表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若鄙の有閑  作者: 土衣いと
秘境に起きた二度のご難
69/94

〈番外面・完〉御魂邸は今日も平和に

長かった番外面もようやく完結です。第一章よりは話数的には短かったですけど、何だか作者の体感的には今章の方が長かった気がしてます(笑)。多分、今章全体の投稿期間が長くなってしまったからでしょうね・・・。ある程度苦戦はしましたがやりたかったことはやれたので、まあ悔いはないですかね。次回は後日談ということで、宜しくお願いします。

 宮「史織さーん、入りますよー?」

すぅっー

芙「おぉーっす、史織ー・・・?」

燈紅「・・・、何してるの・・・?」

燈紅さんたちが史織さんたちのいる部屋にやって来ました。

でも、部屋にいた二人の状況はどこかおかしかったようで・・・。

史織「・・・あぁー?ちょっと、ね。」

にぎにぎにぎ

小冬「いたい、いたいれふよ~。ほへんなさいって~、ひおりぃぃ~。」

小冬さんの頬をぐいぐいと引っ張り回している史織さん・・・(笑)。

芙「ありゃりゃ。史織ってば、何だかご立腹みたいだねー。」

宮「どどど、どうしちゃったんですか、史織さん!?」

史織「うりうりうりぃ~。反省してんの~?」

小冬「はんしぇーしてまふってぇ~・・・。ゆるしてくだしゃいまし~。」

燈紅「・・・何があったのかは知らないけど、程々にしときなさいよね・・・。」


 史織「~~~とまあ、こんな事情よ。」

小冬「お騒がせして申し訳ありませんでしたわ。」

史織さんたちが事の成り行きと小冬さんのことを説明したようです。

燈紅「ふむ・・・、なるほど。でもねぇ、話は分かったけど・・・。」

芙「まあまあ燈紅よ。史織がそう言うんなら、小冬(この子)も大丈夫だと思うよ?信用していいんじゃないかな。」

燈紅「うーん・・・。」

どうやら燈紅さんは御魂邸の秘密を知ってしまった小冬さんのことについてやや不安感があるようです。

燈紅「そうは言うけどね?私は元々この古屋の人間でさえ、侵入を許したことを一大事だと思っていたのに。まさかもう一人増えちゃうなんて・・・。」

史織「私が御魂邸(ここ)まで来たのはほとんど宮のせいでもあるんだからね?」

宮「ぐうぅぅ~・・・。それを言われると辛いですぅ~・・・。」

史織「いいじゃないの。別に私たちはここのことを別の誰かに喋ったりしないって。約束くらい守ってあげるわよ。」

小冬「私も、約束いたしますわ。」

芙「ほらほら燈紅~。もういいんじゃないの~?」

燈紅「・・・はあ。もう分かったわよ。貴方たちのこと、今回は特別に認めてあげます。一応、今回のことはうちの宮の不手際が原因とも言えるわけだし。・・・更に言ってしまえば、元々は姫の罹患、私の監督不行き届きが根本の原因でもある・・・。こちら側に非がある以上、貴方たちに強く言える権利はないわね。」

宮「本当に、申し訳ありません!」

そう言って、燈紅さんと宮さんが頭を下げました。

一先ず、この件に関しては一件落着ですかね。

史織「まあ・・・、いいわ。ところで宮?私の大事な『百科全草』はどこ?」

宮「あ・・・、えと・・・(焦り)。」

史織「帰って来てるってことは当然、見つけて持って帰って来てくれてるのよね(にっこり)?」

宮「そーれはですね・・・、何と言いますか・・・。」

小冬「(・・・あれ?『百科全草』・・・?)」

芙「あぁー・・・、ごほん。私から話そう。」

そう言って、宮さんを庇うように芙さんが前に出てきました。

史織「な、何よ・・・。」

芙「史織よ、私たちは確かに『百科全草』を見つけてきたんだ。でも、持って帰って来てはいないんだ。」

史織「なっ・・・!ど、どうしてよ!?」

芙「私たちが『百科全草』を見つけた場所は生命の森。その入り口近くにあった小さな小屋の中(・・・・・・・)だ。」

史織「えっ。」

小冬「あっ。」

芙「私たちが窓の外から小屋の中の様子を窺った時は誰もいなかったみたいなんだけど、きっと小屋の主が『百科全草』をどこかで拾ったんだろうね。」

史織「(じとーっ。)」

史織さんが誰か(・・)を意味ありげに見つめていますね・・・(笑)。

芙「確かに、本来は史織の持ち物なのかもしれない。でも、それを知らないであろう小屋の主から勝手に『百科全草』を持ち出して来ることは私たちにはできなかったんだよ・・・って、あれ?どうしたの、小冬?」

小冬「え!?あ、いや、あの・・・(焦り)。」

燈紅「・・・どうやら、もう解決しちゃったみたいね。」

燈紅さんが史織さんを見つめてそう言いました。

史織「・・・ええ。そうよねー、小冬ー(にこにこ)?」

史織さん、笑顔で小冬さんに問いかけます。

芙「ん?どゆこと?」

宮「小冬さん・・・?」

小冬「えっと・・・、芙さんと宮さんが見つけた小屋なんですけど・・・。それ、多分私の(うち)ですわ。」

宮「えっ!?」

小冬「そっか・・・、そうでしたのね。あの時(・・・)見つけた図鑑、あれは古屋図書館の物だったんですのね・・・。道理で・・・。」

芙「・・・なるほど。およ・・・?ってことは、もういいのかな?」

史織「ええ、問題ないわ。そうよねー、小冬ー(にこにこ)?」

小冬「はい・・・。問題ありませんわ。」

おやおや。ということで、こちらの件も一件落着・・・ですかね。

史織「ふうー・・・。じゃあ貰う物貰って、そろそろ帰ろうかしらね。何だか凄く長い間ここにいた気がするわー。」

宮「貰う物?」

史織「そーよ。えーっと確か、珠輝に付き合った見返りの『純正霊魂』を二つ(・・)と澄水池の番の仕事の報酬分。」

・・・あれ?

燈紅「え、ちょっと待って。宮、『純正霊魂』を二つ(・・)って本当?」

宮「あれ・・・?確か、姫さまがそんな約束をしてたような・・・。う~ん・・・。でも、二つ(・・)だっけ・・・?」

史織「細かいことはいーじゃない。一つや二つ、大して変わんないでしょ?さ、珠輝が起きてくる前に(・・・・・・・・・・)早く・・・。」

史織さん、何だか少し急かすような調子で話していますが・・・。

っとその時、部屋の襖が開いて。

たぁーん!

珠輝「史織ぃぃーーー!!!」

がばぁぁっ!!

史織「うわあぁぁぁ!!ちょ、珠輝ぃー!?」

今日も元気に珠輝さんは史織さんに抱きつこうと飛びかかりました。

宮「あっ、姫さま!お気付きになったんですね!よかった・・・。」

燈紅「姫っ!もう、はしたない・・・。」

芙「仲の良いことだねぇ~。」

小冬「あら、ではこの方が・・・。」

み、皆さん、意外と落ち着いていますね・・・。史織さんが今大変なことになっているというのに(笑)。

史織「ちょ、アンタら、見てないで助けなさいよー!ぐうぇっ!?」

珠輝「しぃおりぃ~、お仕事終わったんだね~。お疲れさまー。ねえねえ!私も『お勉強』頑張ったんだよー?褒めて褒めて~?」

史織「あぁー?!んー、そーね。」

なでなで

史織「よーしよし、よく頑張ったわねー(棒)。」

そう言いながら珠輝さんの頭を撫でてあげる史織さん。

心なしか心がこもってないように聞こえますが(笑)。

珠輝「えへへ~、ありがと~。」

でも、とっても嬉しそうな珠輝さんです。

燈紅「あのー・・・、姫?一つ確認したいことが・・・。」

珠輝「んー?どうしたの?」

燈紅「この者に『純正霊魂』を二つ(・・)与えるという約束をしたと聞いたのですが・・・、本当ですか?」

珠輝「んー・・・。『純正霊魂』をあげるって約束はしたけど、二つ(・・)あげるのは史織が私に決闘で勝ったらって話じゃなかったかな~?決闘に勝ったのは私なんだけど・・・。」

史織「うっ・・・。」

宮「あっ、そうでしたそうでした。姫さまの仰る通りですよ。」

燈紅「・・・ちょっとー(じろり)?」

ちょっと蔑んだ目で史織さんを見つめる燈紅さん。

小冬「史織・・・、嘘はいけませんわ?」

芙「そうそう。気持ちは分かるけど約束は守らなきゃねー。」

史織「だぁー、もう!分かった、分かったわよー・・・。ちょっと多めに貰おうとしてましたー、ごめんなさいー(適当)。」

燈紅「全く・・・。まあ、いいわ。姫、『純正霊魂』は一つだけ与えるということでよろしいんですね?」

珠輝「うん、史織との約束だもんね~。」

燈紅「・・・では、私はこの者の報酬の準備をしてきます。宮、ここは任せたわよ?」

宮「あ、はい。分かりました。」

ということで、燈紅さんが部屋を後にしました。

芙「じゃ、私はそろそろ屋敷の修復作業に戻るとするよ。たま姫の部屋の屋根を早く直してやらないとね。」

そう言って、芙さんも部屋を後にしようとした時。

芙「あ、そうだそうだ。史織よ。」

史織「ん、何?」

芙「史織に預けてた私の仲間、何だかすっごい気分が良さそうだったんでね。礼を言っておくよ。」

史織「・・・あー、ガメ吉のこと?私もあの子には世話になったわ。私からも礼、言っとくわ。」

芙「ふふふ、暇な時にでもまた会いに来てやってちょーだいよ。史織と一緒に話したりするの、結構楽しかったみたいだからさ。(・・・ガ、ガメ吉?)」

史織「ふふっ、私はガメ吉が何言ってるのかさっぱり分かんなかったけどね。ま、気が向いたら会いに行くわよ。」

芙「そうしてくれると助かるよ。・・・じゃあ、宮?」

宮「は、はいっ!」

芙「後は頑張りな(・・・・)よ?」

宮「うっ・・・。が、頑張り・・・ます。」

それだけ言うと、芙さんも部屋を後にしました。

史織「っていうか、そうか。まだ屋敷の修復、終わってなかったんだ。」

宮「そうですよ。作業していた子たちが一時隠れちゃった(・・・・・・)せいで少しの間、作業が滞っちゃってたそうなんですよ。」

珠輝「そうそう。それで屋敷中の皆が私の部屋に来ちゃってね~。それで私が皆の面倒を見てあげてたの。」

宮「裏庭の方はもう七割くらい直ってきているんです。でも、今は姫さまのお部屋の屋根を優先して直していますから、完全に修復し終わるにはもう少し時間がかかりますかね。」

小冬「本当にすみませんでしたわ。私のせいで、余計な仕事が増えてしまったみたいで・・・。」

宮「いやいや。まあ、お気になさらず。」

珠輝「そういえば、あなたはだぁれ?」

小冬「ええ、自己紹介がまだでしたわね。私は新風小冬、史織の友達ですわ。よろしくお願いしますね、珠輝さん?」

珠輝「うん、よろしくね。・・・っていうことは、小冬も人間さんなのね?!」

小冬「はい。史織と同じ、人間ですわ。」

珠輝「やった!昨日と今日で人間さんのお友達が二人もできちゃった。嬉しいわぁ~!」

ふふ、珠輝さんが幸せそうで何よりです。

小冬「ところで、さっきの話。珠輝さん、史織と決闘して勝ったんですって?」

珠輝「うん、そうだよ。でもねでもね?史織もすごーく強かったわ~!」

小冬「うふふ、そうですわよね~(にこにこ)。」

史織「何で小冬が嬉しそうなのよ・・・。」

小冬「よろしければ、いつか私とも一戦交えてほしいものですわ。」

珠輝「ふふっ、いいわよ~。今度史織がここに遊びに来る時、小冬も一緒に来てね?その時に私と戦いましょー!」

小冬「はい、約束ですわ!」

史織「はあ・・・。物好きな連中もいるもんよねぇ~。」

宮「えっと・・・あの、史織さん。ちょっとお願いしたいことがありまして・・・。」

史織「え、何?」

宮「じ、実は・・・(ごにょごにょごにょ)。」

宮さんが何やら史織さんに耳打ちしていますね。

史織「・・・あぁー?何でそんなこと私がやんなくちゃいけないのよ。そーゆーのは燈紅や芙に何とかしてもらいなさいよ。」

宮「うぅ・・・。は、芙さんが言うには普段から外に慣れている人に頼むのが一番だって・・・。」

史織「えぇー・・・。まあ、それはそうかもしんないけど。」

宮「そ、それに、ここにまた史織さんが来ていただければ姫さまもお喜びになりますし、私からも何かでき得る限りの誠意をお見せしますから・・・!」

史織「・・・まあ、ここに来て私に利点があるのなら考えてあげなくもないわ。」

宮「あ、ありがとうございます!」

史織「了承したわけじゃないからね。考えてあげるだけよっ。」

ふむ・・・。何だか小冬さんと珠輝さん、史織さんと宮さんとの間に何かしらの約束が交わされたようです。


 すぅっー

燈紅「さあ、準備ができたわよ。」

燈紅さんが史織さんへの報酬を持って戻って来ました。

史織「おっ、やっと来たわね。・・・あれ、でもそれって・・・。」

燈紅「ええ。霊魂一つと銀貨五枚よ。」

史織「ちょっとちょっと。貰うのは普通の霊魂じゃなくて『純正霊魂』って約束でしょ?」

燈紅「ええ、そうね。でも、生憎今は在庫がなくてね。この前、宮に預けたのが最後の一つだったのよ。」

史織「や、約束が違うじゃない。」

燈紅「まあ、話は最後まで聞きなさい。そもそも『純正霊魂』が自然に採取できるなんてことはほぼないの。霊花がたくさん咲いている御魂邸(ここ)ですら『純正霊魂』を採取できることはとても稀なことなのよ。」

宮「ですから、ここでは『純正霊魂』が必要になった時は姫さまのお力をお借りするんです。」

史織「珠輝の?」

燈紅「そう。ということで、姫?お願いしますね。」

珠輝「うん、分かったわ。」

そう言うと、燈紅さんは手に持っていた霊魂を珠輝さんに手渡して・・・。

ぱあああぁぁぁぁ・・・!!!

珠輝「ふう・・・、はいっ。」

燈紅「ありがとうございます。」

史織「珠輝、アンタ今・・・。」

珠輝「うん。その子をきれいに(・・・・)してあげたの。」

宮「こうやって姫さまのお力をお借りすることで、普通の霊魂を『純正霊魂』に仕上げることができるんです。」

燈紅「まあ、本当に必要になった時にしかやっていただかないんだけどね。というわけで、はいこれ。」

史織「ま、まあ・・・いっか。ありがたく貰っとくわ。それじゃあ私たちはそろそろ帰るわね。」

小冬「そうですわね、もうすっかり遅くなってしまって・・・。長居してしまいましたわ。」

そう言って、お二人が立ち上がると。

珠輝「ええぇー!もう帰っちゃうのー!?史織ー、私の相手をしてくれるって言った約束はー?」

史織「えぇー?今の今までずっと相手してやってたじゃない。」

珠輝「むぅぅ~~~!」

史織「はいはい、拗ねないの。また来たげるって約束はちゃんと覚えてるから。また今度、ね?」

珠輝「・・・分かった。約束よ?小冬も、ね?」

小冬「ええ、約束ですわ。」

燈紅「さあ、姫。姫もそろそろお休みの時間です。部屋に戻りますよ?」

珠輝「えぇー?もう~?私まだ眠たくないんだけど・・・。」

燈紅「まあ、さっきまで気を失われていましたからね・・・。でも大丈夫。姫がお休みになるまで、私がお相手しますから。」

珠輝「・・・うん!」

燈紅「それじゃあ宮、二人を池まで案内してあげてちょうだい。」

宮「は、はい。分かりました。ではお二人とも、行きましょうか。」

史織「ええ。」

小冬「お願いしますわ。」


 宮さんに連れられ、澄水池の石の門までやって来ました。

史織「道案内、ありがとね。」

小冬「お世話になりましたわ。」

宮「いえいえ。お客さんのお出迎えとお見送り、これも私のお仕事ですから。」

史織「・・・ここに客なんて来ることあるの?」

宮「えっ!?え、ええ。まあ、普段はほとんどありませんけど・・・(焦り)。」

史織「ふ~ん・・・、まあいいわ。私たちは客だった、ってことよね。」

小冬「とてもお客人とは思えないような動機でやって来ましたけどね・・・。」

その点に関しては小冬さんの言う通りですね(笑)。

史織「じゃ、行くわ。約束しちゃったからまた来てあげるけど、まあ気長に待ってなさいよね。」

小冬「その時はまた、よろしくお願いしますわね。」

宮「はいっ!お気を付けて!」


 午後九時半頃。静寂が心地よい澄水池の夜。どんな時でもこの深い霧が晴れることはありませんが、史織さんの心は昨日ここに来た時と比べて見違えるようにすっきりと晴れ渡っています。昨日の夕方に図書館を出発した時はどうなることやらと思っていましたが、結果的に何とかなってよかったです。史織さんは自分の目的を果たし追加で利益も得ましたし、小冬さんは小冬さんで史織さんと戦えて何だか満足気なご様子で何よりです。

史織さんの長いようで本当に割と長かった外出がようやく終わりを迎えようとしています。まあ、帰り道にでも小冬さんの家に寄って『百科全草』を返してもらってくださいね。今後はもうこういう事態にならないためにもちゃんとした図書館管理をしてもらいたいものです。そう心掛けていれば、史織さんの大好きないつもの日常を送ることができるのですから・・・。

◎追加版

〈宮に関する昔話〉

 昔ある時、その日も珠輝はいつものように(・・・・・・・)御魂邸を抜け出して外に遊びに出かけた。半ば常習的に行われる姫のお忍びについて燈紅はあまり好意的ではなかったが、芙は「いつも通り(・・・・・)のことだろう。」と珠輝を優しく送り出していた。ところがどっこい、その日(・・・)はいつも通りではなかった。日も暮れて澄水池に帰って来た珠輝を芙が迎えに出ると、そこには慌てた様子で誰か(・・)を負ぶっている珠輝の姿があった。

 芙が急いで二人を御魂邸まで連れて行った。運び込まれたその者(・・・)はどういうわけかボロボロの満身創痍な状態で気を失っていた。珠輝は疲労していただけで別に怪我を負っているわけではなかった。珠輝が言うには、傷だらけだったこの者を見つけて急いで運んで来たんだ、と言う。とりあえず、珠輝の要望でこの者を治療して当分の間御魂邸に匿うことにした。それからほとんど付きっきりの状態で珠輝はその者の看病をしていた。そして数日後、その者が目を覚ました。事情を聞くため燈紅と珠輝は色々質問してみたのだが、この者が覚えていることは何もなかった。

 この者をどう扱うべきか非常に悩んでいた燈紅だったが、珠輝は特に何も悩んではいなかった。少しの間一緒に生活していくうちにこの者も徐々に表情豊かになっていき、次第に燈紅や芙とも打ち解けるようになっていった。そしてこの者は、何者なのかも分からない自分のことを一番に受け入れてくれた珠輝に対し深い深い感謝と尊敬の念を抱くようになった。

 そしてある日の夕暮れ時、珠輝がこう言いだした。「そういえば・・・私たち、あなたのことをずっと『あなた』とか『ねえねえ』って呼びかけてばっかりだったわよね?呼んでもらえる名前がないのは・・・寂しいわ。よしっ!よかったら、私があなたに名前を付けてあげるわ!」その者はそう言ってもらえたことがとても嬉しかった。「う~~ん・・・。せっかくの名前なんだから、何かぴったりな名前を付けてあげたいなぁ~。むむむ~~~・・・。」珠輝がそう悩んでいたその時、『ぐうぅぅ~~~・・・』っと、その者のお腹がそう叫んだ。それを聞いた珠輝は閃いた。「・・・『ぐう(・・)』!あなたの名前は、『ぐう』に決まり!うん、かわいいしぴったりだわ!!これからよろしくね、『ぐう』?」その者はちょっと恥ずかしくも思ったが、珠輝のその言葉に対してこう返した。「・・・はい!授けてもらったこのお名前、一生大切にします。こちらからも、よろしくお願いします!ひ・・・姫さま!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ