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とんだうさぎのさき  作者: かしゆ
10/12

溺れた人魚3



「ユリウスさんは帰ってきたりしないのか。」


治療が終わり、四人がそろった所でアーサーがそう口を開く。

昨年まではこの中にもう一人、シャルロッテの兄であるユリウスがいた。ソフィアの三つ上、他三人の二つ上、15の年になるユリウスは王都の学園に入り寮生活をしている。

アーサーが剣を好きになる切っ掛けの人でもあったユリウスは、人魚の魔法は継がなかったかわりか剣に秀でていた。


「一度、帰って来たけど直ぐに帰ったわね、王都は強い人も多いって喜んでいたわ。まあ、あなた達こっちに来ること多くなるからそのうち会えるんじゃないかしら。」

「そうなのか。」


憧れからか落ち込みを見せるアーサーにルアーノが思い出したようにあ、と溢す。



「…祭り。もうすぐじゃなかったかい?その時には帰って来ないの?」

「ああ、そうね。もしかすると帰ってくるかもしれないわ。」

「お祭り!今年は見れるかなあ、海の巫女。」


ソフィアの声にユリウスは忘れられ、三人は難しい顔をする。


「どうかしらね、本当はいないのかもしれないわよ。」

「シャルロッテの友達から聞いた話なんだっけ?」


ルアーノが尋ねるがシャルロッテは少し難しい顔をする。

「友達じゃなかったわ、あの子は。」

「はあ?めんどくさいな、一緒に祭り行ったなら友達だろ。金魚は知らねえ奴とまで祭りに行くのかよ。」

「うるさいわね。私の友達はソフィアだけでいいのよ。」


そっぽを向いてしまうシャルロッテとアーサーをルアーノが苦笑いでなだめて話を進める。

ソフィアは出されたお茶の水面にまだ見ぬ海の巫女の姿を思い描く。


「それで、僕らと初めて祭りであった日にその子と海の巫女を見に行く予定だったんでしょう?」

「まあ、そうね。あの子は海の巫女と呼んでいたけれど、父に聞いてもそんな催しは無かった言っていたし本当かは分からないわ。私の領地は大地の型の人間が多いから誰かが水の魔法でも使いながら踊っていただけじゃないかしら。」

「あの年の祭り以降、探しているけど見つからないよね。踊り疲れちゃったのかな。」

興味が無いようにシャルロッテがなげるのにソフィアは残念そうに顎をテーブルに乗せる。それをルアーノが引っ張り上げながら少し迷ったようにして少し身を乗り出す。


「その子に詳細をきけないのかい?」

「なんでそんなに興味があるのよ。」

「何年も探しているからねいい加減ソフィアも見たいだろう?」


ソフィアが笑って頷くのに対しシャルロッテはため息をつく。


「無理ね、あの子はあの祭りの日以来見ていないもの。私だけでなく全員が。」


言い切った言葉にシャルロッテ以外の三人が目を開き少し姿勢を正す。ルアーノは罰が悪そうに謝るがシャルロッテは少しも気にしていないとあっけらかんとする。


「毎年、一人くらいは出るのよ行方がわかなくなってしまう子。だから、子供は大人同伴か一人では祭りに行かないようにとは決めているのだけど、駄目ね。」


これに関してはゼーユングファー夫妻も領主として頭を悩ませてはいるが、毎年行方不明者が出ている訳でもなく決まったように容姿、年齢に共通点がある訳でも無い。

居なくなった者達がよく祭りで海を纏う巫女を見たと発言している事があったというだけだ。それに、王国全体で考えると行方不明者が出る事はそう珍しい事でも無くむしろゼーユングファー領は少ない方であった。

王都まで大きくなると人が一人二人いなくなった所で孤児や、家の無い者であれば気に留める者もいないのが現状であり、それに加えソフィア達の住むウェンズリー領では戦時中国境沿いだった為か稀に誘拐事件も起こっていた。実際に両国の軍事力がぶつかったのは国境にフェルナーデの森があるウェンズリー領ではなく、別の領地であった為にそちらの被害の方が集まりウェンズリー領での事件は余り重視されていなかったが。


「探しに行って僕らが行方不明になってもね。今年は探しに行くのはやめようか。」


今更だけれど、そう思いながらのルアーノの声にアーサーだけは同意する。シャルロッテは都市伝説のようなものだと端から信用出来た話ではないと思っているのできにもしない。

ソフィアだけは一人探したい気持ちとシャルロッテと祭りに行ったあの子の行方が気になる気持ち。つまりは諦められないだけなのだが。


「私も見たかったなあ。あ、シャルが躍るのはどう?」

「ソフィアの頼みを聞いてあげたいのは山々だけれど、私もあなた達と同じように人魚の回復魔法以外はまだ安定している訳じゃないのよ。」

「それにシャルロッテ泳げないんだから、陸でも踊りとかましてや舞いだろ?無理だな。」

「アーサー、確かにシャルロッテは水の中では溺れているけど陸上は関係ないだろう。もしかしたら出来るかもしれない。決めつけるのは良くないよ。」


数年前にたまたま行った海で溺れたのが原因で完全にカナヅチ認定されているシャルロッテをフォローできる者は居なく。シャルロッテもアーサーの言う通り陸上で特に運動が得意と言う訳でもなくむしろ剣術等に関しては苦手であった。

余談だが、アルミリオン王国では導く者は女でも剣を当たり前に握る。ソフィアもアーサー程ではないが上手く扱う。戦争が終結した今そういった教育が見直されつつはあるが、だからと言ってすぐになくなるものでも無かった。


「もう、私が踊れるかは放っておいてちょうだい。そんな事よりソフィアが探したいなら探しましょう。」

「本当に!?」

「え、やめようよ。碌な事になる気がしない、去年もそう言ってソフィア一度はぐれただろう。」

「まあ、ソフィアが見たいなら探すか。」

「アーサー、君ってやつは…」


一人反対するルアーノは置き去りに乗りきな三人を見てため息をつく。

ルアーノはシャルロッテと違って白い森で魔女と対話した内容を二人から聞いている。シスターとして街に魔女が居た事も。

森から離れ領地も違うこの祭りではあるが、狙われている二人がこんなにも危機感がないのだから攫われも文句は言えないとウェンズリー夫妻らが反対する事を願ったが抑制する事を嫌うあの人達だからと希望薄にルアーノは自身の両親を思う。


「ちゃんと父さん達には許可取るからね、森の事で心配かけたんだしばらくはそこまで自由になんでも許されると思ってるとまた痛い目みるからね。」

「祭りには毎年行ってるのに?」


疑問視するソフィアにその、毎年誰かしらが受けていた森での訓練で魔女に会ったのはソフィアとアーサーだろうとルアーノは思うが何故狙われている訳でもない自分がこんなにも心配しなければならないんだと先程よりも深くため息をつく。


「もう、なんで僕ばっかりこんなにため息ついているんだ。」

「ソフィアのせいだろ」

「兄さんもじゃないの?」

「自分のせいなのは否定しないのねソフィア。」


流石に同情の目をルアーノに向けるシャルロッテが甘味を今度あげようと考える。


アーサーが深く椅子に座り直したところで扉がノックされ入って来たミリアがシャルロッテに礼をする。


「治癒は終わったようですね。ルーカス様とアリシア様から深く感謝していると以前いらっしゃった際にご所望でした隣国の甘味をいくつかお持ちしたので後程お受け取りくださいませ。」

「あら、ありがたく頂戴しておきますわ。私もソフィア達に久しぶりに会えて嬉しかったかわ。」


もう帰る時間なのでしょう、と察すシャルロッテにミリアは頷く。


「じゃあね、シャル。次は学びの時間だけど直ぐに会えるから楽しみにしてる。」

「ええ。ロビン先生は厳しいから大変だけれど祭りもあるしがんばりましょうね。」


抱き合う二人をよそにさっさと席を立ち出ていくアーサー。ルアーノもそれを追い帰りの馬車まで向かう。

毎度、女二人の別れは長いのだ。


馬車の前で待つ二人の元にソフィアは駆け寄り、見送るシャルロッテを振り返る。

ひらひらと手を振るシャルロッテに返す三人。アーサーから順に馬車に乗り込むがソフィアはまだ別れを惜しむ。


「ソフィア。またすぐに会える。自分でも言っただろう。」

「兄さんはしょっぱいなあ。」

「シャルにあげた甘味がまだ残ってるって父さん達言っていたよ。あんまり遅くなるとなくなるかもよ。」

「やったあ。早く帰ろう。」

「現金な奴だな。」


ルアーノの言葉にソフィアは指を折りにぎにぎと妙な手の振り方をして馬車に乗り込む。

最後にミリアが乗り込むのを見届けてシャルロッテも屋敷へと戻った。


揺れる馬車の中でソフィアは足を揺らし鼻歌を歌う。


「あんまり食べると太るぞ?」

「大丈夫だよ。ロビン先生、体力重視だからいつも走るってシャルが言ってた。」

「直ぐとは言っても次は7日後ですよ、ソフィア様」

「え、そうなの?」

「僕もあんまり把握してなかったな。それ。」


「急遽、森に行く事になったので出来ていなかったソフィア様の復習が残っていますから初日まで少し時間をいただいています。」


ミリアの言葉に三人は口々に忘れていたと溢す。


「シャル達の事も全部覚えていたし大丈夫だと思うけどなあ。」


ナッシュの死や魔女の事でいっぱいになっていた三人はソフィアを筆頭として始まりの原因を頭に残していなかった。

元はと言えば雨の日に森に行って記憶が一時抜けたソフィアから始まっているのだ。ソフィアとしてはシャルロッテに会うまでは自身の記憶と違いがあったらと危惧していた部分はあったのだが、話し、いつも通りの会話をしたことですぽんと頭から抜けていた。


「ソフィアの記憶はもう大丈夫そうだよね。アーサーが騒ぐから驚いたけど割とずっといつも通りだったし。」

「誰だって妹の記憶がなくなったら驚くし騒ぐだろう。」


「そこは落ち着いていて欲しかったかな。」

「次は落ち着いてる。」


「もう二度とごめんだよ。」

「私ももういいかなあ。」

「ん、それもそうか。」


笑い合う三人にミリアも内心ホっとする。ナッシュの死に屋敷でも大人たちは沈んだ空気で分かる事が多い分、先を不安視していた。

兄妹にいたっては自分の両親に続き、身近な人の死を目の当たりにし飲み込むには時間がかかるだろうと心配されていたが葬儀にもしっかりと出た。まだ子供なのだ、先に考えなければいけない日が来ても今くらいはあまり重く考えて思い詰めないでほしいとミリアしかりウェンズリー夫妻は考えていた。


屋敷に戻ってからも三人を中心にじんわりと空気が和らぐ。

皆、ナッシュの死を忘れるわけではない、ソフィア達の負った傷も、周りの不安も。


それでも当人は笑うのだ


「大丈夫よ!先生はちゃんと私の中に残っているわ。」


青ざめるアーサーとルアーノには気づかず、ウェンズリー夫妻もミリアもつられて笑う。ナッシュの教えは残っているのだと。









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