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元勇者、慌てて準備する


 ところが。


 「マズイマズイマズイっ!」


 エギスの、心ときめかせるデート……? の誘いに少し浮かれて部屋に戻ったところで、俺は大変な事に気付いた。


 「着て行く服が、ないっ!」


 そもそも俺は、王城から不要だとして追い出された身の上だ。買う暇も無かったし、騎士団で暮らしていた時代に持っていた服しか持っていない。そして騎士団で着ていたような服なんて、何回も選択してくたびれたシャツだ。いつもの鎧下に着たり、日常で着るのならかろうじて問題はないが、エギスとプライベートで出掛ける時には、流石にマズい。


 「どうすれば……。っ、そういえば!」


 一度全てのシャツをひっくり返してまともなのがないかを確かめ、その結果に落胆した俺は、財布を引っつかんで駆け出した。


 服飾店が、昨日冒険者ギルドから宿屋に帰ってくる途中にあるのを見たような記憶がおぼろげにある。


 「あと、20分……間に合ってくれよっ!」


 俺は視線を道の両側へと左右させ、記憶に引っ掛かっていた服飾店が、まさに今開店ているのを発見すると、ぐっ、と手を握る。


 「えっ!」


 そのままトップスピードでその店に入ると、驚いたように立ち尽くす店員さんに、まくし立てるように告げた。



 「10分で良い服一式を見繕ってくれ!」








 店員さんがお勧めしてくれた服を買うことが出来た俺は、汗をかかないよう歩いて宿屋へと戻っていた。


 撃破の大熊(バスターグリズリー)の討伐報酬がある俺にとっては、これ位たいした出費ではない。


 かなりカジュアルな服装だし、あまりくたびれてしまっては困るので、上着以外はあまり日用使いには使いたくない。ただ上着だけは実用性も兼ね備えている、と店員さんに保証された。今はまだ夏の近い春、梅雨のないこの世界では、じめじめしてない六月で半袖も長袖も両方可能な気温だが、これから冬になれば使う場面も増えそうだ。


 「間に合いそうだな」


 宿屋……というか酒場は、もうあと30メートル程だ。


 俺は安堵するように息を吐いて、少し足を早める。


 財布の中には、まだかなりの量のお金が残っている。今日一日過ごすだけなら、何かが起こったとしても大丈夫だろう。スリは怖いが。


 「悪いエギス、遅くなったか?」


 酒場の入口の方をチラチラのぞいて、いつ俺が来るかワクワクするように待つエギスへ、俺は後ろから声をかける。


 「……っ!」


 ビクリ、と体を震わせたエギスは、恐る恐る後ろを振り返ると、俺の顔を見て少し不満そうな顔を見せた。


 どうやら、酒場から出てきた俺に見せつけて、驚かせたかったらしい。


 「ヒロ、そっちから来たの……? 何かあった?」


 「いや、ちょっとな」


 服を買いに行っていた、と本当の事を言っても良いのだが、それは少し格好悪い。


 更には、その理由をくどくどエギスに説明する余裕も無かった。


 俺の目は、エギスがこちらに振り向いてから、ずっと釘付けだったからだ。


 何にって……、いや、ここにはエギスしかいないだろう?


 「ヒロ!」


 エギスも俺がエギスの私服に見惚れていて、上の空だったことに気付いたようで、すこしはにかみながら、どこか期待するように俺の名前を呼んできた。


 「どう……?」


 それに対する答えは、俺の中に明確に存在したが、それを言うのはブローチの時と比べものにならないぐらい恥ずかしかった。


 「……とても良いと思う」


 「……?」


 俺の口から最初に飛び出たすこし控えめな言葉は、エギスに到達する前に空気に溶けてしまったようで、エギスは俺の神経が焼き切れそうになるくらい、可憐に首を傾げる。


 「……えっと……凄く……可愛い」


 顔が赤くなるのを自覚しながら、エギスの方を直視することが出来ずに顔を反らしつつ言うと、エギスのとても嬉しそうな声が帰ってくる。


 「あり、がとう……。ヒロも……かっこいいね」


 その声から、俺はエギスが感じている少しの恥ずかしさを感じ取ることが出来て、エギスも同じなんだと少し安心する。


 視線をエギスに戻してみると、エギスも恥ずかしそうに目を伏せ俯き、その蒼い瞳が見えないくらいになっていた。かすかに見える頬も、朱が差しかけている。


 俺はそんなエギスをずっと見てみたい、という考えがちらっと頭をよぎったが、そういう訳にも行かない。エギスに誘ってもらった劇に遅れたら大変だからだ。


 「……東大広場だったか? 行こう、エギス」


 俺がそう声をかけると、エギスもなんとか切り替えたようで、顔を上げる。


 「……そうだね。ヒロ、行こう!」


 まだ恥ずかしさは少し残っている声で、エギスはそう宣言した。


 「……ところで、東広場ってどっちだ?」


 「……とりあえず、東に向かえば良いんじゃないかな? 太陽は向こうだから……こっちか」


 「そうだな、とりあえずそうしよう」


 最初に誰かに聞くなんて、そんな野暮な事はしない。俺はエギスと色々な話をしながら、歩きはじめた。








 「へえ、すごいな」


 「そう? 王都の方がもっと栄えてると思うけど」


 エギスと歩くセーラムの街は、どこか新鮮だった。


 考えてみれば、こうしてこの街の町並みを眺めるのは初めてかもしれない。


 セーラムの街にくる前はゆっくりしようと言っていたが、鎧の輸送代金が高いことが分かったり、不自然な魔物の大群に襲われたり、神跡に潜ったりして、全然休むことが出来ていなかった。


 ちゃんとした休日というのは、やっぱり初めてなのだ。


 「いや、活気じゃなくて、建物だよ」


 さすがセーラムの街は神跡と学問の街だけあって、どこの建物もちゃんとしている。


 王都の市場は露店も多かったが、セーラムの街は開いている店の全てがきちんとした実店舗がある商店だった。


 だから、市場というよりも活気のある商店街のような雰囲気を醸し出している。


 「たしかに、王都とはなんか違った雰囲気があるね……。王都は騒がしかったけど、ここは目的を持ってみんな来てる、みたいな……」


 「え? ……本当だな」


 エギスの言葉に、周りを見回してみると、たしかにそうだった。俺とエギスのようにぶらぶら人は少なく、道行く人はほとんど目的意識を持って歩いているように見える。


 「学問の街って言うんだから、学者が多いんだろう? このあとの研究が楽しみだから、さっさと買い物を終わらせるためにきちんと買うものをリストアップしてるのか?」


 「そうかもしれないね、ヒロ。でも、みんなせっかちなだけかもしれないよ?」


 悪戯っぽく微笑むエギスに、釣られて俺も軽く笑う。


 「そうかもな。じゃあみんなに合わせて、俺達も急いで東広場に行くか?」


 「えー、せっかく休みもヒロと一緒なんだから、ゆっくり行こうよ」


 口を尖らしてそう言う……ふりをして俺の様子をチラチラとのぞくエギスに、俺はおかしくなって吹き出してしまう。


 そんな俺に、続いてエギスも可笑くなったかのように笑った。


 「そういえば」


 「どうしたの、ヒロ?」


 俺の言葉にすぐに反応してくれるエギスに、俺は笑うエギスを眺めていて気付いたことを言ってみる。


 「そのブローチ、今も付けてるんだな」


 それは、エギスの私服についている、梟のブローチの事だ。


 俺が、闇売人を説得して譲り受けた、目玉商品。


 「うん……」


 その言葉を聞いて、エギスは恥ずかしそうに俯いてしまう。


 しかし綺麗な碧の髪からのぞく蒼い瞳には、羞恥以外の感情ものぞいていた。


 気づいてもらえた、という事実に対する、喜びの感情が。


 頬を染める朱は、そのどちらのものなのか、俺には判別は付かないが、気づけて良かった、とだけ思う。


 気付いていなければ、エギスにこの嬉しさを発生させる事は無かっただろうから。


 「ヒロに、貰ったから……」


 そんな状態で、エギスはその可憐な顔をますます赤くしながら俺に告げる。


 「ヒロと行くときに……つけないと、と思って……」


 その言葉に、俺の方こそ顔が赤くなってくるのを自覚する。本当に、今日のエギスは俺の精神を本格的に壊しにかかっているのに違いない。


 「ああ……。……その恰好にも、似合ってると思うぞ」


 俺は何て言えば良いか分からなくなって、王都で言った台詞とほぼ同じ台詞をもう一度言ってしまう。


 「うん、ありがとうヒロ」


 どうやら、先に恥ずかしさから多少の回復を見せたエギスが、半分ほど通常運転に戻ったようだった。


 俺もなんとか気を取り直して、もう一度一緒に足を進める。


 「やっぱりヒロはすごいね」


 「そうか?」


 心のからの疑問を一言で問い直すと、エギスはさっきもそうだったようにとんでもない爆弾をぶち込んできた。


 「うん。いつもわたしをドキドキさせてくれる」


 「……俺もだよ」


 そこまで言われたら、少しは俺も言い返したくなる。何て言えば良いか……。意地、だな。


 「俺も、いつもエギスに揺さぶられっぱなしだよ」


 その言葉に、はっと気付いたように、エギスが俺の方を向き、確認するように訊いてくる。


 「そうなの?」


 「ああ」


 本気の顔で頷いた俺を見て、エギスはどこか嬉しそうな顔を浮かべる。


 そこで。


 「あっ」


 「どうした?」


 急に声を上げたエギスに、俺は反射的に尋ねた。


 「ほら、あそこ!」


 エギスの指差した方向を見ると、建物と建物の間から、この世界にしては珍しく、レンガではなく木を使って、何かを組み立てている風景が目に入ってきた。


 そして、その奥には大きな白いテントがあるのが見える。


 街の中でテントを広げる理由は、普通は思い付かない。


 ということは。


 「きっと、あれが劇団のテントだよっ!」


 「そうだな、たぶんそうだろう」


 エギスに対する俺の肯定に、エギスは嬉しそうに、楽しそうに頷く。


 「よし、ヒロ早く行こうっ!」


 「そうだな!」


 そして、俺とエギスは連れだって、テントが見えた路地へと走り出した。



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