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第五話



 高科模型店――国際大榎学園からほど近くにある模型店である。長く、主に小等部で使われる教材や、部活動で使われる資材などを卸す傍ら、それほど広くない店内に各種模型がジャンルに添い整然と、しかし堆く積み上げられている。日曜の昼間だというのに客足は無く、涼しい風を吐き出し続ける空調の音のみが響いていた。その中央の通路、出入り口側の半畳程のスペースで、高科高見は頬杖をついてぼんやりと物思いに耽る。

「どうやってこの店を潰すか」

少女の脳内はその物騒な考えで埋め尽くされていた。


 何故、華の15歳である私が日曜に遊びにも行けずこんな流行らないプラモデル屋さんの店番をしなくてはならないのだ。

店主である叔父は、理由はわからないがここ暫く留守にしており、ママは日曜だというのに仕事に出てしまった。母親の離婚に賛成したのは私だし、ママを選んだのも私だ。バリバリと男顔負けに働くママは尊敬しているけれど、この空虚な時間に忍耐を強いられる理由にはならない。名前も母の旧姓に戻ってからタカナシタカミと高が被ってしまってカッコ悪い。

ママは離婚のあと、亡き祖父の後を継いで独身の叔父が家長を務める実家に戻り、大榎学園に転校して3年。仲の良い友達もできたし、学園生活はそれなりに楽しんでいたが、割と頻繁に訪れる、この青春時間の浪費に身も割ける思いなのだ。

よくわからない、遠い異国のヒコーキやセンシャやフネやロボットの箱を見ると段々とムカっ腹が立ってくる。

可愛くないし綺麗でもない。プラモデルを趣味にしているヤツなんてどうせ真っ暗な部屋で引き籠ってるいい歳こいたオッサンに決まっている。


通りに面する出入り口の方で賑やかな声が聞こえた。出入り口両脇のショーケースを透かして見れば、どうやら外国人のようだ。留学生の多い学園でが外人がたむろして物見遊山することが間々ある。どうせ物珍しさに出入り口脇のガチャガチャでもやってるんだろう。異国語で両替を求められても厄介だから小銭をレジから出しておくか、と思ったその時――


「こんにちワ!」寝物語から出てきたような可愛い少女が元気な挨拶と、にこやかな笑顔で入店してきた。

「Hello!あら、cuteなmanagerさんね!」これまたアメリカ映画からやってきたような金髪のグラマーが、微笑みながらこちらに軽く手を振る。

「日本では入店するときの挨拶はいらないらしいわよ」次に、眼鏡を拭きながら、カワイイとキレイを足して2で割ったような不思議な魅力の褐色の女性が、

「……暑いわ」続いて雑誌や広告を飾るような、現実離れした美女が暑さに項垂れつつ入ってきた。

「……お邪魔します」最後は一人だけ高等部の制服をきた格闘家然とした男性。


――――何事か。高科高見は、5人の来訪者がプラモデルを物色し始めるのを、呆然と見つめた。






 7月に入り、暑さが増してきた。まだ風は涼しさを含んではいるが、これからやってくる夏本番は厳しいものになるだろう事を予感させた。

小野川少年の一件は、小等部内で話題となり、それから学園中で美談として取り挙げられるまでになった。

新聞部は校内新聞の見出しを『模型部、アメリカ陸軍への作品の無償提供に続き、少年の無垢な願いを適える』と綴り、模型部の名声を大いに高めた。

例の3人で撮った写真も掲載され、あの『気紛れな女王』は模型部にまで現れるのか、と一部の生徒を驚愕させた。

先日アルが持ってきた校内新聞を読み終え、ふと、専用のスペースで『東宝特撮全怪獣図鑑』を読みふけるエレオノーラを見る。

最近キャロルに連れられて部室に訪れる頻度が増えている。今までは方向音痴の足の向くまま気の向くまま、部活動荒らしのように辿り着いた先でやりたいようにやっていた彼女が、何故か模型部に足を運ぶようになった。

(彼女達にも息抜きできる場所ってのが必要なんじゃないかなあって、思うんだ)

以前、加茂下が語った言葉を思い出す。

専用の椅子を注文し、安くないティーパックで紅茶を入れ、熱心に怪獣図鑑を読みふける彼女を見て、この部室が万能の芸術家である彼女の憩いの場であるのならば、それで良い。と三枝は思った。

それにしても、最初の頃に比べて、この部室も物が増えてきた。最初に持ち込まれたヴィヴィアンのキャンパス台周辺は道具置きの膝上机や奇妙なオブジェ等が追加され、彼女のワークスペースとして更に整えられている。、キャロラインも紅茶を入れる為の電気ポットを持ち込んできた。三枝も加茂下から貰った組立式の飾り棚を、足に無理を掛けない程度に小分けにして運び込み、数日をかけて完成させた。問題は割と大きな飾り棚に飾られている作品が旧ドイツ軍の装甲偵察車とヴァッフェントレーガー、そして棚の上、上座あたる場所に『遺産』のタイガー戦車、それを挟む様にヴィヴィが極彩色を施したダルマと招き猫が鎮座するのみであった。

数日前に飛び込んできた、木工彫刻部の彫った仏像を金色に塗装する依頼と、演劇部の小道具数点の修理の依頼を達成した際の報酬が想定以上に多かった事と(これはアルとエレナを演劇部に興味を持たせる為に口利きをする事が条件の賄賂的な側面はあった)、キャロラインの手柄により月々の部費が増額された事で模型部の財政はそれなりに潤っていた。


――つまり、そろそろ部費を使ってプラモデルを購入する時か。

三枝景正は決意した。




 日曜日。気圧配置の関係で過去平均を上回る猛暑日になるらしい。

エレオノーラの為に集合場所は女子寮の前に指定されたが、生真面目な三枝は集合時間15分前にすでに到着しており、外出する女生徒達の、『女子寮の前に居座る男子生徒』に対する怪訝な視線を受ける羽目になった。忍耐を強いられる覚悟を決めてから割と早いうちにアルベルタとキャロラインが来てくれたのは三枝にとって救いだった。

集合時間丁度にヴィヴィアンとエレオノーラが集まった。


「オハヨー!」白のフリル付のワンピースと麦わら帽子のアルベルタは2人に手を振る。

「Morning......」欠伸をしながらダメージジーンズにシャツとベストのヴィヴィアンは眠たげに答える。

「‥‥‥ちょっと待ちなさいエレナ、貴女、ブラジャーは?!」スーツとジャケットのキャロラインは珍しく慌てている。

「していないわ。暑いもの」さも当然というように答える。パンツスーツに無防備なノースリーブのカットソー一着。身長差があるためわかりづらいが、ヴィヴィアンよりも豊かな乳房が今にもこぼれんばかりの迫力で揺れていた。

「カ、カカカカゲマサ!見ちゃダメ!!」慌てふたむいて三枝の目を、その小さい手で隠そうと足元でぴょんこぴょんこと跳ねるアル。急いで目をそらす三枝。

「――部屋に戻ってブラジャーを、それとジャケット!」エレオノーラの手を引っ張り、女子寮に戻るキャロル。

「…ぐぅ」立ったまま寝始めるヴィヴィ。


結局、出発の予定はそれから20分ほどずれ込むのだった。





 三枝景正は、堆く積み上げられた商品の数々に、深く感動していた。学園東門から徒歩約10分の所にこんな楽園があったのか。右を見ても左を見ても。上を見ても下を見ても視界にプラモデルの箱絵が目に入る幸せを独り噛み締めていた。


「スゴイね!カゲマサ!」感激している三枝の顔を見て、嬉しくなるアル。

「それで、予算はいくら程なのかしら」背後からキャロルが声を掛ける。

「とりあえず全員1品づつ買えるくらいはある。勿論あまり高価なものは遠慮してほしいが」

「ホント?ボクもいいノ?」感激を示すアルベルタ。

「勿論だ。アルは模型部設立の立役者だ。好きなものを選んでくれ」

わーい!と喜びを体で示し早速お気に入りを探し始める。


「私はいいわ。あの子と貴方の分に振り分けて」

「いいのか?」

「いいわよ。内緒にしてたけど、私、とっても不器用なの」いつか見た時のように自嘲気味に笑う。


「huh?credit card使えないの?」

レジを見れば、ヴィヴィが中学生程の少女に詰め寄っている。脇には既に一杯になった買い物籠が2つ置かれている。

――は、はい。カードはちょっと、わかんないです…ごめんなさい!

少女が不憫になり、不満気なヴィヴィをなだめる。というか現金は持ち歩いてないのか。

「Cashなんて今時、Smartじゃないわよ。でも、困ったわね」

「部費を使ってくれ。そのカゴ一杯分は買えないが」

「Okey...しょうがないわね――――エレナ、Cardは使えないらしいわよ」

ヴィヴィが声を掛けた先を振り返ると、両手いっぱい怪獣プラモデルと日本の名城DXシリーズを抱えるエレオノーラがその鉄面皮の下に落胆を滲ませていた。


「ネ、マサヨシ。このエッチングパーツって、ナニ?」

アルの好きな、細かい仕事だ、と答える。

「わ、じゃボク、これにする!あ、フネにつけるんだねコレ。じゃーおフネはー……コレ!Bismarck!Germanのおフネだね!」喜色満面の笑みを浮かべる。

あ!おカネ、大丈夫?と心配するが、大丈夫だ。問題ない。との返答を受け、よかっタ!イッショにつくろう、ネ!と微笑む。

実を言えば、アルベルタのチョイスで予算の2/3程が吹き飛ぶが、自分とキャロルの分も合わせれば補える。何より模型部設立の立役者に報いたい思いだ。


エレオノーラは最後まで『1/450 走る!ゼンマイ怪獣シリーズ 超音波怪獣ギャオス』と『1/350 The特撮Collection 8  宇宙超怪獣キングギドラ』のどちらを選択するか迷っている様子だったが、アルの「プラモデルなのに、ハシるの?スゴイ!」との言で、ギャオスの選択を決定した。


1時間ほど狭い店内であっちやこっちやでの物色を楽しんだ結果、

『タミヤ 1/350 戦艦ビスマルク』と各種エッチングパーツ

『有井製作所 1/450 走る!ゼンマイ怪獣シリーズ 超音波怪獣ギャオス』

『マイスト 1/12 ハーレーダビッドソン』

それと各種備品や塗料を購入した。


三枝は会計の折、部費を使用した際、領収書を提出するようにと生徒会会計に言われていたのを思い出した。




 ――――リョーシューショ、デスカ。

我ながら、よくこんな情けない声を出せたと思う。

空調はガンガンに利かせている筈なのに冷汗が噴き出てくる。なんだリョーシューショて。勿論聞いたことはあるがそれが何を意味するのか幼い私は知らない。嗚呼、私に真面目に留守番を努める気持ちがあれば、事前に叔父からこのような場面を想定した教育を受ける事も出来ていただろうに。ごめんなさい叔父さん。高見は愚かでした。

顔面蒼白なのであろう私の顔を怪訝な顔で見つめる強面の先輩。視線をずらせば、可愛いワンピースを着た西洋人形の様な少女と目が合う。微笑みかけられた。

What happened?と金髪のグラマーが、レディスーツをオシャレに着こなした褐色の女性に問いかける。

「領収書が解らないのかしら。まあ、まだ子供みたいだし。店番はちょっと早かったのかしらね。どうするの?景正」

身長はそう変わらないであろう眼鏡の女性に子供扱いされたのは致し方ない。甘んじて受けよう。私は私の幼さを甘んじて受け入れるので、願わくば叔父さん、今すぐ帰ってきて――!


「電話を、店主の方に繋げることは出来ますか」強面の先輩が問いかける。

そうかその手があった!混乱とはかくも恐ろしい。このような簡単な解決法を覆い隠してしまうのだから!


ち、ちょっとまってください!


急いでレジ横にある子機を手に取り『なにかあったら電話して』と教えられていた登録キーを押して叔父にコールする。


――8コール目。絶望に目がくらみそうになった時『はいもしもし』と、聞き慣れた声が聞こえた。

「なにやってんの!早く出なさいよオッサン!」

つい、素が出た。


『あーはいはい、領収書ね。レジの下の引き出しにあるから。見つけたかな?そうそう、青い柄の表紙の、短冊みたいなヤツ。それに金額と宛名を書いて。宛名はお客さんに聞いてね。後はハンコね。同じ引き出しにあるでしょ?それを右下に押してあげて。お客さんはどんな人なの?へえ、学園の先輩か。んじゃ部か――――』

解った。すべて解った。もう用はない。通話を終了させる。


――ありがとうございましたー……

やり終えた。退店する4人を見送って、力無く椅子に座りこむ。この1時間、アクティブな異国人達への接客に神経を尖らせていたからか、どっと疲れた。


「店主」

ぴゃい!変な声が出る。

迂闊だった。もう1人居た。


「取り置きを頼みたいのだけれど――」

諦めた筈の『1/350 The特撮Collection 8  宇宙超怪獣キングギドラ』を抱えていた。


――心配しなくてもそんなもん売れるわけねえだろう!

引きつる笑顔の心中で、流れる銀髪の美女に激しいツッコミを入れた。





 エレオノーラの店から出てくる間、三枝とヴィヴィアンはショーケースに並べられた様々なジャンルの作品を鑑賞し、アルベルタはキャロラインの解説を受けてガチャガチャに興じていた。

「それで、これからどうするの?」キャロルが問いかける。

高科模型店での買い物しか予定していない。

「じゃあ、今からDowntownに行ってShoppingしましょうよ!」手を叩いて提案するヴィヴィアン。

「構わないわよ。エレオノーラ、夏服をアレしかもってないらしいから、それを買いに行きましょう」朝の一件を思い出してしまう。

「お服、買いに行くノ?ボクも!カゲマサも行くよネ?」と問いかけた。

「自分は遠慮しておく。すこし、用事がある」との答えにありありと落胆を見せるアルベルタとヴィヴィアン。

「確かにヴィヴィの買い物に付き合うのはハードかもね。この子、際限がないもの。わかってあげなさいアル」とキャロル。

「わかった…Souvenirs、なんテいうの?」「お土産」「おミヤゲ、買ってくるネ!」と笑顔を見せるアル。


なにやら手続をしていたエレオノーラが退店してきた。

「エレナー!これ!」仔犬の様に駆け寄る。

先ほどガチャガチャを回して手に入れた、いつか見た溶けた犬の意匠の玩具はどうやら簡易的なボイスレコーダーらしい。

「えっと、コレをねー」スイッチを押す。

「えー、ボクは、エレオノーラ・ラブリネンコです!マイゴです!助けてくだサーイ!」スイッチを離す。

なんらかの操作をしてもう一度スイッチを押す。

『えー、ボクは、エレオノーラ・ラブリネンコです!マイゴです!助けてくだサーイ!』電子的に保存されたアルの言葉が繰り返される。

「マイゴになったらコレ、使ってネ!」はにかみながらエレオノーラに渡す。

「ありがとう。嬉しいわアルベルタ」アルの頭を撫でる。鉄面皮の下に隠れた笑顔が確かに感じられる。

アルベルタとエレオノーラの間にある仲の良い姉妹のような絆は、兄弟の居ない三枝にも感じ取ることができた。

興味を持ったヴィヴィが、それ貸してよ、と迫ったが「嫌よ」と取りつく島もなく拒絶された。

氷の女王は人知れず、溶けた犬の玩具をさながら宝物のように胸元に抱くのだった。






 バス亭で部員達と別れた後、三枝は部室に訪れていた。購入した物品を運び終えた三枝は窓を開け、室内に溜まった熱気を解放させる。暑さに弱いエレナがキャロルに注文させた2機のサーキュレーターの内1機を自分に向けて起動させる。

立ちっぱなし歩きっぱなしの1時間半。徐々に痛み始めていた足をパイプ椅子に落ち着けた。怪我をしてから今までこれ程歩いたのは始めてだった。

僅かに抱く不安を溜息に変えて、引き出しに仕舞ってある模型部活動記録の内一冊を開く。全20冊を数える大学ノートに高科模型店の記述は多い。

大榎学園模型部は、78年に5人の模型仲間達の手で設立され、ガンプラブームが起きた81年を経てますます興り、90年で一旦休部することになるまでの22年の間、高科模型店との関係は蜜月と言っても差支えない程であった。後に再開と休止を繰り返すことになるが、次にまとまった記録を尋ねることが出来るようになるのが14年前になる。

14年前の記録より前に活動記録が記されたことは内容から伺えるものの、再度探しても見つけ出すことが出来なかった。加茂下が言っていた『紛失した部分』であろうと推測した。

飾り棚の上で極彩色のダルマと招き猫に挟まれたタイガー戦車のヴィネットに目を移す。

1/35サイズの、精巧に作りこまれた戦車。ミリタリーフィギュアを改造したものであろうか、当時の部員を模したであろうフィギュアが、大榎高校模型部と書かれたデザインの旗を203高地の日本兵さながら砲塔の上で振っていた。

5体のフィギュアはそれぞれ、旗を振る、当時の制服だったのだろうかセーラー服を着ている、長い髪を後ろに束ねた女生徒。それを支える太った男子生徒。8.8cm砲に跨る、ウェーブの掛かった金髪の女生徒。砲塔に手を置いてニヒルに笑う男子生徒。キューポラから上半身を出している男子生徒。そしてそれらを見つめる犬のフィギュア。

見つめる度に、三枝の胸に深い感動に揺さぶられる。模型に青春をかけた者たちが、確かに此処に居たことをありありと証明していた。

記録をいくら見返しても見つからなかったヴィネット制作の経緯は、きっと『紛失した部分』に記されているのだろう。

高科模型店を訪ねることで、これら模型部の歴史を伺うことが出来るかと思ったが、残念ながら、どうやら店主は不在だったようだ。

また近いうちに再び高科模型店を訪ねることを、じくじくと痛む足を撫でながら決めた。






 放課後、早速組立てられた超音波怪獣ギャオスは、ジー…と小気味の良いというか、小五月蠅いというか、そのような音を鳴らしながら、その翼を広げ壮快に駆けていた。

「まさかタイヤがついているとは思わなかったわ」喜色半分でキャロルが受け止める。反転させて、プルバック式のギアを引いて、離す。

ジーと音を立てて卓上を駆ける。主の元に帰る超音波怪獣。古いキットだが、不相応なほどのリアリティを感じさせる塗装が施されている。

活動記録をたどり、二、三尋ねるだけで相当なクオリティをもって完成させてしまったことは、三枝を驚愕させた。

「あっという間に完成してしまったわ」反転、引いて、放つ。言葉に感情は見えない。

「邪魔しないで。ワタシは今、サトろうとしているのよ」駆けてきた超音波怪獣を直撃寸前で止めて抗議するヴィヴィ。

反対の手には手で千切られた紙やすりが握られている。先日購入したハーレーダビッドソンをリペイントするにあたり、塗料の食いつきを良くするために表面を削っているのだ。三枝にアドバイスされたもので、よく言えば豪放磊落、悪く言えば大雑把なアメリカ娘は渋々従っていた。抗議の意を込められた超音波怪獣はプルバックギアを目いっぱい引き絞られ、けっこうな速度で放たれる。

ゆったりと専用の椅子に体重を預けているエレナは『原色怪獣怪人大百科』に目を落としながら、迫るそれをノールックで受ける。

「それにしても――あっちの造船所は本当に静かね」

そう言って笑うキャロルの視線をヴィヴィは追う。

「サトっているのよ」

得意げに答える。

どうやら仏教用語の『真理を会得する』という悟りの意味を、ヴィヴィは『集中している状態』を示すものだと誤解しているようだった。

「ヴィヴィ、貴女みたいな聡明な人物の事を日本では『半可通』と呼ぶらしいわよ?」

「昨夜は『華麗なるペテン師たち』のビデオを見たのかしら、キャロル。ステイシー・モンローみたいな顔してるわ、アナタ」

いつものように皮肉を言い合う二人。

対して黙々と戦艦ビスマルクの建造を進める二人。三枝の受け持つ船体とアルが受け持つ艦橋がそれぞれ、着々と形になっていく。

時折軽く言葉を交わし、目を合わせて笑い合う。


「まだかしら」

超音波怪獣の主は、手に持つギャオスを暫し愛玩すると、着々と蔵書を増やす自分専用の本棚の上に置き、そっと呟いた。





「――と、取り置きするくらいなら、私、明日お届けしますよ!模型部の人ですよね?あっ、校内新聞で見てて、それで、あ、ウチ、配達もしてるんです!校内限定なんですけど、あ、画材とか小道具の材料とか……!」

「そう、ではお願いするわ」

先の失態を取り戻そうと、しどろもどろに配達サービスの説明をする私に、冷徹に言い放たれたお願いの言葉。

昨日、店の天井に頭が届きそうな美人の無言無表情のプレッシャーを受けて、はっきり言って、ビビってしまった。

落ち着け、次こそはクールに決めるのだ。クラスの女子グループの中心的人物を自負する私はこの程度の女だったのか。

ママが言っていたではないか。女は度胸。私はやればできる子なのだ。

躊躇していて放課後も大分過ぎてしまったが、まだ在室のようだ。

――ようし、いってやろうじゃあないの。


高科模型店のロゴが入った紙袋を手に、鼻息も荒く高科高見は模型部のドアを叩く。

「待っていたわ」「――ぴゃい!」

ノックからノータイムで扉が開かれ、高科高見は変な悲鳴をあげた。





 模型部を訪れた少女の胸元には中等部三年を示す意匠を施された青のリボンが見とめられた。

この少女を委縮させた本人は、半ば強請った『1/350 The特撮Collection 8  宇宙超怪獣キングギドラ』を手に椅子に座りくるくる回ってご満悦に見える。無表情だが。

商品の配達だけが用事ではないと思われた少女を来客用の椅子に座らせ

「昨日会ったよネ!エーと、モケイブに、ナンのご用ですか?」とニコニコしながら問いかけるアルベルタ。

怯える中等部の後輩にこれ以上プレッシャーを加えるのはよろしくない、という事で一番中学生に近しいと思われるアルベルタが応対に任ぜられた。

先程まで滑稽なほど狼狽していた少女は、自分より幼く見える高等部三年生のお陰でやっと落ち着いたのか、毅然とした態度で

「失礼しました。私は中等部3-F、高科高見です。模型部に制作依頼を持ってきました。」と言い放った。


「依頼人は訳あって言えません。製作費は手付金で2000円、完成時にクオリティ次第でお値段をお支払いします。塗装や工作の指定はありません。自由に作ってください。製作期間は先輩方が卒業するまで。依頼を受ける受けないに関わらず、これを置いてくるように言われています」


卓上に『青島文化教材社 1/12 HONDA モンキー』の箱と『制作依頼費』と達筆な字で書かれた封筒が置かれた。

「Wow.Cuteなバイクね!」「小さいわね。実車はどれくらいの大きさなのかしら」「わー…ちいさ-い…」と早速パーツを物色し各々感想を述べあう最中でも

「受け渡しは高科模型店で。完成したら持ってきてください。報酬もそちらで渡します」と少女は焦るように矢継ぎ早で続けた。

依頼人は高科模型の店主なのか、という三枝の問いに

「違います詳しくは言えませんすいませんしつれいします!」と脱兎の如く部屋を駆け出た。


ぱたぱたと足音を残して去っていく中学生に、模型部員達が顔を突き合わせてきょとんとしていると、エレオノーラが何かに気付いたようにぽつりと呟いた。

「困ったわね、支払いがまだだわ」




 

 はぁぁー…

溜息が止まらない。

折角かっこよく決めたのに、今日も模型部に行かなきゃいけない。またエレオノーラ先輩と合わなきゃいけない。気が重い。まさかお金を貰い忘れるなんて。かっこわるい。私はなんて出来ない女なのだ。将来は学校机を頬で磨く仕事にでも就こうかしら。


「――どしたの高見。昨日も溜息ばかりだったけど今日は更に倍プッシュじゃん」

気にしないでくれトモちゃん。自分の未熟さに打ちひしがれているだけだ。


「えー、なにソレー、……え、なに。わ!ね、ね、高見!あの人――」

なによ。ぎゃーぎゃーうるさいわね。どうしてクラスの男子ってのはそうすぐに騒ぎたがる――


「――――見つけたわ」

「……へ?」なんで?


「支払いはこれで十分かしら」

「……」頷く。一万円札だ。


「そう。またお願いするわ」

「……」頷く。頷く事しかできない。


中等部でも話題の、別世界からやってきた天才美人留学生、エレオノーラ・ラヴリネンコ先輩はモーセさながら、人海を割って悠然と去っていった。


うおおお!高科お前、あの先輩と知り合いなの!?

なんでお金貰ってんの!高科!?

高見!ねえどうなってんの高見!?

やべえ!おっぱいすげえでけえ!


割られた人海が返す波で襲い掛かる。


虚脱感で、頭も体も、表情筋すら動かない。受け答えを一切諦めて、学友たちに体をぐわんぐわんと揺すられる私、高科高見は、ただただ乾いた笑いを浮かべるのだった。









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