〈第三面〉澄水池の秘密(前編)
史織「・・・やっぱり、ここは静かね。」
午後九時過ぎ。史織さんは情報通り澄水池までやって来ました。
史織「霧が濃いのは仕方ないけど、夜だと更に視界が悪いわね・・・。足下には気を付けないと。」
足下に生えてる草は濃い霧のせいで常に湿っていますから。足を滑らさないように気を付けてください。
史織「ここは昔っから池の奥には進めないって聞いてる。まあ話に聞いてるだけだし、実際にそうなのかは進んでみないと分からないわよねっ!」
ということで、史織さんは低空飛行で池の奥へと向かって飛んでいきます。
・・・・・・
史織「う~ん・・・。」
どれくらいの時間が経ったでしょうかね?
こんな霧の中をとりあえず真っ直ぐ進んでいるだけなんですから、時間の感覚も方向の感覚も分かったもんじゃありません。
史織「最初にいた岸から目を凝らした時にうっすらと見えてた向こう岸。飛び始めてから結構経ってるはずなのに、私の目には全然向こう岸へ近づいてるように見えないんだけど・・・。これが奥には進めないって言われてる所以なのかしら・・・。・・・一旦引き返しましょうか。」
と言うと、史織さんは一度引き返すことにしました。
・・・とりあえず、最初にいた岸まで戻ってきました。
史織「この静かさ・・・、奥に進めない異様な現象・・・、これは間違いないわね。私の勘がうずいてる。この奥地に霊魂の住処が、つまり、借主がいるはずっ!・・・でも、どうやったら奥に進めるのかしら・・・。」
借主がすぐ目の前にいるかもしれないというのに、その場所へ近づくことができない。悶々としますね。
一体どうすればいいんでしょうか・・・。
史織「・・・ちょっと考え方を変えてみましょうか。本当にアイツがこの奥にいるのなら、どうしてアイツは奥に進めたのかしら。何かこの異様な現象を抜けられる手段を持ってるってことかしら・・・。それとも、元々奥地にいる誰かの手引きがあって進めるのかもしれないわね・・・。う~ん・・・。」
ここにきて手詰まりですね・・・。
それからしばらくの間悩んで悩んで考えはしたものの、これといった答えが導き出せません。
史織「・・・。何で私がこんなことで悩まなきゃいけないのよ・・・!それもこれも、全部アイツのせいだわっ!」
あらら、何だか自棄になってきました。
史織「ぐぬぬ・・・、こうなったら・・・!」
すっ
えっ?な、何をする気ですか!?
史織「ふっ・・・。向こう岸には近づけないけど、攻撃なら届くんじゃないかしら?」
まっ、まさかっ!?
史織「はあぁぁっ!!!」
バシュンッ!!!
ああ・・・、やはり。向こう岸へ向かって攻撃を放ちました。
しかし。
・・・パシッ
史織「んっ?何かしら、今の手ごたえ・・・。もう一回!!!」
バシュバシュッ!!!
・・・パシパシッ
史織「っ!?」
ヒュンッ!
なんと、今さっき史織さんが向こう岸へ放った攻撃が、史織さん目掛けて返ってきました。
史織さんは難なく回避しましたが。
史織「・・・なるほど。向こう岸の秘密を守ってる何かがいる、と。向こう岸の奥にある霊魂の住処を、侵入者から守るために。つまり、ソイツをどうにかしないと先へは進めないってわけね。」
これで一つの答えが導き出されましたね。
史織「・・・。でも、私からの攻撃を弾くだけで向こうから攻撃を仕掛けてくるつもりはないのね。・・・それもそうか。何か奥地を守っている者がいるんだと侵入者に知られたら、元も子もないもんね。あくまでも霊魂の存在を侵入者に勘付かれるわけにはいかないってことか・・・。だったら!」
バビューン!
かなりの高速で史織さんは向こう岸へ突き進んでいきます!
史織「それっ!!」
バシュバシュバシュッ!!!
更に攻撃も並行して向こう岸へと仕掛けます!
史織「(これで何かぼろが出てくれば・・・!)」
・・・・・・
???「っ!?・・・っ!!」
バシバシッ!
・・・・・・
史織「(っ!私の攻撃を弾いた!これで・・・。)」
ビュンッ!!
史織「えっ、嘘っ!!」
バシコォォン!!
史織「うぐっ!!」
ボチャーン・・・!
えっ?い、今何が起きたというのでしょうか・・・?
何者かが弾き返してきた史織さんの攻撃が、そのまま史織さんに命中したような・・・。
攻撃を受けた(?)史織さんは飛行の体勢を崩してしまい、池に落っこちてしまいましたが・・・。
ま、まさか・・・ね。史織さんともあろう方が、ただ弾き返されてきただけの攻撃を避けられないわけが・・・。
バチャーン!
史織「ぷはぁ・・・!ったたたた・・・。い、今、何で・・・。私としたことが、返された術との距離感を見誤ったのかしら・・・。」
うーん・・・。史織さんと返された攻撃との距離感を見誤った、・・・ですか。うーん・・・、そうなんですかね?
史織「とにかく!今のを避けることさえできていれば、もうちょっと何か進展があったかもしれないわ。もう一回やれば、大丈夫でしょ。」
バビューン!
再び史織さんは速度を上げ、向こう岸へと突き進んでいきます!
史織「もう一回よっ!」
バシュバシュバシュッ!!!
・・・・・・
???「っ?!・・・っ!!」
バシバシッ!!
・・・・・・
史織「(今の、さっきとおんなじねっ!後は私が攻撃を避ければ・・・。)」
ビュンッ!!
史織「う、嘘っ!!??」
バシコォォン!!!
史織「ぐぅっ!!」
ボチャーン・・・!
・・・あれ?この光景、さっきと同じ・・・。
えっ、どういうことですか??
バチャーン!
史織「ぷはぁ・・・。はぁ・・・はぁ・・・。な、何で、また・・・。今のはちゃんと距離感をしっかり掴んでたはずなのに・・・!」
???「はあ・・・。あんた、しつこいよ。」
史織「っ!?」
池の中で浮かぶ史織さんを、宙から見下ろす存在が一人。
???「ここまでしつこいってことは、もうあんたには知られてるって考える方がいいかな。」
史織「ア、アンタねっ!?さっきから私の邪魔をしてたのは!!」
???「ふんっ!あんたみたいな賊からここを守るのがこの私、垣出水芙の役目さね!」
史織「私は賊じゃないわよ!私は古屋図書館司書長、古屋史織!!ここの奥地にいるヤツに貸し出したままの大事な書物を取り返しに来たのよ!!」
芙「はんっ!あんたみたいな弱い人間が、あの古屋の司書だってぇ?笑わせんじゃないよ。だったらその証拠たる実力を、私に見せてみることだねっ!でなけりゃ、あんたの記憶をちょいとばかし消させてもらうっ!!」
ブチッ
あっ。この音、前にも聞いたことがあります。
史織「ふっふっふ・・・。私が弱いってぇ・・・?・・・上等じゃない。だったら、家に伝わる術式、古屋の術式を、骨の髄まで味わわせてあげるわっ!!!」
あらら、またもや決闘の時間のようですね。芙さんの誤解を解くためにも頑張ってください。
芙「ははっ、さっきやった私の術が見破れてないようじゃ、弱いって言われても文句は言えないよね。言われたくなきゃ、まずは私の術でも見破ってみるんだね!はあぁぁっ!」
ズバババンッ!!
史織「くっ・・・!(やっぱりさっきのも何かの術がかかってたのね。何とかしてそれを見破らないと・・・!)」
すいっすいっ、っと攻撃を避けていく史織さん。
しかし。
芙「(・・・ふふっ。)」
シュバババッ!!
史織「っ!?(さっきのとおんなじっ!?)」
むむむ・・・。どうやらですが、語りの者から見えている攻撃と史織さんが直に見ている攻撃との間に、何かしらの違いがあるのかもしれないですね。
先程の攻撃も今の攻撃も語りの者から見れば、単なる術攻撃なんですよねぇ。ですが、史織さんはその術攻撃にやけに苦労していらっしゃるようで。
バシィッ!!
史織「ぐぅっ!!」
いやはやこれは、かなりの苦戦が窺えます・・・。
芙「おやおや。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。全く、人間風情が思い上がってんじゃあないよ。」
史織「・・・。」
芙「んっ?どうした、もう降伏か?悪いけど、降伏したところであんたの記憶は消させてもらうからね。」
静かに佇む史織さん、なんとそのまま目を閉じました。
そして、一気に芙さんとの距離を詰めます!
芙「っ!!??なんだ、目を閉じたまんまで私に勝てるとでも思っているのか・・・(焦り)?なら、何も見えないまま攻撃を受ける恐怖に怯えてなっ!!『ギャング的エアファッセン』!!!」
ズガガガガガッッ!!!
芙さんの大技が史織さん目掛けて襲い掛かります。
ああ、史織さん。ここまでか・・・。
と思いきや!
史織「アンタの技はもう・・・、見切ってる!!!」
速度を上げたまま急速旋回をする史織さん。
芙さんの大技『ギャング的エアファッセン』も史織さんの後を追尾していきます。
芙「(こ、こいつ、一体何を・・・。)」
芙さんの上方でぐるぐると回転を続ける史織さん。何をするつもりなのか・・・、そう考えていたたその時。
史織「・・・っ、ここだあぁぁぁ!!!」
カキィィィィン!!!
っ!!??
芙「はぁっ!!??」
ビュオォォォ!!!
芙「うわっ、ちょ、ヤバッ!!」
ズガァァァン・・・!!!
芙「う、嘘でしょ・・・?私の技が、捉えられた・・・?しかも、『ギャング的エアファッセン』の軌道を無理矢理変えるなんて・・・。」
何がどうなったのかと言いますと、史織さんが追尾してきた『ギャング的エアファッセン』を極限まで引き付けて、渾身の近接術式で弾き飛ばすことにより追尾の軌道を無理矢理芙さんの方向へと転換させた、といった感じです・・・。
芙さんもギリギリのところで回避することができましたが・・・。
芙「なんて規格外な力・・・。もしかして、本当に古屋の・・・。」
史織「あらあら。いざ不測のことが起きた途端に隙だらけなんて、アンタもまだまだね。」
芙「あっ!!しまっ・・・。」
史織「もらったわっ!!『刹那魂砕』!!!」
ドキュオォォォォン!!!
芙「うがぁぁっ!!!」
バシュコォォォォン、ボヂャアァァァァン!!!
芙さんはそのまま澄水池へと沈みました。
史織「アンタの術は相手が目で見て得た距離感を惑わせる術。つまり、目さえ閉じていればアンタの術にはかからない。私の技術なら、アンタの技の位置なんて音と感覚と勘だけで分かるってもんよ。目さえ閉じていればね・・・。」
ぷかー
芙「ぶくぶくぅ・・・。」
芙さんが水面に浮かび上がってきました。
この決闘、勝負ありのようです。
後編へ続く
(澄水池の主)垣出水 芙 種族・タガメ 年齢・成熟以下 能力・視程と距離感を操れる能力
通称・近づけない池の主こと、タガメの怪異。澄水池の主としてかなり古くから君臨している。澄水池奥地にあると思われる(?)霊魂の保護場所の番人として幾多の者たちを長年追い返し続けてきた。自身の能力により侵入者の視程と距離感を狂わせることによって奥に進むことができないと錯覚させ、侵入者に自発的に諦めさせることにより秘密裏に番人の役目を果たしてきた。水の波紋か霧の流れの変化を感じることにより侵入者を自動的に感知することができるため、見逃しはあり得ない。侵入者が視認外にいる場合でも感知している限り能力の範囲内である。だが実際、侵入者が諦めずにずっと奥地へ向かい続けても奥地へ到達できない原理は彼女しか知らない。尚、目を閉じれば能力の影響が及ばないことが相手にバレた時は、彼女は相手の記憶を消すことに全力を尽くす。怖い。記憶を消す方法は・・・、色々あるらしい。普段は水面にいることが多いが、水中でも地上でも空中でも生活できる。澄水池周辺に怪異がいないのは彼女によるもの。
〇芙の技『ギャング的エアファッセン』
大型の追尾型術攻撃。執拗に対象を捕捉しようと自律的に動き回るし視程と距離感の錯覚が対象には働いているため、防ぐのも逃れるのも至難。芙も驚いていたように史織の力が規格外なだけ。捉えられるとも思っていなかっただろうし軌道まで変えられるとは思っていなかっただろう。本当に規格外なのである(諦め)。