溺れた人魚4
回りくどいですが、言ってしまえばソフィア達が着ているのはチャイナ服ですね。
「お祭りだー!」
「だー!」
「だー。」
「だー?」
上から張り切るソフィア、同じく張り切るアーサー。
投げやりに乗ってあげるルアーノに、戸惑うシャルロッテ。
右手を挙げて意気込む気合も、まだ明るめの夕刻から始まった祭りの喧騒に飲まれていく。
わくわくと目を開いて光景を焼き付けるソフィアの目に映るのは、祭りに着飾った女に、屋台を切り盛りするおやじ達。いつから飲んでいるのか出来上がった男に、少しけだるげに店番をするケチそうなおばちゃん。
子どもたちは立丸襟の長い袖に裾の上着に膨らみがあり八分で裾を絞ったズボンを履く。上着の裾には動きやすいように腿あたりまで切れ目が入っており子供たちは前の裾を蹴って走る。
ソフィア達も同じような恰好をしていて、ソフィアの頭には銀細工が編み込まれている。
辺りは日が落ちていくのに反して屋台の品を照らす明かりと、点在する吊るされる魔石の明かりでキラキラと明るい。
そんな中一人の男がソフィアに影を落とす。
ソフィアが振り返って上を見上げると糸目の黒髪の男が笑う。ソフィアが口を開き名を呼ぶのに反応してアーサーも色褪せぬ、憧れの象徴に顔を綻ばせる。
「ユリウス兄さん!」
「元気にしてたかい?アーサー、ソフィア。」
ユリウスはそう首を傾げ少し腰を折ると両手でアーサーとソフィアの頭をグリグリと撫でてやる。二人は嬉しそうに笑うが一人シャルロッテは眉を寄せた。
「いつ戻っていたのよ、兄さん。あと、ソフィアの髪が崩れるから触らないでちょうだい。」
「ああ、悪かったねソフィア。シャルロッテもルアーノも特に変わり無さそうでよかった。戻ったのはついさっきなんだ、間に合って良かった。」
ボサボサになってしまったソフィアの髪はシャルロッテに直される。
「ユリウスさんまた背伸びた?アーサーが小さく見える。」
「それはそれで、複雑だな。」
「そうだなあ。確かに伸びたかもしれないな。」
一歩下がった所からルアーノがユリウスとアーサーを見比べる。ソフィアと変わらない背のアーサーの成長期はもう少し先である。
少し背伸びをするアーサーとソフィアだが、ユリウスの背には届かない。
「もう、皆して兄さんの背なんてどうでもいいわ。そんな事より完全に日が落ちるまで二時間もないのよ、早く行きましょう。」
シャルロッテの言う二時間の猶予はウェンズリー夫妻が出した条件だったりする。明かりがあれども日が完全に落ちれば子供は減り、仕事を終えた大人が増える。酒を飲む者も増え危険だからとその頃には帰りの馬車に着くようにと約束していた。
「今年も探すのかい、海の巫女を。」
シャルロッテが急かすのに合わせ歩き出しながら、ユリウスはそう尋ねる。シャルロッテのかつての友人が見たという海を纏った巫女を。
「一回くらいは見てみたいでしょ?」
そう言って辺りを見渡しながら歩くソフィアにアーサーだけが同意して頷く。というのもルアーノは当初反対していて、シャルロッテは嫌な記憶のあの子との思い出。ユリウスに至っては長い冗談だと思っている。
「陽の女の舞なら、日が落ちると同時に毎年やっているけどね。」
「それは一回みたよ。綺麗だったけど海っぽくは無かったよねえ。」
「そりゃあ、太陽神ダクへの舞だから。どっちかというと炎だね。」
太陽神ダクへの陽の女の舞は祭りの目玉であり、日が落ちた時に少数の残る子供はそれを見るために残る。15歳以上のゼーユングファー領の女五人の舞で、酔ったものも外れに居たものもそれを見ようと中央に集まる。屋台の店番も遠くから一際輝く中央を眺めるのだ。
アルミリオン王国は国として太陽神ダクを崇めている為か祭りの色もそちらに傾く。
系統としては逆の色である海を纏うなど目立ちそうなものだがとソフィアは考えるが、それらしき人物はいない。
暖色系の服を着る物が多い中でちらほらと寒色系の女や男もいるが海っぽくはないなとソフィアは素通りをする。
「それで、ソフィアは何を頼りに探しているのかしら。」
「うーん。軽さかなあ。」
例年よりもすいすいと何かを追うようにソフィアが進むものだからシャルロッテが聞いたが思っていた答えとは違った。
勘、とでも返ってくると思ったのだがとシャルロッテは首を傾げる。
「ああ、それで少し熱い空気が通っていたんだ。」
一人納得したようにパタパタと服で仰ぐルアーノに、シャルロッテとアーサー、ユリウスは疑問を深める。
「シャル達は海の匂いとかしない?」
「海の匂い?ここから海は近くないわよ?」
そこまでシャルロッテが言った所で皆が何となくソフィアの言いたい事を理解する。つまりは、ソフィアは魔力の濃い方に進んでいるのだ。
「なんだか、川が流れているみたいに、すこーしだけ軽い所があるんだよねえ」
去年とのソフィアの違い。それはナッシュとの訓練で身につけた魔力感知であった。
ソフィアは治療してもらった日にシャルロッテが、「大地の型の人間が多いから誰かが水の魔法でも使いながら踊っていただけじゃないかしら」と言っていたのを覚えていた。もしそうだとしても魔法を使っているのは海の巫女で無いかもしれないが、例年通り何となくで探すよりはいいだろうと新しい師であるロビンに残る魔力の追い方を聞いていたソフィアである。
ロビンはそんな人探しに使われるとは思いもせずにソフィアに教えていた。
「なんだか、今年は会える気がしてきた!」
「全くもって能力の無駄遣い感が否めないかな。」
魔力の感知が苦手である大地の型の三人は意気揚々と歩くソフィアについて行く、ユリウスはそう楽し気にだが呆れてしまう。
途中、屋台に寄り道しながらも五人は進んでいく。
許された時間は短いのだ有意義に使わなければいけない。普段から、それこそ一年に一回のこの祭りでくらいしかものを食べながら歩くなんて事はしないシャルロッテが少し食べにくそうにしてたびたび止まってしまう。が、その度にソフィアは近くの目新しいものを見つけては屋台を楽しんでいる。
「あ、焼き鳥。」
「ソフィア。帰りでも買えるから後にしたら?」
ルアーノの忠告を生返事をして流しつつ、しばらく歩き祭りを楽しむ。
時間を有効に使っていると言えば聞こえは良いが何でも一遍にやってしまいたい横着者がソフィアなのである。そのせいか、残った魔力を途中に見失い迷っていたが、先導をルアーノに変えて直ぐに軌道修正をした。
とは言うもののゆっくりとではあるが時間で言うと三十分程歩いても、ソフィアの感じる少量の軽さは一定で強まる事がなく終わりは見えない。
だがそれもそのはずで、
「あんまり着かないねえ。」
「そりゃあ、同じ所グルグル回っているからね。」
ユリウスがなんでもないように笑う。シャルロッテも分かっていたのか何の反応も無いが他の三人は苦虫を噛んでしまったように顔をくしゃっとして歩みを止めた。
そう、五人はかれこれ三周目に突入しそうになっていた。ゼーユングファー領の屋敷近くの陽の女の舞台を中心として花道が五本伸びており、先で繋がり歪ではあるが出来る円の道で屋台が広がっていた。ソフィア達はその円をグルグルと回っていたのだ。
因みに花道は休憩所が多くあり、見える風景も異なるので要所要所で回りを見ていればわりと気が付く事だったのだが、例年は詳しいシャルロッテ達について行くだけだったのでルアーノでさえも今ユリウスに言われるまで気づいていなかった。
「言ってよー…」
「気が付かなかった…」
先導していた二人ががっくりと肩を落とす。
「あら、気づいているのかと思っていたわ。」
やっと、落ち着けるわとちょうど少し曲がったところにある花道のベンチに腰を置くシャルロッテに続きソフィアも落ち込みながらも腰を下ろす。
「知らなかったー。どこまでお祭り続いているんだろうとは思ってたけどなあ。ああー。」
ソフィアが両手を後ろに着き天を仰ぐ。意気込んでいただけに拍子抜けしてしまった面々は歩く気力を無くし、並んで座る。
「はあ。いったん休もうか。」
座った後だがルアーノの言葉にそれぞれ返事をして後ろの建物に背を預ける。
ソフィアは得意げに会える気がすると言った手前、少し恥ずかしくなって黙って残っていた屋台で買った串物を食べ始める。ルアーノも同じく先導していただけあり落ち込んでため息をついてソフィアの持っていた飴をちまちまと食べ始めた。
アーサーは特に本気でも無かったからか直ぐに立ち直りユリウスとの近況報告になっていた。
「今はユリウスさんが居ないから剣が上手く上達しない。ロビン先生はどっちかと言うと魔法をよく使うみたいだし。」
「剣は今焦っても体の限界があるからね、魔法はようやく始まった感じだろう?出来る事がどんどん増えて楽しくないかい?」
「ソフィアやルアーノは上手くなるけど、俺はそんなに。まだ、魔法を使うのが少し怖いんだと思う。」
俯くアーサーに幼い日の自分を重ねてユリウスは苦笑いをする。怖いのとは少し違うが焦ってしまう気持ちはわかる気がしたのだ。領主にはなれない、そう素早く諦めて受け入れられたからユリウスは良かったものの同じようにアーサーが魔法を不得手なのを受け入れられるかと言うとそうではない。ユリウスには剣があった、妹のシャルロッテには出来ない剣が。
だが、アーサーは剣も伸び悩みそう年の変わらない妹は魔法を上達させる。
「優秀な妹を持つと、お兄ちゃんでいるのは大変だよなあ。」
ユリウスは、癖なのだろうアーサーの頭を撫でてやる。
アーサーはユリウスもそんな事を思うのかと安堵しながらも、まったくだ、と頭を撫でられるのに甘んじる。ルアーノを挟んで向こう側に居る妹達は聞いていないのだろう、次は何処に行くかで議論している。
「王都は大変?強い人がいっぱい居るんだっけ。」
「強いだけじゃない、いろんな領地の色を持った奴が多くてその分楽しいよ。」
「白い髪の奴は居た?」
「流石に居ないかな。でも、髪の毛が真っ赤な奴が居たかな。」
アーサーやっぱり魔女の色を持つ人間はそういるものでは無いんだと思いながらも髪の赤い人物を想像する。
「太陽神の色だな。ご利益ありそうだ。」
「アーサーとソフィアの目も同じような色だろう?」
「目の赤は魔女の色だろ。前に見た本でもそうだった。」
「良い色だと思うけどな。」
ユリウスは自分の目を指で開いて「ほら、真っ黒だ。面白くないだろう」と笑ってやった。その目をじっと見てみるがそもそも面白い色ってなんだとアーサーは首を傾げる。
「ソフィアも綺麗だって言うな。」
「アーサーは思わないのかい?」
「鏡でも見るし、毎日ソフィアで見てると飽きたな。」
「あはは。確かに、この領地も黒に近い色を持った人達が多いから、たまに飽きてつまらなくなるのと同じかな。」
「そんな、感じ。」
そういえば、白い森で会った魔女は月のような黄色だったなと思いだしてアーサーは絵本が赤かっただけで本当は違う色なのかもしれないと考えた。白い髪の人間は少ないが、赤い目に近いものは割りと居たりする。
「この髪も布を染めるみたいに色を変えられたらいいのに。」
「やってみるかい?」
「色水につかるの?俺嫌だよ、顔まで変な色になったら。」
「まあ大丈夫だろう。」
根拠も無く適当にユリウスは言ったがアーサーは自分の髪をつまんで黒くなるのを想像してみる。目の色は変わらず赤なのだからなんだか気持ち悪いし顔まで真っ黒になったら…と思い怖くなって首を振る。
「やっぱりいいよ、俺焦げたパン見たいになりたくないや。」
「そうかい?何とかなると思うけどな。」
「ユリウスさんのそれ。絶対ソフィアに移ってると思う。」
「それ?」
アーサーのそれとはユリウスの根拠の無い「大丈夫」「何とかなる」の言葉で、ユリウスは実際に何とかしてしまう事の方が多く特に気にならないのだが、ソフィアがそういう時は大体何ともならない事をアーサーは知っていた。
「ソフィアが大丈夫って言う時は大体大丈夫じゃないし、何とかもならない。」
「えー、たまには何とかなってるよ?」
「うわ、ソフィア。」
アーサーとユリウスが話している最中に食べ物も食べ終わって何処に行くのか決定したようで、何処から聞いていたのかソフィアがアーサーの前にしゃがみこんでいた。
「うわって酷い」
「急に話かけるからだろ。」
言葉の割には気にしていないのだろう、真顔でそういうソフィアの頭をアーサーぐっとおす。
「ぐえ。」
「それで、ソフィア達の話し合いは終わったのか。」
「あ、そうだ。次何処に行くか決まったよー。」
パッと顔を上げて、にいっと笑うソフィアに可愛く無い笑い方だなとアーサーは失礼な感想を抱く。ソフィアは立ち上がってシャルロッテも立たせてその後ろに周り、シャルロッテの後ろからアーサーに向かって口を開いた。
「思い出したんだって!シャルの友達が行こうとしていた場所。」
思い出した本人よりも誇らしげな表情で言うソフィア。
シャルロッテは眉を寄せながら少々不機嫌な声で友達ではないと、訂正をする。
その時のソフィア達の帰りまでの時間は、残り1時間も無い程度まで迫っていた。