元勇者、不可解の原因を悟る
何がなんだが、全く分からなかった。
完全な衝突はなんとか避けられたみたいだが、古巨角牛の巨体に引っ掛けられた俺は、しばしの空中浮遊を味わった。
そして次の瞬間、地面にたたき付けられて目をつむり、体のあちこちに痛みが走りながら回転する。
「ぐっ!」
背中に大きな衝撃が走って、やっと俺の体の速度が死ぬ。
うっすらと目を開けても、最後の景色と今の景色が食い違いすぎて、脳が把握すること拒んでいるかのように理解が遅かった。
俺はもう一度強く目をつむると、強く頭を振って意識をはっきりとさせる。
どうやらここは、大部屋の端っこらしい。実際の距離は分からないが、最初は部屋の中心辺りにいたはずだ。とんでもない距離を飛ばされたらしい。
「ネク、タルを飲まないと……」
視線を下に降ろして自分の体を見ると、全身の疼痛が思い出したかのように振り返して来た。
立ち上がろうと足に体重をかけると堪えきれない程の激痛が走り、左腕も動かない。
前に足を疲労骨折した時と同じような痛みだ。その時は不完全骨折だったが、今回は完全骨折してしてしまっているに違いない。
「……よし、瓶、は割れて……いないな」
かろうじて動く右手で回復薬を探し当てると、その瓶が割れていないことに安堵しながら一気に喉の奥へと流し込んだ。
全身がかすかに光って、激痛が少しずつ消えていく。
「ヒロっ!」
遠くでリーエルを守りながら古巨角牛相手に立ち回っているエギスの声が届いた。
常に頭の方向から逃げて、突進の範囲に留まらないようにしているのだ。
エギスの『アイギス』は、傷つける現象から使用者を守るが、それは傷つかないだけで吹っ飛ばされない、という意味ではないのだ。つまり、古巨角牛に対する楯には成り得ない。
「ヒロは、回復薬の効果が完全に効き終わるまで待っててっ! その間に、なんでいななきが破られたのかを、お願い!」
その言葉に、俺はさっきの違和感を思い出した。
「たしかに……。なんで『アマルテイアのいななき』がかかった状態で、突撃の古巨角牛は俺を見つけられたんだ……?」
たしかに、これが分からないと、安全に『レーヴァテイン』を放つことも出来ない。
「わかった、エギス。ええと……」
そうして俺は、記憶から情報を取り出していく。
アマルテイアのいななき。
時の主神から、次代の主神を隠し通した慈愛の鳴き声。
つまりは、次代の主神という、いってみれば強大な存在を、その時代で一番の権力を持った存在から守り抜いた伝承を元にしている。
よって、主神でさえ欺く、つまり誰にも気づくことの出来ない守護として作用するはずだ。
「だから、特殊な感覚器関っていう可能性は無いはずだ。……もしかして、神跡にいるって言うことで、破邪の性質……侵入者に対する支援の無効化能力を持っているのか?」
心の中で、いや、と俺は自分の言葉を打ち消した。
もしそんなめんどくさい効果があるのなら、他の遺物の守護者も持っているはずだろう。その情報がギルドに伝わっていないのは不自然だ。
そこで、俺はふと思い当たった。
『アマルテイアのいななき』を掛けてもらう前、一番最初に『レーヴァテイン』を放とうとした時と、いななきを掛けて貰った後の反応は、同じものではないのか、と。
つまり、古巨角牛は俺ではない何かを見て元々俺の居場所を特定していた可能性だ。
「たしか……突撃の古巨角牛が動いたのは、『レーヴァテイン』を使った直後、魔力を漂わせた時だった。……魔力の流れから、術者の位置を特定しているって事なのか……?」
アマルテイアは、俺自身を直接探知することを不可能にするはずだ。声を出しても知覚されないはずだし、匂いも、姿も見えなくなるはずだ。
でもたしかに、相手からは知覚出来無くなっただけで、そこにいることには変わりない。俺ではなく、魔力を知覚すれば推定することは可能、ということなのだろう。
「……空気の流れからバレる、みたいなことが今後ありそうだな……」
俺はそう呟くと、今度こそ立ち上がる。
痛みは既に引いている。回復薬の効果が完全に効き終わったのだ。
幸いなことに、古巨角牛に対してはまだ長剣『レーヴァテイン』は抜いていない。よって手に持っていたから遠くに吹き飛ばされていた、という事もなく、鞘に未だ収まっている。
それをきちんと目線で確認してから、俺は足の力に集中する。
『トルの寵愛』。
強化された『力』で、すぐにでもエギスの元に駆け付けるために。
「ヒロっ、もういいのっ!?」
「ああ、『いななき』を破ったタネも割れた。倒すぞ、エギスっ! この突撃の古巨角牛をっ!」
そんな俺の声に、エギスは未だここが危険地帯にもかかわらず、俺の心に刺さる笑顔を見せて、こう応じたのだった。
「うんっ!」




