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元勇者、盗賊を撃退するも怯える

 翌日。

 草原を進む俺達は、とても順調とは言い難かった。


 遭遇ペースはおよそ十五分に一回。夜営の時には魔物に気付かれ難い効果を付与(エンチャント)されたテントを使っていたため頻度は抑えられたが、それでも一時間に一度ぐらいは遭遇している。明かに、ここ一帯はおかしかった。







唸りを上げる巨鎚が高速移動する狼の矮躯を直撃した。


 血塗れ狂狼(ブラッディウルフ)


 同種との共食いすら平気で行う凶暴な狼で、常にその口周りは鮮血に塗れている。体毛はどす黒い暗赤色で、返り血の色すらもその闇の中に隠してしまう。夕闇の森で襲われたら最悪だ。完全に背景に溶け込み、捕捉も出来ないままにその牙で命を刈り取られてしまうだろう。


 狼は森や平原に暮らす生き物だから、この草原に出現するのはおかしくはないが、やはりこうも連続して出現するのは不可解だ。


 俺は巨鎚をもう一度振り上げる。


 今回はオークの時のように落とす、のではない。オークのように動きが遅い魔物なら問題ないが、こういうタイプの敵にはそれだと当たらない。


 ならばどうするか。


 力任せに、ぶん殴る(・・・・・・・・・)



 ヒュンッ!!



 と。俺が巨鎚に力を込めた瞬間、風を切る音が木霊した。


 それは俺が巨鎚を振るう速度が、一定の速さを越えたことを示している。剣や鞭ならこの程度当たり前。その他小中武器もいけるだろう。


 だが。


 総重量数トンに及ぶ巨鎚を、その速度域で振るえる者がどれだけいるだろうか?


 それだけの速度で巨鎚を振るえるのならば、通常の剣士程度の操作技術があれば、十分狼に当てられる。


 因みに。


 巨鎚は、ソニックブームに耐えられるよう設計されている。つまりは、俺が全力で振るえば、音速など軽く置き去りにすることが出来る訳だ。

 

 この世界の魔法は未だ原始的なため、もとの世界の漫画のような『身体強化魔法』が使えるわけでもない。岩を一刀の元に切り倒し、時速数十キロで走り回るなんてことは出来ないのだ。


 ただ、技術の枠を極めた者は、もとの世界で出来ること程度ならやってみせる。


 斬鉄。


 もとの世界でも一度テレビで見たが、騎士団長もその技を会得していた。


 といっても、そこまで厚い物は斬れず、どちらかというと相手の剣を斬って戦意を挫くための技術なのだとか。


 それはともかくとして。


 狼を全て倒し終えた俺は、馬車の元へ戻る。


 「ヒロ、巨鎚でよかったの? 長剣もあったのに...」


 不測の事態に備えるために馬車で待機していたエギスが、戻ってきた俺に不思議そうに聞く。


 確かに、高速移動する魔物に対しては取り回しのいい武器で相対するのがセオリーだ。俺のように巨鎚を剣と同じ速度域で振り回せない限り絶対に当たらないからだ。


 普通に考えるなら。


 「大丈夫だ。長剣は俺の切り札だから」


 俺ははっきりとそういいきった。


 「俺は長剣を持った時のほうが強い」


 ちなみに、『模倣神技』を使わなかったたのは、魔力温存のためだ。オークの時のようにある程度強い魔物が大量に出てきたときにしか使わない。俺も気軽に乱発できる余裕はない。出し惜しみをする精神は持ち合わせていないが。


 「剣の方が強いって、矛盾してない? 広が狼に当てられるくらい巨鎚を操作できるなら、剣が勝てるところなんてないと思うよ?」

 「まぁ、な」


 俺は曖昧に頷いた。


 この長剣は実際には剣であって剣ではない。剣としても十分使えるだろうが、俺はそんな使い方を想定していない。


 何故ならこれは……。


 「あのー、すみません」


 そこまで考えた所で、邪魔が入った。


 俺が血まみれ狂狼(ブラッディウルフ)と戦っている間、双眼鏡で周囲を観察していたのだろう、手に双眼鏡を持った御者は言った。


 「100mくらい先で、倒木に道が塞がれているんですが……」

 「……? 退かせば良いんじゃないのか?」


 首を傾げる俺とは対照的に、エギスはそれだけで何が問題かを理解したようだった。


 「まだ新しいのね?」

 「はい、まだ葉が青々しいですし...」

 「まずいね、ヒロ。今から言うことをきちんと聞いて?」


 俺は今までより警戒度を高めるエギスの言葉に耳を傾けたのだった。




 ◆ ◆ ◆




 一般人の移動には、様々な危険が付きまとう。


 魔物の危機は言わずもがな。例え腕に覚えがある者でも遭難運が悪ければ天災、もっと悪ければあるいは魔人との邂逅すらもありえてしまう。


 そんな多種多様な危険の中で……それは、元日本人である俺には、考えたくないものだった。いつまでも目を背けていたもの。


 勇者時代は、騎士団とともに行動していたのでまず出会うことはなかったもの。


 つまりは……。


 もう視認できるほど近づいた倒木に、俺はますます警戒の度合いを引き上げる。


 彼等の気配は掴みにくい。なぜなら隠すと言うことを知っているからだ。


 俺は願う。


 (お願いだ、ただの杞憂であってくれ! ただの偶発的な倒木で、馬車を止めるために意図的に倒されたものではないよなっ!?)


 だが。俺の願いも虚しく。


 倒木を退かす作業を邪魔しないようにその十数メートル前に止まった馬車を取り囲むように。人間が――――否。


 盗賊が、現れた。






 多くの異世界物がそうであるように、この世界でも盗賊を殺しても罪には問われない。それどころか、然るべき機関に証拠や本拠地の情報を渡せば、褒賞を貰えさえする。


 いや、ある意味では元の世界でもある意味でそれは許されていたのかもしれない。


 自らの命を守るために、相手の命を奪うことを許容する――正当防衛という形で。


 しかし、許されていようといまいと関係がない。いかに力があろうとも、元々善良な日本人である俺は、人間を傷付けると言う行為をしたくない。考えたくもない。


 「さて、状況は分かっているな? 俺たちは盗賊だ」


 身動きの取り易い皮鎧を着た男がニヤニヤ笑いで言った。


 「俺達は周囲に数十人隠れている。護衛のあんた等が俺を攻撃するのはかまわないが、その間に大事な大事な雇い主がどうなるかは分かっているよな?」


 盗賊の男の声に、俺はエギスの言った事を思い出す。


 「いい、ヒロ?」


 さっき、確かにエギスはこう言った。


 「確かに盗賊の数が多いと、わたし達だけでは全部倒せない。依頼人の目的、町に到着することを達成するためには、別に通行料を払ってもいい」


 しかし。


 「でも」


 こうも言ったのだ。


 「それが町に辿り着けない、または着いてからの生活に問題が生じるほどだったら、殺すなりして突破しないといけない」


 だから、俺は震えそうになる腕を何とか抑えて、再び祈る。


 (お願いだから、常識的な範囲にしてくれ...!)


 そして盗賊は告げた。


 「流石に野垂れ死ぬことはねぇだろ護衛がいるんだから。馬車をそのまま置いていけや」


 その、トマス・ニーベルンゲンが町に辿り着く可能性を下げ、持ち物を全て奪われると言う、今後の生活を脅かす要求に。


 エギスは、たった一つのかすかな呟きを返す。


 「……gis」


 途切れ途切れに俺の耳に届いたその呟きは、すぐにある音に掻き消された。


 ォォオオオンッ!


 という、まるで金属の上に皮を張られた盾を叩いたような。


 音の発生源はもちろんエギス。エギスは自分の軽装鎧を叩くことでこの音を発生させたのか? だが、ここまで不思議と耳に残る音がそれだけで発せられたとは思えない。


 そして、耳朶に残る、どこか雌やぎの鳴き声に似た音から覚めた盗賊たちは、馬車の消失を見た。


 「「「なっ......!!」」」


 馬車がいつの間にか跡形もなく消え去っている光景に絶句する盗賊に、エギスは静かに剣を抜く。


 それを見て、俺は打ち合わせどおりに背負っていた巨鎚を構えた。


 これが彼女の『模倣神技』の能力のひとつ。より広く解釈できるものに似通った彼女は、由来するものの複数の能力を使うことが出来る。


 『絶壁』の名にふさわしく、依頼人を確実に守る一手に、突破戦が始まる。





 ◆ ◆ ◆




 「『アマルテイアのいななき』ですかね……?」


 消えた馬車の中で、トマスは呟いた。


 「これ、喋ってもいいんですか……?」


 御者が不安そうに呟く。彼の視界の先には、にらみ合う護衛と盗賊の姿がまだあった。


 馬車は決して、消えたわけでも高速移動して逃げた訳でもない。


 ただ、認識できなくなっただけだ。


 「自らの子を飲み込もうとする夫クロノスに妻レアが反発し、子の代わりに産着を着せた石を飲み込ませた。そのまだ赤子であったレアの子の鳴声を、クロノスに聞こえないよう雌やぎアマルテイアは鳴いたという。時の主神さえ欺く慈愛の嘶きだから、通常五感では補足出来ないだろうね」

 「はあ、じゃあ嬢ちゃんの魔法はアマルテイア(Amaltheia)、? なんですか?」

 「たぶん違う」


 御者の言葉を、トマスはきっぱりと否定する。


 「アマルテイアは、戦闘向きの『模倣神技』じゃない。彼女がギルドのエースと言われるほどの戦闘力を得るには、足りない。……たぶん……」

 「あっ! 始まりましたっ!」


 だが、トマスが予想を良い終えるまえに、御者が言うように、護衛と盗賊の戦いが始まった。



 

 ◆ ◆ ◆




 重力に引かれて落ちる巨鎚は、盗賊の体をかすめて大きなクレーターを地に穿つ。


 実際のところ、命をかけた対人集団戦というのは俺も初めての経験だ。殺してもいい魔物との戦闘や、互いに死なないようにする対人対単決闘とも勝手が違う。とてもやりにくい。


 殺してしまうかもしれない、という意識が俺の行動を縛る。


 冒険者ギルドの時にも思ったが、俺は全体的に高火力過ぎる。物理にしろ魔法にしろ、手加減と言うものがほとんどやれない。『模倣神技』は発動すれば指定したものを燃やし尽くすまで止まらないし、巨鎚を振るえば掠っただけで半身がひしゃげてしまうだろう。


 故に。


 『重力分散』の効果付与(エンチャント)によって、総重量一トンにも及ぶ質量が押し付けられ踏み固められた大地を強引に粉砕する。



 ツツツドンッ!



 と、固められた土が岩礫ならぬ土礫となって、あたかも爆弾が爆発し破片が飛び散ったかのように盗賊の体に直撃する。


 正面からまとめて襲おうとしていた四人をそれで吹き飛ばし無力化、一瞬で前方の脅威が減少し注意を逸らしてもいいと決断する。


 だが、一瞬だけ遅かった。


 次の瞬間、針のような、しかし確かなな強度と長さを併せ持つ剣が、右手肘の関節、鎧の継ぎ目に突き刺さる。


 装甲通し(アーマーピアース)


 重装甲の敵を倒す、一番お手軽な手法だ。鎧の継ぎ目や露出箇所を全力で貫き、そこを媒介にして魔法、または毒を打ち込み中身の人間を戦闘不能にする技術。


 針剣を打ち込んだ盗賊がニヤリと笑う。


 「終わりだ。これには麻痺毒が塗ってある、一時間は動けないぜ?」


 その言葉に対し、今度は俺の方がニヤリと笑った。


 こいつらは、神々の武具を作る黒小人(ドヴェルグ)の技術を知らない。


 装甲通し(アーマーピアース)


 そんなもの、神々の防具に効くと思っているのか?


 黒小人(ドヴェルグ)のおやっさんの防具の関節は露出しているのではなく、とある性質を持ったジェルで覆われている。


 一定以上の衝撃を受けた時だけ硬化し、それ以下の衝撃には逆らわないジェルを。


 水にだってそんな性質はある。プールに飛び込んだとき、痛みを感じないだろうか? 風呂にゆっくりはいる時は抵抗など感じないのに。


 それを異世界の素材で、かつ神々の武具をも作る技術で形成されれば、通常戦闘では決して破断される事のない関節装甲になるわけだ。


 よって。


 「ふんっ!」


 俺は中途半端に差し込まれた針剣を、関節を伸ばして折る。


 「なっ!? ありえ……!」


 驚きで動きが止まる盗賊を篭手(ガントレット)の上から手加減して殴り飛ばして急いで正面を注視する。


 そこには、矢を番えて放とうとする射手の姿が。


 「……ッッ!!」

 これは流石にマズい。タイミングが分からなければ、露出する顔を守ることも出来ない。

 だから、俺は巨鎚を全力で(・・・)振るう。



 ゴッッッッ!!



 と爆音とともに、圧力、密度、速度の不連続を伴う超音速の波が荒れ狂う。


 つまりは。


 衝撃波(ソニックブーム)


 元の世界の言葉で現すとそう分類されるそれの強さは、実はマッハ係数ではなく、発生源の重量と容積に強く依存する。とどこかで読んだ。


 つまり、俺が全力マッハ越えで振るう巨鎚は、重量だけで比較すれば小型飛行機にも等しい衝撃波を撒き散らすことになる。


 射手の『模倣神技』だったのだろうか、不自然な軌道で迫る複数の矢も、衝撃波によって全て迎撃される。


 その間に、射手はいつの間にか肉薄していたエギスによって、地に沈んだ。


 エギスは周囲にいた盗賊を殆ど倒し終えたのだろう、射手を倒した彼女は目線で「頑張れ」と伝えてくると、また駆けて行く。


 瞬間。


 強烈は悪寒が俺の背中を貫いた。


 「チィッッ!!」


 それに従い真後ろを見れば、ローブに魔水晶のついた杖を持った、魔法効果を増幅しそうな道具を多数持った盗賊が……!


 放たれるまでに最早猶予はない。走っても間に合わない。そしてこのタイミングで放たれると言うことは、大規模殲滅系だろう。エギスや馬車も巻きこまれるかもしれない。


 もう、一切逡巡する時間はない。


 「クソッ!」


 汚く叫んだ俺は、迷いを後回しにして投擲する。――巨鎚を。


 回転しながら飛び着地した巨鎚には、嗅ぎ慣れない匂いと、鮮紅色をした罪の姿が残っていた。




 ◆ ◆ ◆




 殺人。


 それは、到底受け止めきれるようなことではない。


 元の世界では兵士が戦争で銃の引き金を引くことを拒否した時代があったらしいし、そこをクリアしたとしてもきちんとケアをしなければ、終戦後何十年にもわたって心的外傷後ストレス障害、PTSDにも苦しむことになる。それは、新たにPTSDの枠組みに、戦争神経症(Cambat Fatigue)と言う分類を作るほど影響が大きい。


 それを踏まえて、軍や政府が狙撃手や死刑執行人のケアを始めるくらいには。


 夜。


 パチパチ、と音を立てて燃える焚火に木を放り込む俺は、座って虚ろな目で目の前の炎を眺めていた。今は一人。交代での見張りの途中だ。


 気分が、重い。


 元の世界で人を殺しても平然としていた物語の主人公たちは、こんな感情を抱かなかったのかと思う。


 巨鎚はすでに近くの川で洗ってきた。それでも、まだあの紅の、良くないものが残っているのではないかと怖くなる。


 紅。


 血。


 俺は、一人の命を奪ったのだ。と言うことは、俺はもう殺されても文句は言えないのかも知れない。


 死。


 俺の気分が、どこまでも暗くなっていく。


 「......ヒロ?」

 「......」


 エギスがなぜか起きて来た。交代は三時間ごとのハズだ。まだそんな時間ではないのに。


 「......どうかしたの...? 盗賊を切り抜けた頃から、何かヘンだよ...?」


 どうやら、エギスは俺を心配してくれたらしかった。しかし、俺にそんな話をする余裕はなかった。


 この罪悪感に、恐怖に、押しつぶされそうになっていたから。


 「.........?」


 エギスは静かに、俺の隣に座る。


 俺が答えたくない、または答えられないことを察しながらも、触れそうなほど近くに。


 そして、気付いたのだ。


 俺の体が、かすかに震えていることに。


 「......怖いの?」


 エギスは、訊く。何が変わったのか確かめるためだろうか、少しの空白の後に、決定的な一言を放つ。


 「人を、殺すのが」


 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ああ」


 その言葉に。


 その言葉に、俺はやっと、弱弱しく、声はかすれていたけれど、それでも頷くことが出来た。

 そして、怖くなった。


 そんな事でうじうじしているのかと、エギスに見下されるんじゃないか、見離されるんじゃないか、と。


 そこに。


 「大丈夫」


 エギスの声が、響く。


 その暖かい声に、いつのまにか俺が涙を流していることに、俺は暫く気付けなかった。






 ◆ ◆ ◆




 (今日のヒロは、おかしかった。……でも、そうだったんだ……)


 わたしは思う。隣に座って、わたしの言葉に涙を流すヒロを見て。


 わたしは、勇気を出すことを決めてみる。


 (わたしは、とある処女神の武具に似通ってる。だから、今までは男の人とあんまり関わらないようにしてきた......)


 でも、とわたしは確認するように思い出す。


 (トマス・ニーベルンゲンは言ってた。わたしと、似通っているだけの神々とは別物なんだって)


 だから……、とわたしはトマスからそれを聞いて思いついていた結論を、再確認する。


 (わたしが、ヒロと仲良くなってもいいんだよね...?)


 エギスがヒロに抱いていた感情は、ここに来て更に膨れ上がる。


 エギスにとってヒロは、今まで信頼できる強い人、という認識だった。


 しかし。


 その強さとともに、弱さを見せたヒロは、エギスにとっても、完璧な人間ではない、と安心できる存在になったのだ。


 いると安心する、信頼できる人間。


 彼女にはその感情をなんと言うかまだ分からなかったが、心の底から大事にしようと思えた。





 ◆ ◆ ◆





 「エギスは……、エギスはどうなんだ?」


 俺は涙に気付き、篭手を拭いた手で荒く涙を拭きながら訊いた。


 「エギスは……、人を殺すことに、迷いはないのか?」


 「わたしも、迷いがないわけじゃないよ……。ただ……」

 「ただ……?」


 俺の言葉に、エギスは一瞬考えてから言う。


 「迷うためには、生き残らないと.……」

 「……、そうだな、迷うためには、生き残らないとな」

 「それと今日は……」

 「……?」

 「ヒロが、いたから」


 首を傾げる俺に、エギスははっきりと言う。


 「ヒロがいたから、できた」


 それを聞いて、俺は思い出した。


 軍の狙撃手は常に観測手と一緒に行動する。それは、狙撃に必要な各種データを集めるのを手伝うと同時に、狙撃手の殺しの衝撃を和らげるためだと言う。


 そういう事なのかもしれない。


 いっそ全身が震えそうになるくらいの死者への冷たい恐怖を、生者との温かい触れ合いで希釈し、埋没するようにする。


 そして、俺の手にエギスの手が重なった。


 「え......?」


 少し驚いてエギスの方を見るが、エギスも顔を赤くして俯いている。


 その顔も可愛いな、と思いながらエギスの重なる手に意識をあわせると、それはどうしようもなく温かかった。


 まるで、雪山の中で飲む温かいコーヒーのような。


 俺は、彼女のその熱で、俺の中にわだかまっていた冷たい感情が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。


 焚火よりも温かく、そして柔く優しいその熱は、俺とエギスの信頼の証なんだな、と俺は思う。


 「……エギス」


 俺は頬を赤くしたエギスが顔を上げるのを待たないで、続ける。


 とても照れくさそうに、恥ずかしかったから。


 

 「ありがとう」



 コクリ、と頷くエギスも、重なったその手を退かそうとはしない。



 その日、俺とエギスはとても仲良くなった。


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