雨の兎2
「ルーカス伯父さん、アリシア伯母さん心配かけてごめんなさい。森に行った事も…」
俯きながら、シーツを握りしめるソフィアの手に夫妻の手が重ねられる。
「今は、いい。体調を治す事を考えなさい。」
「そうよ、魔力溜まりに気付けなかった私達にも落ち度はあるわ。あなたの両親も魔力量が多いから気を付けるようにしていたのに…。熱で発散できたようで逆に良かったかもしれないわ。」
そう夫妻が言うのも、ソフィアを気遣っていうのもアーサーは魔力溜まりで魔力の暴走を起こしている。その際はルアーノによって被害はルアーノの左腕が不自由になるのみだったが、それをアーサーは気に病んで魔法を使う事に抵抗を覚えさせ1年たっても魔法が使えない。
不自由になるとは言っても極端に力が弱いというだけだと笑うルアーノだったが、初めて人に傷を負わせた記憶はアーサーに酷くこびりついた。
「魔力溜は定期的にシスターの所に行くと良い。ルアーノでもいいが、アーサーの魔力溜の解消も行っているからな。まあ、一年も通えば魔法を使うソフィアなら大丈夫だろう。」
ルーカスが言う、シスターとは協会で働く魔力操作に長け、魔力生産の少ない人間の事だ。
シスターは魔力溜のある人間から魔力を自信を通し魔石に移動して魔力溜を解消する。これに失敗するとルアーノの様に神経に傷をつけ伝達に不具合を起こしたり、上手く魔石に流せないと逆に仲介をしたシスター自身が魔力溜を起こしてしまう事がある。
「お説教は、元気になったら。それからよ。私の可愛い義妹の娘。」
アリシアはそう言って笑い、ソフィアの額にキスを落とす。
ソフィアもそれに笑って応え、ルーカスがソフィアの頭を撫で、ひとしきり心配の言葉を残した後夫妻は部屋を去る。
その後、ソフィアは三日後にシスターの元に行き魔力溜の解消を行い、医者にも、もう大丈夫だとお墨付きをもらい、アリシアから長々と説教を受けた。
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「はい、お説教はこれで終わりよ。次、やったら一か月おやつは無しだからね。」
「「はあい。」」
「ねえ、なんで僕まで?」
「あら、まだ言うのルアーノ。二人を見逃したからよ、後は連帯責任ね。今後も三人のうち誰かが叱られるような事をしたら三人全員でお説教なの。将来、二人に支えてもらいながらも引っ張いく立場になるのよしっかり二人の手を握って置くことね。」
ぶすくれながらも理解はしているのだろう、ルアーノは小さく返事をするのを確認するとアリシアは部屋をでる。ソフィアとアーサーはというと、自分たちのせいでルアーノが巻き添えを食らったにもかかわらず怒られるルアーノにクスクスと笑う。
それを見てルアーノもなぜか笑うが、アーサーは察したのかすっと真顔に戻り素知らぬ顔をする。気付かずに笑うソフィアの左手を右手でギュッと握る。
「えっ、ルアーノ兄さん?」
「ソフィア連帯責任だからね?僕が叱られるような事したらソフィア達も道連れだからね?分かってる?」
笑い続けるルアーノの言葉と握る手のビリビリとした魔力にようやく怒っている事を察したのか、ソフィアはヘラッと笑う。
「あー、いや、うん。分かってって、イッッッタアッー、ぁ」
急に指を抑えて痛がるソフィアにぎょっとしながらも巻き込まれたくないからかソフィアの背を摩るだけで何も言わないアーサー。
因みに、ルアーノが何をしたかというと握った手の親指に魔力を鋭くして置く。ルアーノのあってもなくても支障のない特技の一つで置物の角に小指をぶつけた時のような痛さを再現できる。魔力操作の才能があるからこそできるルアーノの才能の無駄遣いで、アリシアに教わったものだったりする。
「ご、ごめんなさい。」
痛みに悶えながらも謝るソフィアに1つため息をついて魔力を飛散させ親指をにぎってやる。
「分かってくれたみたいで良かった。いい子」
(全然、良くない。怖すぎるなんでまだ指握ってるかなあ!?)
顔を青くさせるソフィアに流石に可哀想になったのか、ルアーノはもう怒ってないよと指を離してやる。そして、ソフィアを少し心配そうに見つめるアーサーに目を向け左手でアーサーの手を掴もうとする。
「…え、俺も痛いのやられるの。」
「やって欲しいならやるけど?少し左の調子が悪いから魔力貰おうかと思って、この後に学びで森に行くみたいだしね。」
「ああ。って、森に?」
一度、反射的に手を引いてしまったアーサーは急に手を差し出してきた理由に納得しながらも後半に引っかかる。それには、ソフィアも今日の学びの時間は自分の記憶を確かめる為に基礎の復習と聞いていたけどなと首を傾げる。
(復習に付き合わせるのは申し訳ないと思っていたけど、どういった心変わりだろうか。)
「そんなに見たいなら見せてやろうって、兎。結局見てないんでしょ?ほら、アーサー手ちょっと貸して、魔力も溜まっていたし丁度いいだろう。」
「ん、悪い。」
兎が見られるのかと内心喜びながらも、ソフィアの興味は兄達の魔力の譲渡に向く。
魔力の譲渡は魔石への仲介と違い貰う側の魔力に上手く馴染まないと反って反発しあって消しあってしまう事がある。血液が合わないと凝固してしまうようなものらしく、魔力に
も4つの型があり基となる。大地の型と重力の型、太陽の型と最後に時間の型に分けられる。
ウェンズリー家は時間の型の者が多く、ソフィア達も時間の型である。時間の型はアルミリオン王国の中でも人数が少なく、一番多いのは太陽の型だ。
魔力は基本的には体外にでると重力に逆らって流れる。
アーサーの両手の上にルアーノの左手が重ねられる徐々にルアーノに引っ張られるようにして朱銀色の光がルアーノの左腕に広がり、ルアーノが魔力の繋がりを切ると碧色に変わり溶けるようにして消える。ルアーノはぐっと左手で握りこぶしをつくると大丈夫そうだと呟く。
それを聞いてアーサーも安心したのか、顔が晴れる。
「おお…、魔力の色が変わった。」
ソフィアは消えてった魔力を追いながらそうポツリと溢す。
「ソフィアは見た事なかったっけ。」
「ない、…と思う。見た事ある?」
ルアーノに言われ戻った記憶を振り返るも、兄達が譲渡をしたところを見た記憶はない。忘れるような光景では無かったのだがと、ソフィアが首を傾げるのと一緒にアーサーも首を傾げて目線を合わせてやる。
「なんで、兄ちゃんに聞くんだよ。無いけど」
ソフィアは無いのかと結論付けながらも、傾げた首を戻しヘラっと笑って見せる。
「いや、ほら戻ってない記憶がなきにしもあらずじゃない?」
「それ、単純に忘れるだけじゃなくて?」
「それだな。ソフィアは鶏頭だかんな。」
「非情!無情!かわいい妹になんて扱いだ!鶏にあやまれ!」
ルアーノは明後日の方向に指を指してそう言ったソフィアに鶏に謝るのかとどこがずれているなと呆れながらも、卵屋は反対だなどとこれまたずれた…というか無意識にソフィアを煽るアーサーにため息を吐く。
「はい。もう鶏の話はいいから母さんに怒らる前に森に行く準備をしよう。」
アリシアの説教はもうコリゴリだと三人の心がやっと一致したタイミングでミリアやってくる。
「ナッシュ先生がお見えになりましたよ。」
ナッシュとは三人の学びの時間に教師をしてる人物でソフィアにとってはあまり好きではない学びの時間の象徴的存在で、若干嫌な顔をしてしまう。
(兄さんと森に行った事怒られるだろうか。)
さぼってしまったうえに風邪を引いて帰って来た生徒に怒るのは当然の事として、迷子の二人を見つけてくれたのもナッシュだったりするのだから頭が上がらない。
三人がナッシュの待つ部屋を向かうと腕を組んだ長身の男が立っていた。
クラレンス・レーナ・ナッシュその人である。
「やあ。おはようございます、ミスタールアーノ・ウェンズリーにミスターアーサー・レプレ・ウェンズリー。そして、ミスソフィア・レプレ・ウェンズリー。」
にこにこと穏やかとはいいがたい雷のような魔力を纏い笑う師に三人は顔をひくつかせる。
「「「おはようございます。ナッシュ先生」」」
「雨の中の森はどうでした?アーサー、ソフィア。」
「その節はご迷惑おかけました。」
ナッシュの問に、アーサーがそう言って頭を下げるのを見てソフィアも慌てて頭をさげる。
「ごめんなさい…でした。」
「はあ。心配したのですよ。」
頭を下げる二人の肩にナッシュは手を置く。
痛まない程度に握られた肩に二人は何を感じるのか。
肩からナッシュの手が離れ二人が顔を上げた時には普段通りに優し気に笑う先生がいた。
「まあ、お叱りはウェンズリー夫人から十分に受けたと聞きました。私の仕事はその後どうするか君たちに道を示す事です。これに懲りて学びの時間に来ない何てことは無くしてほしいですね。」
「はい。ナッシュ先生。」
ソフィアはそう返事をするのを聞いてアーサーも罰が悪そうに頷く。
「先生、今日は森に行くんですよね。」
「ああ、そうだよ」
話がひと段落したのを見て、ルアーノが気になっていたのだろうナッシュに確認を取る。ルアーノが当初聞いていた通り兎を見に行くとの事で。しかし、本来の目的は先に予定していた魔力感知の訓練をするために行くのだとナッシュは説明した。ルアーノとアーサーは目的の理由に思い当たる節があるのかそういう事かと納得する。ソフィアだけが首を傾げる。
「魔力感知?」
「そう、この世界には何か所は踏み込んではいけない場所があるのを教えたのは覚えていますか?」
「あ、リズの境界の向こう側…」
思い出したように呟くソフィアに合っていますよとナッシュが褒める。ソフィアの言うリズの境界とは各地にある魔力の濃く、最古の魔女リズが支配すると言われるレスト区域とソフィア達の住むテーム区域を分ける魔力の存在しない空間を指す。
「私達の住んでいるテーム区域にも私達の体の中にも魔力は存在します。それが無いと魔法が使えませんしね。ただし、魔力が溜まりすぎると体に支障をきたすようにリズの境界を越えレスト区域に入ると通常の魔力容量の人間は立っている事すら困難になります。
アーサーやソフィアの様に魔力容量が膨大であるか、逆にルアーノのように魔力生産の少ない人間が常に魔法を使っていれば平気です。まあ、今の君たちが行った所で魔力を上手く発散できずに魔力溜をおこすか魔獣達に殺されるかして死んでしまいますから間違ってもリズの境界を越えてはいけませんよソフィア。」
(流れるように私を名指ししたな先生。)
少しムッとしたソフィアに「そうだぞ、ソフィア。」と純粋に心配からの思いからなのだがアーサーが煽りをかける。握りこぶしを作るソフィアをルアーノがなだめる。
記憶が一時なかったと聞いていたソフィアを心配していた、ナッシュだが普段通りの三人を見て安堵する。
二人は発見された当初、疲労していた影響で覚えていないかもしれないがナッシュが二人を見つけたのはレスト区域のすぐ近くだった。魔力感知の感覚がまだ分からない二人は夜で曖昧になったリズの境界に入ってしまって魔力濃度の変化に気付かないまま近くまで歩いて行ったのだ、魔獣に遭遇しなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
ソフィアの魔力溜まりが進行したのはその影響もあっての事だろうとナッシュは考えていた。まだ、自分では魔力の放出が上手く出来ない子供のうちは出来るだけ魔力の濃い区域へ行かない事を徹底するしかない。だが、その為にもリズの境界が明確な昼に安全を保った上で魔力感知を身につけなければいけないのだ。
「いいかい、三人とも。レスト区域は明るいうちでも魔女の魔力で夜の様に暗い。そのおかげで昼はリズの境界がはっきりと見える事は教えましたよね。」
三人が頷く。
「じゃあ、夜になるとどうなるでしょう。ルアーノ」
ナッシュの問にあまり考える事も無くルアーノが答える。
「テーム区域も暗くなるから境目が見えなくなる?」
「そうだね。それでは、もう少し考えてみましょう。夜に魔力感知以外でリズの境界に入った事が分かる様にするにはどうしたいいでしょうか。」
「ずっと、魔力の塊を出していればリズの境界に入った時に消えるんじゃないか?」
アーサーの言葉にルアーノは手の平に魔力をあつめ碧色に球体を浮かせて見せる。ソフィアも真似をしようとして手の平を見つめ力を籠めるが上手くいかない。
「そうですね。確かにリズの境界にずっといれば魔力がなくなって消えるかもしれませんが、体内にある程度の魔力が残っている内はその程度の塊であれば維持できます。だからと言って大きな塊を出して維持し続ける訳にもいきませんしね。」
ナッシュの言葉に確かになと球体を消すルアーノ。ソフィアはまだ、球体を出そうとしているが出ない。そもそもそんなに簡単に出していたのでは魔力溜など起こさないのだから当然ともいえる。
兄達と理由は違えどソフィアを含め三人が疑問に唸る。
頭を悩ませる三人に少し難しかったかなとナッシュがヒントを出す。
「ヒントは、精霊ですよ。あと、10分で出ないと、昼のうちに森に行けなくなってしまいますからほとんど、というか完全に答えです。」
どうしたらいいか考えてくださいねというナッシュにソフィアの頭は球体を出せない事も相まってパンクした。