〈番外面・中(断)〉クロマリーヌの過去(後編)
そして、後編です。前回と同様、今回も『回想的な部分』が存在しています。その両部分の冒頭には、意図的に差分を設けています。文字の上部にある『・』(この記号)ですね。まあ、要は二つの『回想』の語り主によって少し食い違いがある、ということですね。その部分に気付いていただけたのでしたら、幸いです。(前書きで喋っちゃぁ、意味がないでしょーが(笑)。)
時は少し遡って、午後五時半前。クロマリーヌ館内にて・・・。
伊戸「くぉぉぉ・・・。すかぁぁぁ・・・。」
ウェンディ「・・・。」
伊予「・・・。」
・・・伊戸さん。あの後、館に戻ってどうなったのかと思っていましたが・・・、なるほど。
伊戸「くかぁぁぁ・・・。すぉぉぉ・・・。」
ウェンディ「・・・、伊予。」
伊予「はい。」
ボォッ
伊戸「ぅぅぅわああちちちちっっ!!!」
・・・。伊予さんがマッチに火をつけ、そのまま伊戸さんを火だるまにしようとしました。
伊戸「わあああ!!!な、何てことするんですかあああ!!!伊予さああああん!!!」
ウェンディ「追加のお仕置きよ。」
伊戸「お、お仕置きですかぁ!?い、一体何のお仕置きで・・・、あ。」
伊予「分かったかしら?」
伊戸「うぅぅぅ・・・。でも、何で・・・。私はちゃんと外で守護役をしていたはず・・・。」
ウェンディ「ま、今回の件に関しては、伊戸は悪くないからね。このくらいで許してあげるわ。」
伊戸「ええぇぇ・・・。私、悪くないのにお仕置きされたんですかぁ・・・?」
ウェンディ「それよりも、伊戸?」
伊戸「え・・・、は、はい。」
ウェンディ「あなた・・・、随分とのどやかねぇ!一体どうしたの!?」
伊戸「の、のどやか・・・?」
伊予「え?・・・、お、お嬢様?」
ん、これはウェンディさん。少し鎌をかけていますね。
伊戸「・・・はっ!そ、そうですよ!お嬢様!先ほど史織さんと話をしていたら、リミュー様の気配が感じられたんです!きっとお戻りになられたんですよ!」
ウェンディ「ふむ・・・。そう・・・、そこまでなのね・・・。あなたが知っているのは・・・。」
伊戸「え?」
伊予「ウェンディ様は戻られていないわ。」
伊戸「でもさっき、あののどやかさを感じたんですよ!?だから、私もこうやってさっきまで眠っていて・・・。」
ウェンディ「じゃあ、あの子がどうしてあなたや史織をのどやかにしていくのよ?確かに、あの子は戻って来ようとしたのかもしれない。でも、何かが原因で戻るのを止めたのよ・・・。その原因はもしかしたら、史織が知っているかもしれない・・・。」
伊予「貴方が少しでも何か手掛かりを握ってくれていれば、こちらからも動けたかもしれないのに。ねぇ、伊戸?」
伊戸「そ、そんなぁ~。」
ウェンディ「まあ伊予もそう伊戸を責めないであげて。私たちも、できる限りであの子の行方を捜してみましょう。」
伊予・伊戸「仰せのままに。」
ウェンディ「(リミュー・・・。あなたは今、何を思っているのかしら・・・。)」
一方その頃、リミューさんは・・・。
リミュー「・・・・・・。」
堅くな鉱山からも人里からも万能の湖からも離れた場所で一人、悩んでいます・・・。
リミュー「ううぅぅ・・・。人間さんに強い力を使っちゃった・・・。あの人間さん、伊戸とお友達みたいだったし、わたしがあの場にいたことはきっとおねえさまや伊予にも知られちゃうわ・・・。もう、わたしの居場所なんてなくなっちゃう・・・。」
リミューさんはきっと、今までずっとこうして一人で悩みを抱え込んで生きてきたんですね・・・。
これは、リミューさん自身が語る今までのお話・・・。
おねえさまと伊戸と伊予の四人で過ごしていたあの頃は、毎日がとても楽しかった。伊戸と遊んで、伊予にいろいろ教えてあげて、お世話もしてもらって、おねえさまと一緒にお勉強して、そんな日が好きだった。でも、わたしの能力が暴走するようになってから、わたしのせいで大好きな三人に迷惑がかかるようになった。三人とも優しいから言わなかったけど、わたしに迷惑をかけられてきっとうんざりだったんだと思う。わたしもみんなにこれ以上迷惑をかけたくなかったから、一人で何とか能力を上手に制御できるようがんばった。けど、ダメだった。もうこれ以上迷惑をかけないためには、お館を出るしかないって思った。でも、正直に言ったらきっとみんな、反対すると思った。だから、嘘をついちゃった。もうお館には帰らないつもりだったのに、そのことを言わないで出てきちゃった。きっとみんな心配してたと思う。きっと嘘ついたことを怒ってると思う。でももう、みんなに迷惑はかけたくないから。わたしはクロマリーヌのお館には帰らないって決めたから。
いざ、お館の外の世界に出てみると想像してたよりもすごく世界が広いんだって知った。いろんなものがあって、いろんな生き物がいて、いろんな経験ができた。しばらくお外で過ごしていたら、能力の暴走があんまり起こってないような気がした。もしかしたら、このままお外でいろんな経験を積み続ければ、わたしの能力も上手に制御できるようになるかもしれないって考え始めるようになった。そうなれば、また、あのお館に戻れるかもしれないって。
でも、お外の生活は寂しかった。わたしにはお外のお友達なんていなかったし、大気の怪異さんなんて周りに全然いなかった。種族の違う怪異さんは、あんまり仲良くしてくれなかった。同じ種族じゃないと、お友達になれないのかなぁ・・・。おねえさまはどうやって伊戸とお友達になったんだろう。わたしは、今まで味わったことのないこのひとりぼっちが、何よりも怖くなった。過ごしていくうちに、お話はできないけど動物さんや植物さんと仲良くなれた。少しは気持ちが楽になった。でも、やっぱりお話できるお友達もほしいと思った。
そんなある時、人里の方に向かって行く大荷物をしょった怪異さんを見つけた。ちょっと興味を持ってこっそりと後をつけていった。その怪異さんは人里の中へと入って行って、人間さんと親しげにお話していた。やっぱり種族は違ってもあの怪異さんみたいに人間さんと仲良くなれる怪異さんだっているってことが分かった。もしかしたら人間さんとなら、仲良くしてくれるかもしれないって思った。でももし、人里の中で人間さんに何かしちゃったら、大変なことになっちゃう。わたしはまだ、自分の能力を制御し切れていない。こんな状態のまま人里の中に入っちゃいけない。でも、せめて門の前までなら・・・。少しでも人間さんと何か接点を結びたい。さっきの怪異さんみたいに何か物を贈ってあげれば、一歩近づけるかもしれないって思った。試しにこっそりと門の前に鉱石を袋いっぱいにして贈ってみた。でも、人間さんは中身には喜んでくれてたようだけど、袋を開けることに対して警戒しているみたいだった。どこから贈られたのかも分からない袋、何の意図があって贈られたのか分からない袋は、警戒心を呼びすぎたみたい。でも、送り主の名前を書くにもわたしの名前を書いたところで何も変わらない。どうすればいいのか。その時、ふと思い出した。あの楽しかったお館での日々を。そして、考えた。送り主を『堅くな鉱山、クロマリーヌの館』と書いて贈れば、もしかしたら人間さんの中にお館のことを知っている人がいるかもしれない。そうすれば、人間さんとお館との間に接点が生まれ、わたしも人間さんとお近づきになれるかもしれないって思った。そうなれば、後はわたしがちゃんと能力を制御できるようになればいいこと。最近は調子が良いから後もう少しがんばれば、わたしにも人間さんのお友達ができるかもしれない。そうすれば、わたしはもう、ひとりぼっちじゃなくなる。
鉱石の贈り物を続けて幾年か、一つ気付いたことがあった。わたしが人里に贈り物をしていることをおねえさまたちは知らない。まして、クロマリーヌの名前で届けられているなんてことは知っているはずがない。勝手にお館を出て行った挙句、勝手に人里に近づいて、勝手にクロマリーヌの名前を使っている、なんてことがおねえさまに知られたら、もう二度と仲直りできないかもしれない。最近は能力の制御もだいぶ安定するようになってきていた。だから、一度帰ってちゃんとおねえさまたちにごめんなさいしようって思った。そして、ちゃんと許してもらってから、人間さんとお友達になりたいって言おう。もうだいぶ人間さんとの接点は築けているけどまだもう少し足りないと思うから、贈り物はこれからも続けるってこともお話しよう。そして、今までお外で過ごしてきたこともいっぱいいっぱいおねえさまたちにお話しようって思った。
そう決めたはずなのに、一気に全てが壊れてしまいそうな気がした。久し振りにお館に近づくとつい気が乗っちゃって、油断しちゃった。伊戸がのどやかにかかってお館の中に戻っちゃった。伊戸にもすっごい迷惑かけちゃったから、ちゃんとごめんなさいってしたかったのに。でも、今気を取られているのは伊戸とお話していた人間さんの方。少し気になった。別に人間さんだったから気になったわけじゃなかったと思う。でも、その人間さんが『鉱石の贈り物』のことを調べているって聞いて、すごく焦った。すごく怖くなった。もしかしたら、もう伊戸に知られたのかもしれない。もう伊予にもおねえさまにも知られているのかもしれない。その人間さんも、贈り物を届けるのを止めさせるって言ってた。これはもう、無理かもしれないって思った。とりあえず、人間さんには能力でそのことを忘れてもらったけど、いずれバレちゃう。わたしはその場から逃げ出さずにはいられなかった・・・。
辺りもすっかり暗くなってしまいました。リミューさんはこの日の夜も一人で過ごすようです。ですが、今夜はいつにもまして思い詰めているご様子・・・。
リミュー「うううぅぅぅ・・・。もうおねえさまたちとも、人間さんとも、誰ともお話できなくなっちゃう・・・。」
すぅっ、ぽたっっ・・・
リミューさんの瞳から、一筋の涙が・・・。するとっ!?
バヒュゥゥーン!!!
リミュー「あぁっ・・・。っ!?」
ボワワアアァァァ・・・!!!
・・・・・・
〈クロマリーヌの住人たちのすれ違い〉
リミューは「自分のせいで三人に迷惑がかかっている。これ以上三人に迷惑はかけたくないから、自分一人で何とかする」、「自分の能力のせいで自分はきっと三人に嫌われた。けれど、三人とも優しいからそのことは言わないだけ」、「でも、これ以上嫌われたくないからお館を出るしかない」という考えに至った。
ウェンディは「能力の暴走自体はリミューのせいじゃないから、リミューが気に病む必要はない」、「でも、リミューはいい子だからきっと私たちには頼ってこない」、「ここは姉として妹のことは私が何とかしてみせる」という考えに至った。
伊戸と伊予は、「リミュー様は悪意があって能力を暴走させているわけではない。リミュー様は何も悪くない」、「リミュー様がお一人で悩まれている。何とかお力になってあげたい」、「しかし、お嬢様の言葉を無視することはできない」、「だが、お嬢様も悩まれている。お嬢様のお力にもなってあげたい」、「もっと、お二人に頼られるような存在になりたい」という考えに至った。
ウェンディにせよ伊戸と伊予にせよ、リミューを疎ましく感じてなどは微塵もいない。何とか支えてあげたい、力になりたいと考えている。リミューの不安は元々必要なかったのだ。ウェンディもリミューも周りに相談・協力を願っていれば、もしかしたらこの問題はもっと穏便に解決していたのかもしれない。一人で抱え込んだがために、各々が辛い思いをすることになったのだろう。
ウェンディたちはリミューがもう帰って来るつもりがないということを悟った時、ただひたすらに自分たちの過去の行動を後悔した。リミューが出て行った後、三人は思いの内を話し合った。その後ウェンディは伊戸と伊予のことをより深く、信頼するようになった。そして、いつかリミューが自分から戻ってきてくれる日を待ち望みながら、日々を過ごしていく。
もう帰るつもりがないことを言わずに出て行ったリミューは、ただひたすらに心の中で謝った。その後のリミューはなるべくクロマリーヌでの楽しかった日々を思い出さないように生きていく。寂しさの余り、帰りたくなってしまうことがないように。幼いながらでもリミューならきっと立派に生きていてくれる、とウェンディは考えて外の世界に送り出した。だが、一人ぼっちの寂しさがリミューに強く重くのしかかり続けることまでは想定できなかった。
リミューは史織と出会い、そして、史織が『鉱石の贈り物』の主を調べているということを聞き、酷く動揺し焦ってしまう。史織はあの時「気味の悪い届け方を止めさせる」と言った。誰も贈り物自体を止めろ、とは言っていないし、史織にもそんな意思はない。だが、焦りと動揺に苛まれたリミューは史織の言葉を、「届けるのを止めろ」と誤認してしまった。このことが大きく事態を動かしていく・・・。