第21話 貴族の義務
そして盗賊団のアジトには、財宝なんかなーんにもなかった。
「仕方ないね!」
デイジーが死んだ魔族たちのために、一応は聖印を切ってやる。
マリューシャーの御許に誘われ、次こそは真人間になれますようにと。
せめて教団に貢ぐ財宝くらい蓄えられるようにね。
冗談はともかくとして、ちゃんと蓄財して将来に備えようなんて人は、盗賊団なんかやらない。
あればあるだけ使ってしまうに決まってる。
で、なくなったらまた隊商とかを襲うのだ。
「財宝はなかったけど、捕らわれていた女性たちを救出できたからな。戦果としては充分さ」
肩をすくめてみせるフレイ。
アジトにしている洞窟の内部には、二十人ほどの魔族娘たちが監禁されていた。
すでに慰み者にされていたので無事にとはいえないが、救出できたこと自体は僥倖である。
このまま時間が経過したら、殺されるか売られるのは明白だったから。
「彼女たちのことは僕が引き受けよう。城で治療を受けさせて、そのあと家に帰るでも、仕事を探すでも、面倒を見てやることはできる」
どーんとエスカロプが請け負ってくれた。
「そして自分の愛人にしてしまうのじゃな?」
すかさずカルパチョが混ぜ返す。
仲が良いのか悪いのか。
「希望者はそうするけどさ。後宮にはまだぜんぜん余裕あるし。でも誰も希望しないと思うよ」
魔界宰相が両手を広げてみせた。
散々犯されたり殴られたりしてきた女性たちだ。また男のものになりたいとはそうそう思えないだろう、と。
かるく頷く魔将軍。
強制せず、ちゃんと自由意志に任せるのならば、彼女が口を出す筋ではない。
素直でないやりとりである。
だからこそ、たとえばフレイなどはエスカロプの為人が信用できた。
カルパチョと正面から軽口をたたき合えるのは、少なくとも彼女が面白いやつだと認めた相手だけだから。
徒歩で帝都アーイ・スバインに向かう予定だったフレイたちだが、エスカロプが協力を約束してくれたことによって状況が変わった。
馬車を仕立ててもらうことになったのである。
しかも四頭引きの超立派なやつ。
王侯貴族が使うような、おとぎ話に出てくるような、あれだ。
まあエスカロプは王侯貴族なんだけどね。
「……歩こうぜ。みんな」
その馬車を見た瞬間、フレイがこぼした感想がこれである。
家紋入りの馬車で旅とか、すっごく遠慮したい。
そもそも、べつに徒歩の旅だって困っていないのだ。比較的体力のないミアやデイジーでも無理なく歩ける旅程を組んでるし。
こんなこっぱずかしい馬車に乗るくらいなら、歩きの方がぜんぜんマシだって。
と、思っていたのだが、そこまで毛嫌いしていたのは彼だけだった。
「すごい! 貴族みたい!」
「椅子のクッションも柔らかいわね。お尻が痛くならないですむわ」
デイジーとミアははしゃいじゃってるし、モノにこだわらないヴェルシュとガルは淡々としてるし。
カルパチョとパンナコッタは、もともと帝国貴族だから、とくに珍しがってもいないというね。
「……俺、御者やろうかな……」
「きみはなにを言ってるんだい。フレイ。下々の者の仕事をお客さんが奪ってどうするんだよ」
御者には御者の、庭師には庭師の仕事がある。
彼らはその仕事で身を立てているのだから、できるからって主人や客人がそれを奪ってはいけない。
むしろ率先して仕事を流してあげるくらいでないと。
「いやいや旦那。俺、下々だって」
庶民である。
名乗るべき家名もない。
「下々は、侯爵と仲良くしたり魔将軍を恋人にしたりしない」
「おうふ……」
ばしっと否定されちゃった。
これでスフレ王子とも親しいとかエスカロプは知ったら、無言でぽんって肩を叩かれそうだよ。
そんなわけで無事にフレイも車中の人となった。
さすがは帝国の実力者が公式の場に出かけるときの馬車である。八人がキャビンに座っても、なお余裕がある。
ちなみに、本来はこの後ろに荷馬車とか徒歩の従者とかが続くらしい。
「無駄遣いだよなー」
「無駄遣いも貴人の義務じゃよ。フレイや」
足を組んだカルパチョが笑う。
庶民は、とかく領主や貴族の浪費を嫌う。
俺たちの納めた税金で贅沢してんじゃねーよ、という心理はじつに判りやすい。
「じゃが、それは悪手なのじゃ。上が締まり屋すぎると、下のものは安心して散財できぬでな」
たとえば、役人は給料をもらいすぎだ、役所は人を減らせと文句をつける。
それで役人の給料がさがった場合、お役人様ですらこのくらいしかもらってないんだから、お前らの給料はもっと低くて良いよな、という話になってしまうのだ。
そしてみんなが貧乏になり、持っている人間をうらやみ妬み非難するということになる。
なんとも寂しい未来図だろう。
「じゃから、他人の給料を下げさせるとか、他人に金を使わせないようにするのではなく、俺にもっと給料をよこせというのが正しいのう」
持っているやつがぱーっと使う。
そうすることで街に金が回り、儲ける人間が増える。
儲けたやつは、その金で食ったり飲んだり遊んだりと金を使う。
すると飲食店が潤ってゆく。
飲食店が潤えば、そこに食材や酒を卸す問屋が潤う。
問屋が潤えば、農家や猟師からますますたくさん仕入れるようになり、生産者たちが潤う。
そうして生産者たちは、儲かった金を持って街へと繰り出す。
「つまり、すべて繋がっておるのじゃよ。金を使うなというのは、その流れを止めることになってなってしまうのじゃ」
血の流れが止まれば、足や手も壊死してしまう。
経済も同じである。
「なるほどなあ。だとしたら俺たち冒険者が金を使うのも、世のため人のためになってるのかもなぁ」
ふむふむとフレイが頷いた。
大きく稼いで大きく使うというのが冒険者の不文律みたいなものである。
それじゃなくても胡散臭い連中なんだから、金払いくらい良くないと誰からも歓迎されない、というのが理由なのだとフレイは思っていた。
だが、カルパチョの話を聞くと、経済を回す一助になっているような気がする。
少し嬉しい。
「俺が使った金で、救われてる人がいたらいいな」
「そちならそう考えると思っておった」
魔将軍が笑う。
彼女の恋人はこういう人間なのだ。
お節介で人情家。自分のことより他人のことを優先するお人好し。
放っておいたら、どんなトラブルに巻き込まれて死んじゃうか知れたものではない。
「儂が守ってやらねばのう」
「いやいや。わたしが守ってあげないと」
にょきっと、ミアが割り込んでくる。
経済の話とかは判らないけど、フレイが危なっかしいのは事実だもの。
「どーしても守り切れないときは、わたしがひと思いに殺してあげないと」
「怖いわ!」
ミアさん相変わらずです。
「だれかにとられるー くらいならー」
「怖い歌を歌うな! どこも越えないから!」
「もちろんボクも守るよー そのためにマリューシャーに帰依したんだしー」
デイジーも口を挟んだ。
幼い頃フレイに救われた彼は、いつか恩に報いるため神官の道を志したのである。
「ならば某は、そのデイジーを守ろう」
「私も私も」
ガルとパンナコッタが、デイジー教徒の本懐みたいなことを口にする。
まあ、基本的にバカばっかりだから。
「何の団体なのか、さっぱり判らなくなってくるね」
「フレイと愉快な仲間たちさ」
やれやれと肩をすくめるエスカロプに、ヴェルシュがこの上なく簡潔な答えを渡す。
まるっきり他人事みたいな怠惰ドラゴンであった。
「きみだってそれに含まれているだろうに」
「いやあ、俺は記録係だよ」
ちっちっちっ、と指を振る。
一万五千年の惰眠から醒めたら、世界にはこんな面白い連中がいた。
こいつらの生涯を記録し、眺めることでまた一万年くらいは退屈しないで済みそうである。
温泉紹介ムービーよりもずっとエキサイティングだもの。
ただまあ、簡単に死んでしまうと面白い記録にならないので、死なないように守ってやっているのである。
「なるほど」
深く深くエスカロプが頷いた。
こいつら、自分だけはまともだから、このおかしな連中を守ってやらないといけない、と思っているらしい。
一人残らず。
自覚のない朱が、ごっちゃごちゃに混じり合ったあげく、もうフレイチームは真っ赤っかだ。
「僕にも感染したらどうしよう」
思わず呟いてしまう四天王の一角である。




