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元勇者、神跡の強者と遭遇する


 「あっ、マジか……っ!」


 リーエルの、慌てたような声に、俺はそちらに眼を向けた。そこにいたのは、俺が知っているものと大きく様変わりした、蛇の魔物だった。



 Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)


 ランクは撃破の大熊(バスターグリズリー)転輪の食屍竜(ジャイロタイラント)よりも上、正真正銘のAランク。


 頭についている『Srp』はセラフィム、その略だ。つまりは、セラフィムの神跡にのみ出現する、魔物の変異種であることを示している。


 蟒蛇(うわばみ)とは元々、天敵である猛禽類ですら捕食することを躊躇うほどの大蛇を指す。つまりは、生態系の頂点に立ちうる生物といえる訳だ。


 「こんな所で遭遇するのかっ!」


 リーエルが慌てたような叫びを放つが、護衛として相対する俺とエギスは、神経を集中させていて既に聞こえない。


 そんな『蟒蛇(うわばみ)』の名前を冠するこの魔物の通常種は、蛇らしく茶色の鱗を持つ全長およそ10メートル、胴の太さは1メートルにも達する大きさの存在だったが、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は更に大きかった。


 全長、およそ20メートル。胴の太さはおよそ1,5メートル。


 全身は、ともすれば神秘的とも言いえるであろう白い鱗に覆われ、その縦の目だけが赤く輝いている。


 いや、白い蛇ということだけで、神性を想起させているのかもしれない。


 シロヘビとは、元の世界のとある地方では、神の御使いとして伝えられている存在だからだ。


 元の世界ではアルビノだとも言われたシロヘビは、その見た目から想像される神々しさとは裏腹に、ぬちゃり、と粘着質で気持ちを悪くさせるような音をさせて、動く。


 果たしてその音源はSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の粘液なのか、それとも哀れな犠牲者の体液なのか。


  だが幸いな事に、この魔物の通常種は、特筆すべき攻撃手段を持たない。見た目通りに、蛇としての攻撃をしてくるだけだ。



 「これが、神跡の神力に当てられた魔物か……」


 「うん、わたしも初めて見るけどすごいね……」


 そう会話を交わした俺は、気持ちを切り替える意味でも傍らのエギスの名前を短く呼んだ。


 「エギス」


 「うんっ」


 それだけで、以心伝心のように心地良く返ってくる言葉に、俺とエギスは戦闘準備を開始する。


 「Aigis」


 「行くぞっ!」


 清純なる絶対防御と、寵児への神愛の証が俺とエギスの体へと収斂し、無視など出来るはずのないプレッシャーを形作っていく。


 そんな様子を見ていた蜷局(とぐろ)を巻いたSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は、粘着質の音をさせながら鎌首をもたげ、矮小な存在を品定めするように睥睨する。


 それは、活きの良い餌を眼前にした捕食者の如く。


 そして、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は、瞬間的にその首を移動させた。


 自然界の蟒蛇(うわばみ)さえ、狙った獲物を捕らえる瞬間は、人間の眼では追い難い。それが通常種の強力な筋力なら当たり前、それがさらに神力によって変質したSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)なら尚更だろう。


 Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の口が不気味に裂けている。蟒蛇(うわばみ)でさえ、自分の体の太さの数倍の物を飲み込めるという。太さおよそ1,5メートルのSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)なら、広げた口の大きさは5メートルを越していた。


 「……っ!」


 後ろで敗北を確信したか、リーエルの息を飲む音が、やけに大きく反響する。残像か何かで、その口の大きさを認識してしまったのだろうか。


 高さ10メートルの密閉空間であるこの神跡で、その大きさはまさに脅威としか言いようが無い。


 人間より遥かに大きい、馬や牛、果ては平均体長4メートルである象さえも丸呑みにできる、面を埋め尽くす恐怖のアギトが迫る。


 だが。


 だが、俺とエギスに焦りは無かった。


 人の眼に捉えることは叶わず、また飲み込まれれば即死、そして回避することも困難な攻撃に対して、たった一つだけ準備すれば良かったからだ。


 エギスは、行い慣れた行為をするために気を落ち着けた、。


 俺は、体中に神経を集中させながらミヒャエルから借りたままの剣の感触を確かめる。


 動かない二人を見て、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)は勝利を確信したように嘲笑った……ような気がした。


 誰も捉えられるはずのない神速の顎が、俺とエギスへと触れる、その一瞬前。


 Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の思い描いていた前提を全て覆して、両者は刹那のうちに交錯する。


 静かな、しかし烈迫の気合いが狭き空間を貫いた。


 「石化剣閃(アンピュテイション)


 「雷神の重鎚(ミョルニル)


 石化の彫像を裂く銀閃と、空間に跳び弾ける金雷が、俺とエギスの背後で見ていたリーエルの瞳を灼いていく。


 既にその輝きを置き去りにして着地した俺達とリーエルとの間に、二条の剣痕に刎ねられた、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の首がどさり、と落ちた。


 「すごい……」


 ポツリ、とリーエルがそんな言葉を漏らす。リーエルの『模倣神技』はどちらかといえば戦闘系ではなく、探索系のようだし、今までソロで神跡に潜ってきた彼女にとって、見慣れない光景だったのかもしれない。


 『トルの寵愛』によって、ありえない程の加速に晒されたミヒャエルの鎧が不気味に軋んで、元に戻っていく。


 ひゅん、と音をさせて軽く剣を振り、血糊を飛ばしてから俺は剣を鞘に戻した。


 「お疲れ、エギス」


 「うんヒロ、お疲れ」


 別にお疲れ、というほど疲れてはいないのだが、そこはもう、形式美というやつだろう。


 「やっぱり、剣は慣れないな……。いつもの巨鎚なら、横に薙げば壁との間で圧殺できたんだが」


 「この一ヶ月は使うことになるんだし、慣れてみたら?」


 「まあそうだな。いつ戦うことになるか分からないんだしな」


 俺とエギスが、Srp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の死体の傍でそんな話をしていると、リーエルが恐る恐る聞いてきた。


 「な、なあ……? あの焔を使えば、もっと簡単だったんじゃ……?」


 「ああ。だが、この先何回使うか分からないんだ、剣で倒せるやつは倒しておくべきだろう。それで、次はどっちへ行くんだ?」


 「あ、ああ。ちょっと待って、こいつの素材を剥ぎ取らないといけないからさ」


 気圧されたように言うリーエルは、俺とエギスを放っておいて、宣言通りSrp.丸呑み蟒蛇(スワローサーペント)の剥ぎ取りに行ってしまう。


 神跡探索は、まだまだ時間がかかりそうだった。


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