元勇者、神跡に潜りながら回想する
『セラフィムの聖翼』。
セーラムの街に現存する神跡を神跡たらしめている、神代から綿々と存在し続けてきた『神遺物』であり、神話研究家にとっては貴重な資料である。
セラフィムは3対6枚の翼を持っている。『聖翼』とは言われているが、その6枚の内の一つが落ちたのではなく、翼を構成する羽根の中で、特に力のある1枚が落ちて『神跡』を作ったのだろう、と推定されている。
それを手にしたものが得る効果には諸説あるが、そもそもが天使の力の片鱗のため、限られた人間にしか使えないと言う意見が根強く残っており、結論として『セラフィムの聖翼』については良く分かってない。
「……iel」
あたかも神聖存在と邂逅したかのような、全身を甘美に貫く声の断片が、響く。
それは、不思議な反響を伴って空間を駆け回り、俺達の耳朶を打って体の中へと染み渡らさせて行く。
その邂逅から何かを受け取ったかのように、リーエルはぶるり、と体を振るわせる。あたかも、流れ込むインスピレーションの濁流に、体が押し流されているかのように。。
その振動が収まり、反響が静まった時、リーエルはこちらを振り向いた。
「こっちさ」
T字路の真ん中で立ち止まっていたリーエルは、そう言って左へと曲がっていく。
先導するリーエルに続いて、俺とエギスもその角を曲がる。
その先には、今まで通ってきたような通路が続いていた。
太陽光に照らされた、までいかないまでも、例えるなら元の世界の夜に部屋の証明をつけたような、動くには全く問題がないが位置取りを考えないと暗くなりそうな空間。
横幅、高さおよそ10メートル、正方形の通路は、全面白い謎の素材で覆われている。
その素材の硬度は尋常ではなく、壊れた、という例は今までないらしい。
そんな誰が作ったとも知れない謎の構造に入って行くのは、3人の人間たち。
そう、神跡探求者とその護衛者達だ。
◆ ◆
「私は、あんたたちに『護衛』を依頼する訳さ」
三日前。
冒険者ギルドにて、そんな風に依頼を頼まれた俺とエギスは、二人して顔を見合わせた。
「どうする……?」
俺はエギスにそう訊く。
これまでの言動からすれば、エギスは今まで神跡に入ったことは無いはずだ。
行ったことのない場所、景色を眺める願いを胸に抱いて、色々な場所へと行ける『護衛』依頼を受けてきたエギスにとっては、悪い話ではないはずだが……。
「うん……」
しかし、エギスは悩んでいるようだった。
神跡という、相手の戦力も分からないような場所に行くのは不安なのだろうか。俺の装備については、ミヒャエルの予備をあと一ヶ月は借りることで話はついているから、心配しなくても良いはずだが……。
「なんとなく、嫌……」
エギスがポツリ、とそう漏らした。その顔は、少し俯いていて俺にはうかがい知ることは出来ない。
確かにそうかもしれない。
エギスは、前々から『神遺物』を神跡から取り出すことに否定的だった。
ここセーラムが繁栄している一因となっているものを取り出すと、セーラムの人々が今後大変だろう、と。
「なら仕方がないな……。エギスも神跡の中を見たかっただろうけど、やめとくか」
「え……?」
エギスがそんな声を出す中で、俺はリーエルへと言う。
「すまないな、指名依頼……ていう事になるのか? ともかく、この依頼は断らせて」
「ううん、やっぱり良いよ」
俺が断りの言葉をリーエルに言おうとした所、突然エギスが割り込んできた。
「ヒロがわたしのことを考えてくれてたのなら……大丈夫」
少し頬を朱に染めたエギスが、少し小声で、急いだように言う。
「ふうん……」
リーエルが何かに気付いたかのように、意味深なまでに頷く中、エギスの言葉について俺は考える。
急に意見を変えた意図は分からないが、エギスが良い、というなら大丈夫だろだろう。俺は行ってみたいと思っていたが、エギスが反対したからということだけで断ろうとしていた訳なのだから。
けれど、現在俺とエギスのパーティー……パーティー名は決められるがまだ保留中だ……で指名を受けているのは、どちらかと言えば俺だ。
発言権が大きく俺に偏っているこの状況では、俺がエギス意図まで汲み取って、依頼内容を決定して行かないといけない。
「……」
俺の言葉を待って佇んでいるリーエルに、考えがまとまった俺は話しかける。
「一度だけだ」
「……え?」
「一度だけ、その依頼を受けよう。その後の神跡内へのディバインからの依頼は受けない。それで良いか?」
エギスは、神跡から『神遺物』を持ち出したくはない。リーエルは『神遺物』を持ち出したい。相反する二つの意志が依頼の中で渦巻いている訳だが、俺がどちらを優先するかなんて確か過ぎるほどに明確だ。
まさか一回の探索で見つかるとも思えないし、逆にリーエル以外での依頼で俺達が神跡へと入る道もまるまる残っている。『神遺物』探索以外の条件では神跡への侵入を、断る理由も無い。この一回という縛りは妥当な所だろう。
「リーエルで構わないよ。……分かった。その条件で受けよう」
リーエルが笑顔を浮かべるのを見て、俺はエギスの方を確認するように見る。
そんな俺の視線を受けて、エギスはどことなくはにかみながら、全てを許すように頷いた。




