〈番外面・後〉悪魔の誘い(前編)
前回と今回の間に、さらっと作者の名前が変わりました。まあ、個人的な心機一転ということで『ころも谷』改め『土衣いと』をよろしくお願いします。
しゅぃぃんっ
史織「う、ううーっ・・・。眩しかった~。な、何だったの?」
小冬「史織ぃぃ~(震え)。」
史織「いでで、痛いって。腕引っ張んないでよ。大丈夫だから、ちゃんと小冬の傍にいるから。」
小冬「ふゆゆぅぅ~・・・。」
史織「・・・で、ここは・・・?」
目を開けると、そこは見覚えのないどこかの部屋の中。何やら奇妙な室内装飾や家具があちらこちらに置かれています。
史織「・・・変な部屋ね。呪いの部屋?」
アシュリー「あわわっ・・・、史織さんーっ!」
???「変な部屋とは、言ってくれるわね。怒るわよ?」
ガチャ
扉が開くと、そこには。
史織「やっぱりその声、アンタだったのね。サリアン。」
サリアン「よく来た人間、我が魔の館に。」
そう、ここはサリアンさんのアトリエ。サリアンさんとアシュリーさんが一緒に暮らすお家です。
アシュリー「(あれ・・・?サリアン様、何だか機嫌が良さそう・・・かな?)」
史織「『よく来た』じゃないわよ、全く。アンタが一方的に呼び寄せただけでしょ?」
サリアン「ふふふ、分かってるじゃないの。」
小冬「ひぅっ・・・!?」
史織「あ。」
小冬さんとサリアンさんの目が合いました。
サリアン「お。・・・がおー!」
・・・え?
小冬「ひやあぁぁぁ~・・・!」
ガクッ
サリアンさんの渾身の脅かしによって、小冬さんは気を失ってしまいました。
史織「えっ、あっ、ちょっ、小冬ーー!!」
サリアン「ふふふふ。愉快愉快。」
史織「アンタ、何してくれてんのよーーっ!!」
サリアン「何って、私の恐ろしさをその子に教え込んだだけじゃない。」
史織「もう~・・・、ちょっとアシュリー!このバカに何か言ってやってよ!」
アシュリー「ええぇっ!?え、ええーっと・・・。」
サリアン「んー?何か言いたいことがあるの?アシュリー?(ゴゴゴゴゴ・・・)」
アシュリー「たっ、ただいま戻りましたーっ!」
サリアン「うふふっ、おかえり。」
史織「日和るなぁぁーー!!」
アシュリー「ささっ、史織さん?紅茶が入りましたよ。」
史織「・・・この変な色のお茶、見覚えあるわね。確か伊予もおんなじの淹れてた気がするわ。」
サリアン「変な色って・・・。人間は紅茶を知らないの?」
史織「少なくとも、里の中では見たことないわね。」
人里はどちらかと言うと閉鎖空間。それとは違い、怪異はほぼ自由にこの若鄙を生きています。
技術や文化的な面を見ても、怪異の方が多様なのは必然なのかもしれませんね。
小冬「うぐぐぅ~・・・。し、史織ぃ~・・・。」
隅のベッドで横になりながらも、うなされている小冬さん。まだ目覚めそうにはありませんね。
史織「で、結局何の用なの?大した用じゃないなら、小冬を連れて帰るけどー?」
サリアン「大した用、と言えばそうかもしれないわね。」
史織「え?」
サリアン「この前の洞窟での出来事、覚えてるでしょ?」
史織「当然でしょ?割と散々だったんだから。」
サリアン「あの時、あの五種族長様が近々貴女の家まで会いに行く、って言ってたじゃない?まだ来てないでしょ?」
史織「ええ。・・・そういやまだ来てないわね。」
サリアン「私も、もう一度会いたいと思って。」
史織「へ~。会いたいなら会いに行けばいいじゃない。」
サリアン「五種族長っていうのは簡単には現れないし会えないものなのよ。でも、あの人が次に現れると分かっている場所は貴女の家。だから、貴女にこれを家まで持って帰ってほしかったの。」
と言って、サリアンさんは史織さんに何かを手渡します。
史織「・・・何これ?」
サリアン「まあ、簡単な探知機みたいなものよ。大丈夫、持ってても害は一切ないから。」
史織「ふーん。・・・これを私に渡したかっただけ?」
アシュリー「うふふ。サリアン様、あの一件以来史織さんのことに興味が湧いたみたいで。ウェンディ様たちにも促されたんですよね~。」
サリアン「ちょ、ちょっとアシュリーっ!」
アシュリー「だからサリアン様ってば、どうにかして史織さんにもう一度会えないかって悩んで・・・、って痛たたた!」
サリアン「主の秘密をペラペラ話す悪い口はこの口かしら~(怒)?」
サリアンさんがアシュリーさんの頬を引っ張り回します。
アシュリー「い、痛いれふ~!ごえんなふぁい~!」
史織「はあ~・・・。まあ別にいいわよ。面倒臭くならない程度なら付き合ってあげるわよ。」
アシュリー「よ、よはっはでふね。ふぁりあんふぁま!」
サリアン「・・・(恥)。」
ふっふっふ。史織さんにどんどん怪異のお知り合いが増えていきますね。
史織「(・・・ま、増えるに越したことはないけど。)」
小冬「う、う~ん・・・。」
っと。小冬さんがお気付きのようです。
史織「あ、小冬。気が付いた?」
小冬「あれ?私は・・・、えっと・・・。」
チラッ
小冬さんの視界にサリアンさんとアシュリーさんが入ります。
サリアン「・・・。」
小冬「ひぅっ!?」
アシュリー「あはは・・・。まだ、ダメそうですかね?」
史織「あー・・・、小冬?えーっと、あのね・・・?」
史織さんが小冬さんを諭そうとしたその時、サリアンさんが動きました。
サリアン「ねえ、貴女。」
小冬「っ!?」
サリアン「・・・貴女は、私が怖い?」
小冬「(ゴクッ・・・)」
サリアン「貴女は、アシュリーが怖い?」
小冬「わ、私は・・・。」
史織「(・・・小冬?)」
小冬「私は・・・!私は、悪魔が怖い・・・ですの。貴方のことも、アシュリーさんのことも、今は怖いですわ・・・。」
サリアン「・・・そう。」
小冬「でも、私が勇気を出して貴方たちに歩み寄って、貴方たちも私に歩み寄ってくれるというのであれば・・・、私は今ある恐怖心に打ち勝ってみせますわ。」
史織「小冬・・・。」
サリアン「・・・ふふっ。その心意気、聞いてた通りね。」
史織「えっ?」
サリアン「貴女、小冬と言ったかしら?今から外で、私と決闘なさい。」
小冬「私・・・と?」
サリアン「知ってる?怪異ってのは、初対面の相手とは決闘をすることでお互いを知るのよ。」
史織「ちょちょちょ!何を勝手なことを言ってんのよ!そもそも私たちは怪異じゃないし、第一、そんなことさせないわよ!」
サリアン「そこの司書と一緒に、二対一でかかってきなさい。」
史織「はあっ!?」
アシュリー「サリアン様、よろしいんですか?」
サリアン「構わないわ。ディアが言ってた二人の実力、どれほどのものか見させてもらおうじゃない。」
史織「構うわよっ!!勝手に話を進めて、大体私はそんなことやんないわよ。」
サリアン「あら。一度自分がやられた相手との勝負は断るの?随分と腑抜けた腰抜け司書なのねー(煽り)。」
史織「カチンッ。」
小冬「史織、負けたんですの?」
史織「負けてないわよ!あの時のは『決闘』じゃなかったし、サリアンが彩羽を人質にしてたから動けなかっただけだし!」
サリアン「ふ~ん。」
史織「ピキッ。」
あ、あのー・・・。史織さん?
史織「・・・小冬は、どうなの?」
小冬「・・・。」
史織「別に無理する必要はないわよ。この舐め切った魔族は私が叩き潰してあげるから。」
サリアン「ふふふっ、戯けが。」
史織「ブチッ。」
アシュリー「サ、サリアン様ぁ~・・・。」
サリアン「はいはい。もう~、ごめんって。」
史織「だから小冬は・・・。」
小冬「いえ。私も・・・、私も参加させていただきますわ。」
史織「えっ?」
小冬「せっかくサリアンさんの方から私に歩み寄ってくれたんですもの。これに乗らねば、剣士の恥ですわっ!」
史織「恥にはならないと思うけどな~・・・。」
小冬「というわけでサリアンさん、あなたのお誘いに乗らせていただきますわ。」
サリアン「ふふっ、ならよし。外に出なさい。」
というわけで、皆さんアトリエの外に出ます。
午後一時過ぎ。日差しが強く降り注ぐ、堅くな鉱山外れの場所。
史織「ねえ、ホントに二対一でいいのー?アシュリーと一緒に、二対二の方がいいんじゃないのー?」
サリアン「アシュリーは決闘が苦手なの。それに・・・。」
史織「それに?」
サリアン「私は高位魔族である水魔であり、錬金術士。たかが人間二人ごときに後れは取らないわ(自慢気)。」
史織「ふんっ。その癇に障る鼻っ柱、絶対にへし折ってやるわ。」
小冬「し、史織・・・。」
史織「うん?どうしたの?」
ぎゅっ・・・
史織さんの服の袖を握る小冬さん。
史織「小冬、アンタ・・・。」
小冬「・・・よしっ。もう大丈夫ですわっ。さあ史織?私、牽制でも援護でも何でも致しますわよ。お好きな指示をしてくださいまし。」
史織「・・・分かった。頼りにしてるわ。」
アシュリー「あのサリアン様、本当に・・・。」
サリアン「もう~、大丈夫だって。心配性ね、貴女は。」
アシュリー「・・・そ、そうですか?・・・私、少し出てきますね。」
サリアン「あら、そう?何か採ってくるの?」
アシュリー「あー・・・、そうですね。さっきはサリアン様にアトリエまで強制的に戻されちゃいましたし。」
サリアン「あ。・・・えっと、ごめんね?」
アシュリー「いいですよ。では、行ってきます。」
サリアン「ええ、気を付けてね。」
そう言って、アシュリーさんは出かけていきました。
史織「あら、アシュリーは出かけちゃったの?後でアンタの手当てを任せようと思ってたのに。」
サリアン「ちょっとね、採取しに行ったのよ。この後無様にやられる人間の手当てに必要な薬草をねっ!」
小冬「(この二人、仲がいいのかしら・・・?)」
まあ、そう見えなくもないような・・・。
サリアン「さっきまでは小冬の相手をするって意識の方が強かったのに、生意気な司書のせいで気が変わっちゃったわ。この際二人まとめて、魔族と人間の格の違いってやつをその身に叩き込んであげるわ!!」
史織「ふんっ!負けた時の言い訳、『二対一だったから。』以外のをちゃんと考えておくことね!!小冬、いくわよっ!!!」
小冬「はいっ!!サリアンさんのことを知るために、私のことを知ってもらうためにも、全力でお相手致しますわっ!!!」
さあ、久し振りに決闘の時間ですね。史織さんと小冬さん対サリアンさん、人間対魔族の正式な決闘が今始まります。
サリアン「ふふふ。貴女がディアをどう負かしたのかは知らないけど、同じ手は通用しないと思うことねっ!!!」
後編へ続く
◎追加版
〈ライズリング〉
地面に描かれた光の輪っか内にいる者を、元々設定しておいたワープ地点まで大体二、三秒で瞬間移動させる。今のワープ先はサリアンのアトリエ内に設定されている。二点間のワープ装置ではなく一方通行の帰還限定のワープ装置となっている。発動できるのは発明者であるサリアンとライズリング自身が認めた占有者のみ。まあ、基本的にサリアンとアシュリーにしか扱えない。アシュリーが発動させるためには所持していないと駄目だが、サリアンは所持していなくても強制的に発動させられる。
アシュリーが外出する時には必ず身に付けさせるようにしている。もうこの前のようなことを起こさないために、サリアンが丸五日かけて発明したらしい。
〈サリアンのアトリエ〉
堅くな鉱山外れにある程々の一軒家。外れと言っても家の周囲の環境は荒野に近い。寝室以外の部屋はかなり散らかっている。アシュリーが片付けをするのだがそれ以上にサリアンが散らかすので、もうどうしようもない。それでもアシュリーは健気に片付けに勤しんではいるが。
アトリエの近くには他の怪異が寄り付くことはあまりない。というか、こんな何もない場所には誰も寄り付かない。だからこそ、サリアンはここで静かに錬金術研究をすることに決めた。ウェンディと出会ってからは、少し考えも変わったようだが。