L'amour avec un ami d'enfance
幼馴染の恋愛というと思いつくのは大体小中学生くらいの淡い初恋、とかそんな感じでしょう?
その初恋をずっと引きずったまま大人になってしまった橋本千鶴。三十六歳、独身、彼氏なし。
好きな人──小波敬太。
隣家に住む幼馴染でそちらも独身、彼女なし。
近所のおじさんやおばさんもうちの両親も、彼の両親だって「もう、隣にいい年した独り者同士がいるんだし結婚したら?」と無責任に言ってくる。
そんな中途半端なお膳立てするから、逆に距離置かれちゃったじゃない。もう、どうしてくれるの。
大体、タイミングが合わなかったのよ。
中二の時敬太を意識し始めていざ告白ってときに、先に敬太が彼女作っちゃって。
しょうがないからあたしも別の人と付き合ってるときに今度は敬太がその彼女と別れちゃって……を繰り返すこと数回。
すっかりいい年した大人になってしまった。
いや、一度三十あたりでお互いフリーな時があった。が、そのときは敬太が転勤で遠方に行ってしまったのだ。
去年敬太が帰ってきたときお互いフリーだったから、千鶴には今がチャンスなのだ。
たとえフラれても、諦めがついてあっさり別の人と結婚できるかもしれない。
だから、今日こそは。
「──千鶴?」
待ち伏せをしていたので会って当然なのだが、実際本人に声をかけられると若干ひるんでしまう。
「お前女が夜に公園に一人でいるってどういうことだ」
ちょっと怖い顔をして敬太が近づいてくる。
うちから徒歩十分の公園である。
敬太がそこを通り抜けて帰宅するのは知っていたので、待ち伏せていたのだ。
「危ないだろうが」
「まだそんな遅くないし、大丈夫かなと。ちょっと、敬太に話があって」
「……話?なに」
うーん、なんて切り出そう。
『すきです』
──ちょっと無理。
『あたしと付き合って?』
──そんなキャラじゃない。
『ちょうど彼女居ないんでしょ?あたしにしてみない?』
──唐突すぎる。
考える時間は十分あったはずなのに、思いついては消え、思いついては消え……。
怪訝そうな顔をしながら隣のベンチに座り、長い沈黙をものともせず話を待つ敬太。
あぁ、そうね。
幼馴染だもんね、慣れてるよね。
うん、でもごめんギブ。いったん休憩させて。
「ちょっと休憩。コーヒー、買ってくる」
「あーじゃ、おれ買ってくるから話考えとけ」
すいません。じゃ、遠慮なく。
敬太が戻ってきてからも延々十五分沈黙。
コーヒーを飲みつつさらに三十分。うーん、敬太我慢強いな。……と思ったら、居眠りぶっこいてるじゃない。
うん、この際もうちょっと待たせてしまえ。幸い今は五月。風邪なんぞひくまい。
『彼女になってあげようか?』
──なんでそんなにえらそうなの、却下。
『そろそろ奥さん欲しくない?』
──付き合う前にプロポーズって!ないない、却下。
『付き合おうか?』
──あーもう、シンプルにこれでいいか?
よし、そろそろ起こすか、と敬太に声をかけようとしたとき
「千鶴、これ仕切りなおさないか?」
目を覚ましたらしい敬太があくびをしながら言ってきた。
「うん、大丈夫。話まとまったから」
「あそ。じゃ、どうぞ」
「そろそろ奥さん欲しい?」
ぎゃー!しまった!選択肢の中で一番ないやつを言ってしまった!
ばかじゃないのばかじゃないの!
トータル一時間も考えた末の大失態?!ないでしょないでしょ、ばかでしょあんた!
「ごめん!間違えた!」
「──えーと、でも話の内容はそんなようなことなんだな?」
とりあえず、確認してくる敬太。
はー、もう言っちゃったものはしょうがないから頷いちゃえ。
「千鶴、一応確認しとくぞ。それは世間話か?それとも」
「……あんたは世間話するために待ち伏せして一時間も話題を考えるの?」
「いや、悪い。そりゃそうだな」
再び沈黙。
あーこりゃないな。しょうがないか、帰ろうか。
ため息を一つついて、立ち上がりかけたそのとき手をつかまれた。
「お前、返事聞く前にどこ行くんだよ」
敬太がしぶい顔してあたしを見てた。
「あーだって、なんかいい返事来そうにないし」
「お前な、おれは一時間待ってただろうが。お前もちょっとは大人しく待っとけ」
この生殺しに耐えろと?
えぇい、ならコーヒーのお替り買ってくるよ!
たっぷり二十分かけてすぐ目の前の自販機でコーヒーを買って戻る。
あたしたち何やってるんだろ。もうすでに敬太がこの公園を通りかかってからたっぷり一時間半が経過。
そろそろ深夜と言われる時間じゃないか。
さらに十分。
なんか眠たくなってきた。緊張感って続かないものなのね。ちょっと寝ちゃってもいいかな、うーだめだめ。
さっき敬太が寝てたのは告白する前だもん。返事を待つ側のあたしが寝てどうする。
でもちょっとだけ。
「……おっまえ信じらんねー……」
はっ。ばれちゃった。
ご、ごめん。だって夕べとか緊張であんまり眠れなくて!
大呆れの顔で敬太があたしを見てた。
「はー…。これがおれの嫁か」
は?
よめ?嫁って言いました?
「だから、お前が嫁なことに異論はないの!ていうか、俺だってそのつもりでこっちに戻ってきたんだって!」
「えぇ?だって、そんなそぶり全然……」
「だーからー…お前、彼氏といつ別れたんだ?」
なんのことだ。
きょとんとしていると、敬太は話を続けた。
「だから、こっちに帰ってきて一番にお前の友達の黒沢に確認したんだって」
「祥?あの子結婚して今は相川だよ。……それはいいけど、祥、彼氏居るって言ってた?」
「いや、お前には好きな人がいるって言ってた」
「だからって彼氏だとは限らないじゃない」
「……彼氏じゃなかったのか……」
一年無駄にした、と敬太がつぶやいた。
そうね、お互いもっと早くに言っておけばもう結婚してたかもしれないね。
でもまぁ、ここまでのんびり来たんだし、このペースがあたしたちらしくていいじゃない。
「じゃあ改めて──よろしく、奥さん」
その日、あたしは初めて敬太と手を繋いで帰った。
「恋愛期間が一番楽しい時じゃない。それなのに、うちみたいに子供が出来たわけでもないのにいきなり結婚しちゃってよかったの?」
新居に遊びに来た祥が聞く。
まぁまぁいいじゃない。恋愛は、結婚してからでもできるんだから。




