元勇者、覚悟を決めて作戦を決断する
「なるほど。それなら、魔力を隠しながらヒロの『模倣神技』を使うか、逃げながら『模倣神技』を使うしかないね……」
Srp.巨大型突撃の古巨角牛・変異種の正面を常に避けるように動きながら交わされた俺とエギスの会話の後に、エギスはそう呟いた。
「ああ。でも、俺の『模倣神技』は魔力を拡散させないといけないから、隠すことは出来ない」
俺の条件を絞り込む言葉に、エギスはすぐに提案を変化させる。
「それなら、ヒロに注意が行かないようにして『模倣神技』を使わないといけないね」
「そういうことだ」
幸いな事に、古巨角牛は大きな魔力を発さない限り、こちらを脅威と認識しないようだった。さっきから常に動きつづけてはいるが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
だが、遺物を手に入れようとすれば全力で邪魔して来るはずだ。依頼人の望みを叶えようとするならば、やっぱり古巨角牛はここで倒してかないといけない。
まずは、古巨角牛を倒すことに集中する!
「リーエル……リーエルっ!」
最初に、俺は呆けたように……いや。確固たる意思を持って、自分の目標の一段目を記憶へと焼き付けるように、大部屋の中のある一点、遺物を凝視しつづけるリーエルを現実へと帰還させる。
そう、相手は災害級の魔物、Srp.巨大型突撃の古巨角牛・変異種。更には巨大な魔力反応を察知して、それを先に排除するという極めて面倒臭い戦略を持っている。
つまりは、戦闘に関与しない足手まといを引き連れたまま、戦えるような相手ではない。
声を掛けながら肩を強く叩いて、ある意味一途な視線を強引に俺へと向き直させる。
「リーエル、その遺物を手に入れたいのなら、一度こっちに集中しろっ! それとも、ここで全滅して夢どころか今後の人生まで棒に振りたいのかっ!?」
そして、焚き付けた。
お前の夢は、たった一段目との邂逅で、捨てられるようなものなのかと。
「ああ……わかったさ」
色々な感情がごちゃまぜになっていたリーエルの顔から、表情が段々と消えていく。発せられた声も、さっきまでの食い入るような反応とは打って変わって、信じられないほど静かだった。
ただし。……その眼だけが。
その眼だけが、激情の炎を宿している。
瞬間、探求者の中心で眩い閃光が瞬いた。
忘れ去られていた闘争心は、天使でさえも振り回す、真っ白に全てを消し飛ばす輝きを取り戻す。
「わかったさ、ヒロ。私は何をすれば良いのさ」
静かな、しかし力に満ちた、夢の階段の、まさに一段目へと踏み出そうとするその声に、俺とエギスはリーエルの再起動を……いや。覚醒を、知る。
俺とエギスとリーエル、全員の意思が一つになった所で、俺達は立ち止まって確認する。
「まず……リーエル、あの突撃の古巨角牛を倒せるだけの火力を出せるか?」
「いいや、私は持っていないさ」
俺の問いに対する、リーエルの簡潔な答えは否定だった。
「なら……」
しかし、言葉を言いかけた俺に、リーエルはその紅の瞳を輝かせて断言した。
「でも、私のサポートがあれば当てられるさ。絶対にさ」
「……どういうこと?」
俺の戸惑うような感情をも代弁するようなエギスの言葉に、リーエルはその身に満ちる炎のように、不敵に笑って言う。
「私の『模倣神技』は、言ってみれば……『選択未来優劣把握』。その行動によってもたさらされる未来が、良いものかどうかが一定時間の間分かるものさ」
その言葉を把握した俺は、疑問点をもう少しリーエルへと訊く。
「行動の善し悪しが分かるってことか。でも、行動した結果の優劣が分かるのなら、一度動かないといけないだろ?」
「そうさ。……だから、複数人での戦いで使うのなら、最も効率的な攻撃のタイミングが分かるって理解してもらえば良いさ」
その言葉に、俺は頭の中でリーエルの能力についてまとめ直してみた。
リーエルの『模倣神技』は、行動によって確定する未来の優劣が分かる。ただし、行動してみないと分からないため、パーティーメンバーの行動に『模倣神技』を当て嵌める場合は、最も効果的な攻撃を行えるタイミングを伝えるだけに留まる、と。
「じゃあヒロ、普通にやろう」
そんな風にまとめていた俺に、エギスが凛々しい表情で言った。
「撃破の大熊の時と同じだよ、わたしが前衛でヒロが後衛。わたしが突撃の古巨角牛を抑えている間に、リーエルとヒロが倒せる場所とタイミングを見計らってくれれば良い」
「でも……」
俺は、その言葉に感情的に、そして咄嗟に反発する。
「それだと、『レーヴァテイン』の範囲にエギスを巻き込むかもしれない」
そんな俺の心配に対して、エギスは問題ないよ、とばかりに微笑んで告げる。
「大丈夫だよ、ヒロ。『アイギス』は『レーヴァテイン』では傷付かない。それは撃破の大熊の時に分かったことだから……」
「だけど……!」
俺はそれをどうにか否定したくて、言葉を探す。
俺だって分かっている。
エギスの『大丈夫だよ』は、『本当は嫌だけど我慢するから大丈夫だよ』、という意味なんだという事ぐらい。
俺はあの撃破の大熊の一件以降、どんな時にも俺の攻撃にエギスを巻き込まないように注意してきた。
エギスにあんな思いをもうしてほしくない、俺はさせないと、心の中で誓って。
でも、今回はそうは行かないかもしれない。
俺がタイミングを見計らうのではなく、リーエルの指示に従って『レーヴァテイン』を撃つのであれば、広範囲殲滅攻撃である『レーヴァテイン』の効果範囲からエギスが逃げられない可能性が高い。
ただでさえ移動能力が高い突撃の古巨角牛に当てるためなのだ、最高のタイミングとはいえ相当な範囲で撃つ必要があるだろうから。
と、そこまでゴチャゴチャと思考を巡らして、気付いた。
結局の所、攻撃するのは自分なのだ。
巻き込むかもしれない、なんて悠長なことを言うのではなくて、自分がきちんと、完全に制御すれば良いだけの話なのだ。
『レーヴァテイン』。
数多の神格すら飲み込んで、7つの世界をyggdrasillごと焼き尽くした、人の身になど余り余って残りで押し潰されそうな存在を。
「……いや、分かった。それで行こう」
俺は不可能に挑戦する覚悟を決めて、エギスにへとそう応じる。
そして、神聖存在と出会ってしまえた衝撃が、甘美に俺達の全身を貫くように、体の中心を震わせた。
「……iel」