のんびり死体と爺とカワハギ
諸君、いままでのところは序章だ。
私がまだ、初心者だった頃の話を思い出しながら書いているのだ。
現在の私は、中級者と言っても過言ではない。
なぜなら、ちょっと茶色の憎い奴、なかなかお目にかかれない例のあの人。
「カワハギ」様を釣ることが出来るのだ。
カワハギというのは、あまり魚屋さんでは見ないかもしれない。
お酒を好きな人は、結構珍味で食べてるかもしれない。
新鮮なカワハギの刺身、それを肝醤油で食べる。
居酒屋で注文すれば1200円位する高級品だ。
あえて言おう。
しゃっきりぽんであると。
※すごく美味しいの意
それでは、私が初めてカワハギを釣った時の話をしよう。
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それはある晴れた日のことだった。
有給休暇をまったく消化していないとのことで、会社が怒られたらしい。
有給休暇、それはお給料がもらえるのにお休みという、伝説の日。
インフルエンザにでもならないと使用できないとさえ言われていた、奇跡の日だ。
突然降ってわいたお休みに、皆は動揺していた。
しかし、のんびり死体には死角は無かった。
彼には、そう。
海があるから。
そして、溜まった仕事を、いったん完全に忘れることが出来る特殊能力者だったからだ。
と、いうことで、海に行きました。
平日なので、周りに人がいません。
いつも混んでいる堤防の先っぽに行きました。
お爺さんが一人で釣りをしています。
のんびり死体は、例のあれを言います。
これさえ言えれば、釣りをする人みな友達。
「釣れますか?」だ。
ここから釣り人のすべての会話が始まるといっても過言ではない。
しかし、慎重に行わなくてはならない。
街行く女性に声をかけるかのように、不快にならぬよう、声のトーンに気を使い、相手の様子を伺いながら声をかけなくてはならない。
ある程度、釣れてそうな人に言わないと、唯の失礼な発言になりかねない。
非常に繊細かつ高度な技術が要求されるのである。
「つっ釣れてますかっ。フヌカポォ。」
「おー、今日はこまいカワハギがようけおる。」
ファーストインプレッションは成功である。
誰が何と言おうと成功である。
そうして、老人との会話を楽しみながら、邪魔にならない程度の距離を取って釣りを始める。
老人は「シラサエビ」と呼ばれる、生きた小さなエビを餌に釣りをしていた。
小さな木の箱におがくずを入れて、そのなかに2センチほどのエビが、ぴくぴくと動いていた。
仕掛けも胴付きと呼ばれる、サビキによく似ているが、針にエビに似せた布が無く、餌籠もついていないものを使用していた。
それをじっと眺める。
なんか知らんけど、かっちょええと思う。
とりあえず、こちらは今回はサビキしか用意していない。
いつものようにサビキを始める。
すると老人がエビを海面に撒き始めた。
水中に枯れた木の葉のような魚影が見える。
「もうちょい大きいほうがええのう。」
贅沢な年寄りめと、心の中で毒づく。
※のんびり死体は、そういったことは口に出さない、上品な不審者です。
そうしているうちに、サビキの針がジワーと引っ張られる。
いつもの鯵のような、バタバタした感じではない。
YOUTUBEで見たように、格好よく竿をあげて、あわせを行う。
「にいちゃん、あんまり慌てたら、魚取れるよ。」
嘘だ、かっこいいはずなのに・・・。
そんなやり取りの中、水面に大きな枯れ葉のような姿が上がってくる。
「カワハギ」様である。
いや、この時はまだ、「なんだこれ」くらいにしか思っていなかったのだけど。
サビキでカワハギを釣ったのである。
しかも20CMを超えるカワハギである。
とりあえず、釣れると何でもうれしいので喜んでみる。
「おーそれくらいあったら、炊いても刺身でもうまいでぇ。」
そうか、じじい、ナイスな情報だ、ご苦労である。
と心のなかでつぶやく。
そうして、カワハギを釣ったのである。
なぜこれが中級者なのか、疑問に思うかもしれない。
しかし、カワハギというのは非常に釣るのが難しい魚なのである。
お口が小さいうえに、餌をちょっと吸って吐き出すという、お行儀の悪い食べ方をする魚なのである。
ゆえに、カワハギを釣ることが出来れば中級者と、ネットに書いてあったのである。
そこから導かれる答えは。
かわはぎ×のんびり死体=中級者
となるのである。
異論は認めない。
ちなみに、カワハギを肝醤油で食べると美味しいらしいということは、前々から知っていた。
しかし、居酒屋だとお高めなので頼んだことは無かった。
4切くらいで1200円だすなら、マグロか盛り合わせのほうがいいかなぁと思っていた。
爺さんの家族構成や、若いころの仕事の話なども、十分に堪能し、何匹かの鯵と1匹のカワハギを釣りあげる。
爺さんは不快ではなかったが、のんびり死体は、海は一人派かもしれないなと思いながら、空を眺める。
海で見る空は、なんか凄い。
どう凄いかというと、凄いスッキリする。
理由はよくわからない。
爺さんも、まぁ悪くなかったような気がする。
いいジジイだ。
良さげ爺と名付けよう。
家に帰りカワハギと鯵をお造りにする。
のんびり死体は包丁も使える不審者である。
味については、どう伝えればいいだろう。
ただ心に決めたことがある。
これからカワハギは、カワハギ様と「様」をつけて呼ぼうと思ったのである。