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元勇者、久しぶりの神跡に潜る

翌日は、珍しく雨模様だった。


 「うわあ、すごいね……」


 その日も、他の街の冒険者ギルドでは珍しいことに、冒険者ギルドは人々でいっぱいだ。


 普通、雨の日は冒険者はあまり仕事をしない。雨の中魔物を戦うということは、想定と異なるコンディションで命をベットする作業に手を出すという意味になる。そこまで命知らずな奴は少ない。そして知らない初心者は死ぬか、恐怖を刻み込まれて雨の日は出掛けない派に即座に転向することになる。


 では、なぜ冒険者ギルドに人がこんなにいるか、というと。


 「これが、神跡の効果なんだね……!」


 「ああ、みたいだな」


 エギスの知らないものを見る嬉しそうな声に、俺も賛同するように頷く。


 つまりは、そういうことだ。


 構造物内である神跡は、天候など関係が無い。雨の日だろうが、雪の日だろうが、例え槍が降っていたとしても内部は一定に保たれてる。


 つまり、どんな日でもやる気さえあれば神跡は平等に門戸を開いている訳だ。


 「そういえばウシルとアセトがいないな……」


 活気のある冒険者ギルド内を見ながら、俺はぽつりと呟いた。ここ毎日のように挨拶を交わしていた相手がいないのは、少しばかりの違和感がある。というか、少し寂しい。


 「今日は雨だから休んでいるのかな……」


 「だと思うけどな。どう見ても神跡専門ではなかったし、今日は依頼を受けないんだろう」


 そして、神跡専門の冒険者でも無い俺とエギスが、雨の日にも関わらずどうして冒険者ギルドへと顔を出したかというと。


 「よう、来たなヒロ、お嬢さん」


 不敵な笑みを浮かべる王国最強、騎士団団長ミヒャエル・カリバーンが俺達を呼んだからだ。


 昨日俺とエギスが泊まっている宿に帰ると、ミヒャエルからの『明日冒険者ギルドで待つ』という伝言が届いていた。


 それに従って俺とエギスはここに来たのだ。


 「ああ、ミヒャエル。……手合わせか?」


 これまでとは逆に、先に待ち合わせようの席についていたミヒャエルの前に立って、この呼出しの理由を知らされていない俺はそう尋ねる。


 「ああ、そうだぞヒロ。待ち望んだろう?」


 ミヒャエルはそうニヤリと笑うと、今度は逆に俺達に聞いていた。


 「ったぁ言っても、今日は雨が降ってる。どこか屋内で広くて、かつ戦闘に耐えて、かつ人通りが少ないところを知らねえか?」


 「……」


 その言葉に、俺は腕を組んで考える。


 雨が当たらなくて、戦闘で壊れる心配がなく、一目を心配する必要のない場所……。


 (……そんな都合の良い場所、あるのか?)


 俺は思い付かず、助けを求めるようにエギスの方を見ると、エギスは意を得たかのように頷いた。


 「あそこ……Srp.巨大型(ジャイアント)突撃の古巨角牛(チャージオーロックス)・変異種と戦った大部屋なんてどうかな?」








 という訳で、三人で神跡潜りだ。


 「神跡の中か。入るのは初めてだ」


 「ああ、中にはSrp化した魔物がいるからな、気をつけろよ。……エギス、道分かるか?」


 「なんとか大丈夫そう……」


 地図を持ったエギスを先頭に、俺とエギスとミヒャエルは、神跡の白い構造体の中を進んでいた。


 俺は必要なものを背負い、着色石を持って角毎に置いているがミヒャエルは完全に手持ち無沙汰だ。


 というより、この中で(暫定)一番強いと思われるミヒャエルが万事に対応できるように、手を空けておいた方がいい。


 やはり入口に近い方は、既に他の冒険者に狩られているのか魔物とは遭遇しなかったが、未開拓領域として冒険者ギルドに報告した、しかしまだ他の冒険者には公開されていない例のエリアに近づくに連れ魔物の気配は濃くなっていく。


 「ふうん、確かに迷宮だな。こんな同色だらけじゃすぐに現在地を見失いそうだ」


 「だろう? おまけに魔物まで白いとなると、面倒臭くてな」


 「ヒロ、これはこっちだよね……?」


 「……ああ、そうだと思うが」


 そうして、以前通ったルートをたどる内に、やはり魔物とは遭遇する。


 Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)


 人を飲み込むことさえ簡単に出来る、純白に彩られた天使とも解釈できる魔物。


 「出た!」


 「ミヒャエルっ!」


 俺とエギスの叫び声に、ミヒャエルは全く動じず純白の蟒蛇(うわばみ)に立ち塞がる。


 「Mikha'el」


 それは、反逆への怒りの言葉。裏切った同胞の思い上がりを、激昂を以って叩き潰す、怒りと暴虐が開戦の狼煙。


 天使を総帥し天軍を象徴、天使九階第一位、セラフィムとも混同されることもある天使九階第八位、『大天使』ミカエルの『模倣神技』の使い手の証。


 いっそ緩慢な、以前見たときよりもかすかに遅く、丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は口を開ける。


 どこか粘着質な音が響き、純白の蟒蛇(うわばみ)は餌を見つけたとばかりに飲み込もうとする。


 しかし、その遅さは王国最強の前では致命的だ。


 「おおおっ!」


 自軍指揮下の能力強化、特効付与した一撃は、ただの一閃でSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)を両断する。


 「なんだ? 手応えが無いな……」


 その一撃を放ったミヒャエルの方が首を傾げるほど呆気なく、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は倒される。


 「お疲れ、ミヒャエル」


 「いんや別に疲れてはないけどよ。なんだこれは、これなら通常種の方が強いかもしれないぜ?」


 そんなミヒャエルの言葉に、俺は笑って首を振る。そんな訳がないだろう。ミヒャエルの強さは振り切れているから、相手の強さの細かい区別が付きにくいのかもしれない。


 「ははっ、流石にないだろう」


 「いや、俺が断言してやるよ。王国騎士団団長としてな」


 そんな風にミヒャエルと言い合っていると、エギスの頼み声が俺に向けられた。


 「ヒロ、先に剥ぎ取りを手伝ってくれる?」


 「ああ、分かった」


 俺がミヒャエルとの話を切り上げてエギスの所へ行くのを、ミヒャエルはほほえましいものを見るように眺めていた。


 「エギス、あとどれくらいだ?」


 剥ぎ取りが終わり、一段落してから訊いたその声に、エギスは地図の一点をさして答える。


 「今はここ、目的地はここだから……」


 そういって指をスライドさせた先にはなるほど、手書きで大部屋が書かれていた。市販の地図に、エギスが後で書き足したのだろう。


 「なるほど、あと少しか。とすると、ここを曲がった先が……」


 「そう、ヒロがこの前焼き切った所だね」


 どうやら気付かない内に、かなり近くまで来ていたらしい。そんな感じは全くしなかったのだが。


 「ミヒャエル、あと少しだ」


 「そうか、そりゃあよかった」


 深く潜っている事に気付かなかった要因は……やはり。


 「だが、それにしちゃあ人の気配があるな。先客がいるんじゃ場所を変えなきゃいけないかもなあ」


 ミヒャエルの言った通りだった。


 さっきから、かすかに人の声が聞こえてくる。広い神跡の中で、パーティーが鉢合わせするのはかなり珍しい。だから、人の声が聞こえるイコールまだ低層にいると思い込んでしまったのだろう。


 そうこうしている内に、大部屋への隠されていた道、俺が『レーヴァテイン』で焼き切った所まで来てしまった。


 明らかに今までとは違う、壁の断面の先からは人の順応出来なさそうな白い光が差し込んできている。


 純粋過ぎて生きていけないと思わせるような、綺麗過ぎて人を拒む後光が。


 そしてそれを貫くかのように、奥から人の話し声も。


 「どうするヒロ、先客がいそうだぞ」


 ミヒャエルの言葉に、俺とエギスは顔を見合わせる。


 「どうしよう……?」


 不安そうな瞳のエギスに、俺はため息を一つついて決断する。


 「とりあえず行って、話をしてみよう。ダメならまた探せばいいさ」


 「……そうだね。よし、行こうヒロっ!」


 そうして俺とエギスは、再び神跡最新部の地を踏んだのだった。








 「おいヒロ、まずいんじゃねえの?」


 「わたしもそう思う、大丈夫かなあ?」


 大部屋に近づくにつれ、人の話し声の内容がなんとなく把握できるようになって来た。


 片方が片方に食いかかっている。


 どうやら、なにか揉めているらしい。


 他人のトラブルに巻き込まれるのは俺だって御免だが……。


 「……もう遅いだろう。もうそこだ」


 もう、大部屋まであと10歩ほどの所まで来てしまっていた。


 大部屋の中は純白の光に満たされていて、良く見えないが、声から複数人の人がいるのだろう。


 「……仕方が無い、手早く仲裁して使わせてもらおう」


 「……そうだね」


 そうエギスと判断して大部屋に入った瞬間、こんな光景が飛び込んできた。


 それは。


 気を失ったようにぐったりしたウシルを担ぐリーエルと、リーエルに凄い剣幕で突っ掛かっているアセトだった。


 「言われたとおり『神遺物(レリック)』を『復元』したんですから、お兄ちゃんを返してください!」


 「……?」


 俺は、全く状況が理解できなかった。




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