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若鄙の有閑  作者: 土衣いと
始まりは大きな嵐から
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〈序談〉物語の夜明け(予兆編)

 午後五時過ぎ。日が暮れ始める時間になる頃には二人の人里巡りは終わりを迎えようとしているようです。

小冬「うふふっ、たくさん買っちゃいましたわ。」

史織「久々だったから、ついつい羽目を外しちゃったかしら。」

小冬「良いんですのよ、こういう時は。さっ、そろそろ帰りましょう。暗くなる前に。」

史織「そうね。荷物も多いし、来る時よりも時間がかかっちゃうわね。」

???「おーい、史織ちゃーん!小冬ちゃーん!」

おや、誰かが二人を呼んでいるようですね。

小冬「あっ、柊さんですわ。」

柊「二人とも~、はぁ・・・はぁ・・・、ひ、久し振り・・・ねぇ・・・。」

近づいて来ました彼女は栄井(さかい)(ひいらぎ)さん。人里自警団の大佐を務める自警団実働隊最強のエリートさんです。

史織「久し振りだけど、そんなに息切らしてやって来ることないでしょうに。」

柊「だって二人とも・・・、もう帰っちゃいそうな雰囲気だったから~、はぁ・・・はぁ・・・。」

小冬「くすっ。お久し振りですわっ、柊さん。」

史織「・・・じゃあねー。」

柊「ええぇ、もう帰っちゃうのー?」

史織「だって、もうすぐ暗くなるし。」

柊「だったら尚更危ないし、もう今晩は里に泊まっていったら?何なら私の(うち)に泊めてあげるよ?」

史織「私たちなら別に危なくないし、それに私は自分の布団じゃなきゃ寝付きが悪いし・・・。」

小冬「せっかくのお誘いですが、遠慮させて頂きますわ。明日の修行もありますし。」

柊「そう?もっとお話したかったのになぁ~。」

史織「それに、柊。あっちで部下が待ってるみたいだけど?」

柊「あっ!そうだった。ご、ごめんね、また今度ゆっくりお話しましょ。」

柊さんは夕暮れ時でもまだまだ任務が残っているようですね。ご苦労様です。

史織「それじゃ、私たちも行きましょうか。」

小冬「ええ。」


 里を出てしばらく。生命の森の入り口までやって来ました。

小冬「それでは、私はこっちですので。また。」

史織「うん、じゃあまたね。」

小冬さんの暮らす小屋は人里から古屋図書館までの道のりの途中ですから、ここでお別れです。

午後六時頃。日も沈みかけで徐々に薄暗くなり始めてきました。

人間というのは基本的に日が昇ってから沈むまでが主な活動時間ですが、他の生物もそうとは限りませんよね?特に夜というのは静かなる暗き時間。夜に活発になる生物、特に怪異たちがどんな行動に出るかなんてことは人間程度が知れるものじゃあないのです。

史織「(ちょっと薄暗いし、この感じ・・・。近くに何かいるわね・・・。)」

ですが、史織さんの勘は静かな時にこそ真価が発揮されるのです。

???「アハハハハ・・・。フフフフフ・・・。」

史織「・・・、そこねっ!」

バシィッ!!

???「ギャアァ!!」

史織さんの術攻撃が何かに(・・・)炸裂しました。

史織「ふぅ・・・、大荷物なんだからあんまりちょっかい出さないでよねー。」

???「ううぅ、ヒドイれす・・・。ワタシ、何もしてないのにぃー。」

史織「なぁんだ、ただの怪異(ハブ)じゃない。警戒して損したわ。」

この世界で怪異といえば即ち、俗にいう妖怪みたいものですね。ハブの怪異さんはそんなに脅威ではなかったようです。

ハブ「ううぇーん、通りかかっただけなのに撃退されるなんて聞いてないよぉー・・・。」

そのまま泣いてどこかに行ってしまいました。

史織「はぁ・・・、何かどっと疲れちゃったわ・・・。早く帰って寝ましょ。」

そのまま帰ったらすぐ寝ちゃった史織さんでした。


 翌朝。今日は珍しく朝早くから目が冴えて起きている史織さん。

史織「今日、誰か来るわっ・・・!」

そんな気がしている史織さんは朝からいつも通り、図書館で司書のお仕事・・・ではなく、縁側でゆったり時空(・・・・・・)を満喫しているご様子。

史織「でも、誰も来ないこのゆったり時空の方がいいわねぇ・・・。ずっとこのまま過ごせればいいのになぁ・・・。」

柊「・・・史織ちゃーん!」

っと、早速勘が当たりましたね。柊さんが来たようです。

史織「柊?」

柊「史織ちゃん、はぁはぁ・・・。良かった~、いたのね、はぁはぁ・・・。」

史織「・・・、久々に図書館に客が来るかと思ってたのに。慌てて柊がここに来たってことは、要は面倒ごとなのよね・・・。」

柊「そ、そんなこと言わないでよ~。一大事なんだから~。さっき小冬ちゃんの所にも行ったんだけど、居なかったし・・・。」

史織「小冬の所にも行ったんだ。でも、いなかったってことは森の奥へ修行しに行ったんでしょうね。」

柊「でもでも、史織ちゃんが居てくれて助かったわ。」

史織「はいはい、分かったわよ。で、用件は?」

柊「それがね・・・。」

どうやら史織さんの下へ何年か振りに自警団からの要請依頼が来たようです。古屋図書館の代々の司書たちは人里の、人里内の人間ではどうすることもできなさそうな問題を調査し、解決する役目を負ってきました。今回、柊さんが訪ねてきたのも同じようなものです。

問題の概要はこうです。

ここ最近、万能の湖から魚介類や水系の資源を届けてくれている人が突然来なくなってしまった。ここ数日間は大丈夫だったが、とうとう水系資源が底をついてしまった。その人と連絡を取ろうにも普段どこに居るのか分からないし、そもそも連絡の手段がない。そこで昨日、栄井柊大佐率いる自警団が万能の湖まで様子を見に行こうとしたのだが、かなり大荒れの嵐で(ろく)に調査もできなかった。観測班の報告によると、どうやら資源が届かなくなった日くらいから湖の方面だけがずっと大嵐状態だったらしい、とのこと。

史織「それで、湖に行って調べてきてほしいってこと?大嵐なんでしょ?」

柊「そうなんだけど、もう私たちじゃどうしようもなくって・・・。」

史織「・・・しょうがないわねぇ。私も昨日行った時、海産物ばっかり品切れって言われて変に思ってたのよ。私だって、魚料理食べたいし、何とかしてきてやるわよ。」

柊「本当!?ありがとう。やっぱり頼りになるわね。」

史織「しょうがなくよ、しょうがなく。嵐の中を行くのは、私だって嫌なんだから。」

何だかんだで万能の湖の調査を引き受けた史織さん。久々のお仕事に胸が高鳴る・・・はずもなく。

史織「あぁ、やっぱりびしょ濡れになるの、ヤダなぁ・・・。」

重い腰を上げていざ、調査の準備を始める史織さんでした。

(人里自警団員)栄井(さかい) (ひいらぎ)   種族・人間  年齢・二十代前半  能力・身近な危険を予知できる能力

 人里自警団大佐を務める実働隊最強のエリート団員。史織、小冬とは小さい頃からの仲で二人のお姉さん的な存在。密かに『世界最強の人徳者』と言われるほど、文句のつけようのない性格と人当たりの良さ。里の人からも自警団からも信頼が厚い。戦闘能力も並の怪異相手ならやり合える強さ。ただし、体力がないのが玉に瑕。身近な危険を予知できるが、自分に降りかかるもの限定で、最大数秒後のことしか分からない。その程度ではあるが、逆に戦闘には向いているかもしれない。


〈人里〉

 この世界のほぼ全ての人間がここに住んでいる。いわゆる「長」という人物はいないが自警団が里を管理・守護している。人間が里の内にいれば怪異からの被害が決してないのは、若鄙の全種族に対して契約を結んでもらっているから。これが若鄙における絶対原則の一つ、『人里不可侵契約』。対価として人間は他種族と友好的に接することが求められている。人里内にも人間以外の生物は多く住んでおり、怪異の一部も実は住んでいたりする。里に住む怪異は皆、人間の生活環境が気に入っているようで人間とも友好的に暮らしている。里の中では、人間と怪異は結構仲がいいのかもしれない。一般の人間が里の外に出るということは、ほぼない。自警団の許可を得ている者か、或いは、自警団員の者くらいしか外には出ない。人間の生活安全圏内は、里の中しかないということを忘れてはいけない。


〈万能の湖〉

 人里から少し離れた西側にある大きな湖。『万能』という名前がつくだけあって、この湖周辺でなら海産物、魚介類などの水系資源は全て採れるため非常に重宝されている。一般の動植物も平和的に過ごせる地域でもある。普段、人里へはとある者が水系資源全般を運んでくれている。


〈生命の森〉

 人里の東側一帯に広がる広大な森。豊か過ぎる自然が溢れかえっている場所で、人工的な物は一切存在しない。入り口から少し進んだ奥地にて、小冬が自前の小屋で一人暮らしをしている。『生命』という名前がつくだけあって、ありとあらゆる様々な生物が暮らしている。動物や植物が主に豊富に暮らしており、食べられる植物も数多く自生している。ここに暮らしている怪異も多くいるため一般的には、人間には危険な場所となっている。だが実際には、ここで暮らしているのは心穏やかな怪異がほとんど。人を襲うような怪異や攻撃的な動物はほとんどいないため、意外と安全な場所である。豊かな自然の空気が生物の攻撃性を静めてくれているおかげ、なのかもしれない。

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