再形成
さて、僕森一色は新たな生を受けたわけだけども。
結局は日付が変わらないので、それに場所すらも変わらないので、
僕は一度死んだという実感があまりなかった。
でも。あの、体がきしむ感覚だけは。
「簡単には忘れられないよな」
できれば、もうあまり経験したくないことだった。
もう3度目となる同じ日の登校だ。そろそろ慣れてきてしまった。起きた時間的にも通学路で宙太や奏に会うことは難しいだろう。ならば、と僕はバナナと牛乳で朝ごはんを済まして、学校へと走った。
前の2回より、10分ほど早く着いただろうか。もう宙太と奏は教室にいた。
風上さんは…と探してみたが、まだ着いていないようだった。
「おはよう宙太、奏」
「おはようさん、一色」
「おはようございます、森くん」
「一色、今日もいつも通りだな」
「そだね、そういえばさ」
「どうしたのですか?」
「僕たちが中学生の時、僕ってどんな感じだったっけ」
「なんだよ急に」
「なんとなく」
「そういえば、急に身長が伸びていましたね」
「ああ、そうだったそうだった、すげえ成長期だったんだな」
「でも、それは森くんが一番よく知っているのではないですか?」
そう言われて気づく。
記憶が…消えている。前の僕に接触してきた人影は、未来を改変するといっていた。つまりそれは、過去の僕から順に消していくということではないか?でも、あくまで過程に過ぎない。ただわかったことは、記憶は頼ることができないということだ。幸いまだ始業まで時間があるから、今度はもっと過去のことを聞こうと宙太に問いかけた。
「もっと小さい時ってどんなだった?」
「んー、でもお前が何かの病気になったことってなかった気がするな」
「そういえば、森くんは中学校でも皆勤賞でしたね」
なるほど、僕はどうやら中学生の時に急激に身長が伸び、また体が頑丈のようだ。まだ、あの人影が言ったことについてはわからない、が僕が記憶を失い始めているということは確かなようだ。ということはあまりにのんびりとしていると自分の未来が消失していくということだろうか。だから僕はこの時間軸に止められているのかもしれない。ただ、僕をこの時間軸に復活させったものも万能ではないのかもしれないな。風上さんのことは変わらなかったわけだし。
とにかく今わかることは、新たな同じ日に進むためには寝る、もしくは絶命する必要があるということだ。僕はそれをメモ帳に書いた。記憶は受け継がれるようだけど、書いておくことに悪いことはないはずだから。
そんなことをしている間に、始業のベルが鳴る。あれ、風上さんが来ていない。どういうことだろう、と思っていたら3度目となる音無先生の間延びした挨拶が聞こえてきた。そして、先生の口から告げられたのは。
「えー今日から編入生がこのクラスに来ましたーさあー挨拶をお願いしますー風上薫さんー」
なんだって?風上さんは死ぬ前の日々だと普通にクラスにいたじゃないか。そんな不可思議な状況の中、僕はある一つの仮説を立てた。
死ぬとすべてが一からリセットされる。
そう考えれば、この状況を飲み込むことができた。だからこそ、僕は今日のうちに彼女と話しておこうと思った。
そして放課後。僕は彼女に話しかけた。
「風上さん、ちょっと時間いいかな」
「いいけど…何か用?」
「うん」
そして、屋上まで来てもらう。前連れてこられた時と同じ場所。
「それで、何?」
「初対面の人にこういうのも何だけど、僕は君を知っている」
「…!」
「前、この場所で君から忠告を受けた」
「そうか…きっと、あの時の私ね」
「それでだ、僕は何個かこの日々についてわかったことがある」
そして僕は、彼女に今までの経験を話した。
「…それくらいわかればまあ十分よ」
「きっとあの校庭の人影は僕の未来を消そうとしてるんだ」
「そうね、でも何度でも来ると思っちゃダメよ」
「何で?死んだからあいつもリセットされるのではないの?」
「違う」
「なぜ」
「まだ分からない…いや、知らない方がいいわ」
「でも、あいつを止めないと僕の未来が…」
「今はまだ大丈夫、でもすぐに行ける未来が限られるようになるわ」
「でも、この日々にいたまんまじゃああいつのことを追えないじゃないか」
「もうあなたはこの日々を突破することに成功したわ、言うなればこれはチュートリアルだったというわけね」
「じゃあ次は一体どんな日に送られてしまうんだ?何をすれば日々を移動できるんだ?」
「日にちについては分からない、そのものにでも聞かない限りは」
「じゃあ、どうすればこの日々を移動できるんだ」
「ところで、あなたの目的って何?」
「何だよ急に」
「答えて」
「自分の未来を取り戻すこと?」
「いいえ」
「なら、過去を取り戻す」
「違う、あなたの目的は自分自身が何者なのかを知ること」
「…どういうことだ」
「今日私に話したみたいに、自分が何者なのかわかる手がかりを見つけることね」
「そうなのか」
「そうよ、だから早く自分自身について理解しないと、あなたの存在が消し飛ぶわよ」
「なら、もうこの話は終わりだ」
「そうね、頑張って」
そして重要な情報を得て、僕は体育館に向かった。
部活が終わり、帰路につく。3回めのこの下校も慣れてしまった。今回は宿題のノートも忘れずに持って帰ってきている。そして寝る準備をして、僕は思い起こす。
もし遠い日々に飛ばされたら、この部屋の状況も変わってしまうかもしれない。メモに情報を書いておくのは危険だ。そして、その日々の間の記憶は消えてしまうかもしれない。だから僕は自分の腕にこう書いた。
『自分を見つけろ』
そうして、僕は眠りにつく。
やあ。
自分自身のことについて多少わかってきたようだね。
ようやくこの日々を維持しなくても済むようになるよ。
ああ、そうなんだ。
君があの人影に殺された時、君のあの日々は本来抹消される。
でも、僕が何とか維持しておけば、君は記憶を保ったまま、その日々を続けることができるってわけ。
まあ、早いことに越したことはない。
彼はすごいスピードで未来を改変している。
君にすべての記憶を残せるわけではないけど、これだけは覚えさせておいてあげよう。
君は日々を繰り返す。
自分自身を見つけろ。
さあ、頑張ってくれ。
そして僕は、目をさます。