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若鄙の有閑  作者: 土衣いと
始まりは大きな嵐から
18/94

〈番外面・中(断)〉クロマリーヌの過去(前編)

今回は、この章の根幹に関わる重要な部分(前編)です。根幹に関わるといっても、湖の嵐事件の本当の原因が描かれているだけですが。どちらかというと、番外面は主人公側よりもクロマリーヌの住人側に話の中心が移動していますね。まあ今後も登場していく(可能性の高い)重要なキャラクターたちなので、設定は深めに考えているつもりです。

 午後七時過ぎ、すっかり暗くなってしまいました。小冬さんが史織さんを図書館まで運んできてくれたようです。

史織「すぅぅぅ・・・。むにゃむにゃ・・・。」

小冬「全くぅぅ、史織ったら・・・。眠っている時だけは、本当に無防備なんですから。」

史織「ううぅぅぅ・・・。」

小冬「あら、起きましたか?」

史織「・・・あれ、小冬?どうしたの?」

小冬「『どうしたの?』っじゃありませんわよ。全く!」

史織「ええぇぇ。何で怒ってるのよー。」

小冬「私は一体、何度史織を堅くな鉱山からここまで運べばよろしいんですの?人一人運んで飛ぶのも、それなりに疲れるんですのよ。」

史織「何度ってそんなに・・・、え・・・?私さっきまで堅くな鉱山にいたの?」

小冬「覚えて・・・いないんですの・・・?」

史織「あれ・・・?そもそも私、何で外に出かけたのかしら・・・?今日は確か、ウェンディたちが急にやってきて、それから・・・。」

小冬「本当に、覚えていないんですのね・・・?」

史織「ええぇぇーっと・・・、ううぅぅーん・・・?」

どうやら史織さん、午後のティータイム辺りからの記憶がなくなっているようですね・・・。これは一体・・・?

小冬「ふぅ・・・。いいですわ。私が説明して差し上げますわ。」

史織「小冬・・・。何が起こっているのか、知ってるのね?」

小冬「今の史織の反応を見て、確信しましたわ。どうやらウェンディさんたちが言っていたことは、本当のようですわね・・・。」

小冬さんが、ウェンディさんたちの過去について話してくれるようです・・・。



  小冬さんがウェンディさんたちから(・・)聞いた、クロマリーヌの昔のお話・・・。

 昔、クロマリーヌにはウェンディとリミューのフィアラ姉妹が暮らしていた。幼い二人ながらも姉妹は仲良く日々を過ごしていた。ある時、ウェンディが伊戸を館の新たな住人兼従者として雇い入れた。リミューも伊戸を快く受け入れ、すぐに三人は打ち解け合った。またしばらくして、ウェンディが持って帰って来たトパーズ鉱石が怪異化し、伊予が生まれた。伊予もまた、館の新たな住人兼従者として雇い入れられた。リミューと伊戸も怪異として生まれたばかりの伊予に色々教えながら、四人で楽しく日々を過ごしていた。

 四人で過ごし始めてから、時が流れ、伊予の成熟年齢も「盛り時後半」を過ぎ、内回り業務も任されて久しくなったある時、平穏だったクロマリーヌの日々に亀裂が加わる事態が起きてしまう。リミューが能力を上手く制御できなくなってしまうのだ。本来、平穏な能力であるはずのリミューの能力が暴走してしまうことにより、近くにいるウェンディ・伊戸・伊予の三人はその影響を強く受けてしまい、それぞれの役割を果たせなくなってしまうことが頻発するようになってしまう。もちろんリミューは自分が原因で三人に迷惑をかけていることを自覚していたし、何とか能力を制御しようと一人で悩み、努力していた。伊戸と伊予は何とかリミューの力になってあげたいと考え、どうやって手を差し伸べようかと相談していた。しかし、ウェンディの「リミューのことは、私に任せてほしい。」という主の言葉を受け入れ、二人は手を引いた。その後ウェンディはウェンディで一人で悩み、どうすればリミューを助けてあげられるのか、模索していた。リミューが周りに相談しない理由は「リミューはいい子だから、私たちに迷惑をかけたくないのだろう。」とウェンディは考えていた。しかし、姉である私(・・・・・)があの子の力になってあげないといけないというウェンディの思いは、無念にも叶わないことになる。

 リミューが「お館の外の遠くの方にまで一度、一人で(・・・)出かけてみたい。」と言ってきた。リミューは館の外に出たことはあっても、精々館が見える程度の距離までしか出たことはなかった。「外の世界を一度見に行きたい。」というリミューの要望を、ウェンディは認めた。それを認めたら、もうリミューが帰って来ないことは分かり切っていたにも関わらず。

そう、ウェンディたちは分かっていた。リミューの要望の裏には「もうみんなに迷惑はかけたくないから、館を離れる」という思いがあることを。自分のせいで三人に迷惑をかけ続けることに耐えられなくなったリミューが、館を去る口実のためにそう言っているだけなのだと。そうと分かっていても、ウェンディたちにはそれを引き止めることができなかった。自分たちではリミューに何もしてやれないという自責の念があるから。そして、リミュー自身の今までの苦労を労わってあげるために。

リミューはいい子だった。自分が悩み苦しんでいる所は決して悟られまいと、三人には必死に隠し通していた。心の内で苦しんでいても、誰かと話す時はいつでも笑顔を絶やさなかった。リミューはいい子すぎたが故に、一人で抱え込み過ぎたのだ。リミューの要望を拒み引き止めるということは、これから先もずっとリミューに辛い思いをさせてしまうことになるのだから。

 リミューが遂に外へ出かける日、ウェンディ・伊戸・伊予はいつも通りの様相で、リミューを送り出した。リミューの思いを汲み取り、せめていつも通りの気分でリミューには出かけてほしい、と考えて。「いってらっしゃい。晩ごはんの時までには帰るのよ?」、「リミュー様、いってらっしゃいませ!存分に世界を堪能してきてください!」、「リミュー様、あまり無茶はなさらないようにお願いしますね?」。三人の見送りに対してもリミューはいつも通りの様相で、出かけて行った。「うん!みんな、行ってきます!」

 こうして、クロマリーヌから、一人の大切な住人がいなくなった・・・。



史織「へぇ・・・、ウェンディたちにそんな過去が。」

小冬「このことをお話し中のウェンディさんは、悲しそうでしたわ・・・。」

史織「そりゃあ、自分の妹を助けてやれなかった上に出ていかれちゃったんだからね。」

うーん、これはなかなか辛い過去がウェンディさんたちにあったんですね。

史織「でも、その話と今の状況の何がどう関係してるの?」

小冬「ああぁ、そうでした。史織は何も覚えていなかったんでしたわね・・・。えーっと、史織は人里に届けられていた鉱石の贈り物の話、覚えていますか?」

史織「・・・、そうだわ。思い出した・・・。その調査のためにあちこち飛び回っていたんだわ。何で覚えてなかったのかしら・・・。」

小冬「よかった・・・。そのことまで忘れられていては、さすがにどうしようもなかったですわ。」

史織「確かクロマリーヌの前でそのことを伊戸と話をしていたら・・・、えぇーっと・・・。」

小冬「・・・史織は恐らく、ウェンディさんの妹・リミューさんと出会ったんですわ。」

史織「そう・・・だわ。リミュー、そんな名前だったわ。少しリミューとも話したのよ。でも、最後は確か・・。」

小冬「意図は分かりませんが、リミューさんの能力にかかったんですのね。史織は。」

史織「さっきの話にもあったけど、リミューの能力って何なの?」

小冬「ウェンディさんが言うには、『のどやかをお届けする』能力だとかなんとか。」

史織「の、のどやかをお届け??何それ、意味分かんないわね・・・。」

小冬「自身も含めて意図的に周囲一帯に『のどやか』を振り撒くんですって。のどやかにかかった者は、無条件に気持ちが穏やかになったり、一切の思考が停止したり、気分が妙に高揚したりするそうですわ。その者の性格によっては様々な効果になるそうですが、多くは急に眠りたくなるんだそうです。」

ああ、なるほど。だからさっき、史織さんは眠りたくなって、伊戸さんは妙な気分になっていたんですね。

史織「そ、そんな能力って、ありなの?」

小冬「現にさっきまで、史織はのどやか状態でしたのよ?」

史織「うぬぬ・・・。」

小冬「ウェンディさんが言うには、リミューさんの能力が暴走する前はある程度範囲や対象を絞って狙い撃ち、なんてこともできたみたいです。ですが、暴走するようになってからは、無差別に、それに加えてのどやかの程度まで強大になっていたようです。」

史織「と、言うと?」

小冬「さっきまでの史織がそうだったように、『狙って一部の記憶を封印する』くらいの強さにはのどやかを操れるようです。」

史織さんはあの時(・・・)、リミューさんに『人里への鉱石の贈り物』という部分の記憶をのどやか封印(・・・・・・)されたんですね。理由は分かりませんが、リミューさんはそのことに関して暴かれたくないようなことも言ってましたしね。

史織「記憶を封印(・・)ってことは、抹消(・・)ではないのね。さっき私が思い出せたみたいに、誰かに言われたら思い出すことくらいはできるわけね。・・・、ん?待って?これって・・・。」

・・・そうです。『誰かに言われたら思い出せる』という言葉。これは今日、ウェンディさんが湖に嵐を起こした原因について話していた時に言っていた言葉です。それに加え、ウェンディさんはあの日の夜(・・・・・)も、史織さんに湖の嵐のことを指摘されるまで嵐を起こしたことすら覚えていませんでした。ということは・・・。

史織「ウェンディが湖に嵐を起こしたのを覚えていなかったのって・・・、ウェンディものどやかにかかっていたから・・・!?」

小冬「伊予さんが言っていました。ウェンディさんが湖の散歩から帰ってきた時、ウェンディさんは少しのどやかだった、と。恐らくウェンディさんは散歩中にリミューさんの能力の影響を湖で受け、無意識に嵐を起こしてしまったんでしょう。」

史織「・・・。じゃあ恐らく、鉱石の贈り物の件もリミューの仕業に間違いないようね。」

小冬「ウェンディさんもそう言っていましたわ。でも、リミューさんの意図が分からないとも言っていました。」

史織「うーん・・・。リミューと話をしていた時、最後に言ってたのよ。『まだ知られるわけにはいかない』って。何か事情があるんでしょうけど、こればっかりは話してみないと分かりっこないわね・・・!」

小冬「ここまで関わってしまった以上、私も最後までお付き合いいたしますわよ。」

史織「ふふっ、心強いわ。小冬。」

午後九時半過ぎ。夜も更けってしまったので、調査は明日へと持ち越しのようですね。お二人とも、明日に備えて今日はゆっくりとお休みになってください。


 後編へ続く

◎追加・公開版

(安寧の源)リミュー・フィアラ   能力・のどやかをお届けする能力

 通称・のどやかの根源。姉と同様に強力かつ汎用性の高い能力を持つ。のどやかの能力を受けた者はどんな精神力の持ち主であろうと、どんなに我を忘れていても、無条件に自動的に『のどやか状態』に陥る。効果は受けた者の元の性格によって様々な効果になる。一律には、気持ちが平穏状態になり、あらゆる思考が停止する。加えて、多くの者は強烈な睡魔に襲われ即座に眠りにつく。この睡魔は自身の眠りたいという欲望の元に生まれてくるので、抵抗の仕様がない。他には気分の高揚が例としてあるが、どんな者にせよ、一定時間はこの『のどやか状態』から逃れる術はない。これは全ての生物に影響を及ぼす。怪異や人間だけではなく、動植物にも漏れはない。のどやかをお届け、と言うかむしろ、のどやかの押し売り、に近いかもしれない。もちろん制御できれば、対象を自分にしたり、範囲を指定したり、力が強ければ対象の記憶を『のどやか封印』することができる。『のどやか封印』は自分以外の誰かからそのことを指摘されない限り、思い出すことができない。逆に、指摘されれば必ず封印は解ける。戦闘においてこののどやかは、相手の戦意を強制的に喪失させることができるためかなり有用。以上のように、汎用性が高すぎることからリミュー自身も能力の使用を普段から制限していた。能力の暴走が始まってからは、リミュー自身もかなり焦り、悩み、苦しんでいただろうことは間違いない。

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