〈番外面・後〉危険信号、通じたか通じていないか
今回は前二回と打って変わって、『一方その頃』系の話です。
ちなみにですが、今回ちょびっとだけ登場する花。どこかで聞いたような名前な感じがした方は、作者と美味い酒が飲めそうです(笑)。
芙「・・・ん?」
宮「えっ?ど、どうかしましたか?」
芙「んー、いや。何でもないよ。」
一方、失せ物捜し中の宮さんと芙さん。
芙「(今何か一瞬だったけど、仲間たちの危険信号が出てたような・・・。・・・気のせいかな?)」
宮「むむむ・・・、なかなか見つかりませんねぇ・・・。」
芙「大体この辺りなんでしょ?」
宮「お、恐らくはそうなんですけど・・・。」
お二人は今、生命の森のかなり深い奥地に来ています。人が歩くような道なんてない深い木々が生い茂る自然なままの場所です。
宮「あの時採取した花『ドンケルクライト』はこの森の日の当たらない奥地にのみ生息している、って本に書いてあったんです。しかも、凄く希少な花で探すのも難しいって・・・。」
芙「まさかその花じゃなくて、その本を捜すことになるなんてねー(皮肉)。」
宮「ぐうぅぅ~・・・。す、すみませんん~・・・。」
芙「ま、いいさ。宮のおかげでたま姫は助かったんだから。今はちゃっちゃと本を見つけて、史織に返してやらないとねー。」
宮「・・・あの、芙さん。」
芙「んー、何?」
宮「燈紅さまが言ってた、私に話したいことって・・・一体何ですか?」
芙「ああ・・・、まあ、ね。」
宮「?」
芙「たま姫のあの一件以来、宮の元気があんまりないように見えるから励ましてやってほしい、って燈紅に頼まれたのさ。」
宮「え・・・、燈紅さまが?」
芙「全く・・・。燈紅も大概照れ屋だからねぇ~。こういう時くらいは素直になってほしいもんだけど。」
宮「私、そんなに元気なさそうでしたか・・・?」
芙「・・・ま、多少はそうだったかな。でも、私より近くにいたたま姫と燈紅はもっとそう感じていたかもしれないね。」
宮「うぅ・・・。」
芙「あの時もそう話したけど、宮だけの責任でああなっちゃったわけじゃあない。自分ばかりを責めるもんじゃあないよ?」
宮「・・・そう、ですよね。私がしっかりしてないと、姫さまたちにこうして余計な心配をおかけしてしまう・・・。そんなんじゃダメですよね!すみません、芙さんにも心配をおかけしてしまったようで。今からは気持ちを入れ替えていきますね!」
芙「よし。じゃあ、この件はここまでとして・・・。もう一つ、どっちかっていうとこっちの方が本題なんだけど・・・。」
宮「えっ?」
芙「元気がない理由、もう一つあるんでしょ?」
宮「うっ・・・。」
芙「ふふーん、私らを誤魔化そうったってそうはいかないよ?さっき史織に『何で今の今まで捜しに行ってないのよ?』って聞かれてた時、言葉に詰まってた宮の様子を見るとね・・・。さ、言ってみな?」
宮「じ、実は・・・、こ、怖くなっちゃって・・・。」
芙「怖く?」
宮「今まで御魂邸の外に一人で出かけることは燈紅さまのおつかいでよくありましたし、一人で遠くの山や森の奥まで行くことにも特に何とも思っていなかったんです。でも・・・。」
芙「(・・・なるほど。たま姫の一件があったせいで、特に一人で屋敷の外を出歩くことにちょっと抵抗が出てきちゃったのか・・・。)」
ましてや『百科全草』を無くした場所というのは今お二人がいるような森の深い奥地。そのことは覚えていた宮さんですから、尚更一人では捜しに来れなかったということでしょうか・・・。
芙「・・・ん?でも、最初に史織のとこに行く時は何ともなさそうだったけど・・・。」
宮「あ、あの時はただ、姫さまのことで頭がいっぱいでしたので・・・。」
芙「(むー・・・、とすると・・・。)」
宮「私ってば、やっぱりダメダメですよね。一人で外に行くのが怖いなんて。このままじゃ、姫さまたちのお役になんて・・・。」
芙「確かに、今のままじゃそうかもしれないね。」
宮「うぅ・・・。」
芙「でも、安心しな!私にいい策がある。」
宮「えっ、本当ですか?」
芙「そのためにも、今は早く屋敷に戻らないとね!よーし、ちゃっちゃと見つけて帰るよー!」
宮「あぁ~、芙さん。待ってくださいよー!」
芙さん、何か閃いたようですが果たして・・・。
芙「(もしかしたら史織、さっきの話の時点で宮の心の内を見抜いていたんじゃ・・・?)」
宮「ところで、芙さん。」
芙「んー、何?」
宮「さっき私・姫さま・史織さんの三人で話してたこと・・・、どれくらい前から聞いてたんですかー?」
芙「んー、たま姫が史織に抱きつこうとしてた時くらいからかなー。」
宮「そんなに前から聞いていたなら、私のこと助けてくれてもよかったのにー!」
芙「燈紅がね、『面白そうだから聞いてましょ(笑)。』ってね(笑)。」
宮「そんなぁー!!」
一方、時は少し遡って、御魂邸の珠輝さんのお部屋にて。
珠輝「・・・。」
燈紅「・・・。」
自分の文机で黙々と筆を走らせる珠輝さんとそれを見つめる燈紅さん。今日は漢字の『お勉強』のようです。
珠輝「・・・できたわ、燈紅。」
燈紅「はい。・・・、問題ありませんね。」
珠輝「やったわー!」
燈紅「・・・。いつもこの感じでやっていただきたいものですけどねぇ~・・・。さ、姫。次のものです。」
珠輝「さあ、どんどんやってやるわよー!」
いつもにも増して集中しているご様子の珠輝さん。邪魔が入らず熱心に取り組める環境。勉強というものはこういう風にできれば一番効率よくできますよね。
燈紅「姫、その次のものはこちらに置いておきますので終わりましたらこちらのを進めてください。私は少し、修復作業中の皆の様子を見てきますね。」
珠輝「ええ、分かったわ。いってらっしゃーい。」
ということで、燈紅さんは屋敷の裏の方へと向かいます。
・・・・・・
燈紅「さてと、皆は調子よくやってるかしら。・・・あら?」
燈紅さんと芙さんはお昼前までこの場所で霊魂たちと屋敷の修復作業を行っていました。お二人はお昼休みに入る時、霊魂たちには少し休憩を取ってから再び作業を始めるよう言ってあったのですが・・・。
燈紅「皆、いない・・・?もしかして、まだ休んでるのかしら。」
何か不安に思った燈紅さんでしたが、一先ず、霊魂たちの休憩室に行ってみることに。
・・・・・・
燈紅「・・・えっ、どういうこと?」
どういうわけか休憩室にも霊魂たちの姿はありませんでした。それどころか・・・。
燈紅「屋敷をある程度歩き回ったっていうのに、誰一人として姿を見かけられないなんて・・・。」
そう・・・。普段なら屋敷のあちらこちらで霊魂たちがそれぞれのお役目をしている姿を見かけることができるのですが、今に限って全くその姿を見かけられないのです。
燈紅「・・・。もしかして皆、隠れてる?・・・、だとしたらマズいわね・・・。」
嫌ぁーな予感がした燈紅さんは一度、珠輝さんの部屋に戻ることにしました。
・・・・・・
燈紅「姫っ!」
珠輝さんの部屋まで急いで戻って来た燈紅さん。
珠輝「わぁっ(驚)!ど、どうしたのよもうー。」
燈紅「・・・。」
珠輝「ねえ、見て見て燈紅ぇ~。何だか急に皆が部屋にやって来てね~?今、皆の面倒を見てたの~。」
あまりの光景に愕然としてしまった燈紅さん。
なんとそこには屋敷中の霊魂たちが珠輝さんの部屋に寄り集まっている光景が広がっていました。
慌てているような様子で珠輝さんの頭上をぐるぐると回る者、珠輝さんに撫でられ慰められている者、落ち着きなくその辺を飛び回る者、といろんな霊魂たちがいますね。
珠輝「それでね~、どうしたのーって聞いてたんだけど~・・・。」
燈紅「はあぁぁ・・・、もう。コラ、貴方たちっっ!!」
ふわわっ!?
ふややっ!?
ふよよっ!?
少し大きめの声で霊魂たちに呼びかけます。
その声に少しビクついたのか、霊魂たちは少し落ち着きを取り戻したのでしょうかね。部屋の奥の方にすっ、と整列し始めました。
燈紅「全く・・・。」
珠輝「もう~、燈紅ったら。怒ることないじゃない。」
燈紅「別に怒ってなどいません。それよりも・・・。」
珠輝「皆のこと?大丈夫よ。皆のことは私が守ってあげるんだから!」
燈紅「い、いえ、そういうことではないんですが・・・。」
一体全体何がどうなっているのか、という話ですよね・・・(笑)。まあ、珠輝さんも燈紅さんも何となく分かっている様子ですが・・・。
どうやらここにいる霊魂たちは皆、伝令役の霊魂からの危険信号を感じ取ったようです。ええ、そう。その伝令役の霊魂というのは史織さんと一緒にいたあの霊魂のことです。
具体的には、『皆ぁー。何だか危ないような気がするから、一度隠れてから誰かの部屋に避難してー。』というもの。
まあ?霊魂たちは皆、素直で単純ですからね。誰かの部屋にと言われたら、当然のように珠輝さんの部屋に向かうわけです。自分の欲望の赴くままに(笑)。
というわけで、少しだけ時間差で燈紅さんと霊魂たちが入れ違いになっちゃったんですね。
しかし、さっきまで霊魂たちが危険事態だと慌てていたような状況なのにもかかわらず、このお二人は至って冷静なご様子で。
珠輝「さあて、じゃあ皆?せっかくだし、ここで一緒に遊びましょー!」
ふわわあー!
ふやー!
ふよっふよっ!
燈紅「あ、ちょっ、姫。まだ『お勉強』は終わって・・・。」
そう言いかけたところで、燈紅さんが珠輝さんの文机を確認してみると・・・。
燈紅「・・・終わってる。え、・・・早くない?」
既に燈紅さんの指定量分を終わらせていた珠輝さん。これにはさすがの燈紅さんも吃驚。
奥の方で楽しそうに霊魂たちと戯れている珠輝さんの姿を眺める燈紅さん。
燈紅「・・・まあ、今は皆をヘタに刺激しない方がいいわね。姫が皆の相手をしてくれているなら、それはそれで安全だし。」
珠輝さんと接することで霊魂たちはこの上ない至福の時を過ごすことができます。さっきまでは平静を失っていましたが今は落ち着いているようなので、霊魂たちは感じ取った不安感を払拭できたようです。
燈紅「姫?私は少し席を外します。その間、皆の相手をお願いしますね?」
珠輝「はーい。」
すぅっー
燈紅「はぁ・・・。あの人間、史織とか言ったかしら。・・・、ちゃんと番をしてくれているんでしょうねぇ・・・?」
霊魂たちが感じた不安感はそのまま燈紅さんへと移ってしまったようですね(笑)。
〈ドンケルクライト〉
生命の森の日の当たらない奥地にのみ咲くという希少な花。あらゆる病原菌に対抗できる霊力を宿しているらしい。医術・錬金術の分野において、これ以上の植物はないとされる幻の花。希少、幻と言われるだけあって滅多に手に入らない。だが、見た目と名前の知名度は割と低め。この花の価値を知らない者が手に入れられて、利用できることの方が多い。そう考えると、宮はよく手に入れられたと思う。
(補足)
・伝令役からの危険信号は他の霊魂たちにとって影響力が強い。だから、伝令役も安易には信号を送ったりしないのだが、今回は発信に踏み切ったようだ。まあ、番を任されている史織と侵入者っぽい様子の小冬が伝令役の目の前で決闘をし始めたのだから間違った判断ではなかっただろう。
・危険信号を感じ取った霊魂たちは伝令役の言った通り、一度隠れてから珠輝の部屋に逃げ込んだ。この『隠れて』という状態。燈紅が昔、霊魂たちに教えた遁法による。一度隠れられると残念ながら、燈紅でも捜し出すのが困難なくらい隠れるのが上手くなってしまった。まあ、隠れるのは必ず誰かからの指示がないとやらないので、別に普段不都合が起きるわけではないのだが。
・霊魂たちが珠輝の部屋に一挙に押し寄せたのは伝令役の指示と霊魂たち自身の判断(欲望)によるもの。珠輝は直接霊魂たちから聞いたようだが、燈紅はその状況から察することができたようだ。霊魂たちが隠れていることに気付いた時点で既に、事態の元凶は史織ではないかという疑いまで抱いていたのかもしれない・・・。いやまあ事実、史織自身は悪くないのだが。