余韻
とにかく、早く帰ろう。人影なんかに会ってしまったら堪ったもんじゃない。玄関まで降りて、靴を履き替える。そうして、校庭に出た。校門まではそこそこあるから、走っていこう、そうしないと人影に見つかるかもしれない。珍しく、学校にはもう守衛しか残っていないようだった。校門にもうすぐで着く、と思った矢先。
「お前は…」
「やべえ!」
走る、走る、走る。そして校門から出た!そう、出たはずだ。なのに。
僕は校庭の中心にいた。
「何でだ!?」
「待て」
「!!!!!」
声にならない悲鳴をあげつつ、僕は逃げる。でも、何度走っても、僕はまた同じ場所にいた。
「待てと言っている」
「そんなこと言われて待つ奴がいるか!」
「そうか…ならば」
そう、人影が言った瞬間、地面が隆起しだして、僕はその地面に捕まってしまった。
「何なんじゃこりゃ!」
「止まれと…」
何なんだよ。僕になんか恨みでもあるのか!?そんな風に思った時、風上さんの言葉が頭の中に浮かび上がってきた。
『何も知らないって、お気楽なものね』
つまり、今まさにこの状況すらも、僕の知らないことなんだろうか。そんな思考の時間も無駄とばかりに、地面だったものが僕の体を締め上げる。そんな非日常的な光景でさえ、僕の頭は冷静に対処していた。なんたって、もう既に同じ日を何度も繰り返すという現象が起きてるんだ。これ以上に何か驚くことがあるものか。そんな風に思い、僕は人影に話しかけていた。
「こうして捕まえたのならさ、僕のことをどうにかしようとしているんだろ?」
「その通り、物分りがいいのは助かるな」
「でも、その目的を教えてくれたっていいんじゃない?」
「ふん、それくらいなら死ぬ前の物語として教えてやるか」
「僕を、殺す気なのか」
森一色はそう冷静に言い放つ。彼は既に同じ日を繰り返す、という不可思議な現象から逃避していた。だから、死ぬということに関して鈍感になっていた。
「で、物語って?」
「まずは俺の顔を見せてやるか」
人影は自分の周りを漂っていた地面を地に落とす。瞬間、顔が現れる。それは…森一色と全く同じ顔をした人間だった。
「詳細なことを話す気などない、今貴様にそんなことを言ったところでわかるはずがないからな」
「…」
森一色は何も答えることができない。正確に言えば、脳が思考を停止していた。繰り返す日々。急にありえない隆起をした校庭。自分と全く同じ顔をした人間。彼の脳がキャパオーバーを起こすのも無理はなかった。
「俺は…未来を改変するためにここへ来た」
人影は続ける。
「お前は呪われている、誰も神から逃れることはできない、それなのにお前は自分から動き出そうとした」
人影は顔を歪める。
「それがどんな愚かなことか気づいているはずだ、我らは結局この世界に捉えられた操り人形に過ぎないのに」
森一色は考えない。もはや人影の言っていることが理解できない。ただただ、脳は一切の考えを否定した。聞いてはダメだ、キクナ、キクナ、キクナ、お前は森一色。そう、語りかけた。
「お前に生きてもらっていてはすべてが台無しだ、何も知らないうちに死んでもらうしかない」
彼の体を締め付ける力が強くなる。人の体は脆いものだ。ミシミシと音がしだすと、骨は簡単に潰れだし、皮膚は避け、血はぼたぼたと地面に降り注ぐ。彼の悲鳴は、もはや大きなものでもない。ただ、かすれ声のようなものが人影の耳にまで届いただけだ。そして、そのかすかな悲鳴も聞こえなくなった時…
森一色は絶命した。
起きたかい?大丈夫、君はまだやり直せる。
君が望む結末まで何度でもやり直せばいいさ。
でも、今回は失敗だったようだね。君は何も知らずに殺されてしまった。
あの状況じゃ、君は何もわからなくてもしょうがない。
とにかくまずは、彼女の言葉の通りに動いてみることだね。
まずは情報だ。
真実に近づけることを祈っているよ。
何?僕が何者かって?
多分、君が一番よく知っているのに。
まあ、しょうがないか。君は今何も知らないわけだし。
平気平気、いつかわかるさ。
とにかく、あの日まで戻そう。何度も繰り返すあの日へ。
何かわかったら、きっとあの日から抜け出せる。
頑張ってくれ。それじゃあね。
そして僕は、繰り返す日々の中で、新しい生を得た。
これで序章は終了です。
しばらく失踪します(予定)