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とんだうさぎのさき  作者: かしゆ
12/12

溺れた人魚5


ソフィアに続いて歩きついたのは陽の女が踊る予定の舞台。


朝焼けの色を纏った陽の女が舞の準備を進めていた。

のち、数十分で始まる祭りのメインの舞に少しの緊張感と沸き上がる高揚にソフィア達も当てられる。


「海の巫女を諦めて今年は陽の舞を見るのかい?」


ユリウスの疑問に、ルアーノとアーサーも同調して首を傾げソフィアとシャルロッテを見やる。


「いや、シャル曰くこの奥らしいんだけど。」

「奥というより裏ね。」


「円に裏は無いんじゃないの?」

ルアーノは祭りの会場の構造を思い出すが、この舞台を中心に円となり会場が広がっているこの場所に奥はあれど裏は無い。


「一応陽の女が最初に立つ場所が表とされているわ。表があれば裏もある。あの子は裏としか言っていなかったら私の憶測でしかないのだけれど。」

「じゃあ、裏はーこっちかな?」

「ソフィアそっちは表よ。」


ソフィアが先頭きって指差した方向をシャルロッテがソフィアの腕ごと持って修正をする。何を根拠にこっちといったのかと血のつながるアーサーは顔を覆う。


「ああ。なんか、俺まで恥ずかしい。」


ユリウスが苦笑いでアーサーを慰める。当のソフィアはと言うと本人も顔を赤く片手で首の後ろを掻く。


ソフィア達が円をぐるっと回り裏につく。


ポツポツと雨が降る。

ふと、喧騒が遠のく。

辺りがひと段階暗くなる。


トントンとふわふわと

海が舞う。


深い海の色を纏った巫女装束の女はつま先で海を蹴ってはふわっと舞う。


ゆらりゆらりとくるくると楽し気に舞う巫女の女の髪は白く。


瞳は深い海の青。


笑みを絶やさずに時には幼子と手を取り合って、

時には男と手を取り合って、

時には老人と手を取り合って、

時には女と取り合って、

時にはあの子と取り合って、



【ねえ、あなたは人魚かしらあ】





::::




舞の最中、巫女は尋ねる。


海風がささやかにその場にいる“6人”の髪を泳がせる。

雨が止み風にはっとしたソフィア達が辺りを見渡した時には先程の喧騒は何処か遠くの声で、海に立っていた。


トンと海を蹴った振動で風が揺れる。


【あらあ。ずかずかと無断に入って来た割には何も言わないのねえ】


冷たい海風がシャルロッテの頬を撫でた。


「…勝手に招いたのはそちらではなくて。」


自身に尋ねられたのだと自覚したシャルロッテがそう応える。

ソフィア達は現状を把握できないままに唖然と跳ねる巫女に再び視線を奪わられる。

それ程に

目を離すのが惜しい程に

周囲の音も耳に届かぬ程に

空間の異様さを忘れる程に

白い髪で魔女と疑うのも片隅に置く程に

その巫女は美しく舞う


シャルロッテだけが、見覚えのあるあの子を見て現実を認識し続ける。

巫女の髪を見て魔女の可能性をみいだす。

海に立つ自分たちに、遠のいた祭りの喧騒に違和感を持つ。


「どうして、私達はここにいるのかしら。水遊びをしに来た覚えは無いわ。」

【…多分。他の魔女の魔力の重みを感じたから無意識に招いたのねえ】


間違ってしまったわと首を傾げる巫女は一際大きく海を蹴るとそのまま浮かび空間に座って考え込む。


【ごめんなさいねえ。少しぃ、勘違いしてしまったみたいねえ】


巫女が親指と人差し指で円をつくりゆっくりと息を吐く。

魅入られていたシャルロッテ以外のソフィア達4人の焦点が合う。

視線が巫女から外れ現状を受け入れる。


「ここは…」


重たい息と動揺と共にユリウスが疑問を提示する。

同じように揺れる目、少しの怒気を含んでソフィア、アーサー、ルアーノが巫女へ向ける。


シャルロッテは少しほっと息を吐く。


【ここは私の管轄よぉ】

にこやかに、敵意など微塵もなく巫女は微笑む。


「…シスターも似たような事を言っていた。お前も魔女なのか。」

アーサーの問に巫女はきょとんとした顔をするが直ぐに思い当たったのか嗚呼と少しの呆れを含んで応答する。

【あの子まだ修道服なのねえ。まあ、わたしも魔女だけどおあの子と一緒にしないでほしいわあ。あの子ったら攻撃的だしい、だから森なんかに閉じ込められちゃってぇ。本当に困った子よねえ、やりすぎたのよお。】


少し饒舌に、語りを【苦手なの】としめくくる巫女はにこやかに微笑む。

ソフィアとアーサー、ルアーノはシスターの魔女の強さを知っている。この魔女が攻撃してきたら手も足も出ない。森とは違い出口が何処かも分からないこの空間で三人は動けずに。

ユリウスも碌に武器もなくただ魔女だと語る女にどうすればいいのかも分からなく現状を把握しかねていた。

「あら、あなたも海にでも閉じ込めてもらった方がいいのではなくて?先程から時々あなたに手を伸ばす人々に少し見覚えがあるのだけれど?」

【あらあ。私を閉じ込めるのはたとえリズでも無理よぉ。私は重力の魔女よぉ?風の空気のあるところに私は何時だって何処にだっているわぁ。】

「では、何故初めましてなのかしら。」

【あなたたち鈍感だから私が招かないと気付いていないだけよぉ】

「ただ単にあなたの存在感が無いだけではなくて。」

【それでもいいわぁ。争いは嫌いなのぉ、偶に気付いてくれた子が一緒に踊ってくれるしねえ】


魔女だと分かった巫女相手にも強気な口調なシャルロッテにソフィアはおろおろしながらシャルロッテと巫女を交互に見る。

争いは嫌いとは言っても必要とあれば殺すのだろう。事実シャルロッテの言う見覚えのある人達が生きているとはこの場に居る誰もが思えなかった。

「シャルまずいよ、魔女ってすごく怖いんだよ。シスターだって凄い怖かったんだから。」

「シスターが誰だか分からないのだけれど、この女に領民が攫われている可能性がある以上、私はこの女と話さなければいけないのよ。」


次期領主として、そう言われてしまうとソフィアは口が出しにくくなる。

そうは言っても魔女が恐ろしく強いことなど容易に想像がついてシャルロッテの手は震えてしまう。

出来る事が無いソフィアはそっとその手を包む

「ソフィア…」


【あなたはこの子達を大切になんて思っていないのにぃ、何故この子達の為にあなたが私と話すのぉ?】

「やりたい事と、やらなければいけない事は別なのよ。」


雨が降った祭り以降帰らぬあの子を未だに心配するどころか微かにでも喜びを覚えている自分の贖罪の為に。


「どうしたらあなたは今後領民を連れていかなくなるのかしら。」

【過去の事は捨て置いて未来の話をするのねえ】

「そこまで、私は善人では無いし想いも無いわ。」

【そうねえ、あなたが死んだら私とずっと一緒にたまに踊って、お話して、笑ってくれるかしらぁ?別に今すぐにって話ではないわぁ。寿命を全うしなさいなぁ。】

「そんな事だけでいいのかしら…」


存外、意外、

そんな事を願う巫女にシャロッテが思わずひよってしまう。

シスターと似た願いにソフィアとアーサーは些細な何かの拍子で襲って来ないかと緊張する。ルアーノはルアーノでいつか飛び出してしまいそうな二人に落ち着いてと声を掛けるので精いっぱいだった。


【あらぁ。他にもいいのぉ?そうねえあなたともう一人そこの黒髪の男の子も一緒にお願いするわぁ、わたし人魚のお話が好きなのぉ】

「兄さんも?」


追加で指名されたユリウスも魔女とは血肉でも求めるのかと勝手なイメージをしていたせいかどう反応すればいいのか分からないと顔に出てしまう。


【ずっと、人魚を探していたから気付いてくれる子に聞いていたのよぉ。見付けた今は皆に探してもらう必要もないしぃ】

「何故、人魚を求めているの。」

【好きだから、それだけではだめかしら?】

「…分かったわ、私はそれでいい。兄さんは?」

「その程度の条件で領民をこれ以上減らされないのであればそれでいいよ」

二人の了承ににこやかに巫女は笑う。

【死んだ後も私と永久の時を生きる事をその程度と思わない方がいいのよぉ】

「「…」」

【私だけでも数えるのが嫌になる年を過ごしたわぁ】

【死にたくでも死ねないのよぉ】

【魔女が何を養分に生きているか知っているのかしらぁ?】

【大気中の魔力よぉ、それも極少量のぉ】

【おまけに魔女を殺せる人間なんてほどんどいないわぁ】

【まあ、死にたいなんて思った事も無いのだけれども暇なのよねぇ】


【だからその程度でいいわよぉ、来るか分からない人間を待つのは疲れたわぁ】


【それに人間だった頃の夢だったのよぉ、人魚になるのがねえ】


少し困ったように笑う巫女は、海に降りて手の平を埋める


「人間だった頃?」

魔女の言葉にソフィア達が疑問を持った頃には視界が低くなり

妙な浮遊感と共にソフィア達は海に沈む。


【また会いましょう】


最後に見えたのはやはり美しく、より楽し気に舞う海の巫女だった。




「わてっ」


硬い地面に尻餅をついたソフィアが情けない声をだす。

同じ条件で落ちたはずのソフィア以外の面子は平然と立っており、巫女に嫌われたのかと少し悲しくなるソフィアであった。


「大丈夫?ソフィア。」

「ありがとおおシャルぅ」


手を差し伸べてくれるシャルロッテの優しさに感動しながらも立ち上がってついた砂をはらう。

安心したソフィアの耳に祭りの喧騒が再び届く。


「何だったんだろう、あの空間。」

ルアーノが考え込んでみるが、森の様に魔力が膨大なわけでも無くただ海の上に立ち魔女と対するという奇妙な経験しただけで終わった空間の疑問を解消できるものはいない。

「でも二人とも良かったの?変な約束しちゃってたけど。」

「別に死んだ後の事なんてどうでもいいわ。」

「良くなかったらその時何か考えるよ。」


「ええ、そんな感じなの。」

何とも思ってないように言う、シャルロッテとユリウスにソフィアは少し困惑する。


「気にしないでソフィア。話合いだけで終わって運が良かったわ。ほらみて陽の女の舞よ。こっちも綺麗でしょう?」


朝焼けが薄明に舞っていた。


海の巫女と同じ舞な所を見ると案外、魔女も祭りを楽しむのかと変に思考するソフィアは首を傾げる。

前に見た時はこんなにも美しく見えただろうか。

段々と夜が深くなる空に炎の光がともされる。

一段と光る陽の女はシャルロッテが領主となるゼーユングファー領の自慢なのだとシャルロッテは胸を張り、ソフィアも釘付けになる。


ふと、完全に暗くなった空を見てユリウスがソフィア達をちょいちょいと集める。

陽の女に向けていた視線をユリウス向けてわらわらと集まり。

こそっと内緒話をするようにユリウスは片手で壁をつくり囁く。


「時間、大丈夫?」


にこにこと笑い時間をを心配するユリウスにソフィア、アーサー、ルアーノはあっと声を漏らす。


「ななんでもっと早く行ってくれなかったの⁉ユリウス兄さん!まだ、串焼き食べたい!」

「そうだ、串焼き食べてない!」

「いや、それより早く帰らないと怒られるよ!」


この期に及んで串焼きも求める二人を怒られたくないと引っ張るルアーノ。


「頼んで後で届けようか?」

ユリウスが意地悪く笑う、アーサーはいや違うんだこの祭りという空間で食べるのが重要なのを分かっているだろうとユリウスに力説するがルアーノに引きずられていく。


なんだかんだルアーノが押しに負けて食べ物を買いながら無事に帰っていく三人を見送りながらユリウスとシャルロッテはホッと息を吐く。


「それで、本当の所どうなんだい?嫌ならお兄さん頑張るけど?」

「頑張って兄さんに何とか出来るものですか。それに言ったでしょう死んだ後の事などどうでもいいと。」

「頑固な妹と死んだ先も一緒だなんて幸栄だなあ。」

「あら、順当にいけば兄さんが先に死ぬのだから魔女と舞の練習でもして待ってなさい。」

「そうだな、ゆっくりおいで。期待しないで待っているよ。」

「何十年後だと思っていますの。女の人魚の寿命は長いのよ。」

「確かに、そんな事聞いたことあるような無いような?」

「全く、最初は私一人との提案だったから兄さんは拒否できたはずですのに何故受け入れたのかしら。」

「不安がる妹を一人行かせはしないさ。」


ユリウスはシャルロッテの頭を撫でて大丈夫、大丈夫と妹を慰める。


祭りは舞が終わった後も酔った大人たちによってしばらく続いた。



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