〈最終面〉顕現する大気の機嫌(中編)
今回のメインは「怪異の本質」みたいなところについてですかね。いかにして怪異と呼ばれる種族が人間と長く交際していきたいと考えているのか、それとも、ただ単に暇つぶしとして遊びたいだけなのか・・・。いずれにせよ、この物語の主要登場人物は怪異の方が多くなっていくと思われますので。
残り一発分の『到来返戻』を使い切ってしまった史織さん、ここからどう立ち回るのでしょうか・・・!?
ウェンディ「うふふっ、さあ!まだまだいくわよっ!」
史織「・・・、アンタ。ひょっとして楽しんでやってない?」
ウェンディ「・・・あっはっは!ええ、そうよ。存分に楽しませてもらってるわよ?よく分かったわね。」
史織「決闘宣言の時に感じた激しい怒りの感情が、最初の一閃を避けた時くらいから弱まっていった。今じゃ、決闘への楽しみが感じられる。最初は従者を痛めつけられて怒り狂っていたのかと思ってたのに、どういう心境の変化かしらね?」
ウェンディ「・・・ええ。確かに最初は伊戸と伊予の仇討ちとして、軽く屠って終わらそうかと思ってい
たわ。でもね?最初の一閃を避けられてから、感じてきたのよ。久し振りに湧き上がってるこの胸の高鳴りを!我々怪異の本能ってやつかしらね。ふふっ、伊戸も伊予もこの高鳴りを感じたからお前との決闘を望んでやったんだろうってね。」
史織「ふーん、怪異の本能ねぇ・・・。」
ウェンディ「もちろん、伊戸と伊予の復讐心は忘れていないわよ?でも、この強者との真剣勝負で味わえるこの胸の高鳴りを抑えることなんてできないってものよ!」
ウェンディさん、気分がかなり高揚しているようですね。
ウェンディ「我々怪異はね、有閑なのよ。有閑な怪異は日々にいい刺激を求めている。別に強者同士で決闘し合ってもいいのだけど、それじゃああまりいい刺激にはならないの。いい刺激というのは、驚きや予想外の事、こういうのが一番適任かしらね。では、それに合致する具体的な例は何か。それは、圧倒的に不利で弱い者が想像を超える手や力によって強い者に勝つ。最たる例は、人間が怪異に勝つ。こういう知らせは、忽ち全種族に伝わるわ。そして、そんな知らせを聞いた力のある怪異たちはその人間と力比べをしたくなる。こういうのは聞くよりも自分で実際に戦ってみて感じるのが一番よね。」
史織「・・・・・・。」
ウェンディ「後は簡単。そんな人間と戦った怪異は益々その人間に興味を抱くようになる。そうなれば、有閑なんて当分はなくなるものなのよ。今私の目の前にいる人間、お前こそがその対象になっているってことよ。私にとっても、下の二人にとってもね。あら、何か他にもう一人いるわね・・・。」
史織「えっ?」
伊戸「お、お嬢様、すみませぇぇん!!!」
伊予「本当に、申し訳ないです・・・。」
小冬「史織ぃぃぃ!!!頑張ってぇぇぇ!!!」
おやおや、伊戸さんと伊予さん、それに小冬さんまで。三人とも館の前から上空の二人の決闘を見守っているみたいです。
史織「小冬っ!?・・・もう。」
ウェンディ「ふぅん?あの人間が伊戸を倒したってのか。面白い。」
史織「小冬には手を出させないわよ。」
ウェンディ「ふんっ!さて、長々と喋りすぎたかしらね。高揚しすぎて我を忘れていたようね。」
史織「アンタがべらべら喋ってくれてたおかげで、ちょっとは休めたわ。さあ、今度はこっちからいくわよ!!」
ウェンディ「いいわ、かかってきなさい!強き人間よ!!!」
時は少し遡って、堅くな鉱山のクロマリーヌ近くにて。
小冬「痛たた・・・。まだ足の方が痛みますわね・・・。」
伊戸「大丈夫ですか?もう少しで館に着きますから。」
小冬「その館に、私は入ってもよろしいんですの?」
伊戸「まあ・・・、私が一緒にいれば伊予さんもお嬢様もきっと許してくれますよ!」
小冬「随分と楽観的ですのね。」
伊戸「それが私の性格ですから!」
小冬さんと伊戸さんが隣の山頂でのカルデラ盆地から、クロマリーヌの方へと一緒に向かっているみたいですね。
伊戸「あ、見えてきましたよ・・・って、ええー!?」
小冬「あらあら、先ほどよりも辺りが荒れていますわね・・・。何か、焦げ臭い・・・。」
伊戸「そんな・・・、私の緑の楽園が・・・。誰がこんな風に・・・、許しませんよー!!」
伊予「私よ。」
伊戸「え?い、伊予さんっ!?ど、どうして館の外に・・・?」
伊予「貴方が庭の手入れをほっぽり出して決闘に出かけた後、あの人間が来たのよ。だから、仕方なく私が相手をしてたの。さっきまでね。」
伊戸「ああ、あの人間ですか。あの後ちゃんとここに来たんですね。えっと、確か名前は・・・。」
小冬「古屋史織!図書館の司書をしている、私の親友ですわっ!!」
伊予「あら、その人間は・・・?」
伊戸「ああっ、あのっ、ええっと・・・。」
伊予「・・・、そう。貴方が伊戸を倒したっていう人間ね。凄いじゃない。」
小冬「い、いえ・・・。ほとんど引き分けみたいなものですわ。」
伊予「いやいや。頑丈さだけは最高の伊戸を、引き分けでも倒したってところが凄いのよ。」
伊戸「頑丈さだけって・・・、伊予さん酷いですよー。」
小冬「あの、史織は今はどうしてますの・・・?」
伊戸「あ、そうですよ。伊予さんがお相手したんですよね?どうだったんですか?」
伊予「ええ・・・。あそこの岩肌、見えるかしら?」
伊戸「あぁぁ、何か一部分だけ大きく崩れていますね。何か、人型のへこみもありますね。」
伊予「でしょ?私が吹き飛ばされた跡よ。」
伊戸「え。」
伊予「さっきまで、あの跡の下の地面でへばってたわ。」
伊戸「そう・・・、でしたか。いやー、強かったですよねー。」
伊予「一度負かしてる貴方が言うな。」
ズガッ
伊戸「いたっ、痛いです伊予さん・・・。」
伊予「今、あの人間は上でお嬢様と戦っているわ。」
小冬「史織がっ!?」
伊予「全く。私との決闘でほとんどの体力を使い果たしてるはずなのに、お嬢様と連戦だなんて。正気とは思えない根性よ。」
伊戸「伊予さんを負かすのも大変だったはずなのに、本当によくやる人間ですね。小冬さんの親友は。」
小冬「史織・・・。」
伊予「あ・・・。」
伊戸「ん?どうしたんですか?」
伊予「お嬢様が、こっちを見てる・・・。人間の方もこっちを・・・。」
伊戸「えぇっ!?」
伊予「さっきから動きがないと思っていたけど、何か話をしてたのかもしれないわね。」
伊戸「お、お嬢様、すみませぇぇん!!!」
伊予「本当に、申し訳ないです・・・。」
小冬「史織ぃぃぃ!!!頑張ってぇぇぇ!!!」
小冬さん、全力の応援を送ります。友情を感じますね。
伊予「・・・。二人がまた動き始めたわね・・・。うぐっ・・・!」
伊戸「ああぁ、伊予さん!まだちゃんと回復し切ってないなら言ってくださいよー。無理しないでください。とりあえず、今は館に戻って手当をしましょう。」
伊予「ぬぐぐ・・。」
伊戸「小冬さんも、さあ。」
小冬「でも・・・。」
伊戸「直接見守っていなくても、心の中で信じてあげていれば、その思いは相手に届いていますから。小冬さんの思いは、きっと彼女にも伝わっていますよ。」
伊予「貴方、どっちの味方なのよ。」
伊戸「あーもー、せっかくいいこと言ってるんですから、空気読んで下さいよー。」
小冬「・・・分かりましたわ。(史織・・・、信じてますから・・・。)」
伊戸「さあさあ、二人とも。お互いに信じる人を信じて、今は怪我を治しましょう!」
伊予「貴方は何でそんなに元気なのよ。仮にも決闘で負けるほどの傷を負ったんでしょう?」
伊戸「まあ、頑丈さとタフさだけが取り柄ですからね!」
伊予「伊戸って、結構根に持つタイプよね・・・。」
小冬「うふふっ。お二方、仲がよろしいんですのね。」
伊戸「いやぁー、まあ、そうですかねー!」
伊予「はぁ、ったく・・・。ふふっ。」
三人がクロマリーヌに入っていきます。さあ、上空の決闘もそろそろ決着がつきそうです。
後編へ続く
◎追加版
〈怪異〉
ウェンディの会話にあったように、怪異の多くは長寿ゆえ有閑である。だから、いい刺激を求める怪異も多く、様々な観点から人間を観察している。怪異の多くはやはり力比べに高揚を感じるため、強い人間を探す。だが、そう簡単に強い人間が生まれてくるわけではない。強い人間の方が稀なのだから。だからこそ、そんな稀な人間と決闘を繰り広げた時の嬉しさや楽しさ、高揚感、胸の高鳴りは、怪異にとってこの上ない至高なのである。
今までこの若鄙にて、決して多くない強き人間が怪異との決闘を繰り広げてきた。その中には古屋一族や新風一族の一員も少なからず含まれている。そういった人間たちは怪異から見れば「良き遊び相手」、一般の人間から見れば「怪異との橋渡し役」となり、どちらからも重宝される重要な役目を背負うことになる。決闘後も自らの興味と好奇心を満たすために、その人間に近づこうとする怪異もいる。多種多様な手段を以って、怪異は自らの有閑に彩りをもたらそうとするのだ。怪異側はその人間の都合をあまり考えず、迷惑をかけるかもしれない。だが、一般の人間がその人間のことを語り継ぐのを聞く限りでは、その人間は漏れなく充実した人生を送っていたそうだ。今のこの物語の時間軸では、史織と小冬がその対象になる筆頭なのは間違いなさそうだ。




