のんびり死体が坊主でおもらしする話
あぁ 皆に釣りの楽しさを伝えたい。
でも、本当に楽しさをわかってもらうためには、苦しさも説明しなくては不公平というものだろう。
のんびり死体が、とある人工島で釣りをした話を伝えたい。
この話については、今まで誰にもしたことが無いけれど、釣りの苦しみといったものを、ある程度正確に伝えることが出来るものになると思う。
それはある夏の日のことだった。
職場で釣りの話をするようになり、幾人かの釣り好き達と話をするようになった。
我ながら、常にある程度の数を釣り続けていることに、自信も持ち始めていた。
軽妙なトークで体験談を語り、ぜひみんなで釣りに行こうって、話になるのは自然な流れだった。
夏になると、海面一面に鰯やサヨリがあらわれる人工島があると聞き、そこに行こうって話になった。
無料の駐車場もあり、いつもの釣り場から近いこともあって、二つ返事で行くことに応じた。
いつもより少し込んだ波止に立ち、海を眺める。
青い空に浮かぶ、シュークリームのような雲の隙間から、海鳥たちがあらわれて、それぞれに夏を歌っている。
仲間たちとノンアルコールビールで乾杯し、いつもの竿をだして、サビキを始めたんだ。
「おっ、良い型の鯵がついてる。あとで泳がせ釣りをしてみよう。」
「ワームでサゴシがかかりましたよ。のんびりさんも、ルアーやりませんか。」
などと、わいわいと盛り上がりながら釣りをする。
彼女を連れてきた、へんてこな前髪君なんて、もう10匹近いサヨリを釣り上げている。
あぁ、海はいいなぁ、皆がいるのもわるくないかもなぁと、思いながら釣りを進める。
いつものように、たっぷりとアミエビをいれて、いろんな深さを試しながら、ゆっくりと竿をゆらす。
暑い日差しの中、潮風が汗を乾かしてくれて、それがとても気持ちがいい。
何本もノンアルコールビールを空けて、にこにこと釣りを進めていた。
「あれ、のんびりさん、まだ連れてないんです。」
左右で長さがちがう前髪君の彼女、すこし丸めちゃんがそんなことを言う。
「ねぇ、いけてる前髪君、ちょっとのんびりさんに教えてあげたら。」
「私、気遣いできるいい女なんだから」と、思ってるのか思ってないかわかんないけど、心配そうな声で、そんなことを言ってくる。
比較的可愛い顔をしていると思っていたが、そんな失礼な奴は、うんこちんちんである。
心の中で、ランキングを3段階さげる。
「自分で釣れるしっ、大丈夫やしっ、気ぃ使わんといて。フハハハハッ」
と、謎の高笑いで強気に言い返すものの、全く釣れない。
皆は爆釣なのにである。
理由がわからない。
ちょっと、涙がこぼれそうになる。
皆が釣れていて、自分だけ釣れないときの気分を説明しよう。
初めての彼女に2週間で別れようって言われたときと同じくらい、イラっとして、メソメソする。
しかし、のんびり死体はもう大人である。
「・・・落ち着け、軍人は動揺しない。」と謎のつぶやきを入れる。
実際、わが軍は、先鋒の「サビキ」、穴を直接せめる「ブラクリ」、アミエビからオキアミに切り替えて「胴付き」といった、3部構成になっており、その布陣がたやすく崩れ去ることは、考え難いと思っていた。
しかしながら、どの仕掛けに切り替えても釣れそうにない。
餌を大量にばらまき、海面を睨みつける。
魚は大量に居るが、どれも仕掛けにはかかってくれない。
イライラとしていると、周囲から歓声があがる。
「おーっ、今度はシーバスが釣れたわぁ。結構大きいよ。」
「今日の晩酌のあてが出来たねぇ。」
ルアー組は快調に釣り進めているようだ。
冷静に理由を考えよう。
ここの釣り場は初めてである。
いつもの釣り場より、だいぶ沖むきの、海水がキラキラと透き通った釣り場である。
深さも正直わかんない。
しかし、ここで周りに助言を頼るのは、なんとなく気に障る。
器の小ささに定評のある、のんびり死体である。
絶対に聞きたくない。
ゆえに、新必殺技を編み出す。
秘儀、サビキの仕掛けを2本縦につなげて釣る作戦だ。
この秘儀は、乱獲を防ぐため、封印していた、たった今思いついた作戦だ。
これならば・・・・。
全く反応がないどころか、仕掛けが絡まり、釣りを続けることも困難になる。
イライラしながら絡まった仕掛けをほどいていると、お腹がキューっと嫌な音を立てる。
ノンアルコールビールの飲み過ぎと、釣れないストレスから、お腹を壊してしまったのである。
当然のごとく、釣り場からトイレは結構な距離が離れている。
慌てて皆に告げて、トイレへと向かう。
必死の思いで車に戻り、シートに座りハンドルを握る。
そして、がっくりとうなだれる。
完全に我慢していたはずなのに。
我が軍はどうしようもなく敗北したのである。
いや、ずっと以前から敗北をしていたのに、本人だけが気が付いていなかったのだろう。
奴は音もなく、そして飛び出した感触もなく・・・。
その凶悪な「おつゆ」だけ、それなりの量をズボンの内側にぶちまけていた。
自分が戦っていると思っていた時、その時にはすでに、敗北していたのである。
既にできることは、敗戦処理しかない。
これ以上刺激せぬよう、ゆっくりと路肩に車を止めて、太極拳のごとく慎重に動く。
車に積んでいた、紙っぽいものを全て運転席にしく。
スマホを取り出し、無条件降伏したことを皆に告げた。
「チョットキュウヨウデキタ」
釣りは時に非情だ。
ただ、この苦い経験をしたことにより、僕は一つ、大人への階段を昇ったのである。