〈序談〉この司書に触れるべからず
今回は、少しばかり短めですかね。まさに〈序談〉といった感じです。
その日。史織さんは午後四時に起床しました。
・・・まあ、いつもと比べてもかなり遅い起床時間なのは間違いありません。
昨晩は夜遅くまで何か準備をしていたようなのです。
一週間程前に小冬さんが『明日から集中強化修行に入りますので。』と史織さんに伝えに来たっきり、史織さんとは会っていません。
史織さんは『ああ、いつもの山籠もりね。頑張ってー。』といった感じで軽く受け流していました。
もちろんそれ以来、古屋図書館に来訪者の姿などあるはずもなかったわけです。(事実とは言え、あまり大きな声で言えたもんではないですね(笑)。)
つまり・・・、昨日今日の史織さんの状況を知っている者というのは存在しないのです。
・・・えっ?何が言いたいのか、ですって?そりゃあ・・・。
史織「ん゛ん゛ん゛~~~・・・(怒)!!!」
もう殺気が・・・だくだくと溢れ出ちゃってますね(笑)。誰がどう見ても一触即発の超危険人物です(笑)。
はい、そうです。先日貸し出した第一級書物『百科全草』の返却期日がもう五日前に切れちゃっているのですが、借主は返却に来なかったんです・・・。
『古屋図書館の保有・管理する全ての書物は、その代の司書長が全てを管理・保護しなければならない』
これは古屋一族に代々伝えられている使命です。史織さんもそれを受け継ぐ者です。
『もし、書物の一部でもそれを喪失した場合、司書長は喪失価値分以上の補填行動をすべし。手段は問わない』
これは書物喪失時の特命事項です。何気に後半部分の方が気になりますが(焦り)、この特命も重要な役目の一つなのです。貸し出した書物が貸し出し先で喪失した場合でも特命事項上の『喪失』に当たります。また、長い期間未返却状態が続いた場合でも同様です。
通常の貸出期限切れの未返却なら図書館規則で対処されるのですが、今回は期日から既に五日も経ってしまっているのです・・・。
よって、図書館規則ではなく特命事項で対処されることになってしまいます。
では、ここで。どうして史織さんがあんなに一触即発な怒りぷんぷん状態なのか、考えてみましょう・・・。
・・・はい。重要なのは特命の『喪失価値分以上の補填行動をすべし』という部分、ここです。
今回の喪失に当たる物は『百科全草』という第一級書物。非常に価値が高い代物ですね。
・・・ええ。ということは、この『百科全草』以上の価値を持つ物で何か補填をしなければならない、ということです。
もちろん、第一級書物以上の価値のあるものなんてそう簡単に見つかるものじゃあありません。
そう・・・、つまり・・・。
史織「ちょーーーーーーめんどくさぁぁぁぁぁい(怒)!!!!!」
はい。そういうことですね。
ゆったり好きな史織さん。面倒くさいことは好みません。『百科全草』さえ返っていれば、補填行動なんて面倒な真似はしなくてもいいのです(本音)。
でも、返ってこないのですから特命の任を遂行しなければなりません。それが古屋一族の使命なのですから。
ですがね、史織さん?あの時、もう少し冷静になって(物に釣られずに)いれば、こうはならなかったはずですよね・・・?今回のことに関しては自業自得ということで。反省しましょう。
史織「はああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・。しょうがないわねぇ・・・。」
とはいっても、勘のいい史織さんです。実はもう返却期日の前日には、こうなるんじゃないか、と勘付いていました。
まあこういったわけで、昨日の夜遅くまで今日のための準備をしていたんです。
準備とは特命の任を遂行するための準備のことです。
具体的にですって?それはですね・・・。
史織「さぁ、そろそろ行きましょうか・・・。アイツのところに落とし前をつけにね。」
おお、怖い怖い。
史織さんの狙い。それは借主張本人から『百科全草』を取り戻し(+制裁付き)、追加で何かしら価値の高そうな物を強奪することです(強盗)。
特命には『喪失価値分以上の補填』とあるので事実上、『百科全草』に加えて他に別の価値ある物を手に入れればそれで満たされます。そう解釈できるじゃん!と史織さんは考えました。・・・まあ、そうともいえなくはないような、そうでもないような・・・。
それもこれも、特命に『手段は問わない』なんて部分があるから何でもありみたいに感じになるんじゃ・・・。
史織「・・・ん゛?何、文句あるの(威圧)?」
あ・・・、ないですはい。すみません・・・(怯み)。
史織「じゃ、さっさと回収して、とっととゆったりするわよー!」
い、いざ、借主の元へ出発です・・・。
・・・とは言ったものの。
史織「う~ん・・・、どうしようかしら。」
そうです。あの時、史織さんは借主の名前も住んでる場所も聞かなかったのですからほとんど手掛かりがないのです。困りましたね。
史織「手掛かりといったら、金貨と『純正霊魂』よね。金貨はともかく、『純正霊魂』なんてそう簡単に手に入る代物じゃないはずだわ。とりあえず、適当なヤツに片っ端から聞いて回ろうかしら・・・。」
まあ、考えても分からないことは人に聞いてみるのが一番ですからね。そうしましょう、そうしましょう。
〈古屋の司書の任〉
大したことではない。ただ、古屋図書館に存在する全ての書物を保管・管理すればいいだけのこと。大原則はこれだけ。常人ではない力を持って生まれる古屋一族にとっては別に苦労するようなことではない。特命事項のような例外・非常時というのはそう起きるものではない。今回それが起きてしまったのは史織の不注意による点が大きい。大半の例外・非常時は図書館規則で対処されるのだが、条件が揃うと特命事項が優先的に適用されるようになる。今回の場合、ちゃんと借主の名前と住んでいる場所を聞いてさえいれば、特命事項の条件を満たす前に取り立てに行くことができたはずなのに。全く、困った史織である。
〈図書館規則〉※一部抜粋
・図書館内では、司書長が規則である。
・規則違反者の処断は、司書の裁量で決定する。
・返却期日を守れなかった者の処断も、司書の裁量による。ただし、それは期日を五日未満で越えた者に限る。
・返却期日から五日が経っても返却の見込みがないと判断された場合、その者は覚悟しておけ。
図書館規則は利用者に係る規則の部分は全て図書館内の入り口及び掲示板に掲げられている。よって、「知らなかった」なんて言い訳は通用しない。尚、上記の上から四番目の規則は図書館規則の最後の欄に書かれている。語尾が唯一、命令形なのが怖い。