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第11話 終焉のとき


 ぼこぼことガルの筋肉が盛り上がる。

 目を血走らせ、歯を食いしばり、一歩も退かない構えで押し込む。


 牛頭魔人も同様だ。

 力比べである。


 が、やはりガルが押され始める。

 仕方がない。身長で五割近く、ボリュームなら二倍以上の差があるのだから。

 そもそも、怪力モンスターのミノタウロスと短時間でも力比べが成立する方がどうかしているのだ。


 フレイとかだったら、最初の一撃でべちゃっと潰されちゃう。


 押し込まれ、ついに膝を突くガル。

 牛の顔が、にやりと嗜虐の笑みに歪む。


 しかしその瞬間にデイジーの詠唱が完成し、奇跡の光が半裸コート戦士を包んだ。


「きみの力は空をも支えられる! ガル! 頑張って!」


 ちゅっと投げキッス。


「ぬおおお! 勇気百倍!!」


 剛力の御業(みわざ)と、デイジーへの愛によって勢いづいたガルが一気に盛り返した。

 ミノタウロスが二歩三歩と押し戻される。


 そして、そのまま踏ん張れずに、どうと後ろへと倒れた。

 なにが起こったのか判らず、視線をさまよわせるモンスター。


「ガルにだけ集中しちまったな」


 隠形を解いたフレイが、すっと姿を現す。


 右手に装備する変わった形の剣はジャマハダル。パンチダガーとも呼ばれる突き刺して使う短剣だが、ちゃんと刃が付いており切り裂くことも可能だ。

 たとえば、いまフレイがやったように。


 最初に室内に飛び込んだフレイは、一転してミノタウロスの視界から逃れると、そのまま隠形して気配を消した。


 普通であれば無意味だ。

 いま現在戦っている相手のことを意識から消しちゃうバカはいない。

 しかし、直後にガルが突っ込んできたことにより、ミノタウロスの注意はそちらに向いてしまった。


 もしあのまま力比べで勝負が付いていたら、モンスターはすぐにフレイのことを思い出しただろう。

 そうさせないためにデイジーは奇跡の力でガルをバックアップした。


 一時的に押し返されたミノタウロスは、体勢を立て直すために後退する。それこそが、フレイが待っていた瞬間である。

 地を這うような低い姿勢で走り込んだ彼は、狙い澄ました一刀で魔人の膝裏の腱を切り裂いた。


「そして、ミノタウロス退治はやっぱり短剣でないとね。炎の精霊王(イフリート)よ! あいつにすべてを断ち切る力をあげて!」


 ミアの魔法が完成し、フレイの剣が真っ赤な光を放つ。


「いって! フレイ!」

「了解だ!」


 ジャンプ一番、起き上がろうともがくミノタウロスに躍りかかったフレイ。

 一撃で首を切り飛ばした。






「お見事!」

「ガルも!」


 ぱぁんと派手な音を立て、リーダーと戦士が右手でハイタッチを交わす。


 完全に上手くはまった。

 四人とも、一切の無駄な動きなしで強敵を打ち倒すことに成功した。


 ガルが囮役(デコイ)というのは、わりといつも通りの作戦なんだけど、ここまで完璧に敵が乗ってくれるのも珍しい。

 まあ、牛頭魔人はあんまり頭の良くないモンスターだからね。

 人間たちの動きの裏とか、読めなかったんだろう。


「ここまできれいに決まるとさすがに気持ちいいわね。わたしが切り刻まなくても」

「うんうん」


 ミアの相変わらず異常な発言を、にっこにこ笑いながらデイジーが受け流す。

 誰も怪我をしなかったことが嬉しいらしい。


 さすが天使(デイジー)

 悪魔(ミア)とは、考え方の根っこが違いますよ。


「さってさて。お宝はありますかね」


 ジャマハダルを隠しに戻し、ぐるりとフレイが部屋を見渡した。

 まず目に付くのが巨大な魔力炉である。

 ここが動力室だったっぽい。


 牛頭魔人は魔力を存分に浴びていた、ということだろう。それがどうしたって人間なら思ってしまうが、モンスターの気持ちはモンスターにしか判らないのである。


「あれ?」

「どしたの? フレイ」

「ミノタウロスが使っていた武器がない」


 倒れたときにどこかに飛んでいったのかときょろきょろと探すが、やっぱり見当たらない。

 よく考えたら、転倒したときに落としたような音もしなかった。


「それってもしかしたら……」


 ぴこーんと閃く。

 すごく良い予感を抱きつつ、死体を調べる。


「これか?」


 フレイが目星をつけたのはミノタウロスの右腕にはまっている立派な腕輪(ブレスレット)だ。

 黄金の台に設えられた赤い宝玉が、なんだか美しくも禍々しい。


「ミア。ちょっと見てくれるか?」

「ん。たぶん間違いないと思う。その宝玉に転移魔法っぽいのがかかってる感じ。パンナコッタに調べさせないとキチンとはわかんないけど」

「まじか!」

「まじよ!」


 手を取り合って喜び合う。

 だって、すべての冒険者にとって憧れのアイテムだもの。

「収納袋」って。


 もう人間の間では失伝してしまった遺失魔法の一つである。ようするに異空間転移魔法の応用で、物質をどこか別の場所に保管できるらしい。

 もちろん容量はあって、このアイテムを持っている唯一の人物であるガイツの収納袋は、馬車一両分程度のキャパシティだ。


 それでもものすごく便利である。

 だって、冒険で得た財宝を、持てないからって諦める必要がほとんどなくなるんだよ? 重さだけでなく、かさばるから持って帰れなかったお宝も、これからは諦めなくてすむ。

 それがどれだけ嬉しいか。


 もう、こんなに嬉しいことはないって感じだ。


 慎重にフレイが腕輪を死体から剥ぎ取る。


「呪われてるかもしれないから、まずは祝福するね。壊れちゃっても恨まないでね? みんな」


 床に置いた腕輪にデイジーが近づき、錫杖の先を向ける。


「マリューシャーよー 大いなる祝福をあたえたまえー」


 ぽわわわーんと、光がブレスレットを包んだ。

 三人はドキドキですよ。

 どうか壊れませんようにって、ミアなんか信じてもいない神様に拝んだくらいだ。


 やがて光がおさまり、床の上には禍々しさのなくなった腕輪が残された。

 金の台に赤い宝玉は変わっていないのに。


「啓示もあったよー 中に入ってる剣を、この城とともに眠らせよ。だってさー」


 言って、デイジーが宝玉に触れる。

 次の瞬間、床の上にいくつかの武器が散乱した。

 その中にはミノタウロスが振るっていた大斧もあったが、たしかに一振りのロングソードもある。


「この剣なのか? デイジー」

「うん。六百年くらい前に、ここで最後まで戦って散った騎士のものなんだってさ。彼の妄念が、このお城を現世に留めちゃってるみたいだね」


 魔力炉が生きているからモンスターが集まってくるのではなく、集まってきたモンスターの魔力を奪い、魔力炉が生きながらえている。

 そいつらが持っていたマジックアイテムなども、エネルギー源として使いながら。


 つまり魔力を求めてやってくるモンスターをエサにして魔力を蓄え、さらにモンスターやマジックアイテムを集めてゆく。

 おそらく牛頭魔人は最初からここのボスだったのではなく、何代目か何十代目かの管理人なのだろう。


 それを為したのが、このロングソードの持ち主の怨念というわけだ。


「なるほど……」


 深沈とフレイが頷く。

 あるいはナナメシを襲ったのは、なにか因縁があったのかもしれない、とも思う。

 が、デイジーに訊ねたりはしなかった。

 なんとなく、根掘り葉掘り訊くようなことではないような気がしたのだ。


「ていうかさ。啓示ってそんなにはっきりと聞こえるもんなの?」


 ミアが首をかしげる。

 神の啓示ってのは、もっと抽象的でどうとでも解釈できるような、そういうのが多いはず。


 だから彼女たちエルフは神様が嫌いなのである。

 はっきりとした指示も出さずに、行動してからそれは違うって文句をつけるような連中だから。


「んー ボクはわりとちゃんと聞こえるタイプらしいよ。ユリオプスさまもすごいって言ってたー」


 ほえほえーっとした顔のデイジー。

 何だろうねこいつ。神様にまでえこひいきされてますよ。

 肩をすくめるミアだった。


「よっと」


 横目に見ながらフレイがロングソードを拾い上げ、魔力炉に近づいていく。

 そしてゆっくりと振りかぶり、コア部分へと突き刺した。


 苦悶するように魔力炉が震える。

 明滅を繰り返し、やがてその光も消えていった。


「これで、この遺跡は死んだわ。じきに自然へと帰っていくでしょうね」


 近寄ってきたミアが告げる。

 無言のまま、フレイは魔力炉に突き刺さった剣に一礼した。


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― 新着の感想 ―
[一言] >なんとなく、根掘り葉掘り訊くようなことではないよ>うな気がしたのだ。 > >しぜ しぜ?
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