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若鄙の有閑  作者: 土衣いと
始まりは大きな嵐から
20/94

〈番外面・後〉飛び火していく安寧

いよいよ、番外面も後半戦に入ってきました。何やら大きな事変が起きている様子・・・。物語自体は史織たちがメインで進んでいますが、焦点の当たっていない人里や一般動植物、そして他の怪異たちにも事変の影響というのは隠れて進行していっています。(まあ、主に事変に興味があるのは一部の怪異と人間だけですが。)前半の湖嵐事変、そして後半の安寧事変。この二つの事変のことを受けて力のある怪異たちは今後、どういった行動を起こすのでしょうか。大きな事変は次の事変を呼び寄せる・・・のかもしれない。

 翌朝、午前七時。いいお天気です。昨夜は小冬さんも史織さんの母屋でお休みになったようです。

史織「ふうー・・・、よしっ。」

小冬「ふふっ、張り切ってますのね。」

史織「ま、中途半端なままなのは嫌だからね。リミューを探し出して、さっさと私の心の平穏を取り戻すのよっ!」

史織さんの言う『心の平穏』・・・とは、要はまったりのんびりできる時間、詰まるところ『ゆったり時空』のことですね。

小冬「もう少し動機が清純ならいいんですけどねー。」

史織「動機なんて何でもいいでしょ。要は解決できれば、それでいいの!」

まあ、気合が入っているというのはいいことです。

史織「さ、まず・・・は・・・。えーっと、・・・どうしよ?」

小冬「・・・、何も考えていなかったんですのね・・・。」

史織「うーん・・・と。あ、そうよ!一先ず、ウェンディたちの所に行きましょう。それがいいわ!」

小冬「まあ、そうですわね。」

では、ということで、お二人はクロマリーヌへ向かって出発しました。


 一方その頃、クロマリーヌでは・・・。

伊戸「ふんふんふふーん。ふふんのふーん。」

楽しげな鼻歌を歌いながら、伊戸さんが外で庭を整備しています。

ビュオォォォ・・・

ウェンディ「楽しそうね、伊戸。」

ん?今、ウェンディさんが何か・・・。

伊戸「あ、お嬢様。・・・、お出かけですか?」

ウェンディ「ええ。ちょっと・・・ね。伊予なら中にいる(・・・・)から。何かあったら、伊予に知らせなさい。留守の間の館は、任せたわよ?」

伊戸「はいっ。お早いお帰りを!」

と言うと、ウェンディさんはどこかへ出かけて行きました。

伊戸「うーん・・・。あの感じは、昨日のこと関連だろうなぁ・・・。」

どうやらウェンディさんも、自ら調べを進めようとしてくれているようですね。

伊戸「まあ、私の今の役目は庭の修復。早急に、ってお嬢様にも言われてるし、さっさと直しちゃいますよー。」

ボワワアアァァァ・・・!!!


 図書館を出て早一時間ほどが経ちました。クロマリーヌ近くまでやってきた史織さんと小冬さん。

それにしても何やらお二人とも、少しお疲れのようですね。どうしたんですか?

史織「もー!何で今日はこんなに怪異がうようよしてんのよー!出会い頭に決闘決闘って、付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ!」

小冬「ほんとに・・・。今日はやけに多いですわね。大したことのない怪異ばかりでしたけど、こうも多いとさすがにちょっと疲れますわ・・・。」

あらあら。どうやらお二人さん、ここに来るまでにいくつか怪異からの決闘を強いられてきたようですね。大したことのない怪異とはいえ、決闘の相手をするだけでも疲れるはずですからね。

しかしやはりこの二人、しれっとそれらの怪異をのしてきたみたいですが、そもそもそんな芸当ができる人間はあなた方くらいですからね・・・?

史織「何か気の抜けたような怪異ばっかりで楽だったけど、もうすぐ館に着くし、少し休ませてもらおうっと。」

小冬「そう・・・ですわね。少し疲れましたわ・・・。」

しばらくすると、クロマリーヌの館が見えてきました。外には伊戸さんもいますね。

史織「あ、伊戸がいるわ。おーい。」

小冬「伊戸さーん。失礼しますわー。」

伊戸「・・・。はいぃぃ。どうしたんですかぁぁ?」

小冬「ええ。今日はまたお話を伺いに・・・。」

伊戸さんに歩み寄ろうとする小冬さん。

しかし。

ざっ

史織「待って。」

さっ、と手で小冬さんの動きを遮る史織さん。

史織「下がって、小冬。」

小冬「し、史織?ど、どうしたんですの?」

史織「コイツ、私らの知ってるいつもの伊戸(・・・・・・)じゃないわ。」

小冬「えっ・・・?」

伊戸「・・・。」

史織さんは今の伊戸さんから何か妙な気配を感じ取ったようです・・・。

史織「(うぬぬ・・・、マズいわね。これだともう、ひょっとしたら・・・。)」

小冬「ねえ、史織?どういうことですの?私、さっぱり・・・。」

伊戸「史織さぁぁん、変なこと言わないで下さいよぉぉ。小冬さんも困ってるじゃぁないですかぁぁ。」

史織「ふん!私の勘を甘く見られちゃ困るわね!小冬、少しの間だけでいいからコイツの相手、お願いできる?」

小冬「・・・、分かりました。史織を信じますわ。」

史織「ありがとっ。頼んだわ!」

という台詞と同時にクロマリーヌの中へ素早く入り込もうとする史織さん。

ですが、その行く手を阻もうとする伊戸さん。

伊戸「おっとぉぉ。どこへ行く気ですかぁぁ、史織さぁぁん?まだ話は済んで・・・!!!」

ズバザァァァッ!!!

小冬「くっ、外しましたか。」

史織さんの邪魔をしようとした伊戸さんに対し、邪魔をするなと言わんばかりに小冬さんが斬りかかりました。しかし、寸でのところで避けられてしまいました・・・。

史織「・・・助かったわ。」

小冬「早く用を済ませてきてくださいね?」

ですが、おかげで史織さんは館内に侵入できたようです。

伊戸「っとぉぉ、危ないじゃないですかぁぁ、小冬さぁぁん?何だか今日は二人とも、様子がおかしいようですねぇぇ・・・。」

小冬「全く・・・。よくよく話し方を聞いてみれば、おかしいのはあなたですよ?伊戸さん。」

伊戸「はいぃぃ?」

小冬「私の知る伊戸さんは、むやみやたらに捨て仮名で喋ったり(・・・・・・・・・)しませんの!」

伊戸「ううぅぅんんん・・・。」

小冬「何が原因でおかしいのかは分かりませんが、今はともかく、史織が戻るまでお相手願いますわっ!」


 史織「ウェンディー!いるのー?」

館内を徘徊する史織さん。

伊予「あら、貴方・・・。」

史織「げっ、伊予。」

伊予「まあ、随分なご挨拶ですこと。出会い頭に『げっ』。流行らないわよ?」

史織「べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ。(あれ・・・?コイツは別に・・・。)」

伊予「で?なぜ貴方が館内にまた(・・)いるのかしら?伊戸なら外にいたと思うんだけど?」

史織「・・・。」

伊予「ちょっと。話聞いてるの?」

史織「アンタは・・・、何ともないの?ウェンディは?」

伊予「はい?どういうこと?お嬢様なら朝早くに出かけられたわ。」

史織「ウェンディは外・・・か。なら大丈夫かな。アンタも大丈夫そうだし。」

伊予「さっきから何を言っているの?私に分かるよう説明を・・・。」

史織「ウェンディがいないんじゃしょうがない。アンタに手伝ってもらうわ。ちょっと外までついてきて!」

伊予「外って・・・。外には伊戸がいるでしょう?」

史織「その伊戸がおかしいから、来てって言ってるの!」

伊予「・・・え?」


 小冬「はあああぁぁぁぁ!!!」

ザシュッザシュッバサァッバサァッ!!

伊戸「ほっ、よっ、さっ、っと。」

小冬さんが猛烈な連撃を畳みかけますが、伊戸さんは華麗なるステップで回避していきます。

小冬「はぁ・・・、はぁ・・・。(むぅぅ!全然当てられませんわ・・・!)」

伊戸「むっふっふぅぅ、鈍い太刀筋ですねぇぇ。何か躊躇しているようにも感じられますねぇぇ。」

小冬「うっ・・・!」

伊戸「一体何が、そうさせているんでしょうかねぇぇ・・・。」

もしかして小冬さん、伊戸さんを傷つけたくないんでしょうか・・・?

小冬「そ、そんなことありませんわっ!大体、伊戸さんは頑丈さが取り柄なんでしょう?どうして今日は避けてばかりなんですの!?」

伊戸「ううぅぅんん。いくら頑丈だって言ってもですねぇぇ、斬られるの(・・・・・)だけは苦手なんですよねぇぇ。殴るとか蹴るとか打撃なら全然平気ですけどぉぉ、斬撃だけは苦手でしてねぇぇ。まあ、それでも余程がない限り、大丈夫なんですがねぇぇ。」

なんと!ここで発覚。伊戸さんは斬撃系に弱いということが分かりました。と言っても、打撃や魔法に比べたら、というくらいとのことですが。

小冬「そ・れ・に!さっきから私ばっかりで、全然攻撃してこないじゃありませんか!今は決闘中なんですのよ!?」

伊戸「ううぅぅんん。何と言うかこう・・・、やる気がでないと言うか何と言いますかぁぁ・・・。まあ、小冬さんがそう言うなら、ちゃんとやりますねぇぇ・・・。」

小冬「ふふっ。やはり決闘はそうこなくっちゃ、ですわ!」

伊戸「いざぁ、『翡翔天翠ぃ・・・』!!」

えっ!!いきなり究極奥義ですか!!??

小冬「なっ・・・!?それはさすがに・・・!!!」

伊予「こーら、やめなさい!!!っての。」

ズガァッ

伊戸「ひぎゃっ!」

史織「ふぅ・・・、何とか間に合ったわね・・・。」

小冬「史織!」

史織「ごめん、小冬。大丈夫だった?」

小冬「ええ、まあ。」

伊予「伊戸。しっかりなさい!!」

ボゴォッ

伊戸「あだっ!」

ふぅ・・・、何とか伊戸さんが『翡翔天翠波』を放つ前に伊予さんが止めてくれたようです。

伊予「ふう・・・。まさかこんなことになっていたなんて・・・。史織から聞いてなかったら、私も危なかったかもしれないわね・・・。」

伊戸「うぐぅぅぅ・・・。はっ!!」

史織「あ、正気に戻ったかしら。」

伊戸「・・・あれ?史織さんに小冬さん。それに・・・、伊予さんまで!?どどど、どうしたんですかっ!?」

小冬「よかったですわ。戻ってくれたようで。」

史織「アンタの様子がおかしかったから、伊予を連れてきたの。」

伊予「伊戸。貴方、多分またのどやかにかかったのよ。それも今回のは今までのとは違う・・・。昔の、リミュー様のただの(・・・)のどやかじゃなかったわ・・・。」

伊戸「私が・・・、また・・・。」

史織「あんなのものどやかっていうの?」

伊予「確証はないわ。でも、恐らくは・・・。」

小冬「以前に聞いた症状とはかなり違う感じでしたわよ?」

伊予「伊戸?貴方、いつから記憶がないの?」

伊戸「えぇーっと・・・。確かお嬢様がお出かけになるからって言って、お見送りして・・・。うーんっと・・・。」

伊予「そこまでってことは・・・、大体一時間くらい前から記憶がないのね。」

史織「私たちが図書館を出た時間くらいね。」

伊予「・・・。もしかしたら・・・。」

小冬「どうしたんですの?」

伊予「ねぇ、貴方たちがここに来るまで、何かいつもと違ったことってなかったの?」

史織「え?んー、いやー特には・・・。」

小冬「・・・いいえ、違いますわ。怪異・・・。」

伊予「え?」

小冬「今日はやけに多くの怪異から決闘を挑まれましたわ。」

史織「あぁ、そうね。うんざりするくらいね。どの怪異も弱かった上に気の抜けた感じだったけど・・・。って、まさか・・・?」

伊予「ええ・・・、でしょうね。」

伊戸「どういうことですか?」

伊予「恐らく、リミュー様ののどやかが既に若鄙各地に広がってしまっているんだわ。それもかなり強力で厄介なのどやかが。」

小冬「だから、今日は怪異が変だったと?」

伊予「ええ。かなり広範囲に渡って癖の強いのどやかが蔓延しているんだわ。でも・・・、伊戸はのどやかにかかったのに、私はどうして無事だったのかしら・・・。」

小冬「伊予さんもそうですが、私や史織も平気でしたのよ?人里の皆も空から見た感じだとそんな妙には思えませんでしたけど・・・。」

伊予「・・・。リミュー様ののどやかは、元々力の弱い人間やそもそものどやか気質な者には効き目が薄いのよ。人里の人間に強い影響を与える危険性はほぼないわ。貴方たちは・・・、別だけど。」

史織「まあ、私ものどやかの気配には注意しながら飛んできたし、飛んでる最中は特に何も感じなかったから。」

小冬「そ、そうだったんですの?私は全く・・・。」

伊予「しかし、これは非常にマズい事態ね・・・。恐らくリミュー様は今、能力の暴走状態が抑えられていないのよ。しかも、昔のただの(・・・)のどやかではなく、それこそ怪異を好戦的にしたりするくらいのどやかの気質が荒れているんだわ!」

伊戸「ちょ、ちょっと待ってください。ってことは、もしかしてお嬢様も・・・。」

史織「それは・・・。かなりマズいかも・・・しれないわね・・・。」

小冬「い、急いで探しましょう!」

伊予「お嬢様・・・!リミュー様・・・!」

まだまだ朝の時間なのですが、事態はかなり深刻になっているようです。史織さん、小冬さん、伊予さん、伊戸さんが手分けしてウェンディさんとリミューさんの捜索に向かいました。

〈若鄙の原理・原則〉

 若鄙に暮らす者は全て、通達された絶対的な原理・原則を守らなければならない。いくつか存在するが、既に判明しているのは『人里不可侵契約』と『決闘原則』か。この二つに関してはもう、特に問題はない。破ろうとする者は存在しないからだ。我々の言葉でいう『法律』や『条例』といったものが存在しない若鄙ではあるが、『信義則』的な考え方は古くから浸透している。若鄙が日々有閑だと言われるのは皆が皆自分勝手身勝手に動き回るようなことがないからなのであろう。だからこそ、『決闘原則』に基づく決闘などのような有閑を過ごすための原則が定められたのかもしれない。

 上記で『定められた』とあるが、そう。実は、若鄙には半統括組織のようなものが存在する。だが、『半』と言ったように現在ではほとんど機能していない。と言うか、今は機能する必要がない。若鄙創世期の時代、無秩序だった若鄙に平穏と秩序をもたらすため五人の種族的長が会議を開き決定した事項を若鄙全土へと通達した。それからも数百年単位で定例会議を開き、若鄙の事に関する事項を定めてきた。間もなくして『人里不可侵契約』、『決闘原則』も定められた、と言われている。しかし、平穏有閑になりすぎたが故にもはや会議を開く必要がなくなってしまったので、この五人の長は「今後特段大きな事態が起きない限り、会議は無期限停止」と決め、ここ数百年は活動していない。この事実・歴史は人間にはあまり浸透していない。寿命のことを考えると当然のこととも言えるが。

 怪異の間では『五種族長会議』と呼ばれており、この五人は他の怪異たちから一目置かれた存在である。彼らの定めた原理・原則が今の若鄙を構成した。有閑すぎる若鄙を好きだと言ってのんびりする者、刺激が足りないと言って決闘を求める者。それぞれ様々な考えを持つ者たちでもこうして同じ土地で暮らしてこれたのだから、彼らが築いた今の若鄙の在り方は間違ってはいないのだろう。

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