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元勇者、神跡で感じた強大な気配へ向かう


 「Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)をあれ以降見ないな……」


 「あんなのに一日で何回も遭遇したら堪ったものじゃないさ」


 俺の呟きに、リーエルがそう反応する。


 しかし、リーエルの言葉はそれだけでは終わらなかった。


 「逆に、あんな低層でSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)が出現した、ということが、このルートが当たりということを示してるのかもしれないけどね」


 その言葉に、俺はほぉ、と声を漏らす。


 「つまり、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)よりも強い魔物が出てくるかもしれない、ってことだね。ヒロ、頑張ろう?」


 健気に俺へと確認するように語りかけるエギスに、俺も胸の奥が熱くなってくる。


 「そうだな、エギス」


 俺も言葉少なくエギスへと返す。それを聞いて、エギスも神跡という場所で興奮しているのか、上気させた笑顔をこちらに向けた。


 そんな俺とエギスの馴れ合いを、どこか憎々しげに視界の隅に捉えているであろうリーエルは、ふと唐突に足を止めた。


 その理由は俺にも分かっている。


 誰が作ったともしれない、無機質な白い正方形の通路は、そこで枝別れしていたのだ。


 分かれ道。


 ある程度マッピングが完了したこの神跡において、地図を見るというのは『遺物(リメーン)』を探す上で重要な手掛かりになってくる。


 既に『遺物(リメーン)』が発見されている場所方向は、もう他のパーティーが探しているだろうということで除外したり、あまり見つかっていない場所へ足を延ばそうと判断することは、いたって常識的だろう。


 だが、リーエルはそんなことを行わない。


 別の探索の時は知らないが、今日の探索では、分かれ道に差し掛かる度に自らの『模倣神技』を使い、その先進むべき道を指し示すのだ。


 「……el」


 あたかも、神に程近い存在が発した言葉のように、その呟きは聞く人間全てを貫いていく。


 感受性豊かな天才芸術家達なら、それだけで歴史に残るような作品を打ち立てるに違いない邂逅に、リーエルは(よろこ)ぶように体の中心をブルリ、と震わせた。


 そして静かに顔を上げると、まるで確信しているかのように迷いなく、足を進めていく。


 「こっちさ」


 俺の眼からは、分かれ道のどちらにも差異は認められない。


 しかし、とりあえずはリーエルを信じることにして、俺は青く着色された石を放るだけで済ました。


 これは、神跡に入る前にギルドから貸し与えられた物で、魔物との戦闘で地図が無くなった、現在位置がわから無くなった時の救済策らしい。引き返すときは完全に回収することが義務付けられている。


 石の落ちるカラン、という音に目もくれず、そのまま進んで行くリーエルの後ろで、エギスと俺は声を潜めて話していた。


 「ヒロ……。リーエルの『模倣神技』って……」


 「ああ、おそらくだが『知る』系統だろうな。全能神、知覚神、そういった神々の『模倣神技』であるのだと思う。ただ……」


 「ただ……?」


 俺が言い淀むと、エギスも俺と同じように辻褄が合わない違和感を感じ取っていたのだろう、聞き返してくる。


 「それだと、『神遺物(レリック)』をずっと探している訳が無い。『模倣神技』で直接答えを知れば良いからな」


 つまりは。


 「『模倣神技』の本当の能力は別で、応用や副作用で『知る』能力を使っている……」


 エギスが呟いた。


 「ああ、そんな感じだと俺も思う」


 俺の肯定に、エギスは良かった、とばかりに息を吐く。


 「その本当の……いや、本来の『模倣神技』は、たぶん逃走用のものなのか……? ソロでこの神跡に潜って来られたんだ、ある程度の戦闘能力か、かなり高精度な危機管理能力が必要となるからな」


 「うん、ある程度戦闘を避ける能力があるんだと思う」


 リーエルの『模倣神技』を予想している理由は、念のため、だ。他人の『模倣神技』をたくさん把握していれば、これから誰かと戦う時に、『模倣神技』を類推するヒントになる……というのは表向き。いくら『護衛』依頼だとしても、騙されて襲われる可能性はゼロではない。そういう不意打ちに備える、という意味もある。


 だから、こんな風に話をしていても、警戒のレーダーは常に張っている。


 「っ!」


 「……!」


 俺とエギスの間に、緊張が走った。リラックスしている所で、急に危機に直面したような、心臓が跳びはねそうな位の緊張が。


 遅れて、リーエルも気付いたようだった。


 「!」


 かすかに漂ってくる、とてつもない強さを持った魔物の気配を。


 「これは……」


 「強い、ね。この魔物……」


 呟き合う俺とエギスに、足を止めたリーエルは、かすかに額から汗をにじませ、言う。


 「……私が感じたことのない強さの気配だよ……」


 「どうする、進むのか?」


 俺の問いに、どこか顔を青ざめさせたリーエルは当然とばかりに首を縦に振った。


 「もちろんさ。きっとこれは、『遺物(リメーン)』の周りに漂う神力に、普通より長く、強く影響された変異種の気配さ。つまり、この先に何かがあるのは間違いないのさ」


 「……わかった」


 リーエルの表情に覚悟を認めた俺は、そう告げて頷く。


 「エギス、行くか」


 「分かったよヒロ、でも前にだけは出過ぎないでね……」


 俺に死んで欲しくないとばかりに、心の底から沸き上がる恐怖に押されて言ったであろうエギスの言葉に、俺は頷き返して告げる。


 俺も、エギスと同じ気持ちなんだと。


 「ああ、エギスもな。無茶なことし過ぎるなよ?」


 その言葉に、エギスは欲しかったものを貰ったかのように、俺の心臓を跳ねさせる笑顔を浮かべると、真剣な表情へと戻っていく。


 それをどこか惜しく感じながらも、俺は神経を集中させた。


 「さて、リーエル。……行くぞ」


 俺は真剣になって低くなった声でリーエルに告げると、気配の元へとゆっくり歩み出した。




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