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元勇者、二人きりの時間を楽しむ


 「公演開始時間、ですか?」


 「はい、いつ頃からですか?」


 東広場に広がるテントの場所へたどり着いたエギスは、最初に目に入った劇団員らしき人にそう訊いた。


 「たしか、夜の六時だった気がしますけど……おい、そうだよな?」


 「ああん? どういうことだよ」


 その劇団員の人も、別の人に確認してからエギスにもう一度伝える。


 「今日の夜六時開演ですが、入場は五時から出来ます。でも、いつも人気で並ぶので、良い席を取りたいのならもっと前に……それこそ一時間くらい前に来た方が良いかもしれません」


 しかし、俺はそんなことを気にする余裕は無かった。


 テントに描かれた劇団の名前は、『劇団詩季』。


 「まさかの同郷人の仕業、なのか……?」


 「どうしたの、ヒロ?」


 「いや……ちょっとな」


 「……?」


 不思議そうに首を傾げるエギスだが、しかし俺がまだ異世界人ということを話していないのに、まさか話せる訳もない。


 ここは、こうごまかすしか無かったのだ。


 「それでヒロ、四時までどうしよう……?」


 どうやらエギスは、良い席を取るためなら二時間の待機を我慢できるタイプらしい。別に俺も構わないから良いのだが。


 「どうしような」


 エギスの言葉を聞いて、俺も思案げに中空を見上げる。


 「といっても、俺もこの街のことをよく知らないしな……。エギスはどこか行きたいところあるのか?」


 「そうだね、わたしが行きたいところ、か……」


 俺の言葉に、俺と違って可愛いらしい仕種で考えるエギスだったが、うん、と一度頷くと、とんでもない事を言う。


 「ヒロの選んだ所に行きたいな……?」


 「っ!?」


 その言葉に、俺は確かにたじろいだ。


 「だめ、かな……?」


 「いや、そういう訳ではないんだが……」


 でも、そんなことを言われてしまっては、断れない。断れる訳がない。


 「どうしようかな……」


 俺はなんとかその要望に答えるべく、頭をこれ以上ないというぐらい捻る。


 元の世界でも、俺はそんなに色恋沙汰に強い方ではなかった。というか、彼女がいたことはない。


 つまり必然的にデートしたことなんてない俺にとっては、それはかなりの難題といえた。


 (ええと……こういう場合はどこが良いんだ……? 読んだ小説はどこに行ってたっけ、どうすれば良いんだっけ……?たしか、たしか……動物園、水族館、遊園地、買い物、映画、あとは、あとは……?)


 そして、やっと思い付いた俺はおずおずと告げた。


 「公園なんて、どうかな……?」








 ◆  ◆








 セーラム中央河川公園!


 セーラムの技術の粋を使って自然そっくりに仕上げた川と、気持ちの良い原っぱ、そして植物園まで備えた市民のための施設です!


 入場は無料(植物園を除く)、どなたでもご覧いただけます。


 さあ日頃のリフレッシュに、または大切な人とともに、河原で涼んで遊んだり、原っぱで寝転がったり、植物園で新たな発見をしたりしませんか?


 是非のお越しをお待ちしております!






 と、俺は紙は貴重……ではないかもしれないが、識字率はそう高くないだろう世界で、宣伝効果は低いだろうチラシに書いてあったそんな言葉を思い出す。


 たしか……この街に入った時に貰ったはずだ。


 いや、学問の街としてしられているこの街では、他の街と比べて識字率が高く、チラシの宣伝効果も確かにあるかもしれない。


 夕暮れも近い午後三時過ぎ。


 俺とエギスは、そんな公園から出てきた。


 「でも良かったね、近くにあって」


 「そうだな、移動時間も少なくて済むからな」


 そんな公園から出てきた俺とエギスは、そんな話をしながら東広場へと歩いていた。


 「楽しかったね、ヒロ。特にあの植物園は凄かったね!」


 「ああ、流石学問の街、ということか。研究も兼ねているみたいだったし、凄い種類があったな」


 他にもエギスと川辺で涼みつつ、すこし川の中に入ってみたり、木陰から風に煽られて不思議と色彩を変えていく原っぱを眺めたりしたのだが……。


 やはり、インパクトというのは最後の一つが持って行くらしい。


 そうこうしている内に、視線の先に広場が見えてきた。


 「流石にまだ人は少ないみたいだね……」


 「ああ、これなら良い席を取れそうだな」


 そこには、まだそこまで沢山の人影は見えない。というか、まだ劇団員の人しかいない位だった。


 「一番乗りだね、ヒロ」


 「ああ。一番乗りだぞエギス」


 おどけた声に、おどけた声で返せば、今日何回もやっただろうに、どこかおかしくなって笑い声が漏れる。


 「早いですねえ、まだ一時間半前じゃないですか」


 受付の人から、どこか嬉しそうに呆れられた俺とエギスは、先に入場料を払って入口に並ぶ。


 今日のお祭り騒ぎを見越してきたように、テントの前に組み立てられた舞台の周りに、食品の露店が並んで行く。恐らく、俺達のような待っている人の、小腹がすいた時を狙っての事だろう。


 「どうするエギス、何か食べるか?」


 時刻は午後三時半過ぎだ。公園で昼を取ったとは言え、間食が欲しくなる時間帯と言って、過言ではないだろう。


 「そうだね、ちょっと食べても良いかもしれないね」


 エギスの言葉に賛同を得て、俺はポケットから財布を探しつつエギスに言った。


 「じゃあ、ちょっと見繕ってくるよ」


 「え、わたしも行くよ?」


 「誰か来て抜かされたら大変だろう?」


 「……わかったよヒロ」


 少し、ほんの少しだけ不機嫌そうな表情を見せたエギスに、俺も少しくらいなら離れても問題ないかな、という気になるが、それでもエギスが納得したように言うのだから、これ以上言うのは失礼だろう。


 「大丈夫、すぐ戻るから」


 俺はそうエギスに笑いかけると、捜し当てた財布片手に露店を目指す。


 「……ん?」


 並んでいる位置からはよく分からなかったが、近づいてみると俺は少しの違和感に気付いた。


 並んでいる露店の品名は、かき氷、トルネードポテト、焼きそば、串から揚げ、クレープ……。


 「……おいおい。前の勇者か誰かが解雇されたあとに広めたのか……?」


 エギスと一緒に食べるなら、おしゃれなものの方が良いだろうと思い、クレープを選択。


 その屋台の前へ到着したところで、俺は得心がいったかのように頷いた。


 「いらっしゃい、小麦をこねた生地にクリームとフルーツを入れた甘いお菓子はどうですか?」


 そこにいたのは、朝俺とエギスが公演時間を尋ねた劇団員だったからだ。


 (なるほど、劇だけじゃなくて周りに珍しい食べ物の露店まで出して稼ぐつもりか。同郷人らしい考え方だ)


 「二つよろしく」


 「はい、彼女さんへの分ですかね?」


 向こうも朝の人だと気付いたようで、ニヤリと笑ってそう訊いてくる。


 「まあね」


 と、俺も適当に返す。



 実際は『まだ』だけど、なれたら良いな、という脳内の思考に気付いて柄でもなく顔を赤くしつつも、俺はクレープを両手に持って、エギスの元に戻って行った。


 「ただいま」


 「おかえり……ってヒロ、それなあに?」


 「クレープ、だってさ」


 「クレープ?」


 エギスの微かな不機嫌さも、クレープへの興味にどこかへ行ってしまったらしい。


 劇団員が言っていた説明をそのままエギスにすると、エギスは目を輝かせて受け取った。


 やっぱり、女の子というのは甘いものに目が無いのだろう。


 「小麦の生地にクリームとフルーツを包み込んだお菓子……、すごい美味しそうだね!」


 「ああ、めちゃくちゃ美味しいと思うぞ」


 大事そうに一口目をかじるエギスの幸せそうな顔に、俺自身も嬉しい気持ちになるのだった。



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