元勇者、王国最強とともに推論する
「で、何の用だ?」
翌日。
俺とエギスは、冒険者ギルドでミヒャエルを待っていた。
冒険者ギルドの入口から入って左手、待ち合わせ用なのか書類記載用なのか机と椅子が乱立しているエリアの、一番壁側の席に座っている俺とエギスを見て、ミヒャエルは訝しがりなからその机へと向かう。
「ああ、ここの所起きているらしい魔物の大量発生について何だが」
ミヒャエルが俺とエギスの反対側の机に座ってから、俺はそう切り出した。
「ああん? 異常発生って訳じゃねえのか?」
「いや、たぶん違う」
「ああん?」
怪訝そうな顔をするミヒャエルに、俺とエギスは補足しあいながら、王都からセーラムの街に来るまでに起きたことを話した。
「ちょい、ちょい待て」
「どうした、ミヒャエル」
「なにか……ありましたか?」
片手を額に添えて呟くミヒャエルは、驚愕を含んだ声とともに確認するように呟く。
「魔勇者を、討伐しただと……?」
「ああ」
俺の言葉に、ミヒャエルはいやいや、とばかりに頭を振る。
「だが不可能だろう、勇者が『敵』に負けることは絶対にない。これは鉄則だ」
「ああ。だから、とどめを刺したのは俺じゃない。……エギスだ」
「うん、そういうことに……なります」
「……なるほど」
ミヒャエルはまだ納得はしていなさそうだったが、頷いた。
「これは……魔族から見たらお前が魔勇者を倒したように見えているのかもしれねえな。魔族が『勇者召喚魔法』に疑問を抱いて、使わなくなってくれればベストだが……それは高望みが過ぎるってもんだな。だが、ヒロを基準として魔族が『勇者召喚魔法』を使う分には、構わないのか……」
「そうだな」
「……どういうこと、ですか?」
この話の流れに、エギスは追いつくことが出来なかったようだ。まあ、それはそうだろう。俺は『元勇者』であることを、結局エギスに伝えられていない。そもそも、トマスに言ってしまったこともまずかった。王宮から口止めはされている、もしかしたらトマスの方には暗殺部隊が向かっているのかもしれない。……トマスに利用価値が残っているなら厳重注意かもしれないが。
そんな訳で、『元勇者』である俺を基準に魔族が『勇者召喚魔法』を使う分には、『新しい勇者』の邪魔にはならない、という意味を含んだ言葉を、ミヒャエルが所々の意味をすり替えて説明する。
「冒険者のヒロが『敵』として認識されるなら、勇者様は楽に魔勇者を倒せるな、っていう話だ」
「……」
エギスはまだ納得はしていなさそうだった。かすかに不満そうな目で俺を見てくる。
「……エギス。大丈夫だ」
ミヒャエルの手前、『大丈夫だ、必ず話す』の後半を省略して告げた俺は、じっとエギスの瞳を見つめる。
意志を込めて、言外の言葉がエギスへと届くように。
「……分かったよ、ヒロ」
俺とエギスの視線が交差し、エギスの可愛い顔を長い間見続けて俺がギブアップしそうになる前に、エギスはそう言った。
「あー、それで、お二人さん? 俺に伝えたい事ってのは、魔物の大量発生についてじゃねえのか?」
俺とエギスが二人きりの世界に入ったと思ったのか、ミヒャエルがそう言って続きを促してくる。
お互いを信頼してひとまず問題を先送りにした俺達は、ミヒャエルの予想と違って毅然としたまま話を続ける。
「ああ。それで、話した通り、魔勇者を倒すまで道中魔物との遭遇率が上がったんだ。つまり、魔物が魔勇者から逃げ出していたんだ」
「だから、魔勇者を倒した数日前までなら、逃げた魔物がセーラムの街に押し寄せるのは分かる」
「……ああ。でも、逃げ出した魔物が未だ逃げ続けているのかもしれないぞ?」
ミヒャエルは、これまでの仮説を否定する意見を出す。エギスはそこまで考えていなかったのか詰まっていたようだが、俺は明確に答えを返すことが出来た。
「それはない。何故なら、そこまで遅い、つまりは俺達が魔勇者を倒した時に近くにいた魔物なら、一緒に死んでいるはずだからだ」
「ほんとだ!」
俺の言葉に、あの地平線まで続く無限にも思える魔物を焼き尽くした時の光景を思い出したのか、興奮か何かで頬を赤らめながら言うエギスを見ながら、俺はミヒャエルへと続ける。
「瀕死になった魔勇者は、自らの心臓に刻まれた魔法陣を起動して、数千億匹の魔物を出現させた。それを当然俺は『レーヴァテイン』で焼き尽くした訳だが……」
「なるほど、一緒に出現させた以外の魔物まで当然殺しているはず、か。……魔法陣?」
「ああ、魔法陣だった。護衛していたのは魔導師だったから分かったが、魔勇者の『模倣神技』は『バルドル』、魔法陣は『エインヘリヤル』の『模倣神技』、その軍勢という側面を強く抽出したものだったらしい」
この世界では、魔法陣というのは、ほとんど存在しない。自ら魔法、つまり『模倣神技』を使おうとするなら息をするように扱える中(それが戦闘向けかどうかに関係はなく)、魔法陣を利用するメリットというのはほとんど無いからだ。
その例外が、特殊な『模倣神技』の特殊な用法の時だ。『勇者召喚魔法』が良い例だ。あれは王女の『模倣神技』と魔法陣を組み合わせて異世界召喚なんていう特殊中の特殊、奇妙中の奇妙な効果を発揮している、とされている。
つまり、魔法陣が利用されたという事実は、面倒臭そうな『模倣神技』を持った者が敵方にいるということを意味していた。
「なるほど、遠隔起動できる『模倣神技』のための魔法陣かねえ? 『エインヘリヤル』自体は魔勇者のものじゃ無いって訳かい」
「つまり」
俺の言葉を、エギスが引き継いだ。
「この大量発生は、人為的なものの可能性がある……」
「…………ふむ」
ミヒャエルは、その結論を聞いて、目を閉じ黙り込んだ。
今、ミヒャエルの頭は高速回転している。彼が騎士団団長に任命されたのは、決して『模倣神技』だけが理由ではない。その素早く的確な現場向きの判断能力が買われているのだ。
「……」
「……」
ミヒャエルの言葉を待つ俺とエギスが、どうしたのだろうと顔を見合わせる前にミヒャエルは再び目を開ける。
その顔には、未だ思案の表情が刻まれていた。
「とりあえず、1ヶ月の間騎士団はセーラムの街に駐留する。魔族が何をしたいのか分からねえが、それだけいれば抑止力にはなるだろうよ。それまでに目的が分かったのなら延長して阻止、分からなきゃ撤退だ」
「了解」
「とりあえずは、それでいいのかな……?」
ミヒャエルの言葉にとりあえず賛同の意を示す俺とエギス。ミヒャエルはまだ難しそうな顔をしていた。
「話はこれだけか?」
はやく宿に持ち帰ってこの事案をもう一度熟考したい、と顔書いてあるミヒャエルの言葉だったが、俺はそれを遮ってもう一言言う。
「なあミヒャエル、セーラムの街を出たらどこに行くんだ?」
「ああ? 王都だよ王都。魔勇者討伐の報告にも行かないといけないしな」
面倒臭そうに言うミヒャエルに、俺は起死回生の一手を打ってみた。
「なら、鎧持って行くの手伝ってくれないか?」
「えっ!」
隣のエギスが驚いたような顔で俺の方を見ている。騎士団相手にそんな要求をすること自体が信じられないのだろう。俺も無茶なことを言っている自覚はある。
「あー、魔勇者との戦いで壊れたんだっけか? あの重さを冒険者ギルドで頼むと馬鹿にならない金が吹っ飛ぶからな。ったく、ヒロも王都で魔勇者討伐の報告について来るなら良いとするが、どうするう?」
「分かった、そうするよ」
俺の言葉に、ミヒャエルは満足そうに頷いてから立ち上がる。
「んじゃ、また気付いたことがあったら教えてくれや」
「ああ、ありがとな」
軽く手を振りながら去って行くミヒャエルの後ろ姿に、俺は軽く一礼をする。
「ヒロ、すごいね……」
ミヒャエルの姿が冒険者ギルドから消えてから、エギスは興奮がまだ覚めていないかのように言った。
「そうか?」
「そうだよ、ふつう騎士団団長さんに、あんなこと頼めないよ?」
「まあ、昔色々あって、仲良くなったからなぁ」
昔といっても、一年前の話だが、ともかく仲良くなったのは事実だ。嘘は言ってない。
「そうなんだ……。他にも知り合いの有名人とかいるの?」
「いや、たぶんいないと思うけどなぁ……」
たぶんいない、と思う。王女なんて自分のこと忘れていそうだし、騎士団を除いたら自分のこの世界の知り合いなんて、エギスしかいないと言っても過言ではない。
「そうなの……ふふん」
ミヒャエルと話している時と打って変わって、今日のエギスは上機嫌だ。
なんだが全体的に嬉しそうだし、いつもより少し距離が近い。
「ともかく、エギス。これで、鎧と鎚を運ぶための資金を稼ぐ必要はなくなった。1ヶ月くらいはセーラムにいないといけないらしいけれど。……一緒に待ってくれるか?」
「うん、良いよヒロ。わたしはヒロのパーティーメンバーだからね、ヒロの予定に合わせるよ」
やっぱりどことなく嬉しそうなエギス。いままで一人でやって来たから、人に合わせるのが珍しくて楽しいのだろうか。
俺も、二人で1ヶ月もこの街で過ごすことに対して、胸が高鳴っている。
「しばらくは、撃破の大熊の討伐報酬と、魔物襲撃のお金でゆっくりできる。1ヶ月ぐらい、ゆっくりしていればすぐだから、それでいこう」
「そうだね、ヒロ!」
そんな話をしていると。
「あんた達……ちょっと良いかい?」
まるで俺達とミヒャエルとの会話が終わるのを待っていたように、オレンジ色の少女が俺達に話し掛けてきた。
さっきまでミヒャエルが座っていた椅子に腰掛けたオレンジ色の髪に燃えるような赤い瞳の少女は、申し訳なさそうに切り出した。
「昨日は済まないね、ワガママなんか言って……」
昨日の冒険者ギルドでのものとは打って変わったしおらしい態度に、俺はその用件を聞いてみる。
隣のエギスがちょっとムッとした雰囲気になりつつあるのを微妙に気付きながらも。
「まあ、俺は気にしてないけど。それで、何の用だ?」
「あ、あんた強いな! ちょっと、一緒に神跡に潜ってくれないか?」
「……どうして?」
俺の代わりにエギスが少し刺のこもった声で答える中、オレンジ色の少女は続けた。
「私の名前はリーエル・ディバイン。ソロで神跡探求をしていて、神遺物を探求する者さっ!」
「神遺物を探求する? 遺物狙いじゃないのか?」
その言葉を聞いて、リーエルについて疑問に思ったのは俺だった。
そもそも、昨日冒険者ギルドでは遺物狙いだと言っていたはずだ。
「今はな。今は、日銭を稼ぐために遺物を狙ってるけど、私の目標は神遺物さ」
リーエルの話を聞いていると、どうやらこういうことらしかった。
彼女は『神遺物』を発見することを夢見て、このセーラムへとやって来た。
しかし、やって来たのは良いのだが、言わば金の成る木である神跡をぶち壊しにするような人はいなかった。
『神遺物』を取り除かれた神跡は、満たされている神力濃度が徐々に減り、神跡だけに発生する特殊な魔物はそのうち死に絶えてしまう。
その魔物の素材で生計を立てている冒険者には、やるはずのない行為だった訳だ。
『護衛』依頼で同行を頼もうとしても、彼女の眼鏡に適うような冒険者はなかなかいなかったらしい。
それなら仕方がない、ソロで『神遺物』を探そうとしたのだが、やはりあえなく失敗。完全に戦力不足だったのだ。
そんな訳でソロで神跡に潜りつつ、『神遺物』を捜し当てるための金策として、『遺物』を探しているそうだ。
「でも、どうしてそこまでこの神跡の『神遺物』を探すの? たしかこの神跡の『神遺物』は……」
「ああ、『セラフィムの聖翼』って言われているやつさ。学者達が神力から逆算した神で、最も落ちている可能性が高いものさ」
エギスの不思議そうな声に応じるリーエルの答えに、俺は一つ聞き慣れない言葉が混ざっていることに気づく。
「セラフィム……?」
「そう、セラフィム」
エギスが俺の方に顔を向けて、笑顔で答えた。
「天使の中で最も偉い、最も神の傍に仕える天使の名前だよ、ヒロ。たしか、この街の名前の語源にもなっていなかったけ?」
「そうさ、語源はそれだよ。……それで」
言葉に割り込んできたリーエルに、ちょっとムッとするエギスだったが、次の言葉を聞いて反射的に少し興奮した様子で嬉しそうにする。
「私は、あんたたちに『護衛』を依頼する訳さ」