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とんだうさぎのさき  作者: かしゆ
4/12

雨の兎4



“こっちよ”



「えっ。」


ここに自分以外に居るはずのない女の人の声を聴いてソフィアは足を止める。

捕まえた白い兎は手から出て行ってしまった。


(精霊の声だろうか)


そう思い辺りを見渡すも、リズの境界の中で辺りに精霊はいない。ソフィアは声のいたレスト区域の方に目を向けるがそこに人が居るはずも無く、そもそも森にはこんな訓練の日でなければ通常人は近づかない。いるのは精霊と獣たちで獣は、鳴きはするが声を発するというのは高位の聖獣であれば思念の会話が可能であるがソフィア達にとってはおとぎ話の生き物である。



「ソフィア。遊んでないでしっかり感覚を掴んでおかないと、森に来るのは今日だけみたいだよ?」


キョロキョロと何かを探すように見えたソフィアに見かねたルアーノが声を掛ける。ソフィアは気のせいかと考えルアーノに一言返事をした後に訓練に戻る。



「やる気は戻りましたか?」


「先生。」


「はい、先生ですよ。」


一番苦手意識が強いアーサーにつきっきりだったナッシュが、教えがひと段落したのかソフィアの様子を見る。長く、集中するだけなのも疲れるだろうとうさぎを追いかけるソフィアをほおって置いたのだが捕まえたのを見て少し感心するほどにはナッシュはソフィアに甘いのかもしれない。


ソフィアはリズの境界の中で淡く光るくらいに魔力を集められるようになった成果を、ナッシュに見せる。


「まだ、ルアーノ兄さんみたいにはいかないです」


「向上心があるのはいいですが、焦りは禁物ですよ。気持ちを変えるためにも手に集中させるのではなく体全体に巡らせるようにしてみたらどうですか。」


「体全体に?」


「はい。私達の魔力は普段、心臓と繋がる魔力の核から血液を介して巡回しています。今行っているのは体の一部に流れを集中させ放出する程度ですが、そもそもの心臓と核との繋がりを広げて魔力の流れる量そのものを多くして体の中に留めます。やり方はそう変わりません、手に集中していたのを自分の心臓に行ってください。もし、体が熱くなるようだったらそこで直ぐに止めてください。」


少し難しいのだろう、ソフィアがこんがらがっているのを見てナッシュは自分の胸に手を当ててここを広げてください。と自分が実践して見せてやる。

ナッシュの胸の奥がうっすらと藍色に光りすぐに消えてしまったと思うとナッシュは手の平に最初に見せた物よりも大きな魔力の塊を出す。


(体が全部光るのかと思った…)


ソフィアがそんな馬鹿な事を考えているとは知らずナッシュは一度、胸のあたりが淡く光ったのを指してこれが目印ですと説明してやる。最後の魔力の塊を出したのは変化を明確にするためであまり関係ない事も付け加えて。

ソフィア達が見ている魔力の光は通常体の中では起きない現象で、例外で体内の魔力の核が大きな魔力の流れの変化に反応した時だけ光る。

魔力譲渡の時に光るのは人から人に移る際に魔力が体外に漏れて空気中に当ても無く広がっているだけで、水が蒸発しているようなものである。



ナッシュを真似て、ソフィアも自分の胸に手を当てる。

ソフィアがスッと胸が軽くなるのを感じると朱銀色に淡く光るとすぐに消える。次第に体全体が軽くなるのを実感した。体の中で魔力を持て余している感覚が覆って不安げにナッシュを見上げる。


「先程までと同様に手の平から放出させてあげてください。ずっと体の中に貯め込んでいるのは危険ですから。」


そこら辺全力で走ってもいいんですけどね。凄い速さで走れますよ。と付け足すナッシュに苦笑いをして、ソフィアは大人しく手の平から魔力の塊を出す。先程よりも大きく広がる炎のような塊と同時に体が軽くなっていたのが元に戻る。


「わあ…すごい。」


感嘆の声を上げるソフィアにナッシュも笑顔を浮かべる。


「あまり、やりすぎると魔力も無尽蔵ではありませんから疲れてしまいます。適度に休んでくださいね。」



そう言うとナッシュはルアーノの元へ向かって離れていくのを見送ってソフィアは女の人の声の事を聞き忘れたと思うがルアーノと話し込むのを見て後でいいかと諦める。




“こっちにおいで”


(まただ。)


訓練を続けようとしたソフィアの耳に届く女の声。

他の人は気づいているのかとソフィアは辺りを見渡すが、ナッシュとルアーノは気が付いていないようだった。



「ソフィアも聞こえた?」


「うわっ、びっくりした。」


「うわって…酷いなあ。」


「いや、ごめん急だったからつい。」


辺りを見渡すソフィアに気が付いて近づいて来たアーサーに驚きソフィアは声をあげる。

それは、そうとアーサーも聞こえたらしい女の声に二人は首を傾げる。レスト区域から聞こえて来た声に何となく怖くなって身を寄せる二人だがじっと耳を澄ませてみても声は聞こえない。

ルアーノとナッシュは訓練に集中しているのか、そんな二人の様子に気付かない。


ソフィアはふと足元に佇む兎に気付き抱き上げる。


(お前が…_?)


「なにしてるんだ。まさか、その兎が喋っただなんて思ってないよな」


「え?あ、お思ってないよ。」


思っていた。ソフィアはそんな思いを隠す為に素知らぬ顔で兎を離してやる。すると、離した兎はレスト区域の方へ向い止まると二人を振り返る。


「…来いって事かな。」

「まさか、童話じゃないんだ。兎が道案内なんてするわけないだろ。どこに向かっているかもわからない。」


「ちょっとついてって見るのは?」

「なし、俺達怒られたばっかりなんだからな。」


「でも、待ってるよ?」

「そう見えるだけだ。やめろよ。」


二人を待つような兎に好奇心を抑えられないソフィアに少しアーサーがイライラと返す。自分が雨の日の森に誘った負い目を持つアーサーはこれ以上ソフィアを危険な目に合わせる訳にはいけないのに、何故分からないんだとソフィアの手をぎゅっと握る。


「行くなよ。」



「アーサー、ソフィアー?何を見ているの?」


少し遠くに居たルアーノが二人の様子に気付き手を振る。呼びかけに反応したアーサーとは別に走り出してしまった兎を追ってソフィアが駆け出してしまう。


「ソフィアッ!駄目だ!」


“こっちへおいで”


「でも!だって聞こえるでしょ!」


“もっとこっちへ”


ルアーノの呼びかけで気を抜いてしまったアーサーは繋いだ手に引っ張られるようにしてソフィアと共にレスト区域に向かう兎を追ってしまう。

普段なら引っ張られる事など無いのに胸を淡く光らせるソフィアに力で負けてしまう。

焦ったように追ってくるナッシュとルアーノと目が合うが距離がある。


「っ止まれって!ソフィア!」


「シールドッ!」


間に合わないとレスト区域とソフィア達の間に大きく壁を作るナッシュ。

これで、ソフィアも止まるだろうとアーサーが安心したのも束の間で、突然レスト区域から出て来た無数の夜の手に割られてしまう。


驚く三人と流石に足をすくめるソフィアだったが、手はそのまま伸びソフィアとアーサーを掴む。



「えっ。あ、兄さん」

「ソフィア!」


目が覚めたようにアーサーを呼ぶソフィア。その不安に満ちた顔は夜からの手で覆われてしまう。ナッシュとルアーノに助けを求める余裕すらなくアーサーはただソフィアと繋いだ手を離さないように強く握った。





リズの境界では夜に連れ込まれてしまった二人に唖然とするルアーノ。ナッシュはすぐに空に魔法を放ち緊急事態を知らせる。


「ルアーノ、いいかい。私はすぐに二人を追う、君はすぐに森から離れなさい。そして、下に乗って来た馬車があるそれでウェンズリー夫妻へ事情を説明しに行きなさい。大丈夫、馬車は私の精霊に動かさせる。非常用の魔力がつんであるから屋敷までは持つはずです。」



ルアーノの肩を掴みそう口早に言うナッシュは精霊を呼ぶとルアーノと共にリズの境界から出るように指示する。

ルアーノは困惑した頭でナッシュの言いつけをまっとうしようと精霊が消えないように触れ合いそのまま精霊に引っ張られるように走り出す。


「せ、先生!絶対二人と一緒に戻ってきて!」


後ろ髪を引かれるように振り返りルアーノはそれだけ言って前を向く。

ルアーノの声にナッシュは笑って応えた。



ナッシュが夜に消える。






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