〈続談〉何となく、予想通りで(日常編)
今回、後書きの設定はお休みです。
あれから数日経ったとある日の午後。史織さんは少し気になっていたことを調べるため、とある場所に来ていました。
史織「ねえー!?ちょっとー!?聞こえてるー!?屋敷まで案内してほしいんだけどー!?」
しーん・・・
深すぎる霧が立ち込める池。そう・・・、ここは澄水池。
史織さんは澄水池の入り口付近の岸までやって来ていました。
史織「・・・・・・。反応がないわね・・・。何よー・・・芙のヤツ、いないのかしら?」
澄水池の主、芙さんに呼びかけますが・・・応答はありませんね。
と、思っていたら。
・・・ぷかーっ
史織「お?」
池の中から何か小さい生き物が出てきました。あれは・・・?
史織「あっ、ガメ吉!」
そう・・・、あの時、史織さんたちと一緒に過ごしていたあのタガメさんです。
史織「久し振りね、ガメ吉。どうしたの?アンタの主は?」
史織さんがその場に屈んでガメ吉さんに話しかけます。
それに対してガメ吉さんは・・・左前肢を地面と平行にして右前肢でその先っぽを突くような動きをしていますね。
んー・・・?どういうことでしょうか。
史織「・・・もしかして、乗せてけってこと?」
ガメ吉さんはその言葉を聞いて、嬉しそうに前肢をチョキチョキと動かします。
史織「ふふっ、分かったわ。ほら、私の左手に。」
史織さんが左手を差し出すと、ガメ吉さんは元気よく史織さんの左手に飛び乗りました。
史織「さっ、ガメ吉。案内頼むわよ?」
ふふふっ。笑顔満点なガメ吉さん案内の下、史織さんは対岸へ向かって飛んでいきます。
・・・しばらくして。
史織「ねえガメ吉?・・・さっきからあんまり進んでないように見えるんだけど。ホントに対岸まで案内してくれるのよね?」
その問いかけに構わず、ガメ吉さんは嬉しそうに前肢をチョキチョキと動かしています(笑)。
・・・あれ?
史織「ひょっとしたら、単純にガメ吉が遊びたかっただけなのかも・・・。」
普通タガメさんは、空を飛べませんからね。
喜んでいるような、はしゃいでいるような様子のガメ吉さんを少し見つめる史織さん。
史織「・・・ま、いいか。何だか楽しそうだし、水差すのも悪いわね。」
そんなわけで、しばらく澄水池での低空遊覧飛行を続けました。
そうしている内にどれくらいの時間が経ったか・・・。
ざぷっ
芙「・・・何してるの。」
史織「あっ、アンタ!やっと出てきたわね。」
池の中から顔だけ出して、芙さんが話しかけてきました。
芙「池の上をぐるぐる回ったりして。何がしたいのさ。」
史織「この子よ、この子。」
史織さんが左手に乗っているガメ吉さんを見せます。
芙「・・・ほほぅ~、なるほどね。遊びに付き合ってくれてたんだ。いいとこあるじゃない。」
史織「ま、まあ、そうかしらねー・・・ってそうじゃなくて!私は珠輝たちに用があって来たの!案内してくれない?」
芙「・・・何しに?」
史織「ちょっと気になることがあってね。・・・まあ、悪いことはしないわよ。話を聞きに来ただけだから。」
芙「・・・はあ。ま、あんたはその子の我が儘を聞いてくれたようだし、その子も満足そうなわけだし。恩には恩で返すことにするよ。」
史織「話が早くて助かるわー。」
芙「じゃ、ついてきなー。」
ざぷざぷ・・・
泳いで進んでいく芙さんに史織さんもついていきます。
しばらくして。
芙「さ、石の門の前に着いたよ。」
史織「え?何言ってんのよ。まだ岸は先でしょ?」
・・・おや?
芙「え?・・・あ、忘れてた。術がまだ効いたままだったか。ごめんごめん。」
すっ
芙さんが手をかざします。
芙「ほら。これで石の門がそこに見えるだろ?」
史織「あ、ホントだ。よっ、と。」
すたっ
史織「ふう~・・・。相変わらず、ここの霧は濃いわね~。何にも見えやしないわ。」
芙「私らはもう慣れたもんだけどね。さ、ここから先はもう一人で行けるよね?」
史織「ああー、うん。それはまあそうなんだけど、できればアンタにも屋敷まで一緒に来てほしいのよね。聞きたいことの中身について、アンタの意見も聞いておきたくて。」
芙「んんー・・・、悪いけど私は澄水池から離れることはできないよ。私の役目はここの番なんだから。」
史織「えー?あの時はアンタの代わりに私に番をさせたり、仲間のタガメに任せたりしてたじゃない。」
芙「あの時は例外で非常事態だったからだよ。今はそのどちらでもない。そんな時にここを空けるわけにはいかないよ。」
史織「う、うーん・・・。じゃあ、アンタには後で聞くことにしようかしら・・・。」
芙「ああ、そうしておくれ。それと、その子は返しておくれ。遊んでやってくれて、ありがとね。」
史織「ああ、別にいいわよ。さ、ガメ吉。また今度ねー。」
そう言って史織さんが左手に乗せたガメ吉さんを芙さんに差し出そうとしますが・・・。
史織「ん?どうしたのガメ吉?」
ガメ吉さんは史織さんの手から離れようとしません。んんー、これは・・・。
芙「・・・ふふっ、そっか。なあ史織、どうせならこの子も屋敷まで一緒に連れてってやってくれないか?」
史織「え?」
芙「私はこの子たちが見聞きしたことを共有できるんだ。まあ、この子たちから教えてもらわないと分からないんだけどね。」
史織「う、うん。それで?」
芙「だから、この子から史織の話した内容を信号で教えてもらえば・・・。」
史織「おー・・・、なるほどね。そーゆーことなら、まあ別にいいわよ。」
芙「ふふ、助かるよ。」
史織「じゃあガメ吉、一緒に行きましょうか。」
ガメ吉さん、再び笑顔満点な様子です。史織さんと一緒に、いざ石の門の先へと進んでいきます。
芙「ふふふ、全く。あの子ったら、よっぽど史織のことを気に入ったみたいだねえ~。まあ、あの子が楽し気なら私は構わないけどね。」
史織「あ、そうだ。ねえ芙ー。」
ちょっとばかし史織さんが引き返して聞いてきました。
芙「ん、何ー?」
史織「私がガメ吉と一緒にその辺を飛んでる時、何ですぐに出てこなかったのよ。結構大きな声で呼びかけたのよ?」
芙「あー。私だってお昼寝する時もあるさー。」
史織「えぇー・・・。」
少しうな垂れる史織さんとは裏腹に、ガメ吉さんは笑顔で前肢をチョキチョキと動かしていました。
深すぎる霧の中を歩くことしばらく。
史織「おっ、見えてきたわね。」
ここは霊魂たちが住まう秘境、御魂邸。ここには三人の方が霊魂たちと共に暮らしています。
入り口へと近づいていくと。
ふわわああ~
ふよよおお~
史織「あ、アンタたちはあの時の・・・。」
そう・・・、あの時も同じようなことがありましたね。
警備係の霊魂たちが二人、史織さんの行く手を妨げます。
史織「あー、はいはい。分かってるわよ。あの時はアンタたちを無視して屋敷に入っちゃったからね。今回はちゃんとするって。ここで待ってるから、宮か誰か呼んできてちょうだい?」
ふ、ふわっわ!
ふよー
一人は誰かを呼びに行き、もう一人は史織さんの傍に残りました。
史織「さて・・・。ここまで来たのはいいけど、実際見込みは薄いのよね~。まあ、聞くだけ聞くっていう感じでいこうかしら。」
ふよよ~
史織「ん?何、ガメ吉が気になるの?」
霊魂がガメ吉さんのことを珍し気な様子で窺います。
ふよ~?
ガメ吉さんがその霊魂と何かお話しているようです。
史織「う~ん、さすがに何を話してるのかは分かんないわね~。・・・ガメ吉って、ここでも顔が広いのかしら。」
そうこうしていると。
ふわっふわっ
宮「前にも来たことある人だー、ってそんなにうちに来たことある人って少ないと思うんだけど・・・。」
史織「お、待ってたわよ。」
宮「げっ。し、史織さん・・・。」
史織「開口一番『げっ』とは、随分なご挨拶ね。流行らないわよ?」
宮「べ、別に流行らせようだなんて思ってません!この前私をあんな目に遭わせた人が目の前に現れたら、そりゃこういう反応にもなりますよ・・・。」
ま、まあ・・・そうですよね。宮さんとしては災難でしたから(笑)。
宮「まあ、いいです。それで?今日はどうされたんですか?史織さんの方からわざわざ来てくださるなんて。何か姫さまと約束でもなされてたんですか?」
史織「んにゃ。今日は私の用事で来たの。とりあえず、中に入れてくれる?珠輝と燈紅も呼んできてちょうだい。後、お茶とお菓子もよろしくねー。」
宮「ええぇー・・・。」
半ば強引な感じで押し切った史織さん。一先ず、宮さんに案内されていきます。
すぅーっ
珠輝「しーおりぃーっ!久し振りー!」
がばっ
史織「わっ、ちょっ!もう、珠輝ー。いきなり抱きついてくるの、やめてくれない?」
珠輝「えへへ~、やーよー。」
燈紅「・・・ごっほん。姫、ほどほどに。」
宮「史織さん、お二人をお連れしましたよー。」
史織「ご苦労様ー。」
とりあえず、皆さん席に着きます。
燈紅「それで?一体私たちに何を聞きたいっていうのかしら。私たちも暇ではないのよ?」
史織「そうなの?てっきりずっと暇なもんなのかと思ってたんだけど。」
宮「皆の管理とか姫さまのお世話とか、いろいろあるんですよ。」
珠輝「へへ~。私は宮たちほど忙しくはないわよ~。」
史織「ふ~ん、まあいいわ。じゃあ本題なんだけど・・・あっ、ガメ吉もちゃんと聞いててね?」
ガメ吉さん、笑顔で頷きます。
史織「ここ最近、怪異たちの間で話題になってること、何か知ってる?」
宮「最近外の怪異たちが気になっていること、ですか?う~ん・・・。」
燈紅「・・・。」
珠輝「最近は燈紅の管理が厳しくって、お外にお出かけできてないな~。」
史織「・・・あー。やっぱり・・・、知らない?」
燈紅「御魂邸は外界との接触をほぼ断ち切っている場所。基本的に宮以外が外出することはないし、宮にもあまり姿を見られないようにするよう言ってあるわ。」
宮「私が外に行く時って、何かの材料を採取しに行く時くらいですけどね。」
燈紅「だから、私たちは最近外界で何かが起こっていたとしても、知る由がないのよ。」
史織「あー・・・、やっぱりかー。だからあの時、何の警戒もなく宮が外にいたのね。」
宮「え、どういうことですか?」
史織「実は・・・。」
史織さんが最近起きていた事象について説明するようです。
・・・・・・
珠輝「へえー、そうだったのね!久し振りに聞いた名前ね~。」
宮「姫さま、ご存知なんですか?私は全く・・・。」
燈紅「・・・ふむ、なるほどね。あの五種族長たちが、ね・・・。」
史織「大半の怪異たちが今も大人しくしている中、あの時無警戒で宮が外にいたことがずっと気になってたのよ。まあ、大方予想通りだったけど。」
宮「ぐうぅぅ~・・・。わ、私だって別に、無警戒だったわけじゃ・・・。」
燈紅「仮に五種族長たちが動いているのだとしても、結局のところ、御魂邸に影響はほとんどないはずよ。伴って、私たちが外界の今の状況を知らなくても困るようなことはほとんどないわ。」
外界と隔絶されている秘境だからこそ、外界の影響をあまり受けないということですね。
燈紅「ま、何にしても貴方の当ては外れたってことかしら。・・・いや、当たっていたのかしらね?ふふっ。」
史織「当たってるんだけど外れたような、何か中途半端な感じだわ・・・。後で芙にも聞いてみるけど・・・、期待はできそうにないわね。」
燈紅「あら、そうでもないかもしれないわよ?私たちと違って外界に住んでいるんだし、池の仲間たちからいろんな情報も聞いているでしょうからね。私たちよりは当てになるんじゃない?」
史織「そうかなー?私の勘は、逆だーっていってるんだけどね。」
史織さんの勘は当たりますからね(笑)。
珠輝「ねえねえ史織ー。せっかく来てくれたんだし、私と一緒にお話しましょー?また史織のお話、聞きたいなー。」
史織「ええっ?んー・・・でも、アンタたち忙しいんでしょ?(聞くだけ聞いたら帰るつもりだったんだけどなぁ・・・。)」
珠輝「私は忙しくないのー!ねえ燈紅、いいでしょー?お部屋でお話するだけだからー?」
燈紅「・・・ま、最近は姫も真面目に役目を務めてくれていましたし。今日くらいは許しましょう。」
珠輝「やったー!」
燈紅「宮。私の手伝いはいいから、姫の傍に控えていなさい。」
宮「は、はい。分かりました。」
史織「はあ・・・、しょうがないわね。追加でお茶菓子が出てくるなら付き合ってあげるわ。」
珠輝「やったー!史織ー、ありがとね~。」
珠輝さん、満面の笑顔です。
史織「(・・・まあ、この流れで断るのもアレだもんね。)」
その日は久し振りに、御魂邸が少しだけ賑やかになったといいます。