元勇者、理解不能な現場に遭遇する
もう一度状況を確認しよう。
大部屋の中にはリーエルとフィラエ兄妹がいた。
兄のアセトは気を失っているようで、リーエルに担がれており、逆にアセトはリーエルに噛み付くような態度を取っている。
そして。
『神遺物』を復元した?
分からない。
アセトの発言の真意も、この状況も、何もかもが。
「おい、何をやってるんだっ!」
その硬直した状況を打破したのは、ミヒャエルの太い声だった。
その声でやっとこっちに気付いたのか、アセトはこちらを見ると安堵したような表情を浮かべ、助けを求めた。
「助けてください、この知らない人がお兄ちゃんを人質に脅迫をしてくるんですっ!」
「……?」
その声に、俺はますます混乱する。
リーエルが脅迫? それにリーエルを知らない? 年齢を考えれば、リーエルはフィラエ兄妹が冒険者を始める前から神跡に潜っていて、あらゆるパーティーから爪弾きにされているはず。
つまり、この街で冒険者をやっていく以上知らなくてはいけない相手のはずなのに……?
そしてアセトに遅れること数秒、こちらを振り向いたリーエルは、あたかも存在してはいけないものが存在するのを目撃したかのように、大きく体を震わせると一つ呟きを漏らす。
「なっ、なんで騎士団団長と人間の勇者がここにっ!?」
意味が。分からなかった。
人間の勇者。そんな語句を使う必要があるのは、人間以外の勇者が存在してる事を知っている、魔族側の者だけだ。人間から見れば、勇者は『勇者』と『魔勇者』だ。人間の勇者なんて言葉は、どう足掻いたって出てこない。
「……?」
俺の隣のエギスも、状況が把握しきれなくて、何も言え無いようだった。
だから。
それは、ある意味当然だったのかもしれない。
ミヒャエルが、一番最初に行動したのは。
「そこのオレンジ髪のお嬢さん。ちょっと話を聞かせてもらうぞ。拒否は認めねえ。黙秘する場合は、力付くにでも聞き出させてもらうぞ」
ミヒャエルが、殺気をこれでもかというくらいに出しながら歩き出すのを見て、やっと俺の思考が追いついた。
つまりは、リーエルは魔族側なのだと。
信じたくない、信じられないが、考えれば考えるほど肯定の証拠ばかりが当て嵌まっていく。
俺達がセーラムの街に来たとき、撃破の大熊が現れた。あれは、魔勇者に終われて出て来たのかとも思ったが、そもそも魔勇者は当時数日前にはエギスが倒している。あのレベルの魔物がそれに気づけない訳が無い。つまり、大量の魔物だけでなく撃破の大熊もエインヘリヤルで出されていたのだ。
あの時混乱の中、一度全員を壁の中に入れようと検問も動いていた。潜り込むのは簡単だっただろう。そして中で冒険者登録証さえ作ってしまえば、出入りは自由になる。
中で俺とエギスに話し掛けてきたのも、もともとこの街に住んでいる冒険者に声をかけても、即座にバレるからだ。
「う、そだろ……?」
そして最後の大規模魔物襲撃があった時、俺達の後ろにはリーエルがいたのに、門のところにいた職員さんは何と言った?
『あなた、初心者でも構いません、生き残ることを優先しながら倒してくださいっ!』
そして、この前のエインヘリヤルとの戦いの時。あそこでエインヘリヤルにかけられる援護は、リーエルが神跡探索で使っていた感覚と、良く似ていなかったか……?
「……仕方ないさ」
そこで、リーエルは呟いた。
そこで俺は否定の言葉を期待する。そう、否定して、この状況は何かの冗談だと断定して欲しいのに。
「ここで、計画を果たすしかないさっ!」
その言葉は、肯定の言葉だった。
突如リーエルからほとばしる殺気に、感じる死の危険に、本能が強制的に意識を目の前へと向ける。
「え……?」
そして、リーエルに一番近いところにいたアセトが最初の標的となった。
間の抜けた声を上げることしか出来ず、いつの間にか腹に撃ち込まれた拳に、抵抗さえ許されず気を失い地面に倒れる。
その隣へ無造作にウシルを落とすと、リーエルはこちらに向き直った。
「魔勇者の失敗を一緒に雪がせてもらうさ。ミヒャエル・カリバーン、人間の勇者。……その命を貰い受けるさ」
この台詞にて、やっと魔族の狙いが分かった。魔族は、この街でミヒャエルを殺すつもりだったのだ。
魔勇者で俺を、リーエルでミヒャエルを殺すことで、王国の防衛能力を下げようとしたのかもしれない。
「ヒロ、行くぞ」
そうして、魔族からの刺客との交戦は思いもしないところで始まった。