〈後談〉一先ず、休息と考察の日
今回は三人の会話がメインです。本筋の物語も終わりかと思いきや、実はまだ本当の真相が明らかになっていないんですよね・・・。それについては、次回からということで。
クロマリーヌの決戦からの翌朝。今日も木々を吹き抜ける爽やかな風の音、小鳥たちの朝のさえずりが平穏な朝を迎えてくれるのです。
史織「くぅぅぅ・・・。すぅぅぅ・・・。」
午前八時、今日も晴天。いいお天気です。
史織「くかぁぁぁ・・・。すぉぉぉ・・・。」
しょ、正午過ぎ、まだまだ晴れ。史織さんは、まだ眠っています。昨日は余程お疲れだったんでしょう、今日くらいは大目に見てあげましょう・・・。
史織「くぅぅぅぅぅ・・・・・・。」
ご、午後二時半を過ぎました。いい天気で、お昼寝には絶好の気候ですねぇ~。
史織「すぅぅぅぅぅ・・・・・・。」
あ、あの・・・、し、史織さん?さすがにもうそろそろ起きた方が・・・。
史織「すぴぃぃぃぃ・・・・・・。」
あぁ、これはダメですね・・・。誰か起こしに来てはくれないでしょうかねぇ・・・?
柊「しーおーりーちゃーん・・・!」
お、これは助かりました。柊さんが来てくれたようです。
柊「いないのー?・・・。あ、ええぇ!まだ寝てたのぉ!?」
史織「う、うぅぅん・・・。すぴー・・・。」
柊「史織ちゃん、起きて!もうとっくにお昼は過ぎてるよ!」
史織「うんんん・・・。あれぇ・・・、ひぃ・・・?」
柊「えっ?ふっ、うっふふふふ。私のこと、『ひぃ』って呼んでる。まだ寝ぼけてるの?『しぃ』ちゃん?」
史織「へっ・・・?・・・・・・はっ!!!」
柊「ふふふふ。おはよう、しぃちゃん?」
史織「ひ、柊!ア、アンタっ、その呼び方はよしてって・・・!」
柊「ええぇ?先に『ひぃ』って呼んだのは史織ちゃんなのにぃ・・・。」
史織「わ、私の寝起きのおバカな発言なんて、わっ、忘れなさい!」
柊「ええぇー。」
まだ幼かった時代、史織さん、小冬さん、柊さんの三人はそれぞれ『しぃ』、『ふゆ』、『ひぃ』と愛称で呼び合っていました。ふふっ、語りの者としては微笑ましく思いますよ。
史織「んもう・・・。で、今日はどうしたの?」
柊「そう。昨日の夜、湖の事件を解決してくれたそうね。小冬ちゃんからの連絡があってね。ありがとう。」
史織「小冬から?」
柊「ええ。小冬ちゃん、最後の決闘の後、その場で疲れて寝ちゃった史織ちゃんをここまで運んできたそうよ。その後に自警団の方まで報告しに来てくれたみたい。湖の嵐は直に止むだろう、ってね。」
史織「ああ、そうだったわ。アイツと戦った後、その場で寝ちゃったのね、私・・・。小冬には心配ばっかりかけちゃったなぁ・・・。」
柊「小冬ちゃんにも、後でお礼を言いに行かなきゃ。」
今回の事件解決は、史織さんと小冬さんの二人の力のおかげですからね。
小冬「史織ぃー。もう起きてますかぁー?」
っと、小冬さんもやって来たようですね。
小冬「あら、柊さんも来てらしたの。史織も、さすがに起きてましたのね。」
史織「さすがにって、どういうことよ。」
小冬「昨日はだいぶお疲れのようでしたし、普段でさえお昼過ぎまで寝ている史織ですから、今日はこのくらいの時間なら起きているかもって思っただけですわ。」
史織「うっ・・・。」
柊「史織ちゃん、さっき私が来るまで寝てたのよ?それでね、史織ちゃんったら寝ぼけて・・・。」
史織「うわあぁぁぁー!それ言うのなしだからぁ!」
柊「むぐぅ!むぐもごぉ!」
必死に柊さんの口を押さえる史織さんです。
小冬「・・・?まあ、いいですわ。それで、史織?もうあなた、体の方は大丈夫なんですの?」
史織「え?ああ、もう大丈夫よ。一日寝れば、疲れも吹き飛ぶってものよ!」
小冬「そう・・・。よかった。」
史織「あの、その・・・。小冬も・・・、あっ、ありがとね。色々と。」
小冬「ふふ。いいですわよ、お礼なんて。私がしたかっただけですから。」
柊「ぷはぁ!私からも。小冬ちゃん、ありがとね!」
小冬「も、もう・・・(照れ)。何だか照れくさいですわね・・・。」
三人がゆっくりとお話できる時間を過ごせるほど、今日も平和な一日のようです。
史織「そう言えばさ、柊。万能の湖からの資源はもう届いたの?」
柊「ええ。今朝早くに、いつもの商人さんが持ってきてくれたそうよ。ここしばらく資源を持ってきてあげられなくてすみませんー、ってね。」
史織「へぇ、そうなの。じゃあ筑紫のことは、どうやら本当に信用してよさそうね・・・。」
柊「あら。史織ちゃん、筑紫さんと知り合いだったの?」
史織「知り合いっていうか、昨日調査に行った時にちょっと、ね。」
柊「怪異の方だけど、信用していい方だと思うわよ?私たちには友好的だし。」
小冬「あの方、確かナマズでしたわよね。」
柊「え、そうなの?」
史織「小冬は知ってたの?」
小冬「昨日史織の後を追いかけて、私も万能の湖で話をしましたの。あの人間なら堅くな鉱山に行ったはずですよー、って教えてくれましたの。」
柊「やっぱり、いい人でしょ?」
小冬「んー、まあそうですわね。ですが、いきなり襲い掛かってきた時は驚きましたわ。あの勘繰りの思い違いには、困ったものでしたわ。」
史織「ああ、私もよ。あなたが犯人よー、なんて言っていきなり襲ってきたもの。小冬もだったのね。」
柊「え、そんなに攻撃的な感じには思えないんだけどなぁ・・・。怪異だってことは里の皆も気づいているでしょうけど、ナマズだってことは私も知らなかったわ。」
史織「怪異なんて、人里の内と外じゃ全く印象が違うってことね。まあ、悪いヤツじゃあないってことは、私が保証してあげるわ。筑紫がいないと、水系資源も不足しがちになるしね。」
柊「そうよね。筑紫さんの恩恵には感謝してるし。」
史織「あ、そうだ柊。今回の件の報酬。ちゃんと覚えてるでしょうね?」
柊「え・・・?な、何だっけ・・・?」
史織「海産物の報酬を弾むって約束でしょ?もう・・・。その分だけど、小冬にもちゃんと分けてあげてね。」
小冬「えっ、いいんですの?」
史織「小冬には、心配ばっかりかけちゃったし。それに、小冬がいなかったら、悔しいけどあのタフな外回りには歯が立たなかったわけだし・・・。小冬にも報酬を受け取る権利があるわ。」
小冬「史織・・・。」
柊「そうね。じゃあ今度小冬ちゃんの小屋にも、とびっきりの海産物を届けてあげるわ。」
小冬「ふふっ、ありがとう。」
史織「後そう、私、今回のことで思ったことがあるのよ。」
小冬「何ですの?」
史織「私って、手持ちの武器がないのよ。いっつも術か素手ばっかりで。」
小冬「別に、武器に拘る必要はないんじゃありませんの?」
史織「いーや、違うわ。小冬には刀があるし、柊にだって銃剣があるわけなのよ。格闘家なら別だけど、素手だと相手への威圧感が弱い気がするの。」
柊「(うーん、そうかなぁ・・・。)」
小冬「(史織は妙なところに気をつけますしねぇ・・・。)」
史織「それに今回、あの外回りに負けたのは単純にアイツがタフすぎたってのもあると思うけど、アイツ自体に術や素手が効きにくかったってのがあると思うのよ。小冬がアイツを倒したのが刀のおかげとまでは言わないけど、やっぱり術よりも武器の方が有効な怪異もきっと多いはずよ!」
柊「(史織ちゃん、負けたのがよっぽど悔しかったのね。)」
小冬「(史織は普段はゆったりしていますけど、決闘のことになると熱くなりますから。)」
史織「だから、私。新しく自分用の武器を考えようと思っているの。何でもいいわけじゃないんだけど、二人も何かいい物を思いついたら教えてね。私も色々と自分に合いそうなのを考えてみるから!」
柊「えっ。そ、そうね。分かったわ(焦り)。」
小冬「な、何か思いつきましたら提案してみますわ(焦り)。」
お二人さん、ちょっと史織さんの熱に押され気味のようです。
史織「いつかそのうち、絶対アイツに勝ってみせるわっ!」
史織さんの熱い思いだけは二人に伝わっていることでしょう。平和な一日は、過ぎていくのも早いものですね。
〈若鄙の現状〉
若鄙の生物は大きく分けると、人間(ほぼ人里内のみ)、動植物(人語を話せない、広く分布)、怪異(人型のもいる、人語を話せる、広く分布)の三つの分類に分けることができる。人間はほぼ人里で内のみ活動し他種族とも協力して友好的に社会を築いており、動植物はそれぞれ同じ種族同士で社会を築いている。逆に怪異はこれといった社会を築いている種族は少ない。それぞれ個人個人が好きなように活動している者が多いからだ。もちろん、社会を築いている種族もいるが。基本的に怪異は自由気ままに暮らしている者が多いが、余りに周囲への迷惑さが目立つような活動をする者や他種族を見境なく襲う(決闘ではない)ような者は、反省の色が見えるまで決闘により何度でも叩き潰されることになる。
若鄙の文明は、あまり進んでいない。水道や電気といった近代的なものはなく、夜の明かりも蝋燭や提灯で照らしている。人間でなくても、怪異も扱っている。逆に怪異の方が人間にはない力を持っているため、人間よりも上手く利用したり、はたまた、それを利用して新たな発明を行っているのかもしれない。
人里内には大きな田畑があるため、穀物と野菜の食糧供給は充分である。他にも万能の湖からの水系資源があるため、飢饉になる確率は非常に低い。人間の数もそれなりにいるし他の種族も食料を求めてやってくる者もいる上で、充分な自給率を保っている。
怪異にも様々な者がいるが、多くは理性のある者である。生まれたての怪異やごく少数の怪異には自我を抑え切れずに暴走しがちな者もいる。しかし、そういった者への配慮は怪異同士の決闘で、或いは、玄人怪異の堅実な指導の下、徐々に更生されていく。これから史織や小冬が関わっていくことになるだろう大きな事件の中には、こういった背景の下、行われていくものもあるのかもしれない。