溺れた人魚
ストックっていくつあってもたりませんね。
物心ついた時には自分が領主になる定めだった。
人魚の回復魔法が自分以外に使えないと分かった兄の行動は早かった。
領主の道を早々に諦めて剣を手に取った。
「俺は自分の傷は自分で治せて回復要らずの最強の剣士になれるみたいだから、領主はシャルにあげる。」
そう、たまたま隣の領地から来た領主の弟の男に言われたらしい。
それからという物、母からも父からも教師からも領民からも。
「次期領主はシャルロッテ」
そんな風に言われて私も別に嫌じゃ無かった。皆を守る領主になると信じて疑わなかったはずだったのに。
*
「シャルロッテー!早くおいでよ!」
領民の仲良くなった女の子。親友だって言い合っていた、特別だった。
「まって!危ないよ!」
馬車も多く通って、賑やかで祭りのその日の道でそういったのは私だったのに、走って行ったのはあの子だったのに。
馬に蹴られたのが私だなんて笑えない。
「シャルロッテ!!」
あの子の心配する声と、周りの心配する声。それに痛みも一瞬だった。
無意識に魔法が体を守った。全身に鱗が張っていくのが分かった。酷く深い傷が癒えそれから擦り傷なんかも癒えて鱗も薄くなった。
心配してくれたあの子に応えようとあの時、顔を上げるべきでは無かった。そうすればいつもの屈託のない無邪気に笑う子で。
「え。魚みたいで案外気持ち悪い。」
そんな事を引き攣った、蔑んだように笑う子では無かったのだから。
周りの人間達も引き攣っていた。初めて見たのだろう希望と嫌悪の目。祭りを楽しんでいた人間たちがすれ違うたび鱗の張った私を見て口角をピクピクとして笑うのだ。
「なんだか、海の魔獣のようね」
すっと背筋が冷えた。
だって、私は皆の期待の次期領主で。
だって、私は血統きっての天才の人魚で。
だって、私の魔法は皆の傷を癒して顔を明るくするもので。
だって、わたしの血肉は...こんな顔の領民にささげるものでは無かったはずだ。
「あ、ごめんねシャルロッテ。でも、無事でよかった。本当にもうびっくりしちゃった、早く行こう?次はちゃんと周りを見てついてきてよね、ほら」
そう言ってあの子は先に歩いて行った。
でもどこが、無事なんだ。馬に蹴られたの、すぐに治ってもすぐに癒えても、一瞬は本当に痛かった。
もっと、心配してくれれば笑えたのに。
どうして平然と祭りを楽しむの?
どうして誰も手を差し伸べてくれないの?
私はどうしてこんなやつらを守る領主にならなければいけないのかしら。
「ねえ、大丈夫?地面に座っていたら冷たくなあい?」
「なに一緒になって座ってんだよ、汚れてるぞソフィア。ん、おいお前服ボロボロじゃんか。」
スカートが汚れるのも気にせずにすとんと横に座る白髪の少女。ソフィアと言うらしい。
呆れる白髪の男の子は見かねて上着をかけてくれた。
「うわっ、ソフィア!アーサー!泣かせたの!?」
勘違いして慌てる金髪の男の子の言葉で自分が泣きだしたのに初めて気が付いて慌てて拭った。
奥からやって来て三人を見守りながらもその後を暖かく包んでくれた二人には見覚えがあった。
隣の領地の人だ。
隣の領主様と一緒に屋敷に来ていたのを見た事がある。それなら、
「あなた達は、隣の領地の子?」
「そうだよー、お祭りだからね、遊びに来たの。」
後でソフィアが自身の領地の祭りには嫌がられるから行けないのだと知った時は寂しくなったのと同時に、不謹慎だけど同じで嬉しくなった。
「シャルロッテちゃんよね、大丈夫?何があったのか分からないけど一度帰りましょう。」
「あ、はい。ちょっと馬に蹴られたので…」
多分、女の子の母親なのだろう顔は似ていなかったがふわっとした雰囲気が良く似ていた。
落ち着いている人かとおもったら私が馬に蹴られたのを知った途端私を抱いて走りだした。案外遠くもなかったようで、すぐに両親のもとに着いた。
後ろから男の人が三人を抱えて追ってくるのが見えて笑ってしまった。
「フィーリア!急に走らないでくれよ!」
「だ、だって馬に蹴られたのよ!?大丈夫?痛い所は?」
「気持ちはわかるけど、子供たちが置いてけぼりだしそんな急に走ったらその子も驚くだろう。」
「あっ…」
両親は私に傷が無いのを見ると落ち込む女の人に両親が感謝を告げていた。
母は私の着替えを手伝ってくれた。
「感謝しなくてわね。シャルが無事でよかったわ。」
「傷は自分の魔法で治ったのよ?」
そういうと母は少し悲しそうな顔をした。
「私達はすぐに怪我治るでしょう。だから、領民に私たちは怪我をしても問題ないとおもわれているのよね。それに、すこーし気味悪がられるわ。」
「わたしは…」
「ごめんね、シャルロッテ。先に伝えておくべきだったわ、駄目ね大人になってもいつもおこってしまってから気が付くなんて。」
「お母さんは悪く無いわ。」
悪いのは全て領民だ。
そう思ったが母がそれを言わせてはくれなかった。
「でもね、あの人達がいるから私達は領主たれるのよ。守るべき領民は確かに全員が私達にとっていい人ではないかもしれないけれど。感謝してくれる人もいるのよ。戦場から無事に旦那が戻って来たのは私達のおかげだわ、ありがとうって。」
そう言って母は嬉しそうに言ったが私にはあの領民たちに感謝されても嬉しいかはその時もまだ分からなかった。
「…領民が皆、あの子見たいだったら良かったのに。」
「あら、あの子って?ソフィアちゃんの事?」
「そう。あの子綺麗な服着てたのに私と一緒に座って汚しちゃったのよ。それなのに気にしないで私に心配してくれたの。」
「あらあら。いい子ねえ、じゃあ後で何かお礼しなきゃね。」
「私のお気に入りのクッキーをあげるわ。」
「ふふ。それは良いわね、美味しいもの。」
ソフィアは笑って貰ってくれた。ありがとうはもじもじしていたし小さくて聞こえなかったけど言ったのだと兄というアーサーが教えてくれた。
「あ、雨が降ってる。」
ソフィア達の両親と子供たちで集まった部屋でソフィアの声につられて皆が窓の外を見ると小さくだがポツポツと窓にあたる雨が見えた。
私の両親とルーアノの両親は祭りの運営となにか難しい話で忙しそうにしていた。
戦争という物が終結に向かっていたらしいその時期は祭りもギリギリまでやるかやらないかで論争していたそうなので、何かと大変だったのだろう。
「本当だね、強まらないと良いが。」
帰れなくなってしまうと漏らしたソフィアの父の言葉に私は内心嬉しく思ってしまった。
1つは、ソフィアが長くここにいるという事。
せっかく仲良くなれそうなのだ、まだ一緒に居たい。
1つは、馬に蹴られた私を蔑んだあの子が雨に濡れた事。
一人にで先へ向かったあの子はまだ祭りの渦中だろう。雨に濡れたあの子は誰と一緒に居るのだろうか。
きっと、どんなに時間がたってもどんなに領民を大切に守ろうと頑張ったとしても。
多分、私は雨に溺れ、帰り道を失うあの子を思い描いては笑ってしまうのだろう。
**
先に向かった少女は友人を待つ。
盛り上がった祭りの中、海を纏った巫女が台で舞う姿に目に奪われながら。
「わあやっぱり綺麗、シャルロッテったらまだ来ないのかな。見た事無いって言っていたから見せたかったのにな。」
【ねえ、あなたは人魚をみたのかしらあ】
「え?人魚ってシャルロッテの事?大切な友達よ。」
【そう…そうなのねえ】
「あ、雨だ。シャルロッテ大丈夫かな。」
【友達思いなのねえあなたは帰らなくていいのかしらあ】
「そうだなあ。もう少しシャルロッテを待とうかな。あなたは?」
少女が振り返るもそこに人の姿はなく、騒ぐ祭りの明かりも、舞う巫女も、少女の目には映らない。
**
「あれ、すぐに雨やんだね。」
「あら、ちょっと残念。」