〈第六面〉暑いのは苦手(前編)
午後四時半過ぎ。史織さんは暑まし山への侵入を着々と進めていました。
史織「ああぁぁー、もう。めんどくさいー。こうも怪異に寄って集られちゃ、落ち着いて飛ぶこともできないわね。」
ここは暑まし山。血気盛んな怪異が跋扈する場所。普段人間が足を踏み入れないこの地だからこそ、足を踏み入れてきた人間、すなわち史織さんのことを襲おうとする怪異や決闘を仕掛けようとする怪異がたくさんいるのです。
・・・とは言うものの、史織さんはその大半を適当にあしらえる程の実力を持っていますから、なんてことはありません。
史織「ていうか、私のことを知ってるヤツ、多くない?・・・何でかしら。」
史織さんや小冬さんはご存じないんですよね。先の事変解決の際に繰り広げられた決闘の情報が既に多くの怪異には知れ渡っているということを・・・。
史織「まあ、別にそれはいいんだけど・・・。そんなことよりも・・・。」
ですがですが!人間には脅威となるはずの怪異なんかよりも、今の史織さんには脅威となるものがあるのです!それは・・・!?
史織「ううぅぅぅ・・・。あ、暑いぃぃぃ・・・。」
ここは暑まし山。若鄙では珍しい比較的暑い気候の地なのです。年中あまり暑くはない若鄙にとっては異質な土地なんですよね。
そして、史織さんは暑いのが大の苦手。これはもう、仕方ないですね。
さてと。史織さんが道中の怪異たちをばったばったと捻じ伏せている間に、山頂近くまでやって来ました。もうすぐ例の名草神殿が見えてくる頃でしょうか。
史織「うぬぬぅぅ・・・。こ、こんな暑い場所、もう絶対に来たくないわ・・・。」
ま、まあまあ、そう言わずに。もう少し頑張ってくださいな。
とすると、どこからともなく声が。
???「あいやー、これはこれは。噂に名高い古屋の司書ですか。困りますねぇー、こうも暴れ回ってもらっては怪異側の立つ瀬がないってもんですよ。」
史織「んっ!?誰っ!?」
ひゅるるるぅぅぅ・・・、バササッ
???「これはこれは、どうも。私は相来葵という者です。どうぞ宜しく。」
風を纏って颯爽と現れた彼女、相来葵さんというようです。
史織「・・・。で、何?アンタも私のことを知ってるみたいだけど・・・。アンタも私と決闘したいっていう怪異?悪いけど、もうさすがに面倒なのよねー・・・。」
葵「いえいえ。別に貴方と決闘したいわけではありません。ただ、これ以上この山で暴れ回らないでもらいたいと思いましてね。」
史織「暴れ回る、って失礼ね。アンタたち怪異から仕掛けてきたんじゃない。こっちは単純に防戦してるだけよ。」
いやいや・・・、さっきまでの決闘は甚だ防戦とは言えない程のものでしたけど・・・。
史織「何っ、文句あるの(威圧)?」
い、いえ・・・!ど、どうぞ、史織さんのお好きなままに・・・。
葵「うーん・・・。まあ、確かにその点はこちら側にも非があるのは認めましょう。では、今日はもうこれ以上貴方にちょっかいを出さないよう山の皆に伝えますので、貴方もどうかこれ以上暴れ回らないよう。」
史織「ふむ。まあ、そっちから仕掛けてこないなら、私も対処する必要はないしね。いいわよ。」
ふう、どうやら落ち着いてくれたようです。
葵「では。」
と、葵さんが言うと、葵さんは手の平が上になるように手を前に突き出しました。まるで、「じゃあ、お帰り下さい。」とでも言っているかのように・・・。満面の笑顔で。
史織「・・・は?何言ってるの。私は山頂にある神殿とやらに用があるのよ。別にここで暴れないからって帰るつもりはないわよ?」
葵「・・・ふ~む。ですがねぇ、ここは元々他所の人間にはあまり立ち入って欲しくない場所。いくら貴方といえど、そう易々と通すわけにはいきませんし・・・。」
両者の間に少し沈黙の時が流れます・・・。
すると。
バササッ!
一羽のサギが葵さんの下へとやって来ました。
葵「あら、こんな時にどうしたの。・・・え?・・・うん。・・・ふふっ。」
どうやら何か会話をしているみたいですね・・・。
史織「・・・?・・・っ!?あああぁぁぁ!!!」
っ!?し、史織さん?急にどうしたんですか?
史織「そ、その鶏冠頭!!!間違いない・・・、私の大切な焼き鮭を横取りしたのは、ソイツだぁぁ!!!」
う~んと・・・。あ、なるほど。先日、史織さんのお昼ごはんの一品になるはずだった焼き鮭を見事に持って行った、あの時のサギですか。確かにあの特徴的な鶏冠頭、他のサギには見られない特徴です。
葵「えっ・・・?・・・。ぷっ、くすくす・・・。あっはははは!ええ、そうですってね。」
史織「な、何がよ!?」
葵「この子、私の放し飼いにしているサギなんですけれど。この子が言うには『この前間抜けな人間から鮭を奪ってやった。それがお前だったとはな。全く、いい気味だ。』ですって。ふふふふふっ、面白い(笑)。」
ブチッ
あ、また・・・。
葵「まあ、そのことに関して私はとやかく言いませんよ。で、本題の方ですが、やはりこれ以上立ち入ってもらうわけには・・・。」
史織「アンタ・・・。人間を一人、攫ったんじゃない?」
葵「っ・・・!?あ、貴方、一体何を言って・・・。」
史織「う~ん・・・。今のじゃ少し手応えが薄いわね。でも、私の勘はある程度利いてるみたいね・・・。」
ど、どうやら史織さんの勘が妙に冴え渡っているようです。
史織「じゃあ、これならどうかしら・・・。アンタは・・・人間を一人、匿ってる。」
葵「っ!!??」
史織「ふっ、どうやら手応えは充分みたいね。さあ、今度は私から仕掛けさせてもらうわよ!」
葵「・・・はあ。全く、丁重にお帰り頂く算段でしたのに。もうこうなってしまってはやるしかありませんかね。」
史織「千鶴のこと、そして、私をバカにした謝罪の言葉、ありったけ吐いてもらうからっ!!!」
葵「決闘とあらば加減無用。私の巧妙なる詭術を、篤と味わうがいいわっ!!!」
どうやら決闘の時間のようですね、はい。あっ、葵さんのサギは決闘に巻き込まれないようその場から離れていきましたのでご安心を。
葵「さあ!古屋の術とやらを確と見せてもらいますよ!」
史織「ふんっ!見るだけじゃなくて、その身で受けてみなさいっての!」
後編へ続く
(立ちはだかる怪異)相来 葵 種族・鷺 年齢・一般未満 能力・巧妙な詭術を扱える能力
通称・したたか千万の巧者こと、鷺の怪異。暑まし山の頂上目指して突き進む史織の前に立ちはだかった。史織の勘が正しければ、恐らく何かを隠しているのだろう。常に平静で冷静、勝負事にも凛とした振る舞いを崩さない。表面だけを見れば、さぞかし聡明で立派な怪異に見えることだろう。だがしかし、非常に頭の切れるしたたかな頭脳を持つ彼女の言動には必ず何か裏があると言われている。ところが、『必ず何か裏がある』と分かっていても、それが何なのかを突き止めるのは至難の業。相手がそれを突き止めようとするずっと前から彼女の詭術は張り巡らされているのだから。でもまあ、何もかもに裏があると決めつけるのも早計である。少しは素直に信用するのも吉。その辺りまでも全てが詭術なら末恐ろしいものだが。
頭に特徴的な鶏冠のある鷺をペットとして飼っている。放し飼いで基本的に放置なのであまり飼っていると言い難いところもあるが、一応双方とも主従関係を意識しているため問題はないか。先日、史織のお昼ごはんの焼き鮭を攫った張本人。主人同様、頭は良い。たまに主人の下に帰っては甘えたり、話をしたりと充実した毎日を過ごしている模様。
〈気候〉
若鄙は基本的にずっと過ごしやすい気候である。年中通して大体、十度~二十五度くらいで気温が変化する。暑まし山などの例外場所を除いて若鄙全土でこの気候のため、普通の人間が暮らすなら快適な気温変化だろう。四季があるといっても気温は前述の通りにしか変化しないため、あまり四季の変化を感じる場面は少ない。植物の成長や葉の色くらいが精々か。だが、何らかの事変による影響や怪異の能力による影響が加われば話は別になる。ちなみに、暑まし山の平均気温は約二十八度。我々の感じる『夏』と比べるとまだマシな方だろうか。だが、普段の人里や図書館での平均気温が約十八度ということを考えると、暑さが苦手な史織に二十八度の暑さは少々酷だろう。