元勇者、遭遇する
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「イシスの『模倣神技』」
アセトは少し離れて兄妹を追い掛けている俺達に説明するように、静かな声が森のざわめきにと共に震えている。
「その効果は、『状態復元』。物体、またはオシリスに連なる者を対象に、指定した状態へとそのものを復元するの」
つまりは、物体……小型円盾を、傷が付く前の状態に復元したということ、なのだろう。
「便利だな……」
「うん、継戦能力に大きく有利が取れそうだね」
俺の呟きに、エギスもそう呟いた。
人物の復元するのにかなり狭い条件が必要だが、物体にこの『模倣神技』をかける場合には特に条件は設定されてない。どこまで状態を復元できるのかは分からないが、今のように不慮の事態に対する保険としては十分過ぎるほどに十分だろう。
だが。
「それでも、二人パーティーとしては少し、な」
「うん、二人パーティーに戦闘に携わらない人を入れるのは、少し危ないよね」
確かにイシスの『模倣神技』は強力だが、戦闘向きではない。五人ほど以上のパーティーなら荷物運び用や、戦闘時以外のサポート要因として非戦闘員を加えることもあるが、それよりも少ない二人パーティーの片方が、戦闘能力を持たない、というのはかなりの問題になる。
アセトは見た感じ、腰にポーチをいくつか、そしてポケットが多い服装をしているだけで、目立って武器は持っていない。
少し厳しい、というのが俺のこのパーティーに対する感想だった。
「エギスさんとナオヒロさん、この先にあるいろんな薬草の群生地まで行こうと思うんですけど、良いですか?」
そんな時、ウシルが俺とエギスに訊いてきた。
俺は難しいと思うが、一応エギスに目線で訊いてみる。
「……うん、とりあえずやってみよう。何事も経験だしね」
失敗するのも経験だ、という意味合いを込めて放たれたエギスの言葉だったが、ウシルは許可を出されたことに嬉しそうに頷いた。
そして、こう宣言してニヤリと笑った。
「もう、大丈夫です」
◆ ◆
Cランク以下の冒険者は、『採取』依頼か、分類外のランクに関係なく受けられる雑事しかすることは出来ない。
それは、まだ戦闘能力を保証できない人間が本当に討伐して欲しい魔物を討伐出来なくて、さらに被害が拡大することを防ぐため、またその冒険者の犬死を防ぐためである。
しかし、だからといってCランク以下の冒険者が魔物と遭遇しないということではない。
彼らが『採取』依頼に赴く場所も、そこは魔物の棲息域であることに疑いようはなく、確実に倒せると認定されるまでにも、魔物との戦いは繰り広げられているのである。
「Osiris」
「Isis」
狭い森の中で、怒りに燃える絶叫のような、愛する者を取り戻そうとするような声が響く。
相対するは、這い寄る混蜥蜴の群れ。
ランクはC。灰色を基調とした何とも言えない混沌のような体色を持ち、まさに蜥蜴という動きで這い回る。
とはいえ、そこまで強い訳ではない。ランク相当の強さで、初心者でもきちんとパーティーで戦うことが出来れば、かろうじて倒すことの出来る敵だ。
しかし、こちらは未だDランク二人。そうとう厳しい戦いになると考えられるのだが……。
それを。
調った『準備』とやらは、軽々と覆す。
「風礫」
呟いたのは、アセトだった。
「イシスの『模倣神技』は、対象の状態を復元する。それは、空気であっても例外じゃないの」
どこかにいるだろう、風を操る『模倣神技』を戦闘に転化して扱っている風使い。
それが、今どこかにいるのか、過去にいたのかは分からない。しかし、その風が操られたという記憶だけは、世界の中に刻まれている。
あとは、その状態を『復元』するだけ。
撃たれた直後の風礫を目の前の空気に『復元』すれば、それは間接的に風を操ることと同義になる。
放たれた風礫は、確かな威力を以って這い寄る混蜥蜴の地肌をえぐる。
だが、致命打ではない。
這い寄る混蜥蜴の鱗は硬い。まったく通用しない訳ではないが、硬い鱗とその下の脂肪層のせいで、大底の一撃は鱗を剥がし、脂肪層をえぐるに留まってしまう。
そこに。
「うぉぉぉおおおおおっ!」
ウシルの剣閃が煌めいた。
その何の変哲もない一閃は易々と鱗と脂肪を切り裂いて、這い寄る混蜥蜴の皮下へと食い込んで行く。
「……っ!」
エギスが驚愕に息を飲んだのが分かった。俺も昔こいつと戦ったことはあるが、巨鎚で一発だったのでその凄さは実感できないが……、エギスがこう反応するということはそれなりなのだろう。
エギスが火力の出せる『模倣神技』ではないことも関係しているのかもしれない。
剣が中途半端に刺さった時、というのは刺された物の重さが剣にかかって引き抜きにくくなるものなのだが、そんな様子もなくウシルは簡単に剣を構え直す。
明らかに、最初よりも能力が強化されている。
俺は今までの兄妹の行動を思い出し、その原因を推定する。
ウシルの『模倣神技』はオシリス。
殺されることによって幽界の座にまで蹴落とされた、古き時代の主神であり、算奪者を倒して次なる主神へと駆け上がった存在の父。
そして、兄妹の言葉。
『これで三体目だね、お兄ちゃん』
『そうだな、朝の分と合わせて……準備が調った』
考えられるのは……。
「オシリスの『模倣神技』……。それは、その手で奪った命の数だけ能力を強化する、なのか……?」
そして、Dランク冒険者パーティーに、Cランク這い寄る混蜥蜴は討伐された。
「大丈夫だったでしょう?」
危なげない交戦に、ウシルはどこか意味ありげにこちらに笑いかける。
俺の呟きも聞こえていたのだろうか。
でも確かにこの『模倣神技』なら、魔物を殺してこの森の攻略難易度以上にの能力がなってしまえば、もうあとは心配する必要はない。
大丈夫、という言葉の根拠は十分にあると言えるだろう。
だが、慢心すればそれまでだ。
「さあ、どうかな」
俺はそれだけウシルへ言うと、エギスに声をかける。
「そうだろう、エギス」
「うん、まだ分からないよ」
その言葉に、俺も間違ったことを言っていない事を確認できて、小さく息を吐く。
それに気付いたエギスが、俺の方にかすかに笑みを見せた。
「ギルドに達成を報告するまでが依頼だからな。群生地に行くんじゃなかったのか?」
「それはそうですけど……。でも、もうすぐですから」
ウシルはそれだけ言うと、アセトの所に戻って行ってしまう。
おそらく、褒めてほしかったのだろうということは分かる。
だが、褒めて伸ばすというのは出来ない者に大しての手法だ。出来る者には厳しく接さないと、驕ってしまうかもしれないからだ。
それからの群生地への道筋は、魔物を見つけても兄妹がすぐに倒してしまうため、とてもスムーズに進んだ。
次々魔物を切り捨てていくその姿は、誰が見てもDランク冒険者とは思えないだろう。
そんなことを考えていると。
「きれい……」
エギスのそんな声が俺の耳に入って来た。それにつられるように顔を上げると、この欝蒼とした森が急に途切れ、目の前には幻想的な光景が広がっている様子が目に飛び込んでくる。
そこは、およそ直径50メートルほどの円状空間だった。
いっそ眩しいほどに降り注いでいるはずの太陽光は、不思議なフィルタにかけられているかのように柔らかい。
空気にはどこか優しい色合いの球が飛んでいるような錯覚を覚える。
そんな、ゆったりとした優しい雰囲気の中で、膝下くらいの植物が群生していた。
薬草の群生地。
そこに行く、そう聞いていたが……。
「これがただの群生地かよ」
思わず俺はそう呟いてしまった。
ここまで神秘的な空間で育ったら、どんな草でも何かしらの効能が発揮されそうな気もする。
「よし、採るぞ」
「うん、お兄ちゃん」
兄妹が言葉を交わし、薬草の収穫にかかる。
そんな声に俺は意識を現実に引き戻され、エギスに声をかけよう……っ!
ゾワリ、と。
強烈な悪寒が、唐突に俺を襲う。
「エギ、ス。分か、るか?」
「……どうしたの? 向こう側に人がいるのは感じたけど……」
エギスでも正確に把握できていない。
その事実が、どうしようもなく悪寒の示す事象を裏付ける。
現在、この世界で最も俺が接して来たと断言できるもの。
ここ最近、『勇者召喚魔法』に続いて活性化してきた者。
「……魔族」
「っ!?」
その呟きに、エギスは衝撃に撃たれたように俺を見上げた。