第22話 智将ペスカトレ
アーイ・スバインというのは、帝都の名であり魔王の居城の名でもある。
どちらが先かといえば城が先だ。
もともとは古代王国時代の移動要塞だったらしい。
それを駆って戦いに明け暮れていたのが、魔王アクアパツァーの母親である初代魔王ガスパチョである。
当時はまだ魔王とは名乗っておらず、この地方における実力者の一人であるに過ぎなかったが、盟友たる猛将カルパチョや知将ペスカトレなどとともに、激戦を勝ち抜き、ついに統一王国を打ち立てるに至った。
これが今から二千年くらい前の話である。
そして国の中心となるべき場所で移動要塞アーイ・スバインの動力を停止させ、王城とした。
魔王を名乗ったのはこのときである。
そこに人々が集まり、村の規模となりやがて都市となっていった。
帝都アーイ・スバインの誕生だ。
「ていうか、そこまでその名前が気に入ってたんなら『アーイ・スバイン帝国』で良かったんじゃねえか?」
フレイくんの素朴な疑問である。
なんで『魔族による人類帝国』なんてゆー胡散臭い名前にしたのか。
「ちなみに、アクアパツァーに代替わりしたのは五百年ほど前じゃな。あやつは二代目の魔王じゃ」
「俺の質問はスルーかよ」
帝都へと向かう馬車の中、カルパチョが帝国の沿革などについて色々とレクチャーしてくれている。
初代の魔王が亡くなったとき、まだ若いアクアパツァーがちゃんと国を治められるのか、将来を不安視する重臣も多かった。
しかし、帝国の双璧たるカルパチョとペスカトレの姉妹将軍がいち早く支持を表明したことで、内乱などが起きることはなかったのである。
「ていうか、カルパチョって妹がいたんだ? やっぱり乳でかいの?」
「ミアはどこに興味をもっておるのじゃ」
やれやれと呆れる紅の猛将であった。
彼女の妹であるペスカトレの異称は蒼の智将。
青い髪と瞳を持った女性である。赤い髪のカルパチョとは体型も対照的で、かなりスレンダーだ。
「棒人間かって思うくらいガリッガリじゃし、ぶっちゃけミアよりスタイル悪いんじゃないかのう」
「わたしよりって、どういう意味で引き合いに出したのよ」
エルフ娘は案外スタイルが良い。
細いことは細いけど、ちゃんと出るところは出っ張ってるしね。
「ともあれ、儂とペスカトレの他にエスカロプとカルボナラという二人を加えて、四天王と名乗ったのじゃ。アクアパツァーが即位するときにの」
国の有力者が全面的にバックアップしているよってアピールすることで、国内の統一を図った。
その目論見は成功し、魔王アクアパツァーの治世はまず安定したものとなったのである。
「まあ、エスカロプやカルボナラが能臣だというのも大きいじゃろうのう。嫌々だけど認めてやろうぞ」
「なんで最後の一言を付け加えるのか」
「そこはそれ、文官筋と武官筋は仲が悪いとアピールせんといかんじゃろ」
「味方しかいないこの場でやる意味が、まったく判らない」
呆れるエスカロプである。
これも一応、国をまとめる施策のひとつなんだそうだ。
実際、カルパチョたち四天王は仲悪くなんかないんだけど、反目し合っているように見せることで、不満分子をあぶり出せるらしい。
殊更に悪口を吹き込もうとする輩とかいるからね。
そういう連中を泳がせて、一網打尽にするために不仲を装っているのである。
「仲が良いなら、他の四天王も協力してくれるかもな」
ふむとフレイが頷く。
協力して国を盛り立ててきた。しかもペスカトレという人物はカルパチョと実の姉妹。
それなら話もしやすいだろう。
「うむ。あやつは儂の言うことはよく聞く良い妹じゃからな」
太鼓判を捺す魔将軍だった。
そしてその太鼓判は、見事に砕け散った。
「いやよ。なんであたしが姉さんに協力しないといけないのよ」
もっのすごい冷たい声で言い放つ青髪蒼瞳の美女。
蒼の智将ペスカトレである。
帝都に到着したフレイチームは、魔王に謁見する前にペスカトレの屋敷を訪れた。
もちろん協力の約束を取り付けるために。
しかし、ちょー迷惑そうに屋敷に入れてくれたペスカトレの反応は、味気ない料理に素っ気ない調味料をかけたくらい冷淡だった。
「ふむ? なにが気に入らないんだい? ペスカトレ。人間たちの提案は傾聴に値するものだと僕は思うんだけどね」
苦笑しながらエスカロプが取りなす。
カルパチョはといえば、妹に反抗されてフリーズしてしまっていた。
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
「エスカロプ。あたしの話を聞いていて? あたしは人間たちの提案を否定してなんかいないわ。姉さんに協力するのが嫌だって言っているだけよ」
つんっと横を向いちゃう。
美人がそんなポーズをするのは可愛らしいんだけど、言ってることは超めんどくさい。
なにこいつ。
疲れたような顔でこめかみあたりに手を当てたエスカロプが、ぽんとフレイの肩を叩いた。
「よし。あとはきみに任せたよ。フレイ」
「えぇぇぇ」
「がんばってたらしこんでくれたまえ」
「えぇぇぇ」
無茶振りである。
どーせいっちゅうじゃ、という思いでフレイはペスカトレを見た。
じろっと睨まれました。
怖い。
「アンタが姉さんの男?」
「ええまあ……いちおう……」
「ふうん?」
じろじろと値踏みするように見られています。
針のむしろにでも座らされている気分だ。
「えっと……提案の有用性は認めるけど、カルパチョがいるから賛同しない、と、こういうことですかね? ペスカトレ」
事態を要約してみる。
大変にばかばかしい。
「そうよ」
「理由を訊いても?」
「姉さんが気に食わないから」
「いやいや……子供じゃないんだから……」
「あたしが子供体型だっていうのっ!」
「そんなこと言ってないし!?」
切れちゃった。
面倒くさい人だ。どうしよう。
帰ろうかな。
「だいたい! 昔っから姉さんは! 勝手に決めたことを押しつけてきて!」
昔のことなんか知らねえよ、と、言いたい気持ちをぐっとこらえて、辛抱強くフレイは傾聴する。
女性のヒステリーに逆らってはいけない。
下手に逆らうと切り刻まれたりするからね。
「勝手に双璧に仕立て上げて! 勝手に四天王にまつりあげて! 今度は通商条約制定に協力しろ? なんで決まってから話を持ってくるよ!」
文節ごとにだんだんだんと床を踏みならす。
豪壮な屋敷だけど、床に罪はないので許してあげて欲しい。
「ということは、ペスカトレは現在の地位とかに不満があると?」
「はぁ!? んなわけないでしょーが!」
「なるほど……」
ふむとフレイが頷いた。
だいぶ見えてきた気がする。
帝国の双璧と称えられたことも、魔王の四天王として君臨してることも、べつに不満はないらしい。
今回の通商条約だって、十分に有用性を理解している。
ではなにが気に入らないのかといえば、過程に参加していないからだ。
結果だけを、ぽんと与えられる。
それが嫌なのである。
「そちは明日から四天王じゃ、とか言われて、いっつも議論の余地なく従わされてんのよ! あたしは!」
「断るわけにはいかなかった、ということだな。断ったら国が割れるから」
「そうよ!」
「そしてカルパチョの決定は正しい。理屈としては。その時点における最善の策だ。だからって頭ごなしに押しつけられたら、たまらんよなぁ」
「…………」
「ようするにこういうことだろ? こういう手で行こうと思うんだけどどうだ? ってまずは相談しろって。ただ決定を押しつけるんじゃなくて、ちゃんと意向を確認してから事を運べって」
「……なんで判るの?」
理解ある歩み寄りを見せるフレイに、ややペスカトレが面食らう。
実際、この男が言うとおりカルパチョの言うことは、だいたい正しいのだ。
ペスカトレが同じ立場でも、それ以上の手は思いつかないだろうってものばっかりである。
けど、ひとは誰しも正しいから従うわけではない。
これが正しいんだからこうしろ、って頭ごなしに言われたら、かっちーんときちゃうのだ。
「まあ、俺も次男だからさ。兄貴の横暴ってやつには泣かされた口なんだ」
肩をすくめるフレイである。




