元勇者、そして終炎を解き放つ
『セラフィムの聖翼』。
セラフィムの神跡の奥底に眠る、天使系能力の持ち主にしか使えないといわれている大いなる力を持った『神遺物』。
それを、イシスの『模倣神技』で過去の状態に『復元』した、ということは、神跡を作りだし魔物を変異させるだけの力が、まだ中に残っているのかもしれない。
いや。
もしも、もしもそれより前、セラフィムから落ちるそれまたさらに前、セラフィムの一部であった頃にまで『復元』できるのなら、それは、『セラフィムの聖翼』を持つリーエルはセラフィムから全権を委任された、擬似的な天使九階第一位『熾天使』と解釈できるのではないだろうか。
「くそっ! ミヒャエルっ!」
「ひ、ヒロっ?」
そこまで考えが至った所で、俺は飛び出した。
それを追い掛けるようにエギスが動いたせいか、俺とエギスに残っている認識不可能性の付与は、解けてしまっている。
俺の目線の先では、ミヒャエルが抵抗を続けようとしてた。
「クソッ!」
「Gabriel」
リーエルの体が、びくりと震える。まるで、今まで慣れてしまっていた快楽よりも、さらに刺激の強いものが挿入されたかのようだった。
『受胎告知』ではない天啓。則ち、自身にわざと天啓を授けることによって、『選択未来優劣把握』をする。
そして、敵に対する最も効率的な方法を検索した後に来るものなど明白だ。
「『受胎告知』」
ミヒャエルの周りに純白の光が走る。そして、それは一瞬にして破壊され、まさに喜ばしき神の福音として、ミヒャエルの中に入っていったようだった。
こうなってしまっては、もうどうにもならない。
ミヒャエルの無意識が、意識と行動に割り込むのであれば、どんな策を取ろうが無意識のうちに修正され、リーエルの行動を助長するように収束してしまう。
いつの間にか、リーエルの姿も変化していた。
元々はオレンジ色の髪に赤いプロテクターのような防具、そしてポールアックスを持っていたはずだが、今は違う。
オレンジ色の髪は薄くなり、どちらかといえば桃色に近いだろう。プロテクターのような鎧はさらに面積が薄くなり、しかし逆に芸術的な紋様と共に不可侵の神気を纏っているようだった。極めつけは、その背中。背景の大部屋が白いからわかりにくいが、薄い白に彩られたかすかな翼が生えているように見える。
三対六枚の翼持つ天使。
それは、セラフィムの特徴と適合する。
いつの間にか柄が伸び、神器にへと変貌しているのかもしれないポールアックスが、ミヒャエルへと向けられる。
「くそッ、どうにかならないのかっ?」
俺の叫びに、エギスが即座に応えた。
「わたしが行くっ!」
「おい、ちょっと待てエギスっ!」
俺は慌てて引き止めるが、もう遅い。そもそも解決策を求めたのは俺の方なのだ。エギスに傷ついてほしくないからって、今更引き止めるのは虫が良すぎるだろう。エギスも俺の事を考えて行動しているのだから。
ポールアックスの『神倣武具』がミヒャエルを貫こうとする。それは、『受胎告知』のお陰で何をしようとしても、ますます勢いをつけて貫かれるだけの、逃れることの出来ない一撃だ。
「ちっ、ここまでなのか!?」
まさにミヒャエルをポールアックスが貫こうとした瞬間、エギスの腕がその穂先に割り込んだ。
『受胎告知』がまだかけられていないエギスのその絶対防御は、その熾天使の一撃を受け止める。
「ほう、これを受け止めることが出来るのさ」
感嘆したように言うリーエルだったが、しかし次の言葉に背筋が凍る。
「なら、先に処理したほうがいいさね」
「エギスっ!」
俺は叫んだが、しかし叫んだだけではどうにもならない。
「『受胎告知』」
恐らく、その天啓はエギスの『模倣神技』を解き、防御・回避を許さず攻撃をそのままに受け入れろ、のようなものだろう。そんな事、許さない。許す訳がない。
エギスを傷つけることなんて、絶対に許されるはずがない。
「『雷神の重鎚』っ!」
巨鎚はその場に捨てる。地面を蹴り砕くつもりで、いつもよりも強く、強く、その足にへと力を込める。
瞬間、俺の速度は音にも迫ったのかもしれない。
音が消えた。
俺の速度に追い付けなくなったのか、耳には何も入ってこない。景色が放射状に溶けて行って、中心にただ一つ、エギスだけが残ってた。
その速度域では、交錯など一瞬だ。
しかし、俺は取り損なう事なく瞬時にエギスを胸に確保すると、スピードを殺す事なくその場を離脱する。
直後、ポールアックスが神跡の床を穿ち、勢い余ってめりこんだ。
「エギス、大丈夫かっ?」
体重を後ろに、足を前にだして急制動をかけ止まった後、俺はエギスへと声をかける。
その声は、切羽詰まった心配で一杯だったに違いない。
「う、うん大丈夫……」
いつかのように、エギスをお姫様抱っこしているからか、少し顔を赤くするエギスの無事を確かめて、俺は息を吐いてからエギスを下ろした。
「おい、どうなっているんだっ?」
今だポールアックスを抜けていないリーエルの方を見ながら、ゆっくり俺の所まで後退して来た訊く。
「あの羽を出した瞬間、こっちの干渉が効かなくなりやがった。あれはなんだ?」
「あれは、『セラフィムの聖翼』。この神跡の……」
その言葉に、俺がまだ言いかけていたにも関わらず、ミヒャエルは声をあげる。
「セラフィム……そういうことか。天使九階の階位を上げて、俺のリクエストを遮断したって訳かよ」
「ああ……だからどうするっ!?」
そして俺の慌てる声を聞きながら、ミヒャエルは何の気も無しに告げる。
「ああ、なら問題ない」
「え……?」
いっそ呆けた、とまで言い得るであろう声に、ミヒャエルは全幅の信頼を置くように言う。
「今度こそ頼んだぞ」
それだけ言い捨てて、再びリーエルの元に歩き出すミヒャエルを見て、俺は今度こそ信用しようと決める。
「エギス」
「ヒロ?」
「……準備をしよう」
そして長剣『レーヴァテイン』を意識しながらミヒャエルの行く末を見詰めた。
ミヒャエルの足取りは変わらない。
ちょうど、さっき罠に掛かったときを彷彿させるよな光景に、リーエルの方も戸惑っているようだった。
その間に、ミヒャエルはその言葉を呟いた。
「Mikha'el」
それは、怒りと反乱の鎮圧を告げる暴虐の言葉……。
ではない。
それは。
それは、神に仕える最大の使徒にして、神の玉座に、神を除いて最も近き者。
つまり。
天使九階第一位を示す、響きだった。
「あ……そうか」
そう。
思い出してみよう。
ミカエルとは、その伝承より熾天使セラフィムと、混同される存在ではなかったか?
つまりは。
ミカエルそのものも、熾天使と呼ばれる存在でもある訳だ。
熾天使としてのミカエル。
王国最強が、軍を率いる指揮官としてではなく、一人の戦士として戦うときの、切り札。
「嘘だ、そんなことがある訳無いさ」
「現実を見ようぜ、お嬢さん。俺もこの切り札まで使わされるとは思わなかったけどな」
同じ熾天使級の天使同士、たがいにその権能に干渉できる。その法則は、大天使同士の時と変わらない。
セラフィムの力の片鱗を振るう者と。
セラフィムの翼の一端を振るう者。
その力は、甲乙付けることなど出来ないだろう。
だが、そこで第三者の介入があれば?
「Levatein」
「……っ!」
魔法的な対策は、全て同じ権限の者にキャンセルされ。
「『蛇髪女怪の石眼』」
物理的に範囲から逃れようとしても、足を石化されては逃げることは出来ない。
吐き気を催す純粋魔力が高まる中で、絶体絶命のリーエルだったが、しかし魔族としての誇りは残っていたらしい。
「ふっ……負けたさ」
次の瞬間、世界でさえ焼き滅ぼす終焔が、リーエルの体を飲み込んで行った。




