元勇者、依頼準備で買い物に出かける
「という訳でエギス」
「ヒロ、どうしたの?」
護衛依頼を受注した俺は、冒険者ギルドを出るエギスにしたがって、町の中心へ繰り出そうとしていた。
「訊きたいことがあるんだけど」
「なに? わたしが分かることなら答えられるけど…」
「ギルドのエースのエギスがわからないことなんてあまりないだろ。それで…」
俺はエギスに、依頼の紙に書いてあった分からなかったことを幾つか訊いてみる。
「依頼は片道になってたと思うんだけど、帰りはどうするんだ? 王都に戻って来ないといけないだろ?」
「向こうの町のギルドで、王都への護衛依頼をまた見繕えばいいでしょ? 王都から地方に行きたい人は少なくても、その逆は沢山いるんだから」
「なるほど」
俺は呟いた。
ところで今気付いたが、別に俺は王都に戻ってくる必要はなかった。まだ拠点を王都と定めた訳ではない。ただ、俺の鎧と鎚と長剣を修理、整備するためには、黒小人の技術を再現する『模倣神技』を持つおやっさんの所に行くしかない。結局は王都に拠点を構えるしか無さそうだ。
「あとは、こっちもちの戦闘費用だっていう戦闘対策は、何を買えばいいんだ……?」
「それを今買いに行く所だよ、ヒロ!」
「じゃあ今どこに向かっているんだこれは」
「市場だよ?」
俺のほうを振り返って見せる笑顔に、やはり俺は思ってしまう。
(……可愛いな…)
と。
突然飛来したそんな感情を頭を払って追い出して、俺は確認する。
「って言うことは、戦闘対策費っていうのは戦うときに使うアイテムを準備する費用のことなのか?」
「うーん……」
エギスは少し考えてから、俺の確認を補足する。
「本当は、対策費には武具用意費用が含まれるんだけどね……。例えば、比較的大型の魔術用の武器…長柄斧とかを主武装にしている人は、対人用にもう少し小回りの聞く武器を用意しないといけないでしょ? 護衛には、対魔物と対人を想定しないといけないから。私は剣だから両方対応できるし、ヒロも魔物用の巨鎚と対人に対応できる長剣をもってる。だから私たちの場合は、アイテムを準備するだけでいいの」
「ふーん。対魔人は想定しなくてもいいのか?」
俺が半分冗談で言った言葉に、エギスは何の気負いもなく答えた。
「魔人は基本的にこんな所に出てこないよ。もし出てきたとしても、逃げる時間くらいは稼げるから大丈夫」
◆◆◆
エギスのそんな衝撃発言のあと、エギスは続いて俺に聞いてきた。
「ヒロって分類は重装前衛でいいんだよね? とりあえずヒロの分も買わないといけないけど……。あっ、ヒロがいつも使ってるアイテムの補給とかいい?」
「あ、ああ…」
俺はエギスの言葉に少し動揺しながら、何とか言葉をひねり出した。
「俺は普段、アイテムは使ってないから分からないけど…」
魔人を、足止めできる?
この世界の魔人は、そんな生ぬるいものではない。魔人一人を亡ぼすのに、この世界の住人だけでは数千人規模の軍が出張るのだ。それも成功率は決して高くない。
つまり、魔人は決して一人で足止めできるような存在ではないということだ。
一つの例外、俺のような魔人を絶滅させるに足る力を持った勇者を除いて。勇者なら、木っ端の魔人如き一撃で粉砕できる。
誇張しているだけかもしれないが、それにしてもエギスは本当にすごい実力を持っているのかもしれない、と俺は思う。
「…ヒロ? ヒロっ!」
はっと、エギスのその声で俺は我に帰った。どうやら思考に集中しすぎたらしい。
「結局、ヒロはなんなの? まだ答えを聞いてないんだけど…」
エギスはその答えを待っていてくれたらしかった。確かにそれは答えていないな、と思いだしながら答えようとして……、俺は黙った。
「なんなんだろうな……?」
「………?」
俺の不明瞭な言葉に、エギスもまた首を傾ける。
「エギス、俺は一応戦闘に使える魔法は持ってる。鎧とこれで攻撃を防いで、魔法を打ち込むスタイルなんだけど…」
「……重装魔術師? でも鎚も使うんでしょ、確かになんなんだろう…。魔法重装前衛、とかかな?」
「略して魔装前衛、とかか? たぶんそれに当たると思う」
その結論を訊いて、エギスは少しの間考え込んだ。
「必要なのは…回復薬、魔力回復薬、筋力増強のアイテム、魔力回復速度向上の装飾品とかかな?」
「筋力は必要ない。鍛えてあるからな、この鎧も普通の服を着てるくらいにしか感じてないんだ」
俺は断言した。実際は鍛えたからではなく、『トルの寵愛』のおかげなのだが、それは言わない方がいいだろう。因みに感じ方が事実だ。最大一週間の間着続けたことがあったが、特に疲れを感じたことはない。
「うーん、じゃあ薬類だけでよさそうだね。装飾品は高いから、今はヒロ買えないだろうし…」
「わかった。じゃあ薬を買いに行こう。エギスの行こうとしている店はどこなんだ?」
「え、ヒロの行きつけのお店とかないの?」
不思議そうに訊くエギスに、俺はなんでもないように行った。
「ないから大丈夫だ。薬使ったことないしな」
「薬使ったことがないって…。へールさんがCランク相当って認めた人だから、それなりの魔物を倒したことがあるはずだよね? それでも使ったことないの?」
「あぁ」
「……ヒロの戦闘力が楽しみになってきたよ」
そんな会話をしなが歩いて、やっと市場に到着した。
市場に俺が来るのは初めてだ。一緒に魔物を倒していた騎士団団長に、その噂を聞いたぐらいしかない。
とてつもなく人通りが多く、喧騒に溢れるそこへ、俺は脚を踏み入れた。
辺りには商店と出店が入り混じり、各々商売を繰り広げている。
「すげえ……」
俺の漏らした声に、エギスが俺の隣にやってきて訊く。
「王都の市場に来たのは初めて? ここはいつもこんな感じ。一々驚いてたら身が持たないよ?」
そんな解説をして横並びに歩く俺とエギスを見て、丁度通りがかった果物屋の店主が声を張り上げた。
「おおい鎧の兄ちゃん! 彼女にこのりんごでも買っていかないか!?」
俺は軽く手を上げてそのまま通り過ぎようとする。
「(………彼女)」
どこかでエギスの小さな呟きが聞こえた気がしてふと横を見ると、さっきまでエギスが居た場所にはだれもいない。
「エギス!」
俺が立ち止まって周りを見回しても、小柄な彼女は容易に見つけられない。しかし、エギスから俺は見つけられるはずだ。
「ヒロ!」
少したって、俺とエギスは合流することが出来た。しかし、いつまで道の真ん中に居座り続けているんだという周囲の圧に負けて、一度道の端まで言って一息つくことになった。
◆◆◆
「大丈夫か、エギス?」
「大丈夫…、だけど、人ごみがすごいね」
一息ついたエギスは、俺にこう提案した。
「どうする? 集合場所を決めて、私がヒロの分まで買ってきてもいいけど」
「いや、それは無理だな」
しかし、その提案は不可能だった。俺はまだ王都の道に詳しくない。しかも、この人ごみの中を進むとなると、波に押し流されて迷うのは間違いない。結局時間に間に合わなくて終わりだろう。
「エギス、店まではどう行くんだ?」
「えっと……。ここから三本目の角を左、そうしたら本屋の角を右かな?」
「三番目を左、本屋を右だな?」
俺はそう確認すると、エギスの手を握って再び雑踏の中へ繰り出した。さっきは横並びで歩いていたから問題だったのだ。縦並びなら問題ない。
「ひ…っ! ヒ、ヒロ…! 手は繋がなくても…!!」
「いや、またはぐれたらどうするんだ?」
エギスが可愛らしい悲鳴を上げて訊いてくる。
「そ、それなら私が先導しても…」
「俺のほうが方幅広いから、エギスが歩きやすいだろう? それに女の子を矢面に出すほど俺は男としてクズじゃないよ」
男がそう答えると、エギスの言葉がぴたっと止まった。
それが騒がしい周りの音に紛れて、
「(………女の子………)」
かすかにそんな声が聞こえる。
俺がはぐれないようにエギスと手を繋いでいる手に力を入れなおすと、エギスの手は一瞬ビクッ! と震える。それから、おずおずと帰ってくる俺の手を包む感触に、俺はなんとなく嬉しさを感じながら歩き続けた。
「ヒロ、この辺だからもういいよ?」
暫く歩き、本屋の角を左に曲がって少ししたとき、エギスのそんな声がヒロの耳に届いた。
「……わかった、あとどれくらいだ?」
「ほらあそこ、あのお店だよ」
エギスが指し示したのは、20メートル先の建物だった。そこまでには出店が何軒か軒を連ねている。
それを見て、俺は嫌な予感を感じた。
ああいう、建物の陰になっているところへ地面に布を敷き、箱の上に商品を並べている…、つまり、ガサ入れが来たらすぐに逃げられるようになっている店は、大抵イリーガルなやつだ。
「エギス、行……」
「そこのカップル、おっちゃんの店を見ていかない? 綺麗なものがたくさんあるよ?」
エギスに声をかけようとしたが遅かった。と言うより、おっちゃんの方が一枚上手だったのかもしれない。
こういうイリーガルな店は、見た目の怪しさを払拭するために商品の質に気を配る傾向がある。エギスが見ほれてしまったらそれまでだ。
「きれい……」
その声を聞いて、俺は心の中で頭を抱えた。これはもうおっちゃんの思い通りだ。
エギスが目を奪われているのは、梟の翼を象ったブローチだ。白銀に輝くそれは、塗れた様な輝きを密かに辺りへ放ち、静かにその魅力を湛えている。
「お嬢ちゃん、お目が高いねェ! でもこれはウチの目玉だよ、お嬢ちゃんに買えるかな?」
そうして告げられた値段は、俺が貰った手切れ金の三倍と、なかなかぶっ飛んだものだった。確かにそれだけの価値はあるのかもしれないが、ボッているのではないかと疑いたくなる。それは俺のイリーガルな店だという偏見によるものなのだろうか。
「うぅ……それは…」
エギスも少し逡巡していたようだが、結局手持ちが足りなかったのか諦めたように言う。
「……ヒロ、行こう?」
「ああ」
そのまま立ち去ろうとする俺に、おっちゃんはこう呼びかけた。
「おい兄ちゃん、彼女に買ってやろうって甲斐性はないのかっ!?」
そう言うおっちゃんに、俺は意味有りげな笑顔だけを返した。
◆◆◆
「ここだよ」
辿り着いたのは、思ったよりも小ぢんまりとして店だった。何と言うか、商店みたいな感じではなく、個人経営で細々とやっているように見える。
「ここでわたしとヒロの分の回復薬と魔力回復薬を買わないといけないんだけど…」
「ああ、エギス行って来いよ。エギスも一緒に入って店の人にからかわれるのはイヤだろう。俺はその辺見てるから」
俺の言葉にその状況を想像したのだろう、顔を赤らめたエギスが俺の気遣いに礼を言う。
「ヒロ……、ありがと」
よほど恥ずかしかったのか、数メートルと離れていないドアに向かって駆けて行くエギス。あれでは気遣ったと言うのに店の人に詰問されるのは変わらないだろう。
「……よし」
俺は記憶の中にある情報を探りながら、歩き出した。
目的地はもちろん、さっきの出店だ。
「ようさっきの兄ちゃん、どうにかして金を工面したのか?」
戻った矢先にそう言う出店のおっちゃんに、俺は顔を近づけて言う。
「あんた、許可とってないんだろう」
俺の勇者時代、お目付け役として各地の魔物討伐について来ていた騎士団、その団長は愚痴をこぼしていた。
曰く、商人ギルドと協力して行う取締りが上手くいっていない。
市場への出店は過剰な混雑を避けるために認可制になっている。認可を受けた店は認証ナンバーを受け取り、巡回の際にそれを告げることで認可を受けていることを証明している。
近年、あまりにも許可を受けていないイリーガルな店が増えていると言うことで、巡回の人手を商人ギルドのものだけではなく騎士団にも頼んだそうだ。
「馬鹿を言っちゃいけないよ兄ちゃん。そう言う風に脅して値引きしようって言うなら、そこらの騎士団の人呼んでくるよ?」
「俺がその騎士団の一員だよ。最近お前みたいな無認可の奴等が捕まらないからな、変装して見回りに来てるんだ」
出店のおっちゃんは俺の嘘を信じず、ただ値下げして欲しいから脅している人間だと持っている。それは事実だが、俺はおっちゃんが知らないと思っている情報を持っている。それを利用すればいいだけの話だ。
「はぁ、だからうちは認可済みだよ」
「じゃあ認可ナンバーは?」
「29923875」
おっちゃんは何も考えずに言った。俺が何も知らないでやっているのならここで終わりだ。
だが、俺は知っていた。
「足して40.残念、その認可ナンバーは無効だ。本物は足すと素数になっているはずだからな」
「なっ…!! 兄ちゃん、アンタ本当に、まさか…」
「だから最初から言っているだろう、俺は騎士団の人間だって」
驚くおっちゃんに最後通牒を突きつけた俺は、やっと本題に入った。
「だが見逃してやってもいい」
「なにが目的だ…?」
俺の言葉にはっと顔を上げたおっちゃんだったが、そこに表れているのは喜びではなく訝しみの表情だった。
美味しいことには裏がある。この界隈の常識だ。
「いや、そんなに難しいことじゃない。ただ、そのブローチを譲ってくれればいいだけだ」
「……そんなことで自分の地位をベットするのか?」
「男には、やらなきゃいけない事があるんだよ」
俺の心にもない言葉に、おっちゃんは深く息を吐く。
「分かったよ、ちょっと待て」
「ああ」
おっちゃんはブローチを丁寧な手つきで緩衝材の紙にくるむと、紙袋に入れて俺に差し出した。
俺は懐から財布を取り出すと、左手で紙袋を受け取りおっちゃんの手の上で財布を逆さまにする。
金属音を立てて転がる十数枚の硬貨に、おっちゃんはかすかに顔を顰めた。この程度儲けにならない、と言う顔だ。
「なあ兄ちゃん」
おっちゃんは、目線でもう一度俺が紙袋を持っていることを確認すると、今度こそその頬に勝ち誇った表情を浮かべた。
「これは、騎士団の兄ちゃんに貸しひとつって事で良いんだよな?」
つまりそれは、ばらされたくなかったら今度俺の言うことも聞けよ? と言う脅しで。
俺が本当に帰し団員なら詰んでいた所だが、残念ながら俺は騙っただけのただの冒険者だ。偽称罪には問われるかもしれないが、知らぬ存ぜぬを押し通せば大丈夫だろう。
「あぁ、俺は騎士団ではないけどな」
そう言って立ち去る俺の背後で、完全に手玉に取られて騙されたことに気付いたおっちゃんが怒りの咆哮を上げていた。
◆◆◆
俺がエギスの行きつけの薬屋に戻ってからすぐに、エギスも店から出てきた。
「あ、ヒロ待った…?」
「いや、今来たところ」
そう言って、俺は紙袋をエギスに渡す。
「……? うわぁ、ヒロっ!」
袋を開けたエギスは、ぬれたような輝きを放つ梟の翼を見て、感嘆の声を漏らす
「どうしたの? ヒロあんなにお金持ってなかったよね?」
「少し交渉して値下げしてもらった。お陰でスッカラカンだよ」
財布を笹に振る俺を見て、エギスはさっきで店のあった辺りを見る。運良くおっちゃんは別の方向を見ているところだった。
エギスは丁寧な手つきでそのブローチの裏にあるピンを取ると、胸に着ける。
「どう……?」
少し不安に揺れる瞳に尋ねられた俺は、答える言葉を一つしか持っていなかった。
「似合ってる」
その言葉に、エギスは俺が今までことないほどの笑顔を俺に見せたのだった。