元勇者、冒険者ギルドで失敗の上で少女と知り合う
「とりあえず、冒険者ギルドに行くか。それがテンプレだし、そもそも俺は戦闘経験あるから転移したての時より有利だしな」
王城から出た俺は、冒険者ギルドに向かって歩いていた。
歩きながら俺は、この世界の……いや、魔法のルールを思い出す。
最初は単純に魔法イコール『模倣神技』だと思っていたが、そうじゃないことがこの一年で分かってきた。
この世界の魔法は、まだ未発達だ。それは、この世界の魔法の別称からも推し量ることが出来る。
いわく、『模倣神技』。
俺達が元の世界で知ったような魔法は、神の武具を、御技を、人間が模倣し広く人間に使えるようにデチューンしたものだ。
だけど、この世界はまだその域に達していない。未だ模倣するだけに留まっている。
だから、魔法の使用にある一定の条件が存在している。
つまり、使用者の存在が扱う魔法のベースとなった存在に似通っているかどうか、だ。
だから、この世界の人間は、根本的に一つの『模倣神技』しか使えない。そりゃ一つの技に複数の効果を持っているものを模倣した魔法は、見た目には沢山の魔法を使っているように写るかもしれないが、本質的には一つの『模倣神技』でしかない。
この一人一『模倣神技』法則は絶対だ。何故なら一人の神様がなんでも出来るなら、一人で全てを支配すれば良い。出来ないことがあるから役割分担をして、この世界を治めているのだ。つまり、神様と相似形である事を利用して、神様の技術を模倣している限り、神様の属性に縛られるということになるのだから。
その原則からは、俺も逃れられない。
俺が似通っているのは、『レーヴァテイン』。焔界の支配者たる存在が持つ、世界を焼き滅ぼす事すら出来る極悪な剣だ。
だから、これがこの世界ではチートになり得る。
『トルの寵愛』。
ただの加護であるこれは、俺が『レーヴァテイン』に存在が似通っていて、かつ神『トル』の寵児である事を示している。
つまり、俺は間接的に『トル』の権能を振りかざすことが出来るのだ。
……と、そこまでは良かったのだが、寵愛の効果がまずかった。いや、ショボかった。
力のステータスの大幅上昇。
考えてみれば、トルというのは怪力の神だ。主武装としている鎚は、天上でトル以外に持ち上げることの出来る者が一人しかいない程に力が強い。
そんなトル神の加護だから、確かに補正度合いは高いのだろうが……なにせ、『レーヴァテイン』という世界を焼き尽くす程の攻撃力を保有している俺にとって、単純な物理攻撃力増かはあまり意味が無い。
そんな訳で、俺の戦闘スタイルは、超高補正された力のステータスにものを言わせて通常では考えられない重さの鎧を身に纏い、最強の範囲攻撃である『レーヴァテイン』を確実に発動させて大量の敵を焼き尽くすものに決定した。
ちなみに装備はこの一年愛用している兜の無い黒をベースに青で装飾された鎧と、金属製の巨鎚、そして長剣だ。
魔法が未発達というのは、武具の面ではプラスに働いている。なにせ神々の武具をも造ったと言われている黒小人の技でさえ存在が似通っていれば模倣出来るのだ。さすがに全ての攻撃を防ぎきる聖楯『アイギス』と同等のものを作ることは出来ないが、数トンにも及ぶ鉄塊に高度な魔法防御力を付与しそれを圧縮して、一個の鎧を作るくらいのことは出来る。巨鎚も同じ工法で造られているが、長剣だけは別だ。あれはたった一つの能力付与しかされていない。
「登録を済ませたら、宿も探さないとなぁ。出来れば一階が良いが」
王城から手切れ金としてもらった額は、ここ三日くらいを過ごすことの出来る量しかなかった。早めに資金を稼がねばならないが、冒険者登録費用や一日二日泊まって腰を落ち着ける分はなんとか足りてくれるだろう。
余談だが、俺は民衆の目の前に出ていない。確かにカリスマも格好よい所も無いし、と当時は納得していたが、勇者がコロコロと変わることが分からないようにするための策だったのだろう。
そんな訳で、俺が冒険者ギルドの建物に入ったとしても姦しい声や羨望の声は上がらない。ただ、俺みたいに若いのがこんな重装鎧を装着しているのが不可解なのだろう、胡散臭そうな目を向けてくるのが数人いるだけだ。
現在は昼ごろ。
普通の冒険者は朝早くからクエストに出かけるため既におらず、さらに昼飯時ということで人がほとんどいない冒険者ギルドの中を進んで行く。
流石にこの重装鎧を見て突っ掛かってくるチンピラはいないようだ。
もしチンピラが襲ってきたら、俺の腕では流血無しに事を収められる自信が無い。なにせ今まで魔族とその下位存在である魔物としか戦ったことはない。手加減なんて分からないのだ。
チンピラが突っ掛かって来ない事に安堵しながら向かう先は、もちろん冒険者登録カウンターである。
「あのー、冒険者登録したいんだけど」
カウンターにたどり着いて、そこの受付嬢に話しかけた俺だが、心の中は興奮でいっぱいだった。
なにせ俺が元の世界で散々読んだ、冒険者登録をするのだ、興奮しない方がおかしいというものだろう。
「はい、冒険者登録ですね。文字は読めますよね? ではあちらの机でこちらの紙へ必要事項を記入して、またここへ持ってきてください」
「分かった」
内心で歓喜しながら紙を受けとって、指定された机へ向かう俺。道中で目を通してみると、書くべきことは『氏名』『性別』『年齢』『誕生日』『戦闘で使う魔法は(公表はしません)』『今までにソロで倒した一番強い魔物』だった。
「よし」
俺は早速書くべく、椅子に座って……。
(ヤベッッッ!!)
その瞬間、俺は失敗に気付いた。
切り替えをし忘れたのだ。
けれど、もう俺には成す術はない。ただ弁償代金が低いことを祈るだけだ。
俺の鎧に包まれた尻が重力に従って落ちていき、そして当然の帰結として椅子に接触する。
そしてわずか一瞬の後に。
椅子が爆砕した。
ドッゴォォォォンッッッ!!
と、凶悪な音が炸裂する。
椅子の破片が、まさに爆発が起きたかのように周りに飛び散った。
世界がスローモーションで進む。あまりにも情けない失敗に、羞恥で思考が加速されているのだろうか。そうだとしたら、そっちの方がよっぽど恥ずかしい。
そのままほとんど時間差なく床に激突しそうになるが、かろうじて鎧に魔力を一瞬だけ通し、切り替えに成功する。
次の瞬間床に尻が激突するが、床が割れるような事はなかった。
(間に合ったか……)
俺は冷や汗をかきながら思う。
俺の鎧は、模倣された黒小人の技術を使って、数トンの鉄塊を圧縮し一つの鎧を作り上げている。
『トルの寵愛』のおかげで身に纏うのには苦労しないが、接地面には注意が必要だ。数トンを支えきるだけの強度が無い場所だと、最悪二階の床を貫通したり沼地に際限なく沈み込んでしまう。
そんな訳で、俺の鎧には黒小人の『模倣神技』を使って、魔法防御以外にも一つだけ効果が付与されている。
それは、『重力分散』。
俺の装備重量を接地面だけではなく、周囲の一定範囲内に均等にかけるようにする効果付与だ。
ただし、このエンチャントは通常、足の裏にかかる装備重量を周囲に分散させるものだ。こうやって座るときなど、接地面が変わるときには鎧に一瞬魔力を流して切り替えを行わなければならない。それを怠れば、待っているのは今のような弁償地獄の人生だ。
思い切り尻餅をついた体勢から上半身を起こした俺が遭遇したのは、静まり返ったギルド内の空気だった。
「…………」
まさか冒険者登録に来た初心者が、きちんと鎧を着た者でも座れるように頑丈に造られた椅子を爆砕するほどの重量を持った鎧を着ているとは思わなかったのだろう。逆にそれほどの装備を身につけているという事実は、彼らが知らないだけで俺はある程度の実力者である可能性を彼らに想像させてしまっている。
そんな空気の中、冒険者ギルドの端の机に座っていた少女だけが、俺に反応した。
「あはははははっ! はははっ、あはははははっ!」
少女は片腕でお腹を支えながらに近づいてくる。
そんな少女に、俺の目は釘付けになった。
その少女は、軽装鎧を身に纏い、小柄な彼女の体格にあったやや短めの剣を腰に下げている。役割は軽装前衛というやつだろうか。
なんと表現すればよいのだろうか。
少女の髪色は、控えめに瞬く綺麗な緑色。
それも、鮮やかすぎるほどではない。
ただ見るだけなら少し綺麗だ、と思うだけだが、ふっと陽の差した瞬間だけ、儚く薄い黄金色に輝くような、緩く照らされたオリーブオイルを想起させる美しい色合いだ。
その髪は、補うように少女の瞳を際立たさせる。
それは、どこまでも続く水平線に飲み込まれるような、純粋にたゆたう蒼。
どこまでも広がる蒼穹と、彼方にまで連なる穏やかなる大海が出会う、インフィニティエッジをどこまでも、どこまでも抽出したような、輝かしい瞳だった。
「キミ、大丈夫? そんなに重い鎧を着ているなら注意しなきゃダメだよ?」
涙を片手で拭いながら、尻餅をついたままの俺へ差し出された手に、俺は現実へと帰還しつつ罰の悪そうな声で答える。
「……、ああ、悪い」
そうして少女が差し出した手を掴んで、俺は立ち上がろうとする。
ここで。
俺は再び、そして少女は不注意な事に、忘れていた。
もう一度確認しよう、俺は数トンにも及ぶ鎧を着込んでいる。
そんな状態で、軽装鎧を着た少女、つまり装備重量を含めても俺の装備の10分の1に達するか怪しい少女の手を引いたら、それが起きるのは必然だ。
即ち。
「きゃっ、ちょっ!」
俺の質量を引っ張るほど力の無い少女は、俺の胸の中に飛び込んできた。もちろん鎧ごしだから感触なんて味わえる訳が無いのだが。
俺と少女は、至近距離で視線を交え合う。
すると、みるみる間に少女の顔が真っ赤になっていく。
(あ、可愛いなこの子)
俺が鎧の上に少女を乗せたままそんな事を考えていると、やっと少女からの反応があった。
「ちょっとっ! 死ぬまで殺すよっ!?」
真っ赤な顔で、所々羞恥にまみれた声で言うところも可愛いな、とのんきに俺が思っていると、次の瞬間俺の頬に紅葉マークが刻印されたのだった。
挿絵は下新野様にいただきました。