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幼少期 第七話
六歳の誕生日を明後日に控え俺はこの二ヵ月を振り返っていた。
まず魔術の訓練はいつも通り、中級で行った訓練を繰り返していた。
実戦を想定した訓練。とはいっても実戦からしたらやはり甘いものではあるが動きながらというのはやはり難しい。
中級の合格を貰ってから訓練は次の段階に一応なっている。
それは今まで俺がフィア先生の邪魔を受けてその中で中級魔術を成功させるという物だが、今はそれに付け加えフィア先生の中級魔術を邪魔するという事も増えている。
はっきり言ってこれがきつい。 邪魔されるよりもきつい。 何せ触れる事すらできないのだから。
だがこの訓練は、ちょっと俺からすると楽しみだ。
何せ見た目美少女のフィア先生に訓練と称して触れて良いわけだ、本気を出さない訳がない。
まあ結局今日まで一切触れることが出来てない訳だが……
そして訓練などの合間に家と親しい貴族の方々に俺からの招待状を作ったりもした。
これは大人としての記憶のある俺にからすれば然程大変な事とは無かったが、貴族ならではの言い回しとかそういったものが大変だったとだけ。
一応、親からもらったリストの家の分書き上げたがその数三十近くであった。
年賀状ですらこんな枚数書かなかったな。
明後日着るための服も職人さんを家に呼び特注で作ってもらったりしもした。
それも結構前にちゃんと届けられもろもろの準備はほぼ整ったと言えるのではないだろうか?
明日あたりからは手紙を送った家の人達が挨拶に来ることになっている。
一応うちでも客室を準備しているが、ここを使う事になる者は本当に親しい家になる。
それ以外の家の方達には宿を準備している。
こういった準備の方は全てルークがサクサクと終わらせているのだろう。
明後日までに俺が行わないといけない事はこの家に挨拶に来た人たちに愛想を振りまきながら挨拶をするくらいだな。
こういう事もあって今日から数日間は魔術の訓練が休みで特にこれと言ってやることのない俺は家の中をふらふらしていた。
メイドさん達も今日はいつも以上に忙しそうにしている。
俺の専属メイドとなったアンも何かと忙しそうにしていて遊んだりは出来なそうだ。
そういう事で俺はルシオを探している。
恐らくだが、ルシオはフィア先生と庭にいる気がするので向かってみる。
いなかったらその時はその時でまた別の場所を探せばよい。
エントランスを抜け庭に出た。
この家の土地は領地を治めているだけあって広大だ。解りやすく言うなら東京ドームがおそらく三個くらいは余裕で入るんじゃないだろうか?
この家の門からエントランスまで直線でおおよそ三百メートルくらい。このエントランスまでの間はルークを筆頭とした者達により美しい並木通りとなっている。
この世界の移動手段は馬車が一般的で、馬車がすれ違える道幅も取られている。
普段魔術の訓練をするときはこの場所は使わないで屋敷の裏側になる場所で行われている。
俺は並木通りを背にして歩き出した。
予想通りというのだろうか、やはりいつも魔術の訓練をしている場所にはルシオとフィア先生がいた。
ルシオも今は五歳となりあの舌ったらずな喋り方はなくなってしまった。かわいかったのに……
俺が近づいてきたことにフィア先生が気付きぺこりと頭を下げる。
それを見たルシオが後ろを振り返り俺と視線が合う。
「あれ? 兄様は今日魔術の訓練お休みなのでは?」
「ああ、私がここに北は訓練ではないよ…… その何というかな…… ちょっと暇だったんだ」
「なるほど、そうでしたか。 僕はいつも通りフィア先生に中級魔術の訓練をお願いしていました」
「中級になると途端に難しくなるからな…… どうだ? 進捗はあったのか?」
「まだ安定してるとは言えませんが、何度か魔術を捕まらずに成功はさせられるようになりました。このままいけばもうすぐ兄様と同じ段階まで進めそうです」
ルシオの言葉にフィア先生が続いた。
「ルシオ様も上達がとてもお早く驚かされてばかりですよ。 普通なら洗礼式前の子供がここまで至るのは滅多にない事ですよ。 それがエレク様に続きルシオ様まで…… 私の中の何かが日々音を立てて崩れていく感じがしています」
「僕なんてまだまだですよ」
「いやいや、ルシオは大したものだと思うぞ?」
これは素直な感想である。
ルシオは中級魔術の詠唱をほぼ完ぺきにこなせるのだ。 俺みたいになんちゃって聞き取り中級魔術とは違う。 俺の場合はきいた事のあるものならまあ使えるけど中級魔術を新たに生み出すことは難しい。 しかしルシオは魔術言語を理解しているので新たな魔術を生み出せる。
これは大きなアドバンテージと言えるだろう。
しかしながら、先達の生み出した魔術は優秀で乱戦の中でも比較的使いやすい魔術である。 そういった物を超える魔術を生み出すのはなかなか難しいものだ。
なので皆先達の残したそういった魔術を使うようになる。
要は教えてもらった中級魔術が使えれば良いわけなのだが、俺からするとルシオのように魔術言語を理解していてそういう生み出せる状態を羨ましくも思っていた。
俺の使える無詠唱魔術でもそれは可能ではあるが魔力効率という点では劣ってしまっているしな。
まあその辺は仕方ないと今はあきらめがついているので、俺は出来る事を一つずつ増やしていけばいい。
そんな事を考えていた時ルシオから声を掛けられた。
「兄様、もしお暇なら僕と模擬戦をしてもらませんか?」
「ん? かまわないぞ」
暇つぶしにはもってこいの提案だった。
俺とルシオは時折このように模擬戦を行っている。
日々成長しているルシオに追いつかれないようにしないといけない兄は結構大変なのである。
この頃結構マジで危ない。
「でしたら私が立会人となりましょう。 エレク様は明後日に洗礼式を控えていますので万が一の事も考えて互いに使用できる魔術は水のみ、相手に怪我を負わす魔術の仕様は禁止とします。 勝利条件は衣服の一部、もしくは体の一部を魔術により濡らした方の勝利とします。 これでよろしいですか?」
「はい、それで大丈夫です」
「わかった」
こうして俺とルシオの模擬戦が行われることになった。
模擬戦ではまず最初に五十メートル程の距離をとる。そこで準備が良ければ片手を挙げる。
互いの手が挙がった状態で立会人のフィア先生が腕を振り下ろせば開始の合図だ。
入念に準備体操をした俺は右手を挙げた。それとほぼ同時にルシオも手を挙げる。
因みにこの間に詠唱するのはルール違反になる。これは暗黙の了解というやつだ。
以前にこの間に詠唱しておけばいいのではないかとフィア先生に聞いてみたらそういわれた。
フィア先生の腕が振り下ろされた。模擬戦開始だ。
俺はまず走ってルシオに接近する。
これはいつも通りの事なのでルシオは焦らない。 しっかりと俺を見据え詠唱をはじめている。
まだこの位置からはルシオが何を詠唱しているのか分からないが、詠唱を始めたという事はどんな魔術でも普通なら一分いじょうかかるのでこの間に攻めきれれば俺の勝ちである。
走るスピードを上げルシオに迫る。
もちろん俺も走りながら詠唱は始めている。
俺が使う魔術は中級魔術などではない、最下級の生活魔術の水生成だ。
この模擬戦はフィア先生との中級魔術の訓練ではなく実戦により近づけたものなので使う魔術はどれでもいい。 今回は水のみという事なので俺が選んだのはこれだ。
これなら慣れている物なら短い詠唱、中には無詠唱で可能な者も居るというレベルの物だ。
無詠唱で行ってもいいのだが、ここはちゃんと詠唱して行う。
やがてルシオまで手を伸ばせば捕まえられる距離まで迫った俺はそのままルシオを抜きルシオの背をとるように動いた。
これもやはり読まれていたようでルシオは無駄な動きをせずに数歩横に移動した。
その場所には俺の作りだした生活魔術によるルシオの身体をすっぽり覆えるくらいの水球が出現するものの全く効果が無かった。
「やはり兄上の水球生成の速さは驚異ですね」
まずい、ルシオが喋れるという事は詠唱が終わっている!?
俺はとっさに後ろに飛ぶ。
今まで俺のいた位置に五つの水球が現れていた。
「サウゥエーオヤァ」
魔術言語で命令したようだ。
このように咄嗟な時とか俺には困る。
これが魔術言語を理解できているならとっさに次ぎどのような事が起こるか解るのだが……
ルシオの命令を受けた水球がかなりの速度で俺に迫る。
なるほど、あの意味は俺に向けて飛べとかそんな感じだろう。
俺は迫る水球を一つ一つ丁寧にかわすが流石に数が多い。
ならば――
俺はまた後ろにステップをとり、体勢を立て直し走り出す。
同時に魔術の詠唱。
今度は初級魔術の水の盾。
「ブーワビルリウォ・リフォーシユヤディ・ピピセパッサラスジィディ」
初級でこの詠唱である。 中級、上級となるとさらに長くなるのだ…… 気が重くなるってものだろう?
この魔術は何度も使っているので完全に暗記している。
俺の詠唱を聞いたルシオが言う。
「水の盾ですか。 ですがそれは計算通りです!! 『ムンエパウィ』」
俺の水の盾が完成する前に勝負を掛けに来たか。
だがまだまだ甘いなルシオよ!!
お兄様は日々ルシオの想像の上を行くのだよ!!
「甘いな!!」
「えっ!?」
ルシオが驚くのも仕方のない事だろう。
普通詠唱はそれなりに時間がかかる。 どういう原理か知らないがさっきのようなのを何度も繰り返すのだ。 やがてそれが自分の求めた形に生成される。それが魔術。
だが俺は繰り返さないで発動までもっていったのだ驚いて当たり前だろう。
俺の目の前にはトレーのような丸く平らな水の盾が現れていた。
ルシオの放った水球は全て弾けたものの、そのすべての水滴は俺の水の盾によってさえぎられる。
そして素早く水の盾を消した俺はそのままルシオに接近した。
勿論水球生成を詠唱しながら。
「リフォーディ・アジョルゥワ」
驚きから立ち直ってないルシオの顔の目の前に俺は手を突き出す。
そしてさらに驚きの表情を浮かべるルシオの顔に俺が詠唱して作り出した水球が出現した。
「あぶぶっ ぶるびぃ……」
勝負ありとお判断した俺は水球を消す。
消すのは自分の判断でできるのが魔術のいいところだ。 ただし空中に浮いているときに限るが。
何故か地面などに触れると消そうと思っても消えない。 服などがぬれても消えたりはしないが人などの場合は消すことが出来る。 これについてはフィア先生も理由は知らいないが魔術はそういうもので気にしなくてもいいという事だった。
「勝負あり、エレク様の勝利です」
「やはりまだ兄様には力及ばずですか……」
「いやいやそんな事は無かったぞ。 正直かなり焦った。最初の詠唱も物凄い早かったじゃないか」
「いえ、兄様の魔術の発動速度には到底及びません」
顔などは何故か乾いているが襟とか肩のあたりがぬれてしまっているルシオがうつむき加減で答えていた。
「俺の場合はひたすら使いやすそうな魔術を何度も何度も練習したからな、生活魔術である水生成なんかは便利だから素早く発動できるようにしておいた方がいいぞ、このようにな『リフォーディ・アジョルゥワ』」
瞬時に俺の手の上にふよふよと漂う水の塊、最初の走っていた時はもう少し魔力を乗せるため何度か繰り返し詠唱したが、簡単な顔を覆うくらいの物ならばこのようにパッと出せる。
俺の言葉にフィア先生も首を何度か縦に振る。
ちなみにフィア先生もこの二年で何度も俺の詠唱省略的なものをみて同じようなことが出来るようになっている。 水球の大きさも俺なんかとは比較にならないほど大きなものを一回の詠唱で出現させるのだから驚きだ。
この詠唱省略は単純に言って使えば使う程早く出せる。 ではなぜメイドさん達だと遅いのか、これはフィア先生と俺、そしてアンの協力があって答えを出すことが出来た。
答えは単純だった。中級魔術を使えるだけの能力が必要。 これが答えだ。
アンに頼んで生活魔術の水球生成をまず毎日二十回くらいずつ続けてもらいそれを一月繰り返してもらった。
その時はアンの詠唱省略はまだ無理だった。
多少早くなった気はするとの事だったがそれだけだ。
このあたりで、詠唱省略が出来る者とそうでない者の違いにあたりを付け予想していく。
一つ目は、俺もフィア先生も中級魔術を使うことが出来るということ。
二つ目は、魔力の属性、しかしこれは俺にもできてフィア先生にもできるという点から除外された。
取り合えずこの二つの中で可能性がある一つ目の中級魔術に焦点を当ててアンで実験することになる。 その後半年以上かけてアンにも中級魔術を学んでもらい、答えは出た。
アンが中級魔術を使いこなせるようになり、以前に実験した一月の間に沢山水球生成を使ってみてもらったところ、アンも同じように詠唱省略が可能となったのだ。
この事から詠唱省略は中級魔術を使える上で下位の魔術の使用回数が多ければ可能なのではないだろうかという答えが出た。
詳しく、事細かくはフィア先生がその後も研究を続けてくれている。
因みにこの条件が確実なものとなると、この世界の魔術の大きな発見になるという事でフィア先生も日々楽しそうに研究しているとの事。
あとフィア先生の水球が大きいのはおそらく上級魔術を可能としているからであろうというのもこの時点で予測を立てることが出来た。
したがって、ほぼ中級をこなせるルシオは回数さえこなせば俺と同じような事、それ以上のことが出来ると思う。
ちなみにアンは身体能力低そうなのに訓練で俺は一度もアンに触れる事は出来なかった。
これらの事を踏まえるとルシオは中級合格まじかなので回数さえこなせば同じようなことが出来る思う。
さて、言い暇潰しも出来たし次はどうするか。
俺は引き続き訓練をするというルシオとフィア先生に見送られ屋敷に戻った。
屋敷に戻って少しすると珍しくルークに呼び止められた。
「エレク様、洗礼式を控えておられるのですからあまり無茶はなさらないようにしてください」
「あっ、ひょっとして俺とルシオの模擬戦をみてた?」
「はい、おとめしようかと思いましたが、フィア殿が見ていてくれているので大丈夫かと窓からお二人を見ておりました。 エレク様は素晴らしい才能をやはりおもちのようで、しかしながらルシオ様もお凄い…… 私はこう見えてもかつてはその道に身を置いておりましたので、お二人の才能は物凄い物だと解ります」
「自分の事はよくわからないけど、ルシオは凄いと思っているよ」
「エレク様もとてもすごい才能です。 エレク様が六歳になられてから私が武術について指導していくのがとても楽しみですよ」
「お手柔らかに頼むよ」
「それにしてもルシオ様の成長の速さはエレク様もうかうかとしていられないでしょうな。 この私から見てもルシオ様の成長の速さは末恐ろしいものを感じております」
「そうなんだよな…… 兄の威厳の為にもまだ負けるわけにはいかない、俺も頑張らないと」
「エレク様、言葉遣いが乱れておりますよ」
「あっ…… あ、兄の威厳の為にもまだ負けるわけにはいかない、私も頑張るよ」
「ふふふっ、まあ、この家にはそう気にする者はいませんが、明日からは客人もいらっしゃるので気を付けるようになさってください」
「ああ、ルークありがとう」
「いえ、では私はこれで」
優雅にお辞儀をし去っていくルーク。
んー、ルークからこのように話しかけてくる事なんて珍しい。
こちらから聞けばいろいろ答えてくれる人だけど、向こうから話しかけてくることは今までほとんどなかったからな。
何かあるんだろうか?
その後部屋に戻りのんびりと過ごした。
次のお話で幼少期終了の予定です。
――17.09.12――
詠唱句を変更しました。