〈番外面・完〉古屋一族の使命
実は今章の中で最もやっておきたかったこと、それが今回の内容だったりします(笑)。今後の史織たちの日常がちょっとだけ変化する重要な分岐点となる今章の〈番外面〉の一日。この日を境にどう変化していくのかは、・・・まあこれからですよね(笑)。次回は後日談ということで、何卒~。
それからしばらくの間、千理さんが今の状況について説明してくれました。
千理「・・・こほん。これで今の状況については大体掴めましたか?」
史織「ま、大体はね。後はアンタの目的が何なのかってことくらいよ。」
千理「そうですね。では、本題に入っていきたいのですが・・・。」
史織「・・・何よ。」
千理「・・・ちょっと、史織?」
史織「え?」
千理さんが史織さんを連れて、小冬さんたちから少し離れた場所へ移りました。
史織「ど、どうしたのよ突然。」
すると、千理さんの態度がここにきて、今まで見たことがないほどの真面目な態度に急変しました。
・・・まあ、千理さんはいつも真面目なんですけどね。
千理「私はここへ、正式な役目を以って来たのです。この若鄙に住む怪異を代表する五種族長として、種族としての人間、そして、怪異との橋渡し役である古屋一族としての人間である貴方に対して、私は今日、先日の五種族長会議で可決された正式な決定内容を伝えに来たのです。」
史織「え、ええ。」
千理「なので、出来れば私と史織の二人だけで正式な対話がしたいのです。」
史織「・・・。それは小冬や彩羽に聞かれちゃマズいの?」
千理「いえ、そういう訳ではありません。ただ、過去の慣例ではそうやって私と古屋の司書達は対話をしてきたのです。」
史織「えっ、私の・・・ご先祖たちと、アンタが?」
千理「前回古屋の司書と正式な対話をしたのは、もう随分と昔のことですけどね。」
史織「う~ん・・・。」
少し悩む史織さん。
そして。
史織「ねえアンタたち。私、ちょっと千理と大事な話があるから、しばらく待っててくれない?」
史織さんが小冬さんたちに呼びかけます。
彩羽「大事な話、ですか?それなら私たちも一緒に・・・。」
小冬「・・・いえ、彩羽さん。ここは史織に任せましょう?」
彩羽「えっ?でも・・・(不安)。」
小冬「大丈夫ですわ。ですわよね、史織?」
史織「・・・ええ。悪いわね、小冬。」
小冬「いいってことですわ~。じゃあ彩羽さんにアシュリーさん?私たちは向こうで少し、お話でもしていましょうか。」
彩羽「は、はい。じゃあ史織さん、また後で。」
史織「ゆったりしてくれてて構わないからね。」
アシュリー「それじゃあ私も・・・。」
史織「アンタはちょっと遠慮しなさい。」
アシュリー「えぇー・・・?」
ということで、お三方は向こうの方へ行きました。
千理「ありがとうございます。」
史織「構わないわよ。・・・ここで立ち話もなんだし、居間の方で落ち着いて話しましょうか。」
ということで、お二人も母屋の方へ移動します。
・・・・・・
史織「さてと。それじゃあ話してもらおうかしら。アンタの知ってること、全部。なるべく手短に。あ、分かりやすくお願いね?」
史織さん、にこにこ笑顔で割と図々しいおねだりをしますねぇ(笑)。
千理「・・・ふふふ。当代の司書は、やはり聞いていた通りの傍若無人っぷりのようですね。」
史織「何ですってー?」
千理「いえいえ。・・・それでは古屋史織、よくお聞きなさい。これから話すことはこの若鄙の地、全ての者に適応される正式な紀律となるものであり原則となるもの。人間種族に対しての通達は、私から貴方へのこの対話を以って為されたものと見なされます。心しなさい。」
そうして、千理さんから大事な大事な事項が史織さんに伝えられました。
・・・・・・
千理「・・・以上、これで私からの通達を終わります。何か質問はありますか?」
史織「・・・・・・、そうね。この内容ってもう怪異たち全員に伝わっているの?」
千理「そうですね。五種族長会議での決定から数日が経っている今日、もう既に全怪異達に伝わっていると考えてもよいでしょう。若鄙各地の要人達への通達は既に済まされているので、そこから各地の末端の怪異への通達が行き届いていればこの内容を知らない怪異はいないはずです。例えば、今日たった今この瞬間に怪異として誕生した者でない限り、この内容は伝わっているはずです。」
史織「ふむ。じゃあ、アシュリーは知っていると思う?」
千理「・・・残念ながら、他の怪異との交流を断ち切っている者達については伝わっていない可能性も高いと考えられます。アシュリーやサリアンもその内の一つではないかと考えています。」
史織「そういうヤツらへの対応はどうするつもりなの?」
千理「それに関しては心配無用です。我々は過去にも様々な通達を発信してきました。その通達を全ての怪異達へ行き届かせる方法を我々は持っています。少し時間は掛かれど、必ず全ての怪異達への対応を済ませることが出来ます。」
史織「・・・そっか。アンタから聞いたこと、私がこれをどうするのかは自由なわけ?」
千理「はい。私は、人間の代表者としての貴方に会議の決定事項を伝えたに過ぎません。この紀律内容を、他の人間達にも伝えて回るのか、或いは、貴方の内だけに留めておくのか。その判断は貴方に任せます。過去の司書達に対しても、私は同じようにしてきましたから。」
史織「そう・・・ね。じゃあ、最後に一つだけ・・・いいかしら?」
千理「はい、何ですか?」
史織さん、いつにも増して真剣な面持ちで千理さんに語りかけます。
史織「これさ・・・、こんな仰々しく私に伝える必要あったの(呆れ)?」
・・・え?
千理「・・・こほん。まあ確かに、この紀律は人間達にとってあまり大した内容に聞こえないかもしれません。ですが、これは今後の若鄙の秩序・平穏を守るための一手段として必要なことだと我々は考えています。」
史織「へ、へえー・・・。」
千理「そ・れ・に。」
千理さんが不敵に微笑みかけます。
千理「史織達にとっては、今後益々関わってくるくらい重要な紀律だと思いますけどね?」
史織「・・・?」
千理「あ、一つ言い忘れていました。確かにこの紀律は人里の人間達にとってはあまり影響のないことなのかもしれません。ですが、私がこの通達を人間である貴方にし終えた翌日、つまり、明日からこの紀律は全ての人間達に適応されるようになります。『知らなかった』という言い訳は、今後一切通用しなくなります。」
史織「え。じゃあ里の皆が不利益を受けないためにも、結局は皆に教えなきゃいけないってことか。」
千理「んー、別にそうでもないと思いますよ?」
史織「・・・どういうこと?」
千理「『人里不可侵契約』のある限り、人里の内に暮らす人間達に危害が及ぶことはあり得ません。この紀律を知らないことによって不利益を被る可能性がある人間は、貴方のようなそもそも里の外で生活をしている者、或いは、自警団員のような里の外に出ることがある者だけ。この紀律を知らせる必要があるのは、今挙げた二者だけで事足りるでしょう。」
史織「そ、そうかもしんないけど・・・。」
史織さんの不安気な様子を見る千理さん。
そして、少し儚げな様子ですっと立ち上がり、遠くを見つめながら語ります。
千理「人間達はその一生の短さ故に、この若鄙における真理・真実を知ることが難しい。しかし、逆に知ってしまうことによって余計な不安・憂いを招いてしまうこともある。そういったことは貴方達人間ではなく、我々怪異が引き受ければ良いのです。私ですら、真理に到達しているとは未だに言えませんけれどね・・・。」
心なしか、悲しそうな笑顔を浮かべる千理さん。
千理「っと、出過ぎた事を言ってしまいましたね。まあ兎も角、余計な混乱を招かないためにも、紀律を知らせる必要のある人間は一部の者だけではないか、ということですよ。」
史織「むむ・・・、それもそうかもね。分かったわ。」
千理「ふふふっ、さて。私の用事はこれで済みました。そろそろ御暇しましょうかね。」
こうして、史織さんと千理さんによる大事な大事な対話が終了しました。
・・・・・・
小冬「うふふ。やっぱり彩羽さんもそうなんですのね。」
彩羽「そうって言うか何て言うか・・・(恥)。・・・あれ?『も』ってことは・・・。」
小冬「あらあら。私は、そうじゃないと思ってましたか?」
彩羽「史織さんと小冬さんってすっごく親しい間柄ですし、そういう風には思ってなかったです。」
小冬「ふふっ。私だって、皆と思うところは同じなんですのよ。」
アシュリー「あのお嬢様たちでさえかなりそういう感じでしたし、やっぱり皆さんから慕われてるんですね。」
彩羽「私も、そう思います!」
小冬「あはは・・・。(普段の素の姿を見られたら、幻滅されたりしないか少し不安ですわね・・・(笑)。)」
おやおや。お三方が何かの話で盛り上がっていますね。
史織「アンタたちー、待たせたわね。」
彩羽「あっ、史織さん。千理さんとのお話は終わったんですか?」
史織「まあね。三人とも、何の話してたの?」
小冬「ふふふ、内緒ですわ~。ね~?」
アシュリー「ふふっ、そうですね~。」
彩羽「あ、あれ?そそそうなんですか?では、内緒ということで!」
史織「え~。」
千理「ふふふ。では、私はこれにて失礼します。」
小冬「あら、もうお帰りになるんですの?」
千理「史織との対話が済んだことによって、私の今回の役目も全て終えることが出来ました。後のことは、私ではなく貴方達の問題ですからね。」
彩羽「・・・?」
アシュリー「私たちの・・・、ですか?」
千理「まあ、もう暫くすれば分かるようになると思いますよ。それでは、これにて。皆が今後も平穏に暮らしていけることを、願っていますよ。」
ブオーン、・・・ブオーン
そう言って、千理さんは『正義の門』の中へと消えていきました。
小冬「ふむ・・・。何だか不思議な方でしたわね。」
史織「まあ、あながち間違ってないんじゃないかしら。ゆったり落ち着いて千理と話して分かったけど、悪いヤツじゃないってことくらいしか分かんなかったわー。」
彩羽「私も色々千理さんとお話しましたけど、とっても優しい方でしたよ。」
史織「え。そんなに色々とアイツと話したの?」
彩羽「そ、そうですね。史織さんたちと合流するまでの間、色々お話しました。」
アシュリー「皆さんがどうしてあの千理様と気楽に話ができるのか、私には分かりかねます~・・・。」
小冬「あら、緊張されてたんですの?」
アシュリー「そりゃあそうですよ。ああぁぁ~、でも逆に、いい経験ができたかもしれませんね!」
史織「サリアンにでも自慢してやりなさいな。」
アシュリー「そうですね、いろいろお話してあげないと。」
午後五時前。暑さも引いてくる時間になりました。
アシュリー「っと、もうこんな時間でしたか。そろそろ帰らないと。」
彩羽「あ、私も暗くなる前に里に戻らないと・・・。」
史織「そう言やそうね。じゃ彩羽、里まで送ってってあげるわ。」
彩羽「え、いいんですか?」
史織「夕暮れ時に一人で里の外を歩かせるわけにはいかないわよ。小冬も来る?」
小冬「うふふ、お供致しますわ。」
彩羽「あ、ありがとうございます。」
史織「じゃあアシュリー、気ぃ付けて帰んなさいよね。」
アシュリー「ええー、私は送っていってくれないんですか?」
史織「何で私がアンタを送ってやらないといけないのよ。一人で帰んなさい。」
アシュリー「むぅー、分かりました・・・。でも、またサリアン様に会いに来てあげてくださいね?」
史織「わざわざ会いになんて行かないわよ。来てほしけりゃ、それなりの見返りを提示することねっ!」
アシュリー「むむむ・・・、何だか難しそうな注文ですね・・・。」
小冬「史織って案外何にでも釣られちゃうところがありますから、難しく考えなくてもいいと思いますわー。」
史織「むむっ!べ、別にそんなことないもん!私はいつも『割に合ってるかどうか』で決めてるだけだもん!」
アシュリー「史織さんって・・・、意外と子供っぽい?」
史織「ピキッ(怒)。」
アシュリー「あわわわわ~~!じゃ、じゃあそれでは皆さん、お元気で!そそそれでは失礼しますー!!!」
アシュリーさんが慌てて史織さんから逃げていきます。
史織「コラーッ!待ちなさい!」
アシュリー「ひやああぁぁ~!ララ、『ライズリング』ーー!!」
すると、アシュリーさんが持っていた鞄の中の『ライズリング』が光り始めました。
小冬「あっ、この光はさっきの・・・。」
史織「あっ!コラ逃げるなぁぁーー!!」
アシュリー「ひいぃぃーー!!」
しゅいんっ・・・
地面に描かれた光と共に、アシュリーさんは消えてしまいました。
史織「ぐぬぬ・・・。逃げられた・・・。」
小冬「まあまあ史織?サリアンさんのことも含めて、また会いに行けばいいじゃありませんか。」
史織「・・・行くのが面倒だから、今ここでとっちめてやりたかったのに~。」
彩羽「お、お手柔らかにしてあげてくださいね・・・?」
小冬「では、私たちも行きましょうか。」
史織「そうね~。さて、じゃあ彩羽?帰りがてら、千理と一体どんな話をしたのか聞かせてもらおうかしら?」
彩羽「え、ええっ?別に大したお話じゃないと思いますよ?」
史織「いーのいーの。私が気になるだけだから。」
小冬「私もー。」
彩羽「小冬さんまで!?」
史織「ふっふっふ。人里までの安全は私たちが保障するから、彩羽は安心してお話してねー?」
小冬「そうですわー。いろいろお話してくださいまし?」
彩羽「うぐっ。そ、そう構えられると逆に緊張しちゃいますぅ~・・・。」
そうして、お三方は人里へ向けて歩みを進めていきました。
その間、彩羽さんは千理さんとした話の内容を教えたり、何てことはない世間話をしたり、二人に聞いてみたかったことを聞いたりと、充実した時間を過ごせたようです。
最強の人間二人に守られながらの帰り道はこの上ない平和で安全な道中だったと言います。
・・・一方で、小冬さんは何となく察していました。
『今まで一番近くで、見てきたんですもの。雰囲気がちょっと変わったことくらい、何となく分かりますわ。』
ですが、小冬さんは自身から無為に踏み込もうとはしません。
向こうから話してくれるその時を待つ。これが小冬さんの信条。
『考えがまとまったら、きっと話してくれますもの。悩んでいる時に私が出しゃばれば、余計に混乱させてしまいますわ。落ち着いて話せるようになる時まで、私は待ちますの。』
・・・そういう性格であることを、もちろん史織さんは知っています。
『「あ、これバレたな」って私が気付いたことに気付いても、何も触れないでにこにこしてるのよ。そーゆーことに関して言えば・・・、私は敵わないわね~。』
ですが、史織さんもよく分かっているのです。
よく分かっているからこそ、史織さんは・・・。
『ずっと近くでさ、見てきたんだもん。何をどう思ってるのかなんて、自慢の勘を働かせるまでもなく分かるってもんよ。』
お互いにお互いをよく理解しているからこその信頼。
だからこそ、この二人の間に余計な言葉は要らないのです。
だからこそ、この二人はずっと一緒にいれるのかもしれませんね。
・・・まあしかし、お二人もまだまだ若い人間さん。
未熟な点も子供っぽい所もいっぱいある、そういう人間さんであることをお忘れなく・・・。
小冬「そう言えば史織ー?」
史織「んー、何?」
小冬「私たちって、どうしてサリアンさんのお家に行ってたんでしたっけ?」
史織「え?アシュリーに連れて行かれたからじゃなかったっけ?」
小冬「私、アシュリーさんとは今日初めてお会いしましたわよ?」
史織「・・・あれ?」
小冬「・・・って言うか。」
史織・小冬「今日は何しに出かけてたんだっけ?」「今日はどうして出かけていたんでしたっけ?」
二人揃っておんなじ疑問を口にします(笑)。
彩羽「ええー?今日はどうしてお出かけしていたのか、聞きたかったのにー。」
史織「あー・・・れー・・・?」
小冬「うー・・・むむむ・・・。」
ま、大した理由でもなかったですし、気にしなくてもいいでしょう(笑)。
思考回路も、結構似通っているかもしれないお二人でした。
〈補足〉
・今章において数百年振りに五種族長会議が開かれた。(実際のところ、〈最終面〉前編で千理と梓慧が出会うのも数百年振りのことである。)しかしながら、〈最終面〉中編(回想)と〈番外面・序〉の二つの回において、前者では千理は高天野山に向かい、後者では高天野山から帰って来る場面が描かれている。だがしかし、五種族長会議は今章においては一度しか開かれていない。
・・・そう。実は前者の場面においては、千理は五種族長会議が開かれる高天野山まで向かったのはいいものの、他の五種族長たち四名全員が欠席したため、事実上五種族長会議は開かれなかったのだ。そのため千理は仕方なく堅くな鉱山へと引き返し、〈最終面〉前編へと繋がっていく。時系列的に言えば、①〈最終面〉中編(回想)部分→②千理が高天野山に行くものの会議は開かれず堅くな鉱山へと戻り、〈最終面〉前編冒頭部分という風になる。
そして、〈番外面・序〉冒頭部分の時点が五種族長会議終了時点となる。今までずっと触れてきていなかったのだが、ようやく今回にて解禁となった。
・五種族長会議において可決された新紀律・新原則。それの内容について触れられるようになるのは、もう少し後のことになるだろう。史織が千理から伝えられたその紀律をどうしたのか、人里の皆にも伝えて回ったのかどうか、それについてももう少し後に触れられるようになるだろう・・・。
【作者から】
最終段落、いつもと違って書き方を変えています。いつもは省かない主語や目的語を敢えて省いています。そのせいで、その対象が微妙に分かり辛いかもしれません。もしかすると、間違ったままの認識で読み進めてしまうかもしれません。でも、それでも敢えて省いて書きたかった。・・・という想いだけ、ここに記しておきます。