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とんだうさぎのさき  作者: かしゆ
5/12

雨の兎5



「せ、先生!絶対二人と一緒に戻ってきて!」



「…頑張らないとですね。」


泣きそうな生徒の顔を見送ってナッシュは夜へと向かう。


ナッシュは凡人である。膨大な魔力を持った兄妹と才能ある領主の息子の先生をしてはいるが、生まれは貴族でも無く平民の出で、努力で領主の子供たちを任されるまでになったのだ。

それも、たとえ生きて兄妹を連れ帰ったとしてもこのままの立場とはいかないだろう。雨の日に兄妹が森に行ったのもナッシュが担当する学びの時間の事だった。今回もいづれは行かなければ行けない森への訓練だったとしても夜に近づいたソフィアに気付くのが遅れたのはナッシュの監督不行き届きである。


任された当初も責任の重さと魔力量からして面倒な生徒に就いたものだとナッシュは自分の不幸を嘆いたものの、残念ながら今や可愛い生徒である。


ナッシュが夜へ入ると膨大な魔力の熱さに膝をつく。


「浅いこの位置でこれとは…」


太陽の型のナッシュには魔力の変化は温度で感じられる。通常、体内で生成された魔力とは別に周りから取り込む魔力は周りの魔力濃度と一定を保つようにできている。その為、この膨大な魔力濃度に耐える為には魔力容量が通常のナッシュは常に冷気を魔法で纏うしかこのレスト区域で動いていられない。

周囲の魔力のお陰で魔力量が尽きる事はないが魔女の圧力と常に魔法を使って居る事での疲労がたまる。


幸いまだ、魔獣が出るような位置ではないがソフィアとアーサーがどこまで億に連れ込まれたのか分からない以上出会う可能性は低くない。

それでも、見つからないように慎重に行動しすぎても時間がかかっては意味が無いし、焦って命を落とし二人を連れ戻せ無くとも最悪だと堂々巡りの思考を振り切ってナッシュは辺りを見渡す。


レスト区域の夜は暗いが一度中に入ってしまうとテーム区域とは別の精霊が居る明かりで見えないという事はない。それに奥から魔女の魔力が辺りを照らすように光っている。まるで夜の月の様に光るそれに向かってナッシュは駆ける。


二人を連れ去った無数の手の跡だろうか丸く道や樹が抉られている。樹を避けずに走っていけるのはありがたいが、誘われているようで不気味だとナッシュは嫌悪を覚える。



「考えても仕方ありませんね。」




:::::::::::::::



アーサーとソフィアを命がけでナッシュが探す一方、二人は夜の手から解放されレスト区域の中心におり一人の女と対峙していた。


魔女の魔力で覆われた場所なのだろうドーム状に広がった月色のそこの中心の岩の寝台に女は足を抱えるようにして座っていた。兄妹よりもはっきりとした白色の長髪に月色の瞳を携えて女は泣いていた。



“やっと来てくれた。ずっと待っていたのに遅かったじゃない”


落ちた涙が女の着る黒の修道服にシミを作る。



「シスター?」


ソフィアがそう呟くのにアーサーはぎょっとしてソフィアを見る。


「知り合いなのか!?待ってたとか言ってるぞ!」


声を荒げるアーサーにソフィアは悩むような仕草を見せる。ソフィアの知っている修道服を着て知っている顔をしているのだが雰囲気も髪の色も目の色も違ったのだ。


「いや、ほら。多分魔力溜でお世話になったシスターだと思うんだけど所々違うというか。」

「え、あのシスター?」


ソフィアにそう言われじっと女を見るアーサーだが顔をソフィア程よく見ていなかった為か一致する事は無かったのか首を捻る。


“酷い”

「酷い」


「いや、なんでだよ!所々ちがうんだろ、一度会っただけのシスターだってわかるかよ!匂いも違うし。それに、あんな変な手でここに無理やり連れてくるような奴は俺の知り合いには居ない!」

「あ。」

「あ、じゃねえよ。ソフィアが兎なんか追うからこんな事になったんだろう!?だから、やめろっていったのに!」


“兎なんかって酷い。私のペットなのに。”

「っう。悪い。」


何故か謝るアーサーに罪悪感から顔をあげられないソフィア。

シクシクとまだ泣く女は、でも、と口を開く。


“ソフィアは可愛がってくれるわよね”

「え?」


「ソフィア!」


急に名前を呼ばれたソフィアが顔をあげると笑う女の背から来る夜の手に掴まれ女の方へと引き寄せられ、ソフィアとアーサーを引きはがす。繋がれていた手は意味が無いように、無情にも離れていく。アーサーは女の方へ向かおうとするがドームの外から延びる夜の手にとらえられる。


「っんだよ!これ!離せ!」

「に、兄さん!離して!なんなのよ!別に私あなたに合いに行くなんて言ってない!待っていてもらった覚えも無い!」


“ふふ、約束はしてないわよ?だから呼んだじゃない。それに応えてくれたでしょう?”


女は引き寄せたソフィアを自身の座る向かいに無理やり座らせる。


“ここは私の管轄なの、でも長く一人だったから寂しかったのよ。雨の日にあの子の魔力に近い二人を見つけて街でも会えて嬉しかったわ。そしたら今度は近くまで来てくれるんだもの、もっとすごーく嬉しくなった。でも、中まで全然来てくれないんだもの待ちくたびれて呼んじゃった。この区域外だとあなた達にしか声が届かないんだもの、ちょうど良かったのだけどね”



「呼んじゃったにしては手荒くないかなあ!?」


“あー、もう近くで大きな声出さないで頂戴”


女は泣いたまま、耳をふさぐ。女の意思に反応するように夜の手がソフィアの口を塞ぐ。


「んむっ、んー!?」

「ソフィアに何するんだよ!離せよ!離せってば!」



“しーっ。静かに、静かに話しましょう?起きちゃうわよ?”


女がそういうと夜の手の指がアーサーの口に押し当てられる。

ポロポロと今だ涙を流す女の視線の先にはアーサー達の数倍はある大きさの兎の魔獣がいた。アーサーの視線を追ったソフィアもそれに気が付きおおよそ可愛げの欠片も無く眠るウサギ目の魔獣に目を見開く。


“何か聞きたい事はある?”


「「…」」


“大丈夫よ。騒がなければ起きないわ。”


「お前はリズの魔女なのか。シスターなのか。」


レスト区域であるこの場所を女は自分の管轄だといった。つまりはそういう事だろう。

女。いや魔女と言った方が正しいのか。魔女はアーサーの問ににこりと微笑む。


“どっちでも正解よ。でもリズ本人じゃないわ、あの子は引きこもりだから。”


お友達なの、と笑みを深める魔女に兄妹が目を開く。魔女が一人だという事実はない、だが最古の魔女であるリズ以外が表の歴史にいる事は無かった。レスト区域も全てリズの支配領域だと認識されていた。

世界各地に点在する理由も複数の魔女がそれぞれ支配していると考えればなんの不思議もない事だがそれだけ最古の魔女リズの影響力が大きく、もしくは他の魔女がリズの名を使ったと考えるべきか。

引きこもりだというその魔女の言葉を信じるなら何故、その名がここまで知れ渡っているのか。

アーサーは考えるが、聞いた方が早いかと口を開こうとするがソフィアがもごもごと何か言いたそうにしているのに気づく。


「…もううるさくしないだろうから、ソフィアのそれ放してくれないか。」


ソフィアが勢いよく頷く。


(兄さんよく言った!)


魔女は少し考えるようにしていいわよ、と笑い泣く。


「はあ、ちょっと苦しかった。」

“あら、ごめんなさい”


「え、うん。ほんと。良くないと思う。」



“…”

「…」


いや、その通りなのだが、あっけらかんとした態度のソフィアにアーサーと魔女さえもが引く。アーサーは呆れたようにため息をつく。ソフィアはと言うと存分に呼吸を堪能していた。


「でも、ここに私達を連れて来てどうしたいの。」


“寂しかったから。それじゃダメ?”


「それならシスターの姿で俺達に近づけばここにお前がいる事も知られなかったんじゃないのか。」


ナッシュとルアーノがあそこにいたのだから、何かしら対策を立てて助けに来てくれるはずだ。レスト区域で動ける人間は少ないがゼロではない。

ソフィアもアーサーもそれを知っているから不安視しながらも、こうして魔女と喋って居られる。下手に、騒いで魔女の言う様に魔獣を起こしては助けが入る前に死んでしまう。


“それは、私であって私ではないわ。本当の私はこっちだもの。”


誰も、本当の私を知らないなんて寂しいじゃない。そう泣く魔女の涙は枯れる事を知らずに流れ続ける。


「他の魔女と交流は無いの。」

“魔女の魔力は反発するわ。長くは居られない。”


「俺達も、長くはここに居られない。」

“大丈夫よ、あなた達なら体に支障が出る事はないわ。”


「そういう事じゃない。ここ以外での生活がある。戻らないと皆心配する」

“あなた達の記憶を回りの人間から消せばいいわ”


「記憶は戻るわ」


事実、戻ったソフィアの言葉に魔女は黙る。がんとして帰す気のない魔女にアーサーもこれ以上、刺激したくはないと口を開くのをやめる。

しばらく沈黙がその場包むが、ふと魔女が何かに気付いたように視線を上げる。それに呼応して魔獣が耳を立て前傾姿勢で呻りだす。


「静かにしていれば起きないんじゃなかったのか。」

“呼んでいないお客様が一人来たみたいだからお出迎えよ”

(兎って唸るんだ!?)



瞬間アーサーの後方の魔獣が一際大きく唸るとザシュッと肉の斬れる音がする。


「先生!」


ソフィアがそう叫ぶのを聞いてアーサーもナッシュが来た事を理解する。と同時にアーサーを掴んでいた夜の手がなくなり解放される。

ナッシュは魔力で生成した剣で戦っていた。酷く辛そうにしながらも毅然とした態度でアーサーを守る様に立つ。



“あなたがうるさくするものだったから皆起きちゃったじゃない”

「それは、申し訳ないですね。そのまま永遠に眠っていてくれてもいいのですが。」


「え。先生が来たから起きちゃったの?」


「…アーサー、帰りましょうか。」

「…はい。」

“あら、ソフィアが居てくれるならそれでもいいわよ”



ここに平和的解決案が誕生した。



「わー!ごめんなさい、ごめんなさい!帰る!私も帰るから!」


身も蓋も無い事実だが、ここでそれを言うソフィアにナッシュがイラッとするのはアーサーも庇う事が出来なかった。

ここまで来て危機感のないソフィアにアーサーもナッシュも呆れるが、魔女がソフィアを自身へと更に引き寄せ夜の手が首をなぞるのを見るとスッと緊張感を高める。


(ひえっ。ゾワッとした気持ち悪)

何処までも緊張感が芽生えないのがソフィアである。


“二人いてくれたらうれしいけれど、どちらかでもいいわ。そこの男はいらないわ、直ぐに駄目になりそうだもの”

「私としても、願い下げですが。二人はどちらか欠けると帰った時に物理的に首が飛ぶので返して貰いたいですね。」

“あら、どうせ死ぬなら。ここでくたばって二人とも私にくださいな”



魔女がすっと目を細め、手を横に切るとドーム外の夜の手がナッシュを襲う。


守りのシールドが破られたのは目の前で見た。後ろにアーサーを庇う以上避ける事の出来ないそれを、ナッシュは剣に灼熱の炎を纏わせて焼き切る。


それを見た魔女は今まで枯らす事かった涙を引き嫌悪に顔を歪ませる。


“あなた、太陽の子なのね。本当に…嫌いだわ。”

「光栄ですね。」


ナッシュは胸に手をあててそういうと、魔女の合図で襲い来る魔獣に横一文に剣を振るう。剣の範囲外だった筈の魔獣に炎が伸びて魔獣の耳が足が目が胴が顔が焼け斬られる。

絶命した魔獣は魔核へと変わり血肉も無く消えるが、残った魔獣が切られた事に気付いていないかのようにそのまま突進してくる。

ナッシュは隙を狙ったようにアーサーを連れ去ろうとする夜の手を焼き斬らながらも魔獣を確実に減らしていく。アーサーを庇いながらのその戦いぶりは長く持つはずも無く斬り遅れた夜の手によって体に傷が増えていく。


“そのままずっとその子を守っているつもり?”

「あなたが諦めてくれればそうしなくていいんですがッ」


「先生伏せてくれ!」


アーサーの声にナッシュがひと振りして範囲的に眼前を焼き斬って体勢を低くする。

瞬間に魔核を振りかぶって投げるアーサーに魔女は目を開きつつも自身の背の夜の手で受け止める。


「ソフィア!」


薄くなった拘束の中でソフィアの胸が淡く光る。


それを見たナッシュがアーサーを脇腹に抱え逃げの体勢に入る。


「うえっ」

“あら、ソフィアを見捨てるの?”

「私の生徒は優秀なので自力で戻って来られるようでしてね。」

“は。何を”


「ごめんね、シスター。帰らなきゃ。」


夜の手の拘束を破りソフィアがナッシュの元へ駆ける。











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