〈第二面〉ようこそ、クロマリーヌの館へ
予め概略を創っておいた、とは言いましたが、今後どう展開していくのかはその時の雰囲気と流れ次第でどうとでも変わり得ります。まあ、そうなった時に被害を受けるのは作者のみですが(笑)。今章では主な登場人物として自警団員の彩羽がいますが、彼女を今後どう扱っていくのかは、現時点では未定です(決まってねぇのかよ)。
史織「・・・。」
彩羽「史織さん?どうかされたんですか?」
史織「・・・え?あ、いや、何でもないわ。気にしないで。」
彩羽「・・・そうですか?」
午後二時半過ぎ。堅くな鉱山に入って少し経ったくらい。
史織さんは少し妙な感じがしていました。
史織「(・・・変ね。ここに来るまでの間に見かけた怪異が宮だけだなんて・・・。家から飛んでここに来る時は嫌でも他の怪異と出会うもんだってのに。里からゆっくりと歩いてきてここまで他の怪異を全く見かけないなんて、やっぱり何かおかしいわ・・・。)」
里の近くはともかく怪異の多く住んでいる堅くな鉱山でさえ他の怪異を見かけないというのは、確かに気になりますね・・・。
史織「(・・・まあ、危険がないことはいいことなんだけど。柊たちが考えてる特別訓練としては、ちょっと物足りないかもしれないわねぇ。)」
それもまあ、確かに。
彩羽「・・・すごいですねぇ。堅くな鉱山って初めて来ましたけど、思ってた以上に岩肌だらけなんですね。話で聞いたり資料で読んだりするのとは違って、やっぱり自分の目で見るって大事なことなんですね。」
史織「ん、そうね。百聞は一見に如かず、ってヤツかしらね。」
彩羽「・・・いい経験になります。」
そして、遂に。
史織「・・・お、見えてきたわね。」
彩羽「へっ?・・・うわあぁぁ~~!!す、すごぉぉ~~い!!!」
そうです。堅くな鉱山とは元々草木など一本も生えていない完全なる岩山でした。
しかし、ここクロマリーヌの館の周辺だけは伊戸さんの尽力のおかげで緑溢れるとても美しい景色が広がっているんですよね。
彩羽「堅くな鉱山にこんなすごいきれいな場所があるだなんて・・・!感動です!」
史織「私も、初めて来た時は驚いたもんよ。」
二人はゆっくりと館の方へ近づいていきます。
門前まで来ると、何だか妙な様子の伊戸さんに目が留まりました。
史織「・・・ん?伊戸、何そわそわしてんの?」
伊戸「はひぃっ(焦り)!?な、何だ史織さんじゃないですかー。もう、吃驚させないでくださいよー・・・(安堵)。」
史織「・・・いや別に普通に声かけただけだと思うんだけど。」
伊戸「そそそ、そうですよねー。あははー・・・。」
史織「・・・なぁーんか釈然としないけど、まあいいわ。ちょっといいかしら?私たち、ここに用があって来たんだけど。」
伊戸「私たち?・・・おや、そちらの方は初めて見る顔ですね。」
史織「さ、彩羽。要件を言ってやりなさい。」
彩羽「は、はい!わ、私は人里自警団実働隊所属、錦彩羽!ほほ本日こちらに赴いたのは、いつも人里に鉱石の贈り物を届けてくださっている皆さんへの感謝とささやかながらのお礼の品を届けに、自警団を代表して参った次第であります!」
伊戸「おやおや、これはこれはご丁寧に。」
史織「そういうわけなの。ウェンディたちに会わせてもらえるかしら。」
伊戸「そういうことでしたら、どうぞ。中まで案内しますね。」
ということで、ウェンディさんがいる部屋にやって来ました。
とんとんっ
伊戸「お嬢様、失礼します。人里からの客人を案内して参りました。」
ウェンディ「うむ、開いてるわ。」
ガチャ
彩羽「しし失礼します!(ガチガチ)」
史織「そんなに気を張らなくてもいいわよー。」
伊予「・・・それはどういう意味かしら?」
ウェンディ「あら、史織じゃない!あなたの方から館に来てくれるだなんて!・・・あら、そっちの人間は・・・。」
史織「私が来たのは、この子の護衛のためよ。さ、彩羽。」
彩羽「は、はい!えええっと・・・。」
彩羽さんがウェンディさんたちにここに来た目的を伝えるため、自警団からの正式文書を読み上げます・・・。
ウェンディ「へぇ~・・・。リミューが今までやってきたことが、まさかこんな形になって返って来るなんてね?いいじゃない、ねぇ伊予?」
伊予「うふふ、リミュー様もきっとお喜びになりますわ。」
ウェンディ「で、その大きな鞄の中に手土産が入ってるのかしら?」
彩羽「は、はい。人里の職人たちが作った織物や工芸品、少しばかりの菓子折りをお持ちしました。」
ウェンディ「ふふっ。そんなにたくさん、重かったでしょうに。」
彩羽「い、いえ!私、鍛えていますので!」
ウェンディ「へぇ~・・・。ふふっ、いいじゃない。気に入ったわ。伊予?その子の手土産の品、どこに置いておくか案内してあげなさい。」
伊予「かしこまりました。じゃあ・・・貴方?ついてきてくれるかしら。」
彩羽「は、はい。」
そう言って、とりあえず伊予さんと彩羽さんは部屋を後にしました。
史織「ところで、リミューはいないの?贈り物をしてくれてる本人だし、顔合わせをさせておきたいんだけど。」
ウェンディ「リミューなら、いつも通り外へ遊びに行ってるわ。晩ごはんの時間になれば帰って来るでしょうけど・・・。」
史織「あら、そうなの・・・。」
ウェンディ「ふふっ。久し振りに史織と会えて、嬉しいわ?またあの時のような熱い一戦を頼みたいところだけど・・・。ま、今日は止めておくわ。」
史織「あら、物分かりがいいのね。」
ウェンディ「あの人間の子もいるしね。それに・・・。」
ウェンディさんが何か神妙な面持ちで窓の外に目をやります。
ウェンディ「・・・いいえ、何でもないわ。」
史織「・・・やっぱり、何かあるのね?ここに来るまでの間、他の怪異と一切出会わなかったのもおかしかったし。それに、ここに来た時の伊戸の様子もおかしかったしね。」
伊戸「ぎくっ!」
ウェンディ「・・・いーとー?(ゴゴゴゴゴ・・・)」
伊戸「も、申し訳ありません~・・・。」
ウェンディ「はあ・・・。まあ、いいわ。この件に関しては別に史織が首を突っ込む内容ではないわ。これは、我々怪異の問題。」
史織「・・・。」
ウェンディ「心配しなくても、人間たちに害が及ぶようなことはないから。史織は、平和に時が過ぎるのを待っていればいいのよ。」
史織「・・・ふん。別にいいわ。何か害が及ぶようなら、私が直々に制裁しに行くだけだから。」
ウェンディ「ふふふ、怖い怖い(笑)。」
伊戸「笑い事じゃありませんって~。」
・・・・・・
伊予「只今戻りました。」
ウェンディ「ええ、ご苦労様。」
史織「彩羽、何か変なことされなかった?」
伊予「どういうことよ(怒)?」
彩羽「いえいえ。優しくいろいろ教えてくれましたよ。」
伊予「ちょっ!」
史織「へぇ~・・・(にやにや)。」
ウェンディ「ふふっ、かわいいとこあるじゃない。」
彩羽「?」
伊予「・・・んもう。」
ウェンディ「それで、この後はどうするのかしら。」
史織「まあ、目的はもう果たしたし。このまま・・・。」
彩羽「あ、ちょっと待ってください。」
史織「ん、どうしたの?」
彩羽「柊大佐から渡された指令書、一枚目は無事に挨拶が完了したら開封せよ、と指示を受けているんです。」
史織「あぁー、忘れてた。そう言えば指令書がどうのって言ってたわね・・・。」
彩羽「えっと、一枚目のは・・・。」
史織「何、何。何て書いてあるの?」
史織さんが横から指令書を覗き込みます。
史織「えっと?『特別訓練内容その一。館の近くに簡易野営地を築き、そこを拠点とし計二日間、鉱山の周辺探索を命ずる。尚、これは訓練の一貫として取り組むように。』ですって?え、つまり・・・。」
彩羽「は、はい。まだ任務は続くってことですね。」
史織「うぬぬ・・・。『一応、二日間の訓練を予定してるからー。』って柊が言ってたのは、本当だったのね・・・。」
これはこれは・・・。
んー・・・。でも、指令書通りに動くとすると、今晩は鉱山で外泊するということになるんですか?それはそれでちょっと危険な気もしますが・・・。
ウェンディ「・・・ねぇ?」
彩羽「は、はい!」
ウェンディ「別にわざわざ外で野営することないじゃない。さすがに夜はこの辺りも危険だと思うし、館を使っても構わないわよ?」
史織「え、いいの?」
ウェンディ「気にしないでもいいわ。それに、その方がうちの妹も喜ぶと思うわ。ね?」
おお。ウェンディさん、心が広いです。
史織「・・・どうする?私は、彩羽の判断に任せるわよ?」
彩羽「うぅーんっと・・・。」
ウェンディ「もしかして、安全な館の中での寝泊りはあまり訓練にならない、って思っているのかしら?」
彩羽「あっ、いや・・・。」
ウェンディ「ふふっ、図星みたいね。だったら、ぜひとも館に泊まってもらうためには、それに代わる訓練を提供してあげればいいのかしら?」
史織「・・・どういうこと?」
ウェンディ「伊戸?」
伊戸「はい。」
ウェンディ「彩羽の訓練に付き合ってあげなさい。そうね・・・、模擬決闘なんていいんじゃないかしら?」
伊戸「かしこまりました。」
彩羽「えっ!?」
史織「ちょっ!何言ってんのよ!」
ウェンディ「伊戸相手に決闘の訓練は、なかなかいいと思うわよ?それこそ、普通に野営するよりはよっぽど有意義な経験になるんじゃないかしら。どう?」
確か伊戸さんといえば、かつて史織さんを正面から負かしたことのある実力者。これは・・・。
史織「そ、そんな危険なこと、彩羽にさせられるわけないじゃない!彩羽だって怪異と一戦交えるなんて危険な真似、したいと思ってるわけ・・・。」
ウェンディ「あら、そうかしら?私の目には、そうは映ってないんだけれど。」
史織「えっ・・・?」
史織さんが彩羽さんの方を振り向くとそこには、強い闘志を漲らせている彩羽さんの姿が目に映りました。
彩羽「私・・・、やります。そのご提案、受けさせていただきます!」
ウェンディ「ふふっ、いい返事だわ。」
史織「い、彩羽・・・。」
彩羽「史織さん。私、せっかく選ばれたこの特別任務なら普段はできないようないろんな経験ができるんじゃないかって思ってたんです。それに怪異と決闘するなんて経験、里の中にいるうちはそうそうできるものじゃないと思うんです。だから・・・!」
史織「・・・分かったわ。ただし、私も傍で見守らせてもらうわ。それに、本当に危険だと判断したら、私が止めに入る。いいわね?」
彩羽「あ、ありがとうございます!」
ウェンディ「ふふっ。おもしろくなってきたわね。」
何だか重要なことがすらすらと決まってしまいましたが・・・、大丈夫なんですかね?
ウェンディ「それじゃ、日が落ちる前に伊戸との決闘訓練、済ませておきなさいな。周辺探索は明日にするとして、今日のうちは館の近くにいなさい。伊戸、後は頼んだわよ?」
伊戸「ふふっ、仰せのままに・・・。では、彩羽さん、ついてきてください。」
彩羽「は、はい!」
二人は元気よく外へと向かいました。
史織「・・・はあ、しょうがないわね。アンタたち!私らが館に泊まると決まった以上、ちゃんとした食事と寝床、用意しておいてよね?」
そう言って、史織さんも外へと向かいました。
伊予「全く・・・、厚かましいことです。」
ウェンディ「ふふっ、そう言わないの。ちゃんと準備してあげてね?」
伊予「・・・お嬢様がそう仰るなら。」
ウェンディ「ふふっ、ありがとう。」
とりあえず、史織さんたちの今晩の安全は確保されたようです。
ウェンディ「じゃあ・・・、屋上に行きましょうか。」
伊予「あら、見に行かれるのですか?」
ウェンディ「せっかくだしね?悪いけど、準備を頼めるかしら?」
伊予「うふふっ、仰せのままに・・・。」
◎追加版
〈堅くな鉱山〉
人里から南西方向へ三時間程歩けば、鉱山麓に到着できる。他の近くの山とは比較にならない程の岩山っぷりが目立つ、荒れた山として有名。嘗ては人の手によって資源が採掘されていたため、山の所々に洞窟が存在する。怪異が住み着くようになってからは人が近づくことはなくなったが、今でも資源は充分採れる。この辺りに住む怪異は少々気の荒い怪異が多い。
鉱山中腹にウェンディたちが暮らす館『クロマリーヌ』がある。伊戸の成果により館の周辺だけには、とても鉱山とは思えない程の緑豊かな自然風景が広がっている。普段は伊戸自身が館周辺の守護を行っているため、クロマリーヌ周辺を荒らしに来るような怪異はいない。それは伊戸自身の影響力があることも理由の一つだろうが、周辺の怪異曰く、「こんな場所に堂々と館を構えるようなヤツ、危険なヤツに決まってるよ!」と些か偏見的な理由もあるっぽい。どっしりした住居を構えている怪異相手にはあまり手を出さないようにした方がいい、という野良怪異たちの暗黙的本能のお告げなのかもしれない。