのは偶然なんすけどね」
アンキモとフレイが握手を交わす。
馬車が調達できていれば、普通にゆっくり帰ってくるつもりだったのである。
ヴェルシュの背に乗って超特急で帰還ってことになったのは、本当にただの偶然だ。
「人間万事ザイオウンが馬、というやつだな」
「なんですか。そのインチキくさい格言は」
「今つくった」
歩み寄ってきたスフレと抱擁しあいながら、くだらないことを言い合ったりして。
冗談が飛び交うのは危機を脱したゆえである。
つい先刻まで、アンキモ侯爵軍は全軍崩壊の危機にあったのだ。
一発逆転の奇跡を演出したのは、やっぱりフレイだった。いて欲しいときにいてくれる男。まさに英雄というべきだろう。
「貴殿らが代表者か」
デイジーに伴われ、魔王アクアパツァーが近づいてきた。
衣服が若干ボロボロなのはご愛敬だ。
「予がアクアパツァーである」
ぐっと胸を反らすが、ぶっちゃけ威厳はない。可愛いだけである。
デイジーの威嚇と、だいたい同レベル。
ていうか、美少女がふたり並んでいるのは、けっこう眼福だ。
「この地を治めます、アンキモともうす愚物にて」
「王太子の座を逐われたダメ王子のスフレです」
謙遜や自虐混じりに二人が名乗る。
軽く頷いた魔王が右手を差し出した。
「これからのことを話し合うために参上した。一席、設けてくれるか?」
「喜んで」
「両国の未来のために」
繊手に、侯爵と王子が右手を重ねる。
軟禁されていたモンブラン王は、そのまま引退ということになった。
カヌレの専横を許してしまった責任を取るかたちであるが、正直なところ彼としても、この時期に玉座に居続けたくないという思いもあっただろう。
なにしろ人間の国としては初めて、魔王が支配する領域『魔族による人類帝国』を国と認め、正式な国交を結ぶことになるのである。
他の国からどう思われるか、想像しただけで胃が痛くなってくるというものだ。
戦争とかに発展しちゃうかもしれないんだよ?
アンキモとスフレがなにを考えているか判らないけど、巻き込まれるのは御免だって気持ち満々で退位宣言書にサインし、新王たるスフレの頭に嬉々として王冠を乗っけたものである。
で、とっとと離宮に移っちゃった。
あとは僕知らないもーん、みたいな感じで。
ちなみに、アンキモは公爵に昇爵し、同時に王国宰相を兼任することになった。
大出世なんてもんじゃない。
公爵になったってことは、彼の子供とか孫とかにも王位継承権が認められるってことだもの。
フレイと知り合ったせいで出世しちゃった一番の被害者は、ついに公爵様です。
そしてそのフレイには、名誉騎士の称号が授与されることとなった。
地位も権力もいらんってフレイがごねたせいで、なんだかよく判らない珍妙な位を授けるしかなかったのである。
当初は伯爵の地位とか、広大な領地とか、そういう話だったんだけどね。
「やだよ。領主なんて面倒くさいだけじゃねーか」
とは、当人のコメントだ。
自由と冒険を求めて冒険者になったのに、地位に縛られてしまっては本末転倒である。
正直、王宮でおこなわれる会議とか、出たくありません。
フレイはザブールのA級冒険者。
それで良いのである。
広い荘園とか、かしずく配下とか、そういうのは必要ない。
デイジーの実家である商会に下宿し、風の向くまま気の向くままに冒険
へと出かける。
そういう生活こそが望ましい。
「ロンハー商会を出るときは、所帯を持つときよね」
「うん、まあそうだな」
ミアの言葉に頭を掻く。
ちょっと照れながら。
地位や名誉とはべつに、フレイチームにはまたまた莫大な金銭が贈られた。
スフレ王誕生の立役者だし、アンキモ公爵誕生の立役者だし、王国と帝国の通商条約締結の立役者だもの。
王国から金貨にして一千万枚。
帝国からも同額。
たぶん、フレイの曾孫の代までかかっても使い切れない大金だ。
ミアとカルパチョを妻に迎えるときには、さすがに下宿住まいってわけにはいかないため、それなりの屋敷を購入することになる。
それが最初の大きな買い物ということになるだろう。
「ならば、儂はそこで魔法鍛冶の工房でも開こうかの」
「最近ハマってるもんね」
新米冒険者のため、武器にちょっとした魔力を付与してやったり、鍛え直してやったり。
カルパチョはそういうことをして、けっこう人気を博している。
デイジーのファン層はむくつけき男どもが多いが、カルパチョのファンはどっちかっていうと細い男の子が多い。
「ねつやてっオネショタ」
「ミアはたまに謎の言葉を使うのう。それはどういう意味なんじゃ?」
「エルフ文化のひとつよ。年上の女と幼い男との子のラブラブを描いたやつ」
「うむ。その解説は不要じゃった」
こつん、と、ミアの頭を小突く。
冬が過ぎ、春を迎えたザブールはなんだか人々の気持ちも浮ついているようだ。
三人が向かう先はマリューシャー教会。
説法会に招かれているためである。
普段であれば華麗にスルーするんだけど、今日は帝国からアクアパツァーが応援にきているから、顔を出さないというわけにもいかない。
あ、マリューシャー教が帝国の国教になったんですよ。
それでアクアパツァーにも大司教の位が贈られたわけです。このあたりは教団側のごますりとしてね。
「ていうか、わりときてるよね。アクアパツァー」
「うむ。デイジーに会うためにの」
にやにや笑うミアとカルパチョ。
デイジーとアクアパツァーってば、けっこう良い感じの仲なのである。
明確にお付き合いしている、というわけではないのだが、そうなるのももう時間の問題って感じだ。
「デイジーにはもうちょっと波乱ない恋をして欲しいけどな。相手が魔王とか、俺は心配だよ」
ふうとおかんみたいなため息を吐くフレイである。
あ、おかんじゃなくて、大親友ね。
顔を見合わせたミアとカルパチョ。
エルフ娘が右の裏拳で、魔将軍は左の手刀で、恋人の胸をどつく。
『おまえがいうな』
と。
いつものように説法会の会場は賑わっている。
物販ブース……ではなく、寄進の受付では、ガルとパンナコッタをはじめとするデイジー教信者たちが、寄付額に応じてグッズを手渡していた。
これもまたいつもの光景だが、最近はアクアパツァーのグッズもけっこうはけているらしい。
人気を二分しているとかなんとか。
ちなみにユリオプス司祭のグッズも、女性信者たちの強い要望により用意されることとなった。
そちらのブースは女性たちによって切り盛りされている。
フレイもミアもカルパチョも、ぶっちゃけどれにも興味がないため、ごく普通に会場へと入った。
番号札を確認すれば、かなり良い席らしい。
この礼拝堂はドワーフの名工たちの手によって造られたもので、音響設備もかなりの高品質なのである。
すごくどうでもいい話だ。
「べつに、隅っこの席で良いんだけどな」
やれやれと肩をすくめるフレイだった。
やがて時間となり、ステージにふたりの美少女が登場する。
あ、ひとりは男です。
「みんなー! マリューシャーの言葉を聴きにきてくれて、ありがとうー!!」
ぶんぶんとデイジーがステッキを振る。
会場のボルテージがあがっていく。
「今日は帝国から、大司教アクアパツァーか来てくれたよ!!」
「では、皆の衆、我らの歌を聴くが良い!」
魔王の声に応じてさっそく伴奏が始まった。
「聖歌、『マリューシャーの獅子』! いっくよー!」
ふたりの声がハーモニーを奏でる。
「ていうか、説法なしで聖歌に入ったな。これのどこが説法会なんだか」
「いいんじゃない? もうどうでも」
呆れるフレイに、ミアが肩をすくめてみせた。
宗教団体でもアイドル劇場でも、もうなんでも良いってもんだ。
「む」
突如としてカルパチョが変な顔をする。
「ふーむ……」
「どうしたんだ? カルパチョ」
「いやな。いまヴェルシュから念話がはいってのう……」
珍しく歯切れが悪い。
視線で先を促すフレイ。
「昔のことを思い出したとやらで出かけていたのじゃがのう。間違って起動スイッチを押してしまったそうじゃ」
「なんの!?」
悪い予感しかしないよ。
なにやらかしてくれたの? あの邪竜。
「移動要塞の、じゃな。で、地上戦艦ともいえるそいつが、ザブールに向かって絶賛移動中じゃそうじゃ。なんとかしてくれって泣いておる」
「おうふ……」
なんでこう、次から次へとトラブルが降ってくるのか。
はぁぁぁ、と、でっかいため息を吐いたフレイが席を立ち、ステージに向かって大声を張り上げる。
「デイジー! アクアパツァー! 説法中止! やばいのがザブールに向かってるらしい! 迎撃すっぞ!!」
「おっけー!」
「承知した」
聖歌をやめ、ステージから飛び降りる歌姫ふたり。
そのときには、もうフレイもミアもカルパチョも走り出している。
ガルとパンナコッタも、すでに会場出口で待機中だ。
「みんな! 仕事の時間だ!」
駆けながらフレイが叫ぶ。
『おう!』
リーダーの号令に声を揃える仲間たち。
みんなの声援を背に受け、ザブールが誇る英雄、A級冒険者フレイチームの出撃である。
頭おかしいシリーズ、これにて完結です。
またいつか、文の間でお会いしましょう。




